1話 「皆さん、こんばんは」
死んだはずの俺が目を覚ましたのは……暗転したリング上だった。俺は赤コーナーにもたれかかったまま、対戦相手の入場を待っている。
意味がわからない。なぜ……俺はリングの上に立っているんだ。
俺は死んだはずだ。しかし、振り返っても……死の間際の記憶が蘇ってこない。
だが、これだけは言える……俺が死んだことだけは間違いない。
何故かって?
それは……俺の筋肉がそう言っているからだ。特に僧帽筋がそう告げている。どうやら今日も僧帽筋の機嫌は極上みたいだ。それでは他の筋肉の機嫌はどうだろう? 俺は己の全身の筋肉を撫でると機嫌を確認し始めた。
その時……。
眩いほどの光がリングを照らした。スポットライトだろうか……。あまりの光量に俺の視界は白一面に覆われてしまった。
コツッコツッ
視覚に頼れない俺を聴覚が補佐してくれる。どうやら向かい側から……何かが近づいてくる音がしたのだ。それは青コーナー側だ。まさか対戦相手か!?
俺は目が光に慣れるのを待つ。少しずつ鮮明になる視界。どうやら俺の向かい側……青コーナーに対戦相手が立っているようだ。死ぬ前はプロレスラーだった俺からすれば……いつもの見慣れた光景だ。
しかしその光景には違和感も覚える。その理由……そんな事、考えるまでもない。
何故なら……俺の対面、青コーナーに立っていたのは…………女神だったからだ。
青コーナーに立つ女神のような女。
彼女の髪はヘアーホイップで投げられたら、さぞ映えるであろう黄金色だ。リングを照らす光を強く反射させている。
ちなみにヘアーホイップというのは女子プロレスでよく見られる、髪の毛を掴んだまま相手を放り投げる技のことだ。
ちなみに俺は喰らったことはない。決して毛髪量的に厳しいだとか、そういうわけじゃないぞ。何故かといえば男子プロレスでは滅多に見られない技だからだ。
彼女の全身にも視線を向ける。彼女はキラキラとした羽衣のような衣装を身に纏い……胸部の膨らみと腹部のへこみ、そして臀部の膨らみが見て取れる。彼女の凹凸が際立つボディー。俺も背筋の凹凸には自信があるのだが……流石に勝てないな。俺の背筋は悔しさのあまりか収縮を繰り返していた。
しかし……妙だな。対面する彼女は……まるでプロレスラーとは思えない。何故かというと……彼女の露出された腹筋の分割具合や大腿筋の張りがレスラーのそれには程遠く見えたからだ。
死んだと思えば……気づけば、こんな場所で……俺は素人女とプロレスをしないといけないのか?
そんなことを考え出した瞬間、いつの間にだろう……彼女はマイクを取り出していた。そして、口を開く。
「皆さん、こんばんは」
彼女はそう発すると、周囲の反応を待った。しかし何の反応も帰ってこない。当たり前だ。俺が見る限り……周囲に観客はいない。しばらく無反応の周囲……そして彼女は、恥ずかしそうに赤面を浮かべた。
「ゴホン……ゴホン」
落ち着きを取り戻す意図だろう。彼女は咳払いをした。その音はマイクに拾われると……周囲に響き渡る。覚えておくといい。そういう時はマイクを手で覆う。これがマイクパフォーマンスのコツだ。
そんなこんなしていると落ち着きを取り戻したのだろう。彼女は再び、口を開き始めるや…………
「時は来た!」
そう叫んだ。そして彼女はマイクを俺に向かって放り投げた。俺の返答を要求しているのだろう。
俺はマイクを拾いあげる。しかし……何を言えばいいんだ? いきなり「時が来た!」って言われたとして……俺にはなんの時なのか心当たりがない。それなのに……そんな俺を彼女はずっと直視してくる。
お願いだからやめて……こっちを見ないで。何か言わなきゃいけない空気にしないでほしい。
しばらくの間……微妙な沈黙がリングを支配した。この空気感には耐えられない。
仕方ないから何か言おうか……でも、なんて言えばいいのやら。俺の脳は完璧な返答を求めるべく最大出力していた。それでも……答えが見つからない。
こういう気まずい瞬間って……稀によくあるだろう。俺も稀によくあった。そして稀によくあったせいで、俺は解決法を知り尽くしている。
それは……脳で考えない。それだけだ!
そう、俺が知る……困った時の解決法は脳を使うのではなく、筋肉を使うことだ。大丈夫! 筋肉で考ろ、筋肉の声を聞くんだ。そして筋肉の言うがままに発してやればいい!
大丈夫、この方法で俺は上手くやってきた。そして……たまに上手くいく。
意を決した俺はマイクを口元に近づけると……筋肉の意思を彼女に向かって叫ぶ。
「何がしたいんだコラ!」
そう言い終わるや、マイクを彼女に投げつける。投げつけるとは言ったが相手に当ててはいけない。
相手の足元に落ちるように配慮しながら、それでも勢いよく投げつけるのだ。これこそがプロの技。ほら……万が一にもマイクが相手の顔に当たったりしたら……怪我するかもしれないだろ。
果たして、彼女に筋肉の意思が伝わったのかはわからない。しかし彼女はマイクを拾い上げると……
「何コラ! タココラ!」
そう叫び返してきた。それが言語としての返答になっているのかはわからない。
しかし、俺と彼女は魂レベルで繋がったのだ。そう感じた。
その後……タコとコラとバカヤローの組み合わせを用い、相手を罵倒する合戦が始まった。しかし三種類の罵倒の組み合わせでは、戦が長続きするはずがない。互いに罵声レパートリーが尽きると……彼女は表情を変えた。
先程までのタココラ合戦時の表情とは異なり……確実に何かを伝えようとする真剣な顔つき。
ようやくマイクアピールの本題に突入するのだろう。そして彼女は口を開いた。
「あなたには、リバプ……じゃなくて異世界の風になってもらいます」
こうして……何がなんだか、よくわからないが
俺は異世界に行くことになった。ひょっとしたらマスクマンにさせられてしまうかもしれない。
作者からのお願いです。
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