婚約破棄は農協の夜明け
「ミモザ・オールソン! 貴様とは今日で婚約破棄だ!」
王立学園の卒業パーティーで、場違いな大声が響き渡った。
俺は、いつもの部活のメンバーと駄弁っていたので「煩いなぁ」くらいにしか思ってなかったのだが、当の本人がふんすと俺達のすぐ後ろにいたので驚いた。
何度か見かけた事がある同級生の男が、怒りの形相で俺たちに対峙する。
「ミモザ! 聞いているのか!」
「あ! ミモザ・オールソンって、ミモザの事かぁ」
思わず間抜けな声が出る。
ミモザに呆れた顔をされて、
「いやだって、婚約者がいるなんて思わなかったよ。皆知ってたの?」
と、周りの部員に聞くと、
「知ってるよぉ」
「ウォルター部長。知らなかったんですか」
「部員のことくらい把握してよ」
と、遠慮の無い返事。うむ、俺以外は優秀な部員たちだ。
「農耕協働クラブ」略して「農協」は、領地の主な産業が農業という生徒たちが、珍しい作物や他国の作物の苗を入手して協働して育成し、自領の新たな産業を発掘しようというクラブだ。
俺が入学した時に、
「せっかく東西南北の農業の担い手がここに集結するのにもったいない!」
と、学長に直談判して校舎と森の間の空き地を畑にしていいという許可と共に発足したクラブなので、俺がずっと部長だった。
五人で始まったクラブだったが、今では後輩が増えて中々の規模になっている。
農協の最も大きな成果と言えばキウイフルーツだろう。温暖な異国のフルーツと思われていたのだが、予想外に王都での栽培に成功した。
これって意外と耐寒性があるのではないかと部員の北の領地で大量に作付けしてもらったら、見事に結実したのだ。この結果に、新たな流通作物として他の領地も注目してる。
キウイが大量に実るのは三年目からだそうだ。いずれ、キウイフルーツは誰でも気軽に手にする事ができるフルーツになるだろう。
ミモザは、農協の創立時からのメンバーの一人だ。
そのミモザに婚約者がいたなんて思いもしなかった。
「私に会いたいとも思わず」
「ミモザは朝も昼も放課後も畑にいたから、てっきり決まった相手が居ないんだと思ってたよ」
「誕生日に何かをねだる事も無く」
「誕生日も『何も予定が無い』って言うから、皆で食堂の紅茶とプリンでお祝いしたよな?」
「親交を深めること無く卒業ではないか」
「楽しかったな」
「……部長、婚約者さんとコントになってる」
副部長のセージに止められる。なぜか、婚約者さんがますます怒ってる。
「いつもいつも他の男と! 貴様のような不実な女とは結婚など出来ぬ!」
会場に沈黙が落ちる。
「男と畑仕事するって、不実なのか?」
こそっとセージに聞く。
「そういう事を言ってるんじゃ無いんですよ」
「意味が分かるのか! セージはキウイのつる棚作りも上手かったからなぁ……」
「棚っていうのは、部長のように目分量で作る物では無いんですよ。……じゃなくて、部長が部員を呼び捨てにするから誤解されたんですよ」
「何言ってんだ? 部長は偉いから呼び捨てしていいんだぞ!」
「それが誤解されたんです!」
「えー? ……なんかよく分からないが、ごめんね、セージくん」
「僕じゃなくて!」
えーん、副部長が虐める。
「つまりはですね、この婚約者さんはね」
何だその幼児に言い含めるような言い方は。
「ミモザさんを呼び捨てにしているあなた、そう部長ですね」
なんで俺が出てくる?
「部長とミモザさんが浮気してるのでは、と言っているんです」
はああああっ?
