エピローグ
久しぶりに会った周瑜から、天子が俺を陥れようとしていると聞かされた。
「……なんでだよ? なんで俺が疎まれるんだ? 俺はちゃんと仕事はこなしてるし、政に口を出してない。そんな俺が、なんでだよ?」
そう問えば、周瑜はため息をついて応える。
「……そうだね。孫策は良くやっていると思うよ。だけど君の名声を、疎ましく思う者も多いんだ」
「陛下ですら、そうなのか?」
「最初はそうでなかったとしても、周りからいろいろ讒言を受けたんだろうね。今では謀略を主導している」
「……そうか」
それを聞いて、何もかも馬鹿馬鹿しくなってきた。
今までいいように使われてきた挙句が、このざまだと思うと、いっそ笑えてすらくる。
俺は誰にともなく、思いを口に出す。
「さて、こんな状況で仕事を続けるのも馬鹿らしいな。いっそ全てを返上して、故郷に帰るか」
「いや、それはお勧めできないな」
真剣な顔で首を横に振る周瑜に、俺は目で問いかける。
「たとえ地位を返上しても、敵は君を許しはしないよ。それほどに君の名声は高く、その力は恐れられている。おそらく難癖をつけて、族滅に追い込もうと画策するだろうね」
「は~~~~っ…………やっぱそうだよな。見逃してくれるわけがないか。だとすれば、戦うしかない」
「そうだね。たぶん次に参内すれば、君は帰ってこれないと思うよ」
「マジかよ。そこまで準備が進んでるのか?……ならばどうするべき、か」
俺は腕組みをして、しばし打開策を考える。
周瑜ならすでに次の手も考えてあるだろうが、それに頼り切るのを彼は嫌う。
そこで俺も真剣に考えてみた。
「故郷へ逃げるのは、あまり賢くないな。いくら味方が多いとはいえ、朝廷と戦争なんてできない。ならば……先手を取って実権を握るしかないな」
そう結論づけると、周瑜がニッコリと微笑んだ。
「そうだ。僕たちが生き残るにはそれしかない。いつか話したようにね」
「あの時は、ほんの冗談のつもりだったんだがなぁ」
俺が大将軍になった頃、この国を盗るにはどうするかという話をしたことがあった。
ほんの冗談だと言いながら、意外に興が乗って、熱く話しこんだ覚えがある。
その時にあれこれ検討しているので、大筋の目処はついていた。
ていうかあれ、こんな事態を想定していたってことか。
「こうなるって、分かっていたのか?」
「あくまで想定のひとつさ。こうならなければいいと思っていた」
「それもそうだな……よし、さっそく動こう」
「ああ、伝令は準備してあるよ」
「さすがだな」
こうして腹をくくった俺たちは、実権掌握のために動きだした。
まずは程普や黄蓋など、腹心の配下を集め、手はずを整える。
そして次の日には行動を起こした。
「な、なんだ、貴様ら。ここを伏家のお屋敷と知っての狼藉か?」
「当然だ。伏完どのには大規模な収賄の疑いが掛かっている。おとなしく縛につけ」
「おのれ、下郎。皇后陛下のお父上に向かって、無礼であろうが!」
「やかましい! ちゃんと証拠は挙がってるんだよ」
皇后の父親である伏完をはじめ、天子に讒言した重臣や将軍ら数人を、問答無用で捕縛した。
本来なら完全な越権行為であるものの、朝廷の腐敗を看過できぬと言って押し通した。
もちろん容疑者はその場で殺さず、厳しい取り調べを行っている。
元々、周瑜がある程度は調べていたため、さらに証拠を上積みされ、言い逃れもできない状況だ。
そんな捕物が一段落すると、俺は堂々と参内して、天子に奏上する。
「陛下のご宸襟を悩ませてしまい、誠に申し訳ありません。しかし昨今、一部の重臣の振る舞い、目に余るものがありますれば、これも陛下の御為と考え、あえて強行した次第。ぜひともご理解のほどを、お願いいたします」
「う、うむ。その方の忠義は疑いようがない。よくやってくれた」
「はは~」
なんて茶番をこなしつつ天子を窺い見ると、その顔には怯えのようなものが見えた。
おそらくあっさりと盤面をひっくり返されたことに、危機感を覚えているのだろう。
俺だってここまで持ってくるのには、けっこう無茶をしている。
しかし今まで築いてきた名声が、ここで大きく役立った。
まず軍部は完全に俺の統制下に入っているし、文官にもそれなりに味方がいる。
そのうえで敵対する重臣を真っ先に捕縛したため、その周辺もびびって動けなくなったのだ。
考えてみると、こんなことができてしまう俺は、たしかに潜在的な脅威だったと言えるだろう。
だがおとなしく故郷に帰ろうかと思っていた俺を、そうできなくさせたのは朝廷側だ。
まさに寝た子を起こしたわけで、俺にとってはいい迷惑である。
こうなったからには俺も腹をくくって、行くとこまで行くしかない。
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敵対派閥を捕縛してからは、ジワジワと朝廷に圧力を掛け続けた。
直接的にはしばしば参内し、朝廷の腐敗や失政を指摘して、改善を求めた。
さらに間接的にも、地方で朝廷の不甲斐なさを喧伝する一方で、俺の美談を吹聴する。
こうすることによって、一旦は盛り返した漢王朝の権威は、再び低迷している。
