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29.私の気持ち

 


 ――それからウィンドウショッピングをしてから暗い時間にマンションへ戻ると、エントランス前にいる中学生くらいの女の子に声をかけられた。


「あの……。美坂あやかさんですか?」

「あ、はい……。失礼ですが、どちらさまですか?」

「あぁ、良かったぁ。ご無沙汰してます。……私のことを覚えてますか?」


 彼女は肩までの黒髪ストレートヘアでどこか見覚えのある顔をしている。

 でも、残念ながらそれがいつかは思い出せない。


「いいえ、ごめんなさい……」

「そうですよね。昔のことだから覚えてないですよね。実は石垣藍の妹の稟と言います」

「ってことは……。小学生の頃に私が赤白帽子をあげた……」

「当時はありがとうございました。あやかさんのお陰で最後まで運動会を楽しめました」


 彼女は当時と比べるとぐっと大人びていたから、すぐに気づかなかった。


「それはよかった」

「もっと丁寧にお礼をしたいところですが、今日はあやかさんに大事な話を伝えに来ました」

「……大事な話? 私に?」


 藍の妹が私になんの用だと思って首をかしげる。


「はい。あやかさんのところへ会いに来たのは、兄のことを知ってもらう為です」

「その話ならもういい……」

「兄は、私に赤白帽子をくれたあやかさんに一目惚れをしました。そして4年後のいま、気持ちを伝えるために日本留学したんです」


 昼間みすずから7月下旬に引っ越しをするとは聞いていたけど、新情報に思わず気が引き止められる。


「日本留学……? 一体なんのこと?」

「私と兄は小学生の頃からオーストラリアの全寮制の学校に通っています。そこは、富裕層の中でも貴族と呼ばれている一部の人間が通う場所。その中で、小学校から高校の間に好きな時期を選んで4ヶ月間の日本留学をしなければなりません。寮のルールとして外出は勿論、外部とのコンタクトが禁止されています。だから、兄は寮のことを”牢獄”と呼んでいて。でも、日本留学では側近なしで自由に過ごせる機会ということもあって、進学の切り替えである高校入学時を選びました。もちろんあやかさんに会うために」

「うそ…………。藍は留学生だったの?」


 驚く私に、彼女はうんと頷く。


「兄は事前準備のために、2年前から特別講師を雇ってコミュニケーション能力を身につけました。喋りが苦手だった昔からは考えられないくらい別人になったと思います」

「信じられない……。私と会うためにどうしてそこまで」

「赤白帽子の一件で、あやかさんの勇敢な姿勢を見て衝撃を受けたそうです。この人と恋が出来たら素敵なんだろうなって。話を聞いてる私ですら羨ましく感じていました」

「……」

「留学してから友達の協力もあってあやかさんと付き合えることになったと嬉しそうに報告してきました。……でも、昨日連絡があって別れたと。留学期間も終わったし、兄には婚約者がいるから区切りをつけてきたんだと思いました」

「藍は最初から別れることが前提で私と付き合ってたんだよね。人の気持ちを散々かきまわしておいて、時期が来たら勝手に離れていくなんて自分勝手すぎるよ……」


 藍は私の気持ちなんて考えてない。

 付き合い始めてから3週間で沢山の思い出を植え付けてきたくせに、最初から別れることを視野に入れていたなんて……。


「後悔したまま別の人と結婚するのは嫌だって。せめて気持ちが伝えられたらなと言っていました。だから、思い残しのないように頑張っていたんだと思います」

「……」

「兄は今晩22時の便で日本を発ちます。留学期間を終えたのでオーストラリアに戻らなければなりません」

「そんな……」

「それだけじゃない。大学卒業後に婚約者と結婚します」

「もしかして、ひまりちゃんと……」

「そうです。あやかさんは、ひまりさんのことをご存知だったんですね」


 私は表情を落としたままコクンとうなずく。


「あやかさん、本当にこのままでいいんですか? 今日を逃したら兄に一生会えなくなります」

「……」

「兄の運命を変えるのはあやかさんしかいません。もし兄のことをなんとも思ってないなら私の言葉は無視してください。でも、少しでも気があるなら気持ちを伝えてあげてくれませんか?」


