26.天子の東遷(地図あり)
興平2年(195年)9月 兗州 済陰郡 鄄城
天子が長安を発って2ヶ月。
一行はなんとか東に進んでいた。
その間、郭汜が追ってきたり、その他の軍閥にちょっかい出されたりと、いろいろあった。
それらをさばきつつ、天子一行はなんとか弘農郡の華陰へたどり着こうとしていた。
「陛下が華陰へ着く頃を見計らって、我々も発とうと思います」
「うむ、ようやくだな。準備はできているのであろうな?」
「はい。現地では董承どのや段煨どのが、協力する手はずになっておりますし、こちらも部隊を小分けにして送りこんでいます。後は我らが行くだけです」
「必ずや、陛下を無事にお連れするのだぞ」
「はい、お任せください」
出立前に馬日磾に報告すると、ずいぶんと心配された。
しかし俺たちも着々と手を打ってきていた。
賈詡を通してなるべく天子の安全を図っているし、旧董卓軍の有力者も抱き込んである。
幸か不幸か、李傕や郭汜たちは互いにいがみ合い、勢力争いを続けている。
その配下どもも欲望をむき出しに争っているので、なかなか統制は取れない。
さらには董承や段煨という、元は董卓の配下であっても、天子に同情的な者の協力も取り付けた。
ここまでやれば、後は現地で決着をつけるのみだ。
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興平2年(195年)9月 司隷 弘農郡 華陰
少数で兗州を出た俺たちは、馬を乗り継いで弘農郡の華陰へ駆けつけた。
ここには段煨という将軍が駐留しており、俺たちを歓迎してくれた。
「はじめまして、鎮護将軍を務める孫策 伯符です」
「寧輯将軍の段煨 忠明だ。孫将軍じきじきのお出まし、感謝する」
「こちらこそ。ご協力いただき、感謝に堪えません。それで、天子さまは今、いずこに?」
「すでに到着し、休息されている。郭汜の軍勢が追いすがってきたため、足を速めたのだ」
「そうでしたか。ではご挨拶をさせていただけるよう、取り次ぎを願えますか」
「もちろんだ」
それなりに急いだつもりだったが、天子はすでに到着していた。
これは想定されていた事態のひとつで、天子を脅かす軍勢が現れた場合、天子と側近のみで先行することになっていた。
なにしろ天子の行幸となると、大勢のお供が付き従うため、非常に足が遅い。
そのため敵性分子が追いつくのも簡単なのだが、今回はそれを逆手に取った形だ。
もちろん伝統に固執する重臣たちには嫌がられたが、天子の安全を確保するためといって、なんとか押し通したわけだ。
この辺も賈詡が上手くやってくれたらしい。
そして俺たちは、初めて天子と対面した。
「鎮護将軍を拝命しております、孫策 伯符です」
「広威将軍を拝命いたしました、周瑜 公瑾と申します」
「うむ、両名とも遠路、よく来てくれた。そなたらの貢献は、賈詡より聞いておる」
「ははっ、恐悦至極にございます」
当代の天子、劉協陛下は御年15歳。
見た目は線の細い、どこかはかなげなお方である。
しかしその瞳は聡明そうで、言葉遣いもしっかりしている。
そんな陛下が不安そうに問いかけてくる。
「朕は今まで、董卓とその残党にいいようにされてきたが、それを断ち切ることは可能であろうか?」
「はい、段将軍や董将軍らとも協力し、必ずや李傕、郭汜らの軍勢を打ち破ってみせましょう」
「うむ、期待しておるぞ」
その後もいくらかのやり取りをしてから、御前を辞す。
「さて、いよいよ李傕たちとの戦いだな。敵の状況は分かってるのか?」
「ああ、少し西の方で郭汜が兵を集めていて、李傕もじきに合流するようだ」
「その兵力は?」
「どうやら2万を超えるようだね」
「……けっこう集めたな」
「ああ、かなり危機感を覚えてるんだろう」
李傕ら旧董卓軍は、バラバラになって利権を争っていた。
だからそれほど兵は集まるまいと思っていたのだが、土壇場でまとまったらしい。
対する味方のほうは、段煨が5千、董承が3千、そして俺の手勢が2千だ。
つまり敵の方が倍はいるわけだが……
「大丈夫。所詮やつらは烏合の衆に過ぎないさ。やりようはいくらでもある」
「ハハハ、まあ、そうだろうな。いつものように頼むぜ、相棒」
「ああ、任せてくれ」
そう言って周瑜は、余裕の笑みを浮かべていた。
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それから1週間もすると、李傕たちが押し寄せてきた。
本当に2万を超える兵を集め、華陰の西に布陣したのだ。
対する俺たちも、1万ほどの兵でもって対峙した。
すると李傕陣営から使者が訪れ、奴らの要求をまくし立てる。
「車騎将軍にして大司馬である李傕さまは、貴殿らに速やかに軍を引き、道を空けるよう仰せである」
「はっ、それは聞けない相談だな。それに今の車騎将軍は、こちらにいる董承どののはずだ」
「なっ、何を言う! 李傕さまの承諾なしに出された布告など、無効だ。李傕さまこそが真の車騎将軍にして、漢王朝の守護者なのだ!」
今回の東遷に際して、董承が車騎将軍に任命されていた。
それを指摘してやると、使者が顔を真っ赤にしてつばを飛ばすが、こちらは涼しい顔だ。
なおもつまらん事をまくし立てていたが、俺たちが適当にあしらっていると、とうとうキレた。
「もうよいわっ! 貴様らなどあっという間に、攻め滅ぼしてくれる!」
そんな捨て台詞を残し、使者は憤然と去っていく。
それを見送りながら、俺たちは言葉を交わす。
「さて、旧董卓軍のお手並み、拝見といきますかね」
「フフフ、敵の驚く顔を見てみたいね」
さして間を置かず、敵軍が動きだした。
2万を超える軍勢が、続々と進軍してくる。
その大部分は、異民族を多く含んだ涼州兵だ。
そのため騎馬兵も多く、侮れない戦力と言ってよい。
しかし董承や段煨も戦なれした猛者だし、我が孫軍団は精鋭だ。
俺たちは敵の攻撃を、正面から受け止めた。
「天子さまを長安へお戻しするのだ。軟弱な関東兵に負けるな~!」
「天子さまは洛陽への帰還を望んでおられる。踏んばれ!」
そんなお題目を互いに唱えながら、激しい戦いを繰り広げた。
さすがに半日ほど戦い続けると、とうとう味方に疲労が見えてくる。
それを見た敵は倍する勢力でもって、こちらを蹂躙しようと動きだしたのだが……
「後方から敵襲~っ!」
「なんだと!」
「裏切りか!」
李傕・郭汜連合軍の後方で、混乱が巻き起こっていた。
それで浮足立つ敵軍に、俺たちは攻勢を掛ける。
「敵は仲間割れを始めたぞ! 押し返せ!」
「「「おお~っ!!」」」
それからはあっという間だった。
敵はもろくも崩れ去り、てんでに逃げ散るありさまだ。
首領格を討ち取るまでには至らなかったが、当分は立ち直れないだろう。
「どうやら片付いたようだな。誰かさんの謀略のおかげで」
「フフフ、別に大したことはしてないけどね」




