21.兗州への侵攻(地図あり)
第3章 王朝交代編の始まりです。
興平2年(195年)2月 豫州 沛国 譙
曹操の討伐を提案してから、俺たちはその実現のために奔走した。
まず周瑜たちと叩き台を立案し、馬日磾に報告する。
そこでおおむね了承を得ると、朝廷や周辺勢力に協力を要請していった。
その過程で俺は、豫州での働きを認められ、奮武将軍に昇格している。
やはり雑号(非常設)の将軍だが、討逆将軍より上の4品に相当する将軍位だ。
その一方で軍勢を再編しつつ休養を取り、兵站の準備を整える。
ようやく侵攻の目処が立ってきた頃には、翌年の2月になっていた。
「いよいよ来月には侵攻か」
「はい、幸いにも朝廷は乗り気ですし、徐州、青州、幽州も協力してくれます」
「うむ、なんとかなりそうな気はするが、本当にこれで正しかったのか……」
そう言って馬日磾が瞑目する。
いまだに曹操、袁紹を力攻めすることに、迷いが払いきれないようだ。
「私は逆に、漢王朝を再興するには、今しかないと考えます。聞けば長安では、李傕や郭汜、樊稠らが、互いの勢力を伸ばそうと争いあっているとか。このままではいずれ、中華全土が大きな混乱に陥る可能性が高いかと」
「うむ、それは儂も憂慮しておる。今は賈詡という切れ者が、李傕らをなだめてくれているが、それもいつまでもつか……」
「そのとおりです。そして天子さまをお救いするには、一刻も早く中原の混乱を収めねばなりません。最低でも兗州を押さえれば、天子さまをお迎えする算段もつくでしょう」
「うむ、そうだな……やるしかないのだな」
「はい、閣下」
ようやく納得した馬日磾に、今度は周瑜が話しかける。
「ところで閣下。先のことを考えて、長安と連絡を取りたいと思います。閣下と親しく、信頼のおける方を何人か、ご紹介していただけないでしょうか?」
「む、儂を介さずに連絡を取りたいと言うのか? それは本当に必要であろうか」
「はい、閣下と朝廷のやり取りは、李傕らに警戒されております。ですので私から人を送り、あちらに協力者を作りたいのです」
「ふむ、たしかに必要なことかもしれんな。よかろう。儂の紹介状を託すので、上手く差配せよ」
「感謝いたします」
さすがは周瑜。
上手いこと馬日磾から、協力者の紹介を引き出した。
なにしろ今年は、天子が長安を脱出して、洛陽方面へ移動する年だからな。
前生では曹操がそれを迎え入れて、天下に号令する立場に成り上がった。
その前に曹操を叩き潰しておけば、俺がそれに成り代わることも可能だろう。
ただしあまり早く動きだしても、周囲から詮索されてしまう。
それで今までは機会をうかがっていたが、ここで長安側にも伝手ができれば、今後の流れが作りやすい。
後はなんとか美味しいところを、手に入れたいもんだな。
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興平2年(195年)3月 兗州 済陰郡 定陶南方
そして翌月、俺たちは豫州の梁国から、兗州の済陰郡へ侵攻した。
目指すは曹操が本拠とする、鄄城だ。
この侵攻に合わせて、徐州や青州、豫州の沛国、河内郡からも兵を出し、州境を脅かしている。
これによって敵の兵力を分散させる計画だったが、定陶の南方には想像以上の敵軍が待ち構えていた。
「おい、あれって俺たちよりも多くないか? どうなってんだよ?」
「こちらも3万以上の兵を動かしているからね。そう簡単にはごまかせなかったって事さ」
「あんなにいろいろやったのに……」
今回の出陣に際し、俺たちはできる限りの欺瞞工作を行った。
