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藤梅合戦  作者: 風風風虱
9/15

焔焔

 春の風が、紫宸殿の几帳を揺らしていた。

 若き天皇は御簾の奥で文机を前にしていた。机上には、仁和寺から届いた文が広げられている。


「春の祭儀にて、神前の詞は、寛平の式に倣うべし」


 宇多法皇の筆による指示だった。

 それは、祭儀の詞の文言にまで及ぶ、細やかな干渉だった。

 帝の表情は険しい。


「父上は、法皇となられたはず。

灌頂を受け、俗を離れ、仏の道を歩まれると宣言された。

ならば、政も儀も、朕に任せていただきたい」


 仁和寺からは、毎日のように文が届いていた。

 祭儀の次第、詔の語句、果ては歌会の題まで……

 父の理は、新帝の政に染み込んでくる。


「寛平の治は、父上の御代の名である。

だが、今は昌泰。朕の御代だ。」


 帝は立ち上がり、几帳の外を見やった。

 庭には若葉が揺れていた。


 その緑は、仁和寺の庭にも同じように揺れているのだろうか

 

 帝は自分の心も同じように揺れているのを感じていた。苛立ち、とでも言うべきか。

 そして、ふと気づく。


 祭儀の詞を整えるのは、右大臣、菅原道真。


 詔の文言を起草するのも、道真。


 歌会の題を選ぶのも、道真。


「道真が詞を整えれば、父の語が響く。

道真が詔を起草すれば、父の意が潜む。

道真が歌の題を選べば、父の理が香る。」


 道真は誰よりも忠実だった。

 理を重んじ、礼を守り、政を正そうとした。

 ただそれだけだろう。他意はないだろう。

 だが……



「忠実すぎるのだ、あの者は」


 道真は、父上の理の器である

 その筆は、父の理を写し、父の声を響かせた

 自分の政において、道真は父そのものなのだ

 父は仏となったはずだった

 だが、自分の政には、なお父の影が差していた

そしてその影は、道真の筆として、声として、自分の前に立ちはだかる。

 

 帝の心の苛立ちはぶすぶすとくすぶり続け、少しずつ別のものになっていく。

 帳の向こう、静かな闇の中で、ふと脳裏に浮かんだのは大納言、藤原時平の面ざしだった。

 未だ東宮であった頃、礼を語らず、理を説かず、ただ「御心のままに」と言った男。

 その言葉が、今夜ほど胸に響いたことはなかった。

2025/11/22 初稿

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