そんなことを1年ほどやってから、俺たちは最後の仕上げに踏みこんだ。
「陛下。揚州に天子の気ありと、何人もの学者が申しております。これは遷都も検討するべきではないでしょうか」
「揚州、か」
当代で有名な学者たちが、揚州に天子の気が見えると告げた。
もちろんこれは俺たちのでっち上げだが、俺はそれをさも本当らしく、天子に奏上した。
すると劉協陛下は、しばし黙りこんだかと思うと、観念したように口を開いた。
「この洛陽から揚州へ首都を移すのは、長安に移った時とは訳が違う。重大な決断が必要だ。しばし考えたいと思う」
「はは~、陛下の御意のままに」
俺はおとなしく宮廷を辞したが、手応えは感じていた。
天子はすでに、こちらの意図を把握しているはずだ。
それから3日後、俺は再び招聘された。
今回は重臣が居並ぶ謁見の間ではなく、数名のみが侍る一室であった。
頭を下げてあいさつをすると、天子から声が掛かる。
「面をあげよ。今日はその方に大事な話がある」
「はは、それはなんでございましょうか?」
「先日の揚州への遷都の件だがな、朕は行かぬ」
「それでは、予言は無視されるということでしょうか?」
「違う。呉侯たるそなたに、揚州を任せよう。今後は呉公を名乗ることを許す」
「そ、それは……真に光栄でございます。陛下の忠実なる下僕として、華南の地を繁栄させてみせましょう」
「うむ、よきにはからえ」
その後も若干のやり取りはあったが、俺は呉公に任じられ、揚州を統治することが決まった。
そして自宅へ帰ると、周瑜ら腹心と話をする。
「呉公への就任、おめでとうございます」
「うむ、これもお前たちの働きのおかげだ。感謝するぞ」
「とんでもございません。これは孫策さまが自身で勝ち取ったもの」
「さようです。孫策さまの今までの働きが認められたのです。我らも鼻が高いというもの」
「真にめでたいですな」
周瑜、郭嘉、荀攸、賈詡がそれぞれに祝ってくれる。
それもそのはずで、今回の流れは彼らの策謀によって作られたのだから。
密かに宮中に協力者を増やし、少しずつ俺を呉公にすべしという雰囲気を作り出した。
しかし俺たちの狙いはまだ先にある。
「呉公になることが目的じゃない。まずは華南を繁栄させて、俺たちに手を出せないようにしよう。そしてゆくゆくは」
ゆくゆくは漢王朝を飲みこんでやる。
そんな未来を想像して、俺たちは笑い合った。
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それから数年後、俺と周瑜は揚州で酒を酌み交わしていた。
「ようやく天子が禅譲を決意したようだな」
「ああ、いろいろと抵抗してたけど、北方の反乱が抑えこめなくなったからね」
「そりゃあ、誰かさんたちが煽ってるんだから、無理だろう」
「フフフ、悪い奴らがいるものだね」
この頃の俺はすでに呉王となり、華南を繁栄させつつあった。
大将軍になった頃から、いろいろと手を打っていたので、とにかく景気が良い。
それに引き換え、天子がおわす華北には汚職や反乱が絶えず、董卓の暗殺後に戻ったかのようだった。
もっとも、それは単純に天子が無能というわけでもなく、目の前の色男が裏で手を回し、煽っているからなのだが。
さらにあの手この手で天子に圧力を掛け続けた結果、とうとう天子は禅譲を決意したというわけだ。
その禅譲先は、もちろん俺である。
「これで俺が皇帝、か」
「ああ、呉王朝の初代皇帝 孫策陛下、さ」
「フフ、そしてお前が、相国の周瑜閣下、か」
「「ハハハハハ」」
ひとしきり笑い合うと、俺は周瑜に問いかける。
「これで俺たちの逆襲は、成ったのかな?」
「そうだね。中華の頂点に立ったなら、十分に成ったと言えるんじゃないかな」
「そうだな」
そう言って酒を含みつつ、別の思いも抱いていた。
こうして無二の相棒と一緒に居られることこそ、最大の幸福なのではないか、と。
その後、孫策は初代皇帝となり、呉王朝300年の礎を築いた。
それは奇しくも、周瑜が前生で没した210年の事であった。
2人の英雄の逆襲は、ここに成ったのだ。
完
以上、”逆襲の孫策”、完結です。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
しかし読者さんによっては、”え、こんな形で終わっちゃうの?”、と思っているかもしれません。
実は最初は筆者も、皇帝擁立後の話をもっとしっかり書くつもりだったんです。
今回は瑞兆もなしで、禅譲させられないかな、とか考えたりして。
しかし3章を書いてるうちに、”あ、このまま欲張ると、エタるな”、と直感したんです。
それくらい筆が進まなくて、だけど完結はさせたいと呻吟していました。
それで中途半端に投げ出すよりはと思い、最後は駆け足で終わらせる形になった次第です。
まあ、筆者の実力はこんなもんだということで、ご容赦ください。
以降は長編は控え、短編か中編をたまに投稿していきたいと思っています。
よろしければ気にかけておいてください。
この後に人物紹介を載せて、結びとさせてもらいます。
また、本作を楽しんでいただけたなら、下の★でご評価などお願いします。




