2話 「異世界行っちゃうぞバカヤロー!」
俺はリング中央……彼女と向かい合い座っていた。
「あ、申し遅れました。私……スーサレム・カウンティー・インドメタシン・ハルサメ・イデアと申しまして……異世界の神をやらさせてもらっています」
彼女は自己紹介を終えると脚を正座に組み直す。そして深々とお辞儀をしてくれた。なんだ、最初はヤバい人かと思ったが……思ったよりは常識的な人みたいだな。
ならば、こちらも負けてはいられない。礼儀には礼儀、お辞儀にはお辞儀で返すのが当たり前だろう。俺は鍛え上げられた大腿筋から腓腹筋、ヒラメ筋を収縮させると正座の姿勢を取る。
ちなみに、どうでもいい話だが……大腿筋が太すぎると正座で座るのは結構辛い。俺は己の大腿筋を見下ろすと……まるで贈答用のハムのように高密度の肉の塊が見える。
「それで……あなたは山田さんですよね?」
そんな大腿筋を惚れ惚れと見ていたら、彼女の問いが聞こえてきた。
「あ……はい」
俺はそう答える。そして……それ以上の言葉を継がなかった。こういう時、多くを語らないのがいい男ってヤツだろう。それに……ぶっちゃけ何を言えばいいかわからなかった。
「えっと、それでですね。既に察してるかもしれませんが…………山田さん、お亡くなりになっちゃってます」
常識的に考えて、自分が死んでしまったことを察せられる人間などいるのだろうか。いや、いない。
しかし俺は彼女が言ったように、己の死を察していた。それは何故か……不思議に思うだろう。
答えは簡単、俺の僧帽筋がそう言っていたからだ!
「それで、まあ単刀直入に言いますと……私の管理する世界でなら、山田さんの人生を続行できるんですけど……どうしますか?」
終わったはずのものが続行されるだとか……延長戦みたいだな。なら、延長した方がいいに決まっている。だって三十分一本勝負よりは六十分一本勝負、六十分一本勝負よりは無制限一本勝負のほうが見栄えがいい。それに観客受けもいいだろう。
「じゃ……延長でお願いします」
そんな感じのカラオケボックスで店員さんに告げるセリフをして……俺の人生は第二ラウンドのゴングを迎えることが決定したのだ。
***
俺が転移の意思を示すと、その後……彼女から色々と解説を受けた。どうやら俺が行くことになる世界はファンタジー世界らしい。彼女曰く、剣と魔法の世界とのことだ。うん、知ってる知ってる。魔王とかいるんでしょ。俺だってゲームくらいしたことあるからわかるって。
「それで、その世界には魔物とかがいるんですが……だからといって魔王がいるわけじゃないので、ご安心ください」
内心を即座に否定されてしまう。でも気にしない。本当は俺だっていないんじゃないかなって思ってたし。
「ですから、山田さんが勇者として魔王を倒す世界だとかを妄想されていましたら……申し訳ないですが、叶いません」
俺もいい大人だからな。そんなこと思っていない。いや、本当はちょっとだけ思ってたけど……別にガッカリしてないし……平気だし。
「魔物は存在すれど魔王はいない。人々は日常を無難にすごしているだけ。そんな【つまらない】世界なんですけど……本当に行きますか?」
何故だろうか……急に彼女の表情が曇ってみえた。その理由に思い当たる所はない。しかし俺の筋肉は何かを感じ取ったのか、ピクリと反応を示す。深く考える必要はない。俺は筋肉に従えばいいだけだ。
俺の筋肉達は一斉に動き出す。強靭なハムストリングスは俺の体を跳ね上げ、内転筋の働きでコーナーポストへ向かうのだ。次に鍛え上げられた上腕二頭筋の力を借り、ポスト最上段へと到達した。
そしてリングを見下ろす俺。筋肉が……俺に叫べと囁く。俺はそれに従うだけだ。
「行っちゃうぞバカヤロー!」
俺は空中に飛び出すと、肘を突き出すようにして宙を舞った。
これが……空中姿勢の美しさが自慢のダイビングエルボードロップだ。
***
俺はダイビングエルボードロップの姿勢で……草茂る荒れ地へと肘爆弾を投下させた。おかしいな。目測ではリング中央に投下予定だったはずなのに……そんな時だ、俺の脳内に声が響いてくる。
【山田さん、聞こえますか? 私です、私……スーサレム・カウンティー・インドメタシン・ハルサメ・イデアです】
うわっ、なんだか頭の中にさっきの女の声が聞こえてくるんだけど……怖っ。
【筋肉の声が聞こえちゃう人の方が怖いんですが……まあ、いいや。そんな事よりですね、山田さんの了承も取れましたので、私の世界に転移させておきましたからね】
自分で言っておいて申し訳ないが……
「行っちゃうぞバカヤロー!」
この発言が……転移を了承する意味に捉えられたってことなんだろうな。えっと、それはですね……必殺技の前口上でして……特に意味はないといいますか、なんというか……。
【吐いた言葉……飲み込むんですか?】
む……それを言われると辛い。プロレスラーたるもの二言はない。
【そうそう。それで、これからなんですけど……山田さんがこの世界で上手くやっていけるように、しばらくの間ですが脳内に声を送ってサポートさせて頂きますね。筋肉の声よりは頼りになりますよ】
正直言って、脳内に声が響くのには慣れない。しかし、この世界のことを知らない俺にとってはありがたい話なんだろう。これも彼女の優しさだと思って、頼りにさせてもらうとしようか。
「わかった。長掌筋くらいには頼りにさせてもらう」
そう返答すると、俺は身を起こした。平気なフリをしていたが……大地に自爆した肘がかなり痛んでいる。
【それじゃ……あちらの方向に向かって進みましょうか。しばらく歩けば街がありますよ】
こうして俺は、彼女の声が指す方向へと向かうのだった。




