04 デュラハン式お忍びデート
フェリクス様に呆れ顔をもらいながら辺りを見回すと、辺りには穏やかな雰囲気の木立が見えた。全体的に木々の間隔がほどよく空いていて、地面には元気に草花が咲いている。陽の光が差し込みつつ、ほどよく日陰も用意された、とても良い雰囲気の場所だけど……
「えっと……街は?」
私が率直な感想を述べた瞬間、背後で馬のいななく音が聞こえた、続いてガラガラと音を立てながら馬車が引かれて、街道の奥へと消えていく。
「さて、行こうか」
「いや、街はどうしたんですか」
スルーしたつもりかもしれませんが逃がしませんよフェリクス様。街に向かって生活用品を揃えるはずだったのに、日の当たる森の木立で二人きりになっても黒魔術の触媒探しくらいしかできませんよ。
「心配するな。ここから少し歩いていけば、街はある」
「それならなんでわざわざ……」
「……馬車で入ると目立つんだよ。そうそうないとは思うけど、余計な噂は立てたくない」
「なるほど……?」
納得できるような、できないような理由だけど、それなら最初から平民らしい服装で出かければいいと思うし……
「フェリクス様?」
「……なんだよ」
「何か言いたいことがあるなら、遠慮なく言ってくださいね?」
それは、なんの取り繕いもない、私の本心だ。
はっきり言って私は察しの良い方ではないから、ちゃんと言ってくれないと分からないところが多い。
もしかしたら、普通の人なら気付けているはずのことでさえ、自分にはわからない自信みたいなものもある。
「……だったら一つ、言いたいことがある」
「はい、なんでしょう」
なんて私が受け答えしたら、フェリクス様は唐突に私に向かい合って、私の首に手を添えた。否、正確に言えば、ずっと首に添えている私の手に、その両手を重ね合わせた。
指先同士が触れ合って、止まっているはずの心臓が跳ね上がるような感覚を覚える。強くこちらを見据えるネイビーの瞳も、随分と近い。
「ヒーリングライト」
「えっ?」
私が気を取られている間に、フェリクス様が何かつぶやいて、視界が真っ白になる。強い光に飲み込まれて、首筋に暖かい感触を覚えた途端、ずっと不安定に感じていた首筋の頼りなさが戻る。
つまりはこれって……
「首が、繋がった?」
「文字通りな」
「治せるなら最初からやってくださいよ!!!」
思わず叫んだ私の声を、ひらひらと手を振りながら受け流すフェリクス様。どうしてもうこの人は、いちいち人を試すようなことをするんだろう本当に!
「治せる確証があったわけじゃないんだよ。ただ、ひょっとしたらやれるかもなーって思ってたからやっただけだ」
「それでも……!」
「なんだ? 言いたいことがあるなら言えって言ったのはあんたじゃないか。それともデュラハン式のお忍びデートがお好みだったか?」
「ほんとあなたは本当に……あれ?」
今この人さらっと、デュラハン式のお忍びデートがお好みかって言ったな。いやまあ、首無し騎士のについては知っているけど、問題はそっちじゃなくて……
「今からやるのって、お忍びデートではあるんですか?」
「……あ」
私が指摘すると、しまったという風に顔を覆って背を見せるフェリクス様。
私が顔を覗き込もうとすると、感知して私に背を向けようとしている。
明らかに想定外だったという様子に、私は思わずニヤニヤと口元に笑みを浮かべてしまう。
「な~んだフェリクス様。身分の保証だなんだって言って、結局デートがしたかっただけなんですか~?」
「うるさい! そんなわけないだろ!」
「昔はよく二人でしましたもんね~! フェリクス様のどうしようもない女性嫌いを治すためのデート! 二人っきりで休日に何度も!」
「なんで覚えてるんだよ!」
そう言って顔を怒りで赤くしてこちらを振り向くフェリクス様を見ていると、やっぱりこの辺りに人通りがなくてよかったと思ってしまう。
私が一度死んでしまう前は、何度も見せてくれた素の表情も、今となっては懐かしい。意識は連続しているはずなのに、そう思ってしまうのは、身体が時の流れを覚えているからか。
「いいんですよフェリクス様。もっと昔みたいにやりましょう」
聖騎士様とゾンビではなく、幼い頃のフェリクスとエルカ。
叶うのなら、私はあの頃と同じに戻りたい。
あなたが、私をエルカ姉と呼んで慕ってくれていた、あの頃と同じ関係に。