09 美白超えて蒼白
思えば、目を覚ましてから陽の光を浴びるのはこれが初めてかぁなんて思いつつ、どこに焦点を合わせるでもなく屋敷の門扉を眺め続ける。
かつてのフェリクス様直伝、平民生まれを少しでも令嬢っぽく見せる所作については、完全に頭から抜け落ちてしまったので、とりあえずへその前あたりに両手を重ねてそれっぽく振る舞ってみている。
マルレーンとのやり取りを終えて、私は今、お出掛け前の待機中というわけだ。
提示された二つのドレスから、私は結局銀を選んだ。
つまりは、ふわふわしたフリル付きの純白ドレスの方。
実は、赤のドレスも試着させて貰ったのだけれど……ただでさえドレスが赤いのに、私の肌が美白すぎるせいで、緩急のインパクトがとんでもないことになってしまったのだ。
いや、正直美白というのもおこがましい……例えるならそう、蒼白だ。
死相が浮き出ているどころか、完全に死んでしまっているわけだから当たり前だけど、鮮烈な赤と死人の蒼が合わさった結果、第一印象が吸血鬼になってしまったのだ。
それならばまだ、全体的に真っ白で透き通るような印象を与えた方がいい。
統一感がありすぎて、病人に間違われそうだけど……死人とバレるよりマシだろう。
考えてみれば、フェリクス様の言う「いろいろな準備」には、そういった隠蔽工作も含まれているのかもしれない。
まあ、再開時の印象が印象なものだから、未だにマルレーンの言うことは信じ切れていないのだけど。
「フェリクス様も……人がせっかく生き返ったんだから、素直に喜んでくれればいいのに」
それとも、十年経ったら情も薄れてしまうものなんだろうか。
我ながら、一回死ぬ直前までは、それなりに良い関係を築けていたと思ったんだけど……思い違いだったんだろうか。
なんて考えを巡らせていたら、背後から足音が近づいてくるのがわかった。
できるだけゆっくりと振り向いて、近付く人影を視界に入れる。
「待たせた」
振り向いた先に見えたのは、予想通りのフェリクス様だ。
白を金色で縁取った、聖騎士のコートに純白のマント。
釣り気味なネイビーの瞳でこちらを見据える……薄いベージュの髪色が……アレ?
「髪、切りました?」
「第一声がそれかよ」
突っ込まれてしまったけれど、仕方がないと思う。
あの日見た不長髪から打って変わって、フェリクス様の薄ベージュ髪は、それなりに短く切り揃えられていた。
ウルフカットって言うんだろうか。少しふわっとした印象の髪型は、男性にしてはまだ長い方なのかもしれないけれど、あの長髪に比べれば天地の差だろう。
「いや、結構似合ってるなって」
それは紛れもない、私の本心だ。
正直、あの夜見た長髪はあまりにも不健康に見えるというか、なんとなく薄暗い印象がして似合っていなかったように思える。
「私の中のフェリクス様は、どちらかと言えば感情豊かな人なので」
「……意味が分からないが」
「今の方が好みってことです」
「……ふん」
まあ、フェリクス様も私の好みになんて興味ないんだろうけどさ。
その証拠に、歩いてきたフェリクス様はそのまま私の脇を通り過ぎて、鉄柵の門扉の方へ歩いて行ってしまった。
「……もう!」
本当に、なんでそんなに無愛想なんだろ。
一度は命を預け合った仲間なんだから、もう少し愛想よくしてくれてもいいのにな。