7.袁術包囲網
初平4年(193年)5月 揚州 廬江郡 舒
太傅 馬日磾は袁術に対抗すべく、廬江太守 陸康に援軍を頼んだ。
しかし大軍を集めるのは難しいと言う陸康に、周瑜は周家による後押しを申し出る。
「ほう、周家の全面協力だと? しかし、いかな周家といえど、大軍を集めるのは難しかろう」
「はい、単純に金銭で片づく話ではありません。しかし我が家はすでに、亡き孫堅どのの軍勢を迎えております。歴戦の強者である彼らが、陣頭に立って戦えば、それに続く者も出てくることでしょう」
「ふむ、その話は聞いているが、たかだか千かそこらの軍勢であろう? その程度で大勢に影響は、与えられないのではないか?」
「現状ではそのとおりです。しかし1戦か2戦、孫軍団が勝ってみせれば、他の豪族も乗り気になるかと」
「たしかに、勝てれば風向きも変わるであろうが、それほどに強いのか?」
「それについては、彼から説明してもらいます」
周瑜に指名された俺は、少し前に出て説明を引き継ぐ。
「孫堅 文台が嫡子 孫策 伯符と申します。我が孫軍団は1500人ほどの古参を中核に、すでに2千人ほどを擁しております。それを率いるのは従兄弟の孫賁であり、周囲を固める隊長格も歴戦の猛者ばかり。今後は私もその一翼に加わりますので、同数の敵であれば、後れを取ることはないでしょう」
「ほう、貴殿が孫堅の息子か。しかしおぬし、まだ成人もしておらんであろう? それで信用しろと言われても、いささか無理があるぞ」
すると馬日磾が横からとりなしてくれた。
「待たれよ、陸康どの。その者は袁術との会談にも同行し、見事に私を守ってくれた。その武勇や指揮能力については、見た目以上のものがあること、この私が保証しよう」
「……なるほど、馬日磾さまがそうおっしゃるなら、そうなのでしょうな。そうであれば、中核となる部隊は、すでにあるということか。周辺の豪族に声を掛けつつ、孫軍団に小さな勝利を上げさせれば、軍勢は集まるかもしれんな」
陸康が前向きになったところで、周瑜が畳みかける。
「ご賢察のとおり、まずは手頃な敵をおびき出し、それに勝利するのが第一目的です。それさえ叶えば、周辺の豪族も追随してくるでしょう。我が周家は、総力をもって孫軍団を支援します」
「うむ、これでだいぶ現実味が出てきたな。それでは馬日磾さまはこちらに留まり、旗頭になっていただくということで構いませんな?」
「うむ、揚州の治安を乱し、儂に牙を剥いた袁術は、すでに朝敵である。ヤツを討伐するため、貴殿らの力を借りたい」
「かしこまりました」
その後、さらに詳細を話し合う必要はあったが、大筋はここに合意された。
そしてその先頭に立つのは、我ら孫軍団である。
俺は大役を任される興奮に、武者震いをしていた。
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初平4年(193年)6月 揚州 廬江郡 安風
陸康の協力を取り付けると、俺たちはさっそく軍勢を再編して北へ向かった。
そして寿春の西側にある安風に拠点を設けると、袁術の動向を探る。
「どうやら袁術は、九江郡の北部の守りを固めるのに忙しいようだね。周辺の都市を武力で脅して回っているものの、廬江へ手を出す余裕はないみたいだ」
「そうか。九江郡との境界はどうなってる?」
「いくつかの部隊を配置して、警戒に当たっているね」
「その規模は?」
「数百から千人規模だね」
「そいつは手頃な獲物だな。そのどれかをおびき出して叩くってのは、どうかな? 従兄さん」
周瑜の情報から作戦を立案すると、孫賁が渋々とうなずく。
「ああ、俺たちの実力を示すには、手頃な獲物だと思う。呉景どのも、それでいいですね?」
「うむ、それでよいだろう」