「失礼な! 俺には四歳年下の可愛い可愛い婚約者がちゃんといるわ!」
子豚のような愛らしい娘が!(←この部分は絶対に口に出すなと兄に厳命されている)
婚約者さんの顔から一気に毒気が抜けた。
「そ……そうなのか?」
呆れた様子でミモザが答える。
「部長は婚約者一筋ですよ。私が部活に力を入れていたのは領地のためです。オールソン領でキウイフルーツの栽培に成功したのをご存じ無いのですか?」
そう、失敗したら大損害のキウイフルーツ栽培を受け入れてくれたのは、ミモザの父のオールソン子爵。見事に成功して、周りの領主に「勇者」と言われている。
「そうか。それなら婚約破棄を撤回してもいいぞ」
「いえ、婚約破棄のままで」
婚約者さんが驚いた顔をしてる。本当にミモザの事を知らなかったんだなぁ。見た目通りの淑女だと思ってたんだ。
可愛い見た目に反して、捕まえると腕や顔にキックを喰らわせまくるキックラビット並みに性格は獰猛なのに。(←この部分は絶対に口に出すなとセージに厳命されている)
「自分から親交を深めようともせず、勝手に私の不実を疑い、色々な女性に手を出していた男性などお断りですわ。どっちみち卒業したら婚約解消してもらうつもりでした」
サラリとえぐい事言った!
「そんな……、私が許してやると言ってるのだぞ」
「許してもらわなくちゃいけない事なんてありません」
「あるだろうが!」
婚約者さんがお怒りモードに戻った。
「子爵令嬢ともあろう者が、毎日陽の下で畑を耕して水を撒いて草をむしって! 汗と土まみれじゃないか。みっともない」
「何がいけませんの」
「汚らわしいんだよ! そんな事は下賎な者がすべき事だ! そんな事をしないと生活出来ない者たちと付き合うべきでは無い!」
「………ほう、俺たちの土いじりを『汚らわしい』と?」
やべっ、部長に魔王が降臨した!、と部員が言うのが聞こえる。部長、手は出しちゃダメですよ!、とセージが言ってる。
ううっ、手を出したい。渾身の力で二、三発引っ叩きたい……けど我慢。すーはー、すーはー。
「貴殿の考えは了得した。斯様な考えで我が家を貶めるのであれば、当主から然るべき抗議をさせて頂く」
部長がお貴族モードに入った!、と部員たちが怯えている。失礼な。俺は元々貴族だ。
「我が国の穀物庫と言われるモーリッツ侯爵領への侮辱、モーリッツ家次男ウォルターが確かに承った!」
婚約者の顔色が変わった。
「う、嘘だ……。お前が侯爵令息……?」
「つくづく失敬な奴だな」
「いや、仕方ないのでは」
セージも失敬な事を呟いてる。
安心しろ。侯爵家を継ぐのは兄上で、俺は農民相手の実働部隊だ。
おかげでいつもの平民のような言葉遣いも「仕事上必要」と、咎められる事は無い。
「我が領も、初めから肥沃な土地だったわけでは無い。我らの様な者が何十年、何百年とかけて少しずつ良くしていったのだ。何もせず『国の穀物庫』になれる訳がないであろう!」
何で分かんないかな~。
「貴殿は我々ばかりでなく、先人たちの努力をも嘲罵した。このような者を婿に迎えぬよう、オールソン子爵へも申し伝えておこう。もうよい、下がれ!」
思いっ切り睨み付けて言ったら、泡を食って逃げ出した。ふんっ!
「でさぁ、ミモザの新しい婚約者だけど」
コロッといつものモードに戻った俺にミモザが呆れる。
「私、たった今婚約破棄した所なんですが」
「だって、皆見てるんだもの、すぐに新しい縁談がオールソン子爵に届き出すよ。急がないと」
「何を急ぐんです」
「ミモザとセージの婚約」
あれ? 何で皆固まったの?
「いや~、何で二人がくっつかないんだと思ってたんだよ。ミモザに婚約者がいると知らなくって。婚約破棄したんだから、もう問題無いよね」
「も、問題無いと言うか……」
おおっ、キックラビットが赤くなってる。
「あの、僕はあなたのお兄様の事務官に雇ってもらう約束では」
「兄には、惜しい人を亡くしたと伝えとくよ」
「殺すな!」
本当に惜しい……。好き勝手に活動する我がクラブを決して赤字にしなかったその手腕。
だが、さらばだセージ。
「部長! デリカシー!」
「何でこんな衆人環視の所で言うかな!」
感傷に浸りたいのにブーイングの嵐だ。
こういう場合、何て言うか知ってる。
「後は、お若い人同士で!」
興味津々の皆の注目を集めている二人を会場に残して、俺と部員たちは二次会へと走り去ったのだった。
2024年12月12日
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