 ――後悔か。

 しない自信……、いまの自分にはあるのかな。


 藍はいつも自分勝手だった。

 私が他の人に宛てたラブレターを間違えて受け取ったことも知らずにバカみたいに喜んで。

 オルゴールが好きだと言ったら、UFOキャッチャーでゲットするまでお金を注ぎ込んで。

 ラブレターは別の人に渡すはずのものだと伝えたら、私が好きだから別れないと言ってて。

 私がアイドルを推してると言って気がない素振りをみせたら、自分の推しはあやかだからと言って全身私のグッズで固めてきた。


 それだけじゃない。

 すぐにお弁当の唐揚げを取り上げるし、バスケでシュートを入れただけで見てたかどうか確認してくるし、私がピンチを迎えたら助けに来てくれるし、私が梶くんから呼び出された時は引き離しに来ちゃうし。


 ……。

 …………。


 振り返れば、この3週間は心に刻まれるような思い出ばかり。

 それが仕組まれたものであったとしても、日々の記憶に彩りを与えていた。


「飛行機の出発時刻まであまり時間がありません。いますぐ決断を」

「……っ」

「あやかさんっ!! 本当に後悔しませんか? 兄ともう二度と会えなくなってしまいますよ」

「……」


 今日まで答えが出なかったのに、いま決断しなきゃいけないと言われても……。

 藍の元へ行くべきか、それとも諦めるべきか。

 この選択一つで私も彼も運命が変わってしまう。

 だから、もっと慎重に考えたかったのに……。


「…………そうですか、わかりました。少し余計なことをしてしまいましたね……。私、そろそろ戻ります」


 無反応を貫いていたせいか、彼女は諦めをつけたように背中を向けて歩き出した。

 ……だが、次の瞬間。

 私は自分でも驚くべき行動に。


「待って」

「えっ」

「……私、藍にまだなにも伝えてないの」


 気付いたときには彼女の洋服の裾をつまんで引き止めていた。

 心の中は答えを彷徨っていたけど、体が先に反応してしまうなんて。


「あやかさん……」

「後悔してないかどうかと聞かれたら、多分してる。だって、藍はいっぱい大切にしてくれたのに、私は『ありがとう』すら伝えてないから。藍のいいところを少しずつ見るようになっていくうちに隣にいるのが当たり前のようになっていた。その安心感から関係は崩れないんじゃないかと過信していたんだと思う」

「……」

「でも、昨日今日と豹変した姿を見て辛かった。それまで甘えていた自分にバチが当たったのかもしれない。冷たくされた時は苦しかった。もう二度と会えないと思ったら悲しくなる。まだまともに話し合えていないのに、お別れなんて出来ないよ……」


 藍という人は、私に何度も何度も恋の矢を打ち続けた。

 思うように飛ばなかったり、的に届かなかったり、外れてしまったとしても、自分を信じてまっすぐに打ち続けた。

 それなのに、私という的は霞んで見えないまま。

 矢が飛んでくるのを待つだけだった。


「あやかさん……。それが”恋”というものなんじゃないですか」

「恋……?」

「兄も”会いたい”というところから始まりました。会えてからは、会えば会う分だけ好きが積み重なっていったって。最初は小さな感情だったとしても、会いたいが積み重なっていけば好きに生まれ変わるんだと思います」

「会いたいが積み重なって……好きに?」

「はい。兄のことをなんとも思ってないならそんな風には思わないはず。いまあやかさんの心に少しでも変化があるのなら、会いに行ってやってくれませんか?」


 正直なところ、昨日藍に別れを告げられてからそれ以外のことが考えられなくなっている。

 ひまりちゃんが藍の婚約者ということや、みすずがラブレターを差し替えた件など、度重なるカミングアウトに驚かされた。

 でも、いまそれ以上に辛いのは、これから彼が一生私の名前を呼んでくれなくなってしまうこと。



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