09 十年振りの共闘
衛兵団の詰所を後にして、アンデットの目撃報告のあった森の中へと向かう。例の少年の残した足跡や血痕はまだしっかりと残っているから、迷うことはない。
街道に比べれば随分と柔らかい、草花の茂る森の中を進んでいると、流石に気が付いた。どうやら今、私たちが向かっている先は丁度、私たちが来た道でもあったらしい。
「どうせこの辺りで迎えに来てもらう予定でしたし、請け負っておいてよかったですね?」
「……ふん」
隣を走るフェリクス様はそんな風に素っ気ない相槌を返すけれど、今の彼が随分とばつ悪そうな表情をしていることに、私は気付いている。
「彼らが知らせてくれなかったら、帰り道で奇襲されてたかもしれませんもんねー」
「うるさいな」
一度は断りかけてしまった分、結果的には自分たちのためになる状況になってしまったことが気持ち悪くてしょうがないのだろう。
「それより、あんたもしっかり戦えるんだろうな」
「あら、再会直後に証明しませんでした?」
自分で言うのもなんだけど、あの屋敷前での身のこなしは、常人の技ではなかったように思うけれど。フェリクス様から見てみれば、不十分だったんだろうか。
「黒魔術の触媒も、持ち合わせがないだろ」
「……ああ!」
なるほど確かにその通りだ。元護衛とはいえ、あくまで私の本領は魔術戦。魔術の行使に必要な触媒無しに、十分に戦えるかと言えば、NOと言わざるを得ないけれど……
「心配いりませんよ。私の本領はあくまで近接戦。黒魔術は数ある武器の一つに過ぎません」
服装はまだドレスのままだけれど、簡単な防具や装備は身に着けているし、多少なり動きやすいように邪魔な宝飾品は外してある。対人戦ならともかくとして、知能の低いアンデットごときに、遅れをとったりはしないはず。
「そうか。だったら今すぐやってみろ」
フェリクス様がそう呟くと同時に、前方から複数体の人影が走り込んでくるのが見えた。今姿が見えているだけで七体。少年の報告を信じるのなら、この倍は奥に控えているはずだ。
「ご安心を。私とあなたの実力なら、この程度敵ではありません」
これから始まるのは、軽い肩慣らしのようなものだ。そのことを証明して見せるべく私は両手に握った獲物を強く握りしめる。私が獲物に選んだのは、護衛時代から愛用していた武器の一つ。
「両手持ちの斧槍は、集団戦には最適ですから!」
その声を合図に、戦闘が始まった。
正面には、依然として七体。
「ホーリーライト!!」
中空へ跳躍したフェリクス様が浄化の光を放ったタイミングで、私は大きく踏み込んで腰だめに構えた斧槍を横に薙ぐ。
光に怯んだ二体のゾンビを切断したことを確認したのち、奥のもう一体に穂先を突き込み、そのまま捻って柄を引き戻す。
――これで三体。
「奥のをやる!」
「任せます!」
フェリクス様が敵軍後方へ踏み込んだことを確認したら、新たに走り寄る四体を迎え撃つ。柄を水平に構えてそのまま押し出し、前の二体を転倒させる。そこで打撃の勢いが止まり、残りの二体に柄を捕まれる。
――斧槍はここまでだ。
私はドレスのスカートを翻し大きく掲げた右足で、ハルバードの柄を蹴り飛ばす。ハイキックの衝撃をもろに受けた二体のゾンビは、手放したハルバードと共に地に転がる。
「サブウェポンの出番ですね!」
右手で胸元の固定具を外し、中から手斧を抜き放つ。そのまま投げる。先程打撃を受けて転倒していたゾンビの脳天に手斧が直撃するも、もう一体のゾンビが私に組み付こうとする。
――今度は腰のこれを使う。
腰の固定具に下げていたのは、革地を板金で補強した丸盾……いわゆるバックラーだった。私はその持ち手を強く握りこみ、アッパーカットの要領でゾンビの顎にねじ込む。ゾンビの頭が宙を舞い、その過程で胴体と分離したのが見えた。
――残り二体。
ハルバードに押し倒されていた二体のゾンビが立ち上がり、私に向けて飛び込んでくる。手持ちの武器はバックラーのみ。だけど私は敢えて踏み込む。
「せいやっ!」
ステップインと同時にバックラーを振り抜き、斜め上から一体の頭を殴り飛ばす。これで残り一体。
「エルカ!」
「はいっ!」
フェリクス様の声でゾンビから一歩距離を取る。この声色は端的に言えば「任せろ」という意味だ。意識していたわけでないけど、身体が覚えていた。私が身体を逸らせる間に、フェリクス様の長剣が最後のゾンビの背を貫く。
「ホーリーライト!」
貫いた中から浄化の光を放たれて、ゾンビの身体が灰燼に帰す。念のため、奥の方にも目を向けてみたけれど、既に他の人影らしきものは無く、ただ同じように浄化された灰の山がいくつも残っているのが見えた。
殲滅完了だ。