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私、愛されていますので


 ある国に、馬鹿な侯爵令嬢がいた。

 継承権第一位の王太子殿下の婚約者。未来の国母、レティシア・オベール。

 本来その立場にいるべきは、聡明で能力が高く淑女の鑑のような存在だ。

 しかし、レティシアは高飛車で傲慢だった。おまけに、貴族の証でもある魔法も下手だった。


 彼女はプラチナブロンドの巻き髪を靡かせ、自分よりも下位の令嬢を引き連れて、学園の廊下を闊歩する。貴族が通う学園に制服はなく、無駄に華美なドレスは人々の目を惹くが、その紅い瞳に捉えられてしまえばおしまいだと、一般生徒は皆目を伏せるのだ。

 ……そんな中、レティシアを気にしない存在がいた。


 学期末の舞踏会で、一男子生徒が声を上げる。音楽は鳴りやみ、人々は動きを止めた。


「殿下、私の話をお聞きください! レティシア・オベール様は、アネットを虐げ、学園内の分断を引き起こしています。そのような人は国母にふさわしくない!」


 時期外れの転入生。伯爵家の隠し子で、突然貴族になった元平民。アネット・フランソワ。彼女はとても可憐で優しく、勤勉だった。それも転入試験で満点を叩き出し、すぐに生徒会に招集されたほどだ。生徒会は特に優秀な生徒だけが集められるエリート集団で、王太子殿下を筆頭に、後に国の中枢を担う人物が所属している。

 そんな期待の新星であるアネットを、レティシアが虐げているというのだ。

 殿下の冷めた瞳に、男子生徒は続きを語る。


「レティシア様は、優秀で可愛らしく人気の高い彼女に嫉妬し、彼女をお茶会に呼ばず、公衆の面前で叱りつけたりしたのです」


 皆、レティシアを見た。確かに、レティシアにはアネットに嫉妬する要素がある。彼女は決して聡明ではないし、それ故に、侯爵家でありながら生徒会に入れていない。実際、魔法実技の時間に叱りつけているのを目撃したのは、一人や二人ではない。


「これだけではありません。その上、レティシア様はアネットに暴漢を仕向けたのです。殿下がアネットと二人で話しているのを見て、殿下を疑い、アネットを消そうと思ったに違いありません。自分が愛されていないからといって下劣な行為です」


 と、ここでレティシアはその長いまつ毛を瞬かせた。こてん、と首を傾げる。その姿を見て、誰もが口を噤んだ。



「殿下を疑うなんてこと、しないわ。(わたくし)、愛されていますもの」


 バーン!

 そんな効果音が鳴り響くかのようだった。シリアスな雰囲気は消し炭にされ、皆耐えきれなくなったかのように口をキュッとすぼめる。笑ってはいけない断罪劇の始まりだ。

 唯一、殿下だけが自由に大笑いをして、レティシア……レティを抱き寄せた。


「あっはははは……。そうだね、可愛いレティ。僕は君をとても愛しているよ」

「知ってますわ。だからといって、毎度どこへ行くのか、何時に帰っていらっしゃるのか、何をお話しになるのかまで報告してこなくてよろしいのですけれど」

「僕が伝えたいから、伝えているんだよ。本当は記録用水晶の録画まで見てほしいくらいだ」


 殿下は艶のある黒髪を揺らし、レティの額に自分の額をくつける。そのアメジストのような瞳には口を尖らせたレティしか映っていない。美麗な王子様と金糸の令嬢。完全に二人だけの世界だった。その距離の近さに一部生徒は手で目を覆う。


「わ、私はいじめられてなんていません!」


 イチャコラによって貴族たちの重い雰囲気が解けたところで、ここぞとばかりにアネットが声を上げる。アネットに恋をしていた数人以外、一般生徒たちは皆、首を縦に振った。

 ()()レティが、嫉妬などでいじめるわけないのだ。


「レティ様は、貴族社会に慣れない私のために指摘してくださり、我が家に家庭教師の推薦状まで送ってくださいました……!」

「お茶会の件も、彼女のためですわ。レティ様は私たちの彼女への不満を聞いてくださっていたのです」

「そもそも、あの時点で呼んでいたら彼女への批判はもっと酷くなっていたでしょう。殿方には理解できない世界が、女性にはあるのです」

「というか、あなた方のような浮ついた方々のせいで、レティ様が出なければならない事態になっていたのだと、自覚してくださいまし!」


 アネットを筆頭に、取り巻き達も援護する。好きな子や女性陣にボコボコにされ、男子生徒は涙目だ。


 ……アネットを呼ばない茶会、それはヘイト管理会だった。叱ったというのも、他の生徒たちの反応を見ての事。レティは阿呆だが、もの知らずではない。庶民と貴族で男女間の距離感が違うことなどわかっていた。

 侯爵令嬢であり未来の国母であるレティは、社交界を仕切る義務がある。そして、ヘイト管理会に本人を呼ぶわけにはいかないのは猿だって、いやレティだってわかる。

 レティは取り巻き達や皆の愚痴を聞き、宥め、解決策を出し合わせていたのだ。結果として、レティは王妃教育の際にお世話になった敏腕教師に一筆書き、皆はレティの心の広さにしぶしぶ溜飲を下げた。馬鹿でないアネットはこのことに酷く感謝し、今や取り巻きの一人と化している。


