08 まるでお人形さんみたいに
それからの私はフェリクス様の食卓の上で毎日お食事を共に……することはなく。
結局しばらくしてから、私は銀皿にピッタリなクロッシュをかぶせられて、別の部屋に移動させられることになった。
流石貴族のお家だけあって、輸送中クロッシュの中で生首が暴れ回ることもなく、至極丁寧に輸送されたわけなのだけど……
「さあお選びくださいエルカ様!」
そんな言葉と共に開かれた視界の前には、三種類の人型が存在していた。
一つ目は腰から肩にかけて金の糸を縫いこまれた赤い布地。スカートはロングで、外付けの装飾は少なめな、鮮烈な印象を受けるドレスを着たマネキン。
二つ目はきめ細かな布が光沢を放つ純白の布地。全体的にふわっとした印象で、袖口のフリルには銀の糸が編みこまれた、透明感のある印象を受けるドレスを着たマネキン。
そして三つ目はところどころくすんだ灰色を纏っている布地。どことなく古風で儚げな印象を受けるワンピース……というより死装束。
なんなら直立してすらいない、寝台の上に寝かされた私の首無し死体が目に入った。
「あの、選ぶってこの中からですか?」
「はい! 金と銀、お好きな方をお選びください!」
「いえ私が落としたのはこのみすぼらしい首無し死体でございます……じゃないんですよ。落とされたのは首であって身体じゃないんですよ」
「まあ! 正直なあなたには金銀両方の首を差し上げましょう!」
「そこはドレスにしてくださいよ」
いくら死地から舞い戻ったとは言え、人を地獄の番犬に仕立て上げようとしないでほしい。私は確かに化け物かもしれないけど、これ以上人間らしさを失いたくはないのだ。
「ともあれ……お久しぶりです、エルカ様」
「え? あ……あなたひょっとしてマルレーン?」
「その通りでございます!」
私が記憶の彼方からまだ幼く、見習いだったメイドの一人を探り当てると、丁度後ろの方から彼女が姿を現した。当時まだ14歳ほどだったはずの彼女はすっかり大人に成長して、年上のお姉さんらしい見た目になってしまっている。
「なんというか……成長したね。マルレーン」
「ええ! この通り身長もお胸もすっごく大きく!」
「ははは……」
わざわざ言及しなかったけど、確かに彼女の言う通りだ。彼女は年相応の低身長で、か弱い印象だった当時の彼女は見る影もない。いつも弱々しく垂れ下がっていた眉も今はきりりとつって、非常に元気の良い表情をするようになった。
「それで、わざわざ生首になっちゃった私に新しいドレスを勧めるのはどうして?」
「それはもちろん、明日着ていくお洋服をその目でお選び頂くためです」
「明日……?」
私が(今現在の)全身を傾げると、マルレーンはきょとんとしてしまう。
「フェリクス様から、お聞きになられていませんか?」
「うん……特に何にも」
「あらあらまあまあ、全く奥手ですねぇあの方も」
奥手というにはあまりにもバイオレンス過ぎる気がするけれど、確かに伝えられるべきことは伝えられて居ない気がした。この身体で伺いを立てるわけにもいかないし……マルレーンが全部教えてくれないかな。
「フェリクス様は、エルカ様を正式に、この屋敷の客人として迎え入れようと考えているそうです」
「ほう?」
「ただ……そのためにはいろいろと準備が必要でして……その関係で一度、それらしい格好をして頂こうというわけです」
「なるほどね……」
驚いた。あんなやり取りをしておいて、私の身分を保障しようとしてくれているなんて。
ひょっとしてフェリクス様も、そんなに悪い人じゃないのかな?
なんて思うけれど……聞いておかなければいけないことは、もう一つある。
「ところで、それ以前の問題なんだけど」
「はい、何でしょうか」
「私、ここからどうやってもとの身体に戻るの?」
「それはご安心ください! 実はですね……」
私が質問を投げかけた瞬間、マルレーンはふっと視界外に消えて、すぐさま何かを持って戻ってきた。明るい色の布で造られた……小物入れかなにかだろうか?
なんてのんきな事を考えていたら、彼女はその小物入れから、何かを取り出した。
見たところそれは……針と糸のようなものだろうか?
「私、この十年で、お裁縫もすっごく上手くなったんです!」
「え?」
まさか……マルレーン。
あなたひょっとして、ソレを私に使うつもり……?