幕間:大人たちの支え
儂の名は程普 徳謀。
幽州生まれの武骨者よ。
若い頃は故郷で役人をやっていたが、やがて徐州に流れ、そこで孫堅さまに出会った。
孫堅さまは実に優れた武人で、彼についていけば、負けなどないと思えたほどだ。
しかしそのような幻想は襄陽で破れ、儂は仕えるべき主を失った。
その後は惰性で孫軍閥に属していたのだが、ある日、孫賁が意外な話を持ってきた。
「はぁ? 揚州で用心棒だと?」
「う、うむ。廬江周家が中心になって、自警団のようなものを作ろうとしているらしい。叔父御の葬儀で、それに誘われてな」
「孫賁、それでは分からんだろう。この話には孫策も関わっていてな――」
呉景の補足を聞いて、ようやく合点がいった。
なんと若が、揚州で軍閥を立ち上げようとしているらしい。
その戦力でもって、揚州を乱す者に対するという。
それには廬江周家も乗り気で、周辺の豪族にも協力を呼びかけるそうだ。
「とまあ、こんな状況だ。別に俺は今のまま、袁術さまの下で働いてもいいと思うがな」
「ふ~む、しかし我らには、揚州出身の者も多いからな。それなりに希望者もいるのではないか?」
「いや、まあ、そうかもしれんが……」
孫賁はどうにも乗り気でないようだが、ならばなぜこのような話をするのか?
こっそり呉景に聞いてみたら、若と立ち会って負けた条件なのだと言う。
それはまあ、乗り気になれんわな。
しかし我らにとってこの話は、渡りに舟かもしれんな。
たしかに袁術はそれなりの勢力を誇っているが、どうにも好きになれん。
このまま働くよりは、孫家の本拠である揚州へ移り、地盤を固めるのも悪くない。
しかも廬江周家という名門が、後ろ盾になってくれるというのだ。
この話に乗らん手はないだろう。
儂は親しい者たちにそう説いて、揚州への移動を後押しした。
おかげで多数の賛同者を得て、我らは揚州へやってきたのだ。
「お久しぶりですな、若」
「しばらく見ないうちに、ずいぶんと立派になって」
「そうそう、たくましくなった」
「孫堅さまの面影が強くなってきましたね」
「ありがとうございます、皆さん」
久しぶりに見る若は、すっかり大人になっていた。
まだ顔立ちに幼さは残るものの、歴戦の勇士のような風格を漂わせている。
我らが居ない間に、一体なにがあったのやら。
そしてその後の戦いで、若は見事にその武勇を証明してみせた。
揚州では袁術を追い出し、徐州では曹操の横暴をくじいたのだ。
陣頭に立って槍を振るうその姿は、まさに孫堅さまを彷彿とさせるものであったわ。
う~む、失くしたと思った主は、ここに居たのか。
いや、孫策さまはお父上すら成せなかったことを、やってみせるのではないか。
そんな期待もあって、いつしか孫策さまは我が軍団の頭領として、認められるようになっていた。
さらには討逆将軍に任命され、豫州へ遠征することとなる。
ちょっといいように使われすぎと思わないでもないが、武名を上げるには打ってつけだ。
中原に秩序を取り戻すためにも、ここは我らが踏ん張らねばな。
そう思って仕事に励んでいたある日、隊長格の者が数名、呼び出された。
「みんな、わざわざ呼び出して悪いな。今日は折り入って話したいことがあるんだ」
「それは一体、なんですかな?」
「うん、それは今後の軍団のあり方についてだ」
「ほう、それはまた……」
意外な話に面食らっていると、孫策さまは淡々と思いを語る。
今の我らは、豫州勢も入れると2万以上の大軍であり、今後はさらに多くの軍勢を動かすようになる。
そうなった場合にも、なるべく被害を少なく勝つため、いかに上手く部隊を動かすかが、今後の鍵になるとの話だった。
それはたしかにそうであろうが、なぜ今、その話をするのであろうか?