「ぐっ。で、ですが、彼女は襲われかけて……!」


 男子生徒はイタチの最後っ屁かのように、言葉を絞り出した。が、またもやバッサリと切られる。


「……何を勘違いしているのか知らないが、暴漢の襲撃に遭ったのはこの僕だ」

「え?」

「ほら、この間の」


 殿下の言葉に、鳥頭のレティはポカンと口を開ける。数秒の間の後に、思い出したように目を輝かせた。


「ああ、あの時の暴漢ですわね。それはもう猛々しく、バッタバッタと薙ぎ倒した私の勇姿をご覧になられたでしょう!」


 ちなみに、レティは猛々しくの意味がわかっていない。なんとなくかっこいいからで使っている。


 ”ある生徒が暴漢に襲われたらしい”。学園で囁かれていた噂はここまでだ。

 実際のところ、これは殿下が継承権第一位であることが不都合な一部貴族たちが仕向けた事件であった。貴族社会は一枚岩ではなく、また悪意が蔓延っている。しかしこの件も、レティが隣にいたことによって解決した。

 確かにレティは成績が悪い。魔法の授業でも先生から呆れられてばかりだ。

 ……が、弱いわけではなかった。ただただ、魔法理論を理解できず、出力が下手なだけだった。初級魔法や身体強化魔法を感覚で、膨大な魔力で使う人……つまり脳筋だった。

 殿下を狙った暴漢は、レティの圧倒的暴力を前にボコボコにされ、命を狙ったことでなくレティの拳を汚したという理不尽な理由で殿下によって締め上げられた。

 王家絡みであり現実離れした話に、噂は抽象的にならざるを得なかったのだ。


「え、あ……」


 恋に盲目で、自分こそがアネットのヒーローだと思い込んでいた男子生徒は、とうとうその場にへたり込んだ。他の暴走していた数人も、一歩違えばそこにいるのは自分だったかもしれないと顔を青ざめさせる。


「レティが国母にふさわしくない……か」


 殿下の冷ややかな視線は、最初から彼に向けられていた。


「不敬にもほどがあるな」


 より近く抱き寄せる殿下に、レティは嫌がる猫のように距離を取ろうとする。仲睦まじい姿を見せるのは未来の国母として義務ですが、さすがに距離が近すぎますわとか小声で抗議している。レティの小声は小声ではないが。


「……ダニエル・トミーヌ。君に降か」

「っ罰として、校庭百周ですわ!!」


 殿下の処罰は、レティの明るい声によってかき消された。男子生徒の首の皮が一枚つながった瞬間だった。取り巻きはレティ節に心酔し、他生徒は安堵する。レティを害した奴を社会的に殺そうとしていた殿下は額に手を当てた。


「……レティ。それは」

「甘すぎる、だなんて言わせませんわよ。私は未来の国母。だとすれば彼は未来の子供ですわ。人を疑い、勝手に決めつけるのは悪いことです。悪いことをしたら、罰を受けなければ!」

「ねぇ、レティ」

「ダニエル、そんなに顔を青ざめないで。大丈夫よ、私も一緒に走って差し上げるから。百周なんてすぐよ」


 どこの世界に、罪人と一緒に校庭を走る侯爵令嬢……王太子殿下の婚約者、未来の国母がいるのだろうか。あと、学園の校庭は魔法訓練場も含まれており、相当広い。百周はすぐじゃない。常人はレティほど爆速じゃない。

 これはもう何を言っても通じないな……と殿下は諦めた。


「はぁぁぁ……レティの寛大な心に感謝するといい」


 かくして、男子生徒はレティに救われた。貴族にとって死に近い降格を免れた。後で百周目でゲロを吐くことにはなったが、安いものだろう。


 誰よりも優秀で、見目も整っている殿下。人心掌握に優れており、できないことはない。そんな彼に女生徒や他国の姫が寄ってこないのは、何も婚約者がいるからというわけではなかった。

 この男、生まれた時から冷酷無慈悲で人でなしだった。俗にいう、欠陥のある人。仲間なら心強いが敵にはしたくないタイプだった。……その彼が唯一心を動かし、執着しているのがレティである。


 天真爛漫で予測も制御も不可能。眩しいほどに輝き、善意で動く愛らしい存在は、彼の脳を焼いた。侯爵令嬢の彼女には貴族社会の闇が襲い掛かることもあった。例え命を狙われたとしても、彼女は挫けなかった。どうにか助かった次の日には謎に鍛錬を始め、勉強ができなくとも自分を卑下することは全くない。学ぶ努力を止めず、『庶民の心のわかる王妃になれという、神からのお達しですわ』と宣う。転んで泣いても立ち上がり、常に諦めない彼女への愛は年々増すばかり。

 レティに嫌われたくない、レティを守りたい、その一心だけで、殿下は次期最高権力者の地位に座っている。これは周知の事実であり、殿下の執着と牽制が恐ろしすぎて、一般男子生徒はレティと目も合わせられない。


「さぁ、皆様。学期末パーティーを再開しましょう」

「レティ、もう一曲踊ってくれるかい?」

「えっと、その、私赤点の補講が……」


 つまり、このお馬鹿なレティが国の命運を握っていると言っても過言ではなかった。



 読んで下さりありがとうございました。

 ブクマ、評価などして頂けると作者喜びます。コメントなどもお待ちしております。


 本作はコメディ短編「悪役令嬢がわからない」から派生した作品でして、下のリンクからそちらも読めます。平民の大親友視点のお話です。バカわいいレティが読み足りない方はぜひ。

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↓↓短編コメディ↓↓
悪役令嬢がわからない

― 新着の感想 ―
面白かったです。ただし、主人公は「馬鹿」ではない気がします。
2025/09/13 11:20 コペルニクスの使徒
ステキステキステキ!! 私のお粗末なボギャブラにバかわいいが加わった瞬間でした! 鮮烈!
レティ様、さいこう。
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