28.曹操との再戦(地図あり)
建安元年(196年)2月 司隷 河南尹 平
朝廷から帰順を促された袁紹だったが、やはり素直には応じなかった。
一応、朝廷に従いはするものの、引き続き冀州を治められるよう、牧の地位を要求してきたのだ。
そうでなければ徹底的に抗い、中原を混乱に陥れると脅す始末である。
これに憤慨した劉協陛下は、配下の将に袁紹討伐を命じた。
それはてっきり段煨や張済の仕事だと思っていたんだが、なぜか俺にお鉢が回ってくる。
段煨と張済は弘農に基盤があるため、旧董卓軍の残党討伐に当たると言い、董承は陛下をお守りすると言うのだ。
何を勝手なことをと思ったが、そこで賈詡と周瑜に説得された。
「段将軍や張将軍では、中原の兵がついてきません。さらに実績のない董将軍ではなおさらです。すでに豫州、兗州で大軍を率いた孫将軍であれば、兵も奮起するでしょう」
「そうだよ、孫策。仮に段煨や張済が軍を率いれば、戦が長引いて膠着する可能性が高い。今の朝廷に、そんなことをやっている余裕は無いんだ」
「いや、でも俺は衛将軍であって――」
「孫策!」
周瑜が正面からにらみながら、先を続ける。
「君は中原最強の男になるんだろう。少々の貧乏くじを引くぐらい、なんだって言うんだ」
「いや、でもよう……」
なおも納得がいかない俺に、今度は賈詡が諭してくる。
「将軍の心情はお察しします。しかし陛下のため、漢王朝のために力をお貸しいただけませんか。この配役が最も早く、帝国を安定させる道なのです」
「……分かりました。引き受けましょう」
「ありがとうございます」
結局、今回の配役は賈詡と周瑜が相談し、陛下や段煨らに根回しした結果だったのだ。
実際に他の将軍では役者不足だろうし、俺の名声をさらに高めることにもつながるからな。
こうして俺は、袁紹・曹操との決戦に赴くことになった。
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建安元年(196年)4月 司隷 河内郡 朝歌
それから2ヶ月ほどで、俺は河内郡の朝歌へ到達していた。
河内郡は張燕ひきいる黒山賊が跋扈していたが、奴らに大軍を止めるほどの力はない。
なにしろ俺は5万という大軍を率い、東進したのだ。
その過程で河内郡の賊徒を討伐し、治安を回復していった。
おかげで補給の不安もなく冀州との境界に至ることはできたが、そこで見たのは強固な防衛線だった。
「噂には聞いていたが、かなりなもんだな」
「ああ、袁紹は蕩陰も押さえ、強固な防衛線を敷いているね」
この河内郡は冀州の魏郡と隣接しており、袁紹が本拠とする鄴にも近い。
そのため袁紹は、魏郡と河内郡との境界付近の要所に、多数の砦を建設していた。
さらには河内郡にも進出し、蕩陰(朝歌の北)という都市も押さえているのだ。
さすが、徹底的に抗うと謳うだけのことはある。
「敵の兵力は?」
「全体で10万は下らないけど、公孫瓚も兵を出してるからね。この方面ではほぼ同等だと思うよ」
「ならば5万程度か。しかし城攻めをする分、こちらが不利だな」
「まあ、そうだね」
さすが冀州は人口が多いだけあって、袁紹は10万もの兵を動員したらしい。
しかし幽州や青州、そして兗州からも兵を出しているので、俺が対するのはその半分程度だ。
とはいえ、蕩陰の攻略は避けられないので、こちらが不利なのは変わらない。
「そして敵の主将は、曹操か」
「ああ、袁紹は鄴に留まって州全体を指揮し、司隷・兗州方面は曹操に任せたみたいだね」
「そいつは厄介だな。だがあいつの配下も、だいぶ討ち取ってたよな」
「ああ、于禁や夏侯淵、曹洪なんかはすでに居ない。だけど袁紹の配下もいるから、それなりではあるよ」
「そうは言っても、以前ほどまとまった軍にはならないだろ? 狙い目はその辺かな」
「フフフ、そうだね」
そう言って周瑜は意味ありげに笑う。
どうせこいつのことだから、すでに手は打ってあるんだろう。
ならば俺は味方を奮い立たせて、一刻も早く敵を打ち破るだけだ。
「よし、蕩陰へ向かおう」
「ああ、期待してるよ」
「それはこっちのセリフだって」
それから程なく、俺たちは蕩陰の西に布陣していた。
敵も城の周辺にいくつも野戦陣地を築き、一歩も通さない構えだ。
そんな光景を眺めながら、俺は指示を下した。
「進軍せよ」
「「「おお~~っ!」」」
盛大に軍鼓や銅鑼が打ち鳴らされ、兵士たちが前進を始める。
5万の軍ともなると、その眺めは壮大なものだ。
「とうとう始まったな。さっさと降伏してくれると、助かるんだが」
「フフ、そう都合よくはいかないさ。だけどあっちも、本当に最後まで戦うことはないだろうよ」
「そうだな。せいぜい早く手を挙げられるよう、最初は強気でいくか」
「ああ、そうだね」
徹底抗戦を叫ぶ袁紹たちだったが、内心は全く違うだろう。
なぜなら以前とは、状況が大きく変わっているからだ。
今までは長安に朝廷があると言っても、その実態は李傕政権だった。
それはただ武力に偏り、有力武将同士で内輪もめを繰り返す烏合の衆である。
そんな朝廷に各地の軍閥や賊徒を討伐する能力はなく、中華は荒れるばかりだった。
しかし俺たちは天子を取り返し、明確にその権威の下に集結している。
もちろん各将や重臣ごとに思惑はあろうが、そのまとまり方は李傕政権とは大違いだ。
今の漢王朝は、急速に往年の力を取り戻しつつある。
そんな噂を冀州にもばらまいているため、袁紹たちも現状を知りつつあった。
だから奴らも、最後まで戦う愚は冒さないだろう。
さらに俺たちは、敵陣営の中に毒を仕込んでもいた。
「敵将への仕掛けは?」
「つつがなく」
「はい、今はまだ表には出ませんが、いずれ効果を表すでしょう」
俺の問いに、郭嘉と荀攸が自信ありげに応える。
彼らは周瑜と相談しつつ、主に敵陣営への謀略を担当してもらっている。
今回は主に敵将の分断を狙い、いろいろと情報を操作しているようだ。
いずれその効果は出るというのだから、今後の展開にも期待できるだろう。
「さてさて、敵さんはどれぐらいもつかな?」
「フフ、どうだろうね」
その後も曹操軍との激しい戦いは続いた。
しかしこちらも最初こそ強攻したが、その後は無理攻めせず、慎重に圧力を掛けていた。
やがて郭嘉たちの仕込んだ毒が、その効果を発揮してくる。
「袁紹配下の武将が反発し、曹操も手を焼いているようです」
「よくやった。ならばそろそろ、攻勢に出るか」
「ああ、そろそろいいだろう」
それから俺たちは一転して攻勢に出た。
また許褚を最前線に出したり、張遼ら騎兵部隊も積極的に動かす。
そうやってかき回していると、敵の士気が徐々に下がっているのが感じられた。
そして最後の仕上げは、敵の内輪もめだ。
「張郃が内応し、敵の後方を撹乱しています」
「高覧も叛旗をひるがえしました」
「程普軍が敵左翼の突破に成功しました」
「黄蓋軍が右翼を撃破しつつあります」
「敵中央軍が敗走を始めました」
こうして俺は、再び曹操の軍を打ち破ったのだった。