主導権を俺と周瑜に握られているせいか、少し戸惑い気味だが、孫賁も呉景も同意してくれる。
ちゃんと大義名分も確保されているので、袁術と戦うことには忌避感もないようだ。
「それじゃあ、確実に敵を倒して、孫軍団の力を示してやろう」
「ああ、腕が鳴るな」
「うむ」
その後、適当な敵の部隊を探り当てると、おびき出し工作を始めた。
敵の砦の近くで騒ぎを起こし、偵察部隊の進出を誘ったのだ。
やがて出てきた部隊を叩き潰し、わざとその一部を逃がす。
偵察部隊を襲ったのはこちらを小規模に偽装し、さらなる敵の出陣を誘うためだ。
すると敵はそれを重く見たのか、千人規模の部隊を出してきた。
しかし俺たちにとっては、格好の獲物に過ぎない。
「俺たちの力を示すには、手頃な規模だね」
「ああ、そのためにも初撃で痛打を与えて、早めに決着をつけたい。だからといって、先走るなよ、策」
「分かってるって。従兄さんの指揮ぶり、見せてもらうよ」
本来の俺なら、焦って先走ることもあったかもしれないが、今は歴戦の経験者だ。
まずは孫賁や呉景の指揮ぶりを見せてもらいながら、機会をうかがうとしよう。
それから数刻後、俺たちが待ち受ける戦場に、敵がまんまとおびき出されてきた。
「掛かれっ!」
「「「おお~~っ!」」」
孫賁の号令によって、孫軍団の兵士たちが敵に攻め掛かる。
それを率いるのは、程普や韓当、黄蓋に朱治といった隊長格の武人だ。
それぞれ経験豊富な勇士たちであり、うわつくことなく部隊を統制していた。
一方の俺は、まだ経験がないということで、後詰めに回されていた。
周囲には孫河や徐琨、呂範といった配下が控えている。
彼らは前線に出たがっていたが、俺はそれをなだめつつ、孫軍団の働きを観察する。
「ふむ、さすがは親父が鍛えた軍団ってところか」
「ああ、そうだね。きちんと連携が取れているし、戦意も高い。ただの寄せ集めでは、こうはいかないだろう」
「これがそのまま手に入れば、今後が楽になるんだがな」
「フフフ、そのためには戦功を上げて、存在感を示さないとね」
「そうしたいのはやまやまなんだが……おっと、噂をすれば影か?」
伝令が走ってきて、俺たちに残敵の掃討に当たれとの指示が伝えられる。
これ幸いと、俺たちは掃討に乗り出したのだが、すでに小規模な敵しか残っていない。
結局、それらを潰すだけの成果に終わった。
残念だが、次に期待するしかないな。
その後もう一度、袁術の手勢を始末したら、敵も本格的に守りを固めはじめた。
「袁術は西へ兵力を向け、砦の増強にも動いているようです」
「むう、いよいよか。敵はどれぐらいの兵力なのだ?」
「1万を超えますが、おそらく2万にはいかないかと」
「ふうむ、それにしても大軍だ。逆に味方の兵の集まりは?」
「こちらはようやく1万に届く程度ですね」
情報収集を担当する周瑜が、彼我の戦力を分析する。
敵が2万近くいるとすると、こちらはその半分程度と劣勢だ。
しかしこれでも、袁術の徴兵は低調に抑えられていた。
なぜなら馬日磾が袁術を朝敵と糾弾し、周辺の豪族に協力しないよう要請しているからだ。
その一方で、俺たちの戦力増強も芳しくなかった。
いかに馬日磾が旗頭となり、陸康も後押ししているとはいえ、様子見をする豪族が多い。
この辺、いかに漢王朝の権威が落ちているかを、思い知らされる。
しかしそれはそれで、やりようはあった。
「今は様子見をしている連中が多いけど、俺たちが優勢になればこっちへなびくさ。そのためにも、敵の砦を落とすべきだと思う」
「ただでさえ少ない戦力で、砦なんか落とせるわけがないだろう」
「ああ、敵だってそう考えてるだろうね。だけど逆に、そこがつけ入る隙になるのさ」
「……どういう意味だ?」
訝しむ孫賁に、俺は作戦を提案する。
「俺が部隊を率いて、内側から門を開ける」
「なんだとっ!」