07 厄介な死相を隠すメイク術
さて、結局今回の行き先は貴族街だったわけで、私は実際あれから、豪華絢爛な美容室に寄らせてもらったりもしているのだけど……
本当にこれってデートで間違いないんだよね?
「いやあ、貴族街の美容室ってすごいですね。私の見た目でも小言一つなくメイクアップしてくれるだなんて」
「ああ」
「……フェリクス様もやっぱり美容室とか行かれるんですか?」
「いや、行かない」
「……そうですか」
どうしよう、不安になってきた。私が貴族様御用達美容師さんから厄介な死相を隠すメイク術を施されている間も、この聖騎士さまはずっと背後で腕組みながら仁王立ちしてたし。
「ひょっとして何か怒ってます?」
「……いや」
「そ、そうなんですか……?」
私が尋ねてみても、フェリクス様は言葉を続けてくれそうにない。むしろ、私が声を掛ける度に表情が険しくなっていっている気がする。ただでさえつり気味なネイビーの瞳が、段々と強く細められて言っている気がする。
一体どういうわけなんだろう……と、私が思考を巡らせつつ黙り込みそうになったところでのことだった。
「こっちへ」
突然フェリクス様の身体が脇道にそれたかと思うと、彼はそのまま、私の身体を強く引き込んだ。結果的に私たちは大通り横の小道へ入って、木箱の裏に身を隠す形になる。
のんきに彼の異様な行動にわけを尋ねることもできるけれど、流石に少し察しがついた。
「……誰かに、つけられてました?」
「ああ。誰かは謎だけど」
どうやら、そういうことらしい。以前であれば、私やフェリクス様が誰かに後を付けられることなんて、めったになかったかもしれないけれど、今は少しばかり事情が違う。
十年の月日が経てば世間の情勢も変わるだろうし、なにより今のフェリクス様は聖騎士であるわけだ。いくらここが貴族街であるとしても、警戒しておくに越したことはないだろう。
「来るぞ。やれるか?」
「やってみます」
どうやらフェリクス様は、向こう方に応対することに決めたらしい。 彼は私より現状について詳しいだろうから、判断も任せた方が良さそうだ。
必要最低限の会話を終えて、私たちは身構える。心なしか急ぎぎみの足音(おそらく二人分)に耳をすませて、事情を伺う準備をする。
「むぐっ!?」
私とフェリクス様は身を翻すように彼らの背後を取り、首元に腕を回して口をふさぐ。彼らが抵抗する前に横道に引き込み、すぐさま尋ねる。
「何が目的ですか?」
尋ね終えたら、口をふさいだ掌を一瞬ほんの一瞬だけどけてやる。その隙に叫び出そうとするようなら、押し倒して制圧できるよう注意しながら。
「た、助けて……」
その声を聞いて、私はあることに気がついた。そのままゆっくりと拘束を緩めて、しっかりと目の前の彼に向かい合う。
「おいエルカ」
「大丈夫。この人、さっきの門番さんですよ」
そして、私の勘が正しければ、もう一人の子も敵対的な相手じゃない。というかよくよく見てみれば、フェリクス様が取り押さえているのは、年端も行かない少年みたいだ。
「それで、何の要件です?」
私が向かい合って訪ねてみると、門番さんは大きく一つため息をついて、私の顔を真っ直ぐ見据えた。
「町のすぐ外で、十数体のゾンビに襲われたと、そこの子が」
そう言って指さされたのは、フェリクス様が取り押さえている少年だった。
確かに彼の二の腕には、何かにえぐられたような傷がある。
おそらくそれは、アンデッドによる噛み痕だろう。すぐさま何らかの形で治療しなければ、深刻な感染症を呼ぶはずだ。
「なるほど。だからですか」
今のフェリクス様は休職中とはいえ、聖騎士様らしい服装をしている。急を要する治療活動には、それはもう適任に見えただろうな……