30話 「馬鹿になれ。とことん馬鹿になれ」
プロレスとは何か……それは予想外の方向に進みました。思い出すと疲れるので、私は遠慮します。
さあ、二人の様子を見てみると……どうやら彼女から山田さんに話があるみたいですね。
「さっき……アタシの事を観客第一号って言ったわよね?」
「ああ、言ったな。それがどうかしたか?」
山田さんは同意すると、逆に彼女の真意を聞き返しました。質問に質問を返すのは感心しませんね。
すると、彼女は表情を変えます。なんだか覚悟を決めたような表情になりました。そして、彼女は……再び口を開きます。
「それってさ…………プロレスラー二号に変えてもらえない?」
それを聞いた山田さんは、頭上にクエスチョンマークを浮かべると……顎に手を当てたまま首を傾げています。どうやら彼女の発言の意図が理解出来なかったようですね。頭上のクエスチョンマークが増殖するのが見えるかのようです。
「どゆこと?」
一言で山田さんは聞き返しました。それを聞いてでしょうね……彼女はなんだか怒ったような表情を見せます。まあ、気持ちはわかりますよ。私も山田さんと喋っていると……よく疲れを感じるものです。でも、毎回怒ってたらバテちゃいますよ。ほら、多少の諦めを持ちましょう。
「だから……もうっ鈍いんだからっ! アタシもプロレスラーになってみたいって意味よ!!」
そう強く発した彼女は……頬を赤く染めていました。
【うーん、何故でしょうね……この人からはツンデレの匂いを感じます】
「俺も……そう思う」
久しぶりに山田さんと意見が一致しましたね。そして山田さんは、いつもより真剣な表情で何かを考え込みはじめました。しばらく苦悩し……目を伏せたり開けたりしています。その後、ようやく彼女に話しかけます。
「うーん……俺のいた世界でも、ミックスドマッチっていう男女混合形式の試合はあったんだが………………」
なんだか歯切れが悪い山田さん。どうしたんでしょうね。いつもの無神経さは何処に行ってしまったんでしょう。またコンビニ行っちゃったんですかね?
「男女では身体能力に差があるからな。正直厳しいと思う…………」
【あ、そうだ。言い忘れてましたけど……この世界は、山田さんの世界と比べて男女の能力差は小さくなってますよ】
「え? そうなの?」
【はい。男女平等や多様性に配慮した……少数派にも優しい世界になっております。だから山田さんにも優しいんですよ】
この世界の真実に触れ……唖然とする山田さん。気を取り直すと、何か言おうとしています。
「じゃあ……受付のお姉さんも…………実は俺と同じくらいの筋肉があるの!?」
今、重要なのはその人ではないと思うんですけど。
【ないですよ。あくまで鍛えていればの話です。もしも、お姉さんが日常から筋トレしてたりすれば……性差がなくなるほどには筋力がつくって話です】
山田さんは私の発言を聞いてか……神妙な顔を浮かべています。何を考えているのでしょう。
「じゃあ、俺が女装を頑張っていたら…………いつか女になれたり?」
【そういうのは……私じゃなくてお役所に言ってください】
「だーっ! さっきからアタシを抜きにして……独り言ばっか言ってんじゃないわよ!!」
私の言葉は彼女には届きませんからね。山田さんが一人で……受付のお姉さんとか女装とか言っている状況に、ついに彼女は怒り出しました。大きく口を開きながら怒っています。まるで火でも噴きそうな勢いですね。
「で……どうなの? アタシをプロレスラー二号にしてくれるの? ハッキリしてよね!」
彼女は山田さんに掴みかかりそうな勢いです。
「………………そうだな」
山田さんは渋い顔をしたまま……長い沈黙の後に呟きました。
「………………採用ですっ! そもそも俺しかいない団体だからな。人数不足で困ってたんだ。そりゃ……常識的に考えて断る必要なんてないよなっ!」
そんなこんなで彼女の採用が決まりました。山田さんには喜ばしい出来事ですが、私的には……なんといいますか、嫌な予感しかしません。
具体的に言えば、バカ枠がもう一人増えてしまうことで……私のツッコミが追いつかない。そう心が囁くのです。
「馬鹿になれ。とことん馬鹿になれ」
山田さんは黙っててください。




