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潜熱
蔵人が退出したのは、夕刻の少し前だった。
紫宸殿の簾が下ろされ、帝は他の奏事へと移っていた。
ちょうど同じ頃、時平は静かに内裏の一隅へと向かっていた。
人目を避けるように、几帳の陰に控えていたのは、先ほどの蔵人、藤原某。
「……言葉は、届いたか」
時平は、几帳の向こうから声をかけた。
蔵人は深く頭を垂れた。
「はい。御上は、斉世親王の名にわずかに反応を示されました」
「右大臣の名は?」
「直接の疑いは持たれぬように申しました。ただ、忠の所在について、陛下はしばし沈思されておられました」
時平は、しばらく黙した。
几帳の向こうで、風がわずかに揺れていた。
「帝の御心に、影が差せば、それでよい。あとは、時が育てる」
蔵人は、再び頭を垂れた。
「右大臣は何も知らぬまま、政に臨んでおりましょう」
「それでよい。理の範疇しか見られぬ器だ。事が起こるまで何も気づくまい。気づいた時にはすべてが遅い」
時平の声は低く、冷ややかだった。
2025/11/22 初稿




