幕間: 周瑜は朋友との再会に涙す
僕の名は周瑜 公瑾。
廬江周家に連なる若輩者だ。
我が周家は3公をも輩出する名門であり、揚州に大きな基盤を持っている。
しかし董卓が朝廷を牛耳って以来、この国には混乱が相次ぎ、我らも安穏としていられない。
そこでいざという時に備え、手頃な協力者として選んだのが、孫堅さま率いる軍閥だった。
孫堅さまはほとんど後ろ盾のない立場から、長沙郡の太守にまで成り上がった英傑だ。
さらには反董卓連合にも加わり、武名を高めたというのだから、実に大したお方である。
しかしその孫堅さまが、襄陽の戦いで命を落としてしまった。
中華の混乱はこれからが本番だというのに、頼りの人物が亡くなってしまい、我が家の落胆も大きい。
叔父上をはじめとする我が家の中枢は、今後の打ち手に悩んでいることだろう。
もちろん僕は、それらに口を挟める立場にはないので、自分なりに考えることにした。
そこで池のほとりで思案にふけっていると、背後から親しげな声が掛かる。
「よう、周瑜。何をしてるんだ?」
「やあ、孫策。ちょっと考え事さ。君の方こそ、どうしたんだい?」
「実はちょっと、相談があってな」
そう言って横に並ぶ孫策は、相変わらず爽やかな風貌である。
彼はよく、僕のことを女たらしだなんだと呼ぶが、彼の方こそ人たらしだ。
立派な体格に人好きのする顔立ちで、多くの人を惹きつけてやまない。
さらにはその辺の大人も寄せつけないほどの武力を持つのだから、さすがは孫堅さまの後継者といったところか。
そんな孫策が、突拍子もないことを言いだした。
「お前はさ、未来を夢に見たなんて話、聞いたことあるか?」
「未来を夢に? ハハハ、それはまた胡散くさい話……む、ちょっと待ってくれ。急にめまいが……」
妙な話を笑い飛ばそうとしたら、ふいにめまいに襲われた。
それは頭の中に、急激に新しい記憶が流れこんでくるような感覚だ。
なんだ、これは?
僕が孫策と組んで、江東を制した?
しかし孫策が1人でうろついていたところを、刺客に襲われて亡くなるだって?
その後は孫権を担ぎ出して、軍閥を盛りたてるも、曹操の来襲で危機に陥る。
幸いにも曹操の大軍を撃退し、荊州の一部の領有に成功した。
しかし同盟を組んだ劉備に、美味しいところを持って行かれ、軍閥内に不満が高まる。
そこで起死回生を狙って益州の攻略に乗り出すも、その準備中に僕は倒れてしまった。
それがいまから18年も先の話だって?
まるで夢みたいな話だが、妙に生々しい感覚がともなっていた。
これは一体、なんだ?
そして改めて孫策に目を向けると、今度は涙があふれ出した。
「お、おい、周瑜。どうした? どこか悪いのか?」
「……違うよ、孫策。君が、君がうかつなことをして先に逝ってしまったから、僕らがどんなに悲しんだかを思い出したんだ。この、馬鹿野郎……」
感情の高ぶりが、抑えられない。
孫策が死んだ時の、あの喪失感がまざまざと蘇る。
その後は必死に孫軍閥を盛り立てたものの、最後まで孤独感は消えなかった。
僕の戦略や目標を共有できる同胞が、周りにいなかったからだ。
そんな時に孫策が横にいれば、どんなによいと思ったことか。
しかし今は彼が、彼が目の前にいる。
しかも僕たちは戦いを始める前の世界に、戻っているのだ。
何が起こったかは分からないが、僕たちは人生をやり直せる。
こんなに嬉しいことはない。
思わず彼の肩を抱いて、しばし感動に浸ってしまった。
しかしやがて、それが傍から見れば恥ずかしい状況なのに気づく。
「ちょっと恥ずかしいから、離れようか」
「お、おう……」
それから改めて状況を確認すると、互いに未来で死ぬまでの記憶を持っていることが分かった。
僕の方が10年は長生きするが、それでも死に方は不本意なものだ。
ならば僕たちを拒んだこの世界に、逆襲してやろうという気持ちになった。
「しかし逆襲するにしても、一体どうする?」
そんな孫策の問いに対しても、僕の中には腹案ができつつあった。
「馬日磾さまは来年、徐州で陶謙に会ってから、寿春へ来るはずだ。その時に袁術に節を奪われたうえ、身柄を拘束される。そして君たちに官職を与えることになるわけだが、その後は屈辱のあまり憤死したと聞く。そんな馬日磾さまを、僕たちが救うんだよ」
「おいおい、そんなことできるのかよ?」
そう、太傅の馬日磾を救い、朝廷の権威を味方につけるのだ。
ただしそれをすると、前生で馬日磾を憤死させた袁術とは、最初から敵対することになる。
しかし先のない袁術よりも、最初から官軍側についた方が、勢力の拡大には有利だろう。
袁術について戦った前生でさえ、あれだけの勢力を築けたのだ。
上手く立ち回れば、それ以上の栄達も夢ではないだろう。
しかし孫策は、袁術と敵対する手段に懸念を示す。
「う~ん……どっちにしろ、戦力は必要だよな?」
「ああ、だけど戦力なら、もうじき手に入るじゃないか」
「はぁ? そんなもんがあったら……待てよ。賁兄貴の手勢のことか?」
「ああ、そうさ」
孫堅さまが亡くなったといっても、その軍勢は消えたわけではない。
それらは孫策の従兄弟である孫賁が、率いているのだ。
しかしこのままだと、孫賁は袁術の傘下に入ってしまう。
いまだに戸惑う孫策に、孫賁を味方につけろと助言すると、彼もようやくその気になってくれた。
すると今度は、軍勢の維持について気にしはじめる。
「上手いこと軍勢を手に入れたとして、それを維持できるか? うちには大して金はないぞ」
「それなら大丈夫。当面は我が家で支えるし、協力者も募るつもりだからね」
孫策は懐疑的なようだが、僕には自信があった。
この不安定な情勢下で、揚州を守るための軍勢を養うことには、賛同する者も多いだろう。
それこそ我が周家の全力をもって、説き伏せてやろうじゃないか。
「なるほどな。そこまで考えているんなら、俺も乗ろうじゃないか。まずは親父の残党の掌握だな」
「ああ、僕はそれを支える体制を作るよ」
「そしてなんとか馬日磾を味方に取りこんで、まずは揚州に基盤を作るってことだな」
「そうそう。大丈夫。君にならできるさ」
「ああ、お前と一緒なら、なんだってできるような気がするよ。不思議なもんだな」
そうだ、孫策。
君こそは高祖 劉邦をしのぐ器。
君と一緒なら、なんだってできるだろう。
今度こそ、この中華に覇を唱えてやろうじゃないか。
僕と君の能力に、未来の経験が加われば、それも夢ではないはずだ。