幕間
夕刻、清涼殿の南庭に面した控えの間。
日が傾き、簾越しに差す光が、几帳の縁を淡く染めていた。
数人の公卿が集まっていた。
いずれも藤原氏の中堅どころの公卿たちだ。表向きは穏やかな談笑の場であったが、声の端々に棘があった。
「……我が家の荘、検地の名のもとに、半ば召し上げられたようなものですぞ」
1人が、扇を閉じながら吐き捨てるように言った。
「まこと、理を語るは易し。だが、代々の地を守ってきた者の苦労を、あの右大臣殿はご存じない。」
もう1人が、無言で頷いた。
「我が家も同じ。租税の名目で、年貢米の割り当てが倍に。しかも、地元の受領は道真殿の案を盾にして、容赦なく取り立ててくる」
「まるで、我らが不正をしていたかのような扱いですな」
「理を盾に、情を斬る。あれでは、政ではなく裁きです」
「それでも、帝は右大臣殿の案をお認めになった。もはや、我らが何を言おうと、理の名のもとに押し通される」
場の中心にいる公卿が扇を膝に置いたまま、ぽつりと言った。時平である。
「和して、同ぜず。あの方は、まさしくそういうお人だ」
誰も反論しなかった。追い討ちをかけるように時平は言葉を続ける。
「争わぬ。だが、誰とも同ぜぬ。だから、誰も寄り添えぬ」
沈黙が落ちた。外では、夕風が庭の木々を揺らしていた。
「そして、誰も助けぬ」
1人が時平の後を継ぐようにポツリと言った。
「……いずれ、あの理が、理でなくなる日が来る。」
続いて、もう1人。
ヒヒヒと蜩が静かに鳴いた。
2025/11/22 初稿