すると孫策さまはこう言った。
「俺にはちょっとした野望があるんだ。それはこの中原に覇を唱え、後世に名を残すってものだ。子供みたいだと思うかもしれないが、けっこうマジだ。そしてそのためには、中原で最強の軍勢を作る必要がある。みんなにはそれに協力して欲しいんだ」
「なんと……」
「それはまた……」
それは夢物語のようではあるが、大抵の男なら一度は抱くものであろう。
それをちょっと恥ずかしがりながらも告白し、我らに協力を求めている。
そう思うと、ふつふつと湧き上がってくるものがあった。
「やりましょう、孫策さま。最強の軍団を作り上げ、そして中原に覇を唱えるのです。及ばずながら、協力させていただきましょう」
「おうっ、儂もやりますぞ!」
「お、俺もだ!」
真っ先に協力を申し出ると、他の者どもも追従してきた。
そのまま雰囲気が盛り上がり、孫策さまを中原の覇者に押し上げようと、誓いの盃を交わすまでになった。
ククク、この年になって、このような気持ちになるとはな。
人生とは不思議なものよ。
それから我らは豫州を平定するかたわら、軍団の改革にも取り組んでいった。
率いている部隊を訓練するだけでなく、戦場で起きたさまざまな事態の情報を共有し、それに対する方策を話し合う。
その過程で孫策さまや周瑜どのから、しばしば鋭い指摘が出たのには驚いた。
まだ成人したばかりのはずなのに、歴戦の猛者であるかのような意見が出てくる。
これが英雄の器というものだろうか。
しかしその才能には、どこか危ういものがある。
「のう、黄蓋。おぬしは孫策さまや周瑜どのを、どう見る?」
「ん? 何をだしぬけに」
「いいから、お前の考えを聞かせい」
「そうよのう……あの知識や胆力は、尋常なものではない。これから先が、実に楽しみだな」
「うむ、それよ」
「はあ? 何がそれだ?」
間抜けな顔で聞き返す黄蓋に、儂の考えを聞かせる。
「彼らはまだ、若すぎるのだ。いかに優れた能力を持っていようとも、どうしても軽く見られる。もちろんこれから武功を積めば、それもなくなるだろう。しかしそうなるまでが大変なのだ」
「ふうむ……まあ、それはそうだろうが、だからといってなんなのだ? そこは我らが補ってやればいいだろうに」
「うむ、まさにそれよ。儂らのようなジジイが、率先して孫策さまに従い、足りないところを補ってやれば、軍団は円滑に回るであろう?」
「ジジイとは失礼な! 儂はまだ若いぞ!」
「何を言う。十分にジジイじゃ!」
黄蓋がささいな事にこだわって脱線しそうになったところへ、意外な者から声が掛かった。
「そのお話、我らも加えてもらえぬか」
「ッ! これは張紘どの、張昭どの」
それは孫軍閥の文官筆頭格である、張紘と張昭だった。
2人は穏やかな笑顔で近寄り、話しかけてくる。
「程普どののご懸念、我らも気にかけていたのだ」
「さよう。孫将軍と周瑜どのは、まばゆいほどの才と魅力を持っておる。しかしそれだけに、彼らをねたみ、侮る者も出てこよう。そんなことのないよう、なんとかせねばと思っておった」
「おお、そうであったか。貴殿らの協力が得られれば、実に心強い。ぜひ共に孫策さまを支えていこうではないか」
「喜んで」
「うむ、協力しましょう」
するとジジイと言われてへそを曲げていた黄蓋も、そこに加わる。
「まあ、貴殿らの言うことも、分からんではない。孫策さまや周瑜どのは、我らにとっては子供世代だからな。我らのような大人が支えることで、上手く回ることもあろうな」
「うむ、そうだ。我らのような年配者の支えも、彼らには必要だろう。皆で協力して、孫軍閥を盛り立てていこうではないか」
「「「おう」」」
期せずして有力者の協力を得られることになった。
我らが目を光らせていれば、より軍団の統制も利くだろう。
いずれは中原最強の称号も、手に入るかもしれぬな。
はたして若がどこまで昇るのか、先が楽しみだわい。




