15話 「やめろ……おい、目はやめろ!」
目が覚めると、俺は筋肉をほぐし……宿を出る。なお、本日のスウェットには抱きつき魔と書いてあった。これを着て街を歩くのは恥ずかしい。
【事実ですから】
事実かもしれないけどさ……スライムという対象が入っていないと犯罪者にしかみえないだろ。
案の定、街の中心部に足を踏み入れると……周囲は俺を見てヒソヒソと噂話を始める。
【前も言いましたが……まだ七十日以上残ってますからね】
俺はあまりの恥ずかしさに駆け出すしかなかった。
***
どれくらい走っただろう。俺はにわとりマンが生息するという平原に辿り着いた。そして周囲を覗う。視覚的には異常なしだ。しかし聴覚的には……特大の異常が存在していた。
「コッ、コケー! コココッコケー!」
にわとりの鳴き声が聞こえてくる。それも……バカでかい声でだ。にわとりが朝に鳴くってのは有名な話だろうが、ここまで特大な音圧では目覚ましどころではない……騒音だ。スライムでは理解できなかったが、何故この世界では魔物の討伐に報酬が出るのかわかった気がする。この魔物は……駆除されなくてはならない。
俺は声のする方に向かった。しかし声がデカすぎるせいだろう、その反響音すらデカすぎて……近づけば近づくほどヤツの声が何処から発せられるのかわからなくなる。頭がクラクラしてきた。
俺は手を頭に当てると首を曲げ、地面に視線を落とす。頭痛の時のポーズだ。この姿勢になると自分の足元がよく見えるな。ほら、俺のレスリングシューズと……鈎爪が見えるだろ。ん……鈎爪?
俺は驚いて振り返る。すると俺の目前、本当に目前だ。互いの距離は数センチしか離れていない、まるで試合前の睨み合いの距離感だ。そんな場所に……にわとり八割、人間二割の生物がいたのだ。
「うわっ!」
「コケー!?」
お互いに度肝を抜かれたのだろう、思わず大声が出る。しかし、にわとりマンの声量は俺を遥かに勝っていた。
思わず手が出てしまう。
「うるせえ!」
ボコッ!
思わず……俺は目前のにわとりマンを殴ってしまった。
「コッ……コケー!」
豆鉄砲を食らった鳩のように丸い目を向けるにわとりマン。次第にヤツの瞳は殺気を帯びてきた。
俺はいったんヤツと距離を取る。どうやら……試合開始のようだ。
俺はにわとりマンとの距離を保ちつつ、ヤツの風貌をじっくりと観察する。確かに人間とにわとりが混じっている生物だ。
そうだな……まず人間を想像してみてくれ。そして体表に羽毛を生やす。背中には小さな翼も生えているな。そして手と足は……前三本、後一本の鈎爪に置き換えよう。最後は頭だ。これは……人間の頭部をにわとりの頭部とまるっと交換する感じだな。ほら……パーティグッズであるだろ、動物マスク。あれを想像するのが一番早い。
ヤツを観察するのもこれくらいでいいだろう。そろそろ……試合に動きが生じる頃合いだ。俺はにわとりマンとの距離を少しづつ縮める。ヤツがそれを嫌がる気配もない。
「行くぞっ!」
俺がゆっくりと距離を詰めるのを相手が拒まないという事は……ヤツにとって、その展開に不満がないということになる。そうはいかない。俺は急激に速度を上げる……距離はあっという間に詰まり、ヤツは目の前だ。
その時……にわとりマンは跳んだ。
その場で垂直に……高くジャンプしたにわとりマン。俺の視界はヤツの下半身の羽毛に埋め尽くされる。そして鈎爪を備えた足が……俺の顔面目掛けスイングされた。
ぐはぁ……。
仰向けに吹っ飛ぶ俺。流石は鳥類だ。キックの破壊力は凄まじい。しかも鈎爪のせいで……額から流血してやがる。
【ダチョウのキックとか、普通に人が死ぬレベルですからね】
俺はすーさんの発言を聞き流しつつ、身を起こす。顔面は痛むがクラクラしてはいない。良かった、三半規管を揺さぶられていたら立てなかっただろう。もし、そうだったなら……敗北必至だった。
俺はファイティングポーズを取ると、再びにわとりマンと対峙した。勢いよく近づけば、さっきのジャンプキックの餌食にされてしまう。仕方ない……不本意だがゆっくりと間を詰めるか。俺はじわりと距離を詰める。
慎重に迫ったおかげか、今度は無事にヤツに接近できた。そろそろだな……俺は両腕を上げると、にわとりマンに組み付いた。ヤツの首の裏に手を回すと、ヤツも俺の首裏に腕を回す。そしてそのまま密着した。この姿勢……プロレスではロックアップと言う。
俺とヤツはロックアップのまま……力を比べ合う。力に勝る者が次の展開を有利に進めることができるからだ。だが、俺とヤツは一歩も譲らず…………平衡状態を保っていた。
組み合ってから何分か経た時……ついに均衡が破られる。
「コッコッコッコ!」
にわとりマンが嘴で俺をつついてきたのだ。顔面をガードするためにロックアップを解除するべきだろうか……いや、ダメだ。やめてはいけない。何故なら、プロレスラーが鳥ごときに……ロックアップで負ける訳にはいかないからな!
「やめろ……おい、目はやめろ!」
にわとりマンの嘴が俺の目玉に近づいてくる。すかさず俺はロックアップを解くと……にわとりマンから一目散に距離を取った。
【鳥ごときに……ロックアップで負けちゃいましたね】
仕方ないだろ。アイツ……俺の目玉を突こうとしたんだ。そんなん誰だって逃げるだろ。俺はすーさんに返答する。
「負けてはいない……流石に目玉への攻撃は反則だ」
【どうです? それで……倒せそうですか?】
うーん……どうだろう。正直に言えば、わからない。
【…………頑張ってくださいね】
俺の沈黙を返事として受け取ったのか、すーさんから激励が送られてきた。
そして俺は目前のにわとりマン……いまだかつて出会ったことのない最強の敵との闘いを続けるのであった。