州境に兵を集めるだけでなく、全方向から一斉に侵攻するとか、徐州に主力が集まっているなどと、噂をばらまいたのだ。
しかし敵もさるもの。
見事にこちらの主攻方面を見抜いて、大軍を差し向けてきた。
やはり曹操は侮れない。
改めて覚悟を決めていたが、周瑜の考えは少し違うようだ。
「山を張ってここに兵を集めたにしても、他方面への備えもおろそかにできないはずだ。ひょっとして曹操は、かなり無理をしているのかもしれないね」
「無理って、どんな?」
「そうだね。例えば大々的な徴兵をして、とにかく頭数だけかき集めた、とかね」
「ああ、その可能性はあるか」
こちらが無理して州境に兵を配したように、あちらも根こそぎ兵力をかき集めてるってのは、ありそうな話だ。
その場合、不慣れな新兵が多く、見た目よりも弱い可能性がある。
まあ、その辺はぶつかってみれば、分かることだ。
「よし、それならいっちょ、敵の実力を見てやりますかね」
「ああ、まずは慎重にね」
その後、双方の布陣が完了すると、どちらからともなく、戦闘に突入した。
「弓兵、放て!」
「歩兵隊、前進!」
互いの矢が雲霞のように飛び交う中、歩兵は盾をかざしながら前進する。
やがて歩兵同士の殴り合いが始まり、戦場は阿鼻叫喚の地獄と化した。
俺は本陣の高台からそれを眺めつつ、周瑜と一緒に指揮を執っていた。
「やはり手強いな」
「ああ、敵の旗から見ても、有名な武将が多く参加しているみたいだし、曹操自体も出張っているようだね」
「それじゃあ、やっぱり――」
「いや、敵が精兵ばかりとは、限らないよ。案外、控えはもろいかもしれないしね」
「ふ~ん、だから序盤は様子を見るよう、指示したんだな?」
「そうさ。そして敵が疲れたところで、逆襲に出る。君にも出てもらうよ」
「ああ、任せとけ」
それからしばらくして、俺の出番が来た。
敵が部隊を入れ替える気配があるということで、2千人ほどの部隊を率いて前線へ繰り出したのだ。
ただし、さすがに最前線で槍を振るったりはしない。
「先鋒は任せたぞ、許褚」
「うす、がんばります」
今回は汝南で拾った巨漢、許褚を従えての出陣だ。
こいつには頑丈な鎧を着せて、ぶっとい鉄の棍棒を持たせている。
許褚は剣や槍の扱いは拙いが、戦闘の勘自体は悪くない。
そこで頑丈な棍棒を持たせて、その怪力を振るってもらうことにしたのだ。
上手くはまってくれると、いいのだが。
「うお~~っ!」
「ぐはあっ!」
「ば、化け物だ!」
しかしそんな懸念は、杞憂だったようだ。
戦場になだれ込んだ許褚は、水を得た魚のように暴れまわる。
敵兵の体が、ポンポンと跳ね飛ばされる様は、一種の喜劇のようだ。
「あの男、かなりやりますね」
「ああ、期待以上だ。いい拾い物だったな」
「ま~た孫策さまが、変なのを拾ったと思ったんですけどね」
「失敬だな。ちゃんと拾う相手は見てるぞ」
「本当にそうならいいですけどね~」
後方から部隊の指揮を執りつつ、孫河とそんな話をしていた。
なにやら失礼なことを言われているが、そんな事よりも許褚だ。
彼は陣頭に立って、ぐいぐいと前線を押し上げている。
ちょうど敵が、部隊を入れ替えようとしていたのも幸いした。
やはり周瑜がにらんだとおり、敵軍には新兵が多く混ざっているようだ。
序盤に奮闘していた部隊と入れ替わろうとしたら、そこに多くの混乱が生じている。
その混乱につけこむ事で、戦果がどんどん拡大している。
もちろん許褚だけでなく、旧来の配下武将の他、太史慈、凌操、周泰、蒋欽らも活躍していた。
この分なら案外、早く決着がつくか?