幕間: 荀攸は戦から離れられない
私の名は荀攸 公達。
潁川荀家に連なる、しがない官吏である。
私は前の大将軍、何進さまに招かれ、黄門侍郎を拝命した。
しかし将軍は暗殺され、董卓などという田舎者がのさばったため、私はその暗殺計画に加担する。
あいにくと寸前に計画が露見してしまい、私は投獄の憂き目に遭った。
しかし世の中はよくしたもので、憎き董卓は暗殺され、私は再び日の目を見ることができた。
その後、しばらくは故郷で静養していたのだが、再び召し出される。
最初は任城国の相に押されたのだが、あえて益州は蜀郡の太守を希望した。
軍閥や賊徒が割拠する中原に、ほとほと嫌気が差していたからだ。
幸いにもその希望は通り、意気揚々と赴任しようとしたのだが、なぜか道が閉ざされていた。
噂では五斗米道なる妖賊(宗教関係の賊)が、益州への道を塞いでいるという。
無理を言って得た任務であるため、すぐに長安へ戻るのもバツが悪い。
そこで私はしばし荊州に留まり、様子をうかがうことにした。
するとしばらくして、家人から故郷の噂を聞く。
「ご存知でこざいますか? 旦那さま。故郷の潁川郡が、にわかに平定されつつあると」
「ほう、汝南郡が平定されたとは聞いていたが、今度は潁川もか?」
「はい、孫将軍ひきいる揚州軍が、次々と反乱分子を打ち破り、都市の連絡を回復しているそうです」
「ああ、孫策とかいう将軍だな。まだ成人したばかりと聞くが、大した武人のようだ」
「はい、朝廷への忠誠も篤く、信頼できるお方だとか」
「なるほどな」
そんな話をしていると、にわかに望郷の念が強まってきた。
どうせこのままでは益州に入れないのだし、一度、実家に帰って相談するのもよいか。
そう思って荷物をまとめると、さっさと故郷への旅路に就いた。
やがて潁川郡に入った時点で、私は状況の変化に気づく。
「なんというか、ずいぶんと活気が出ているな」
「はい、以前は賊が多く、移動するのもひと苦労でした。それが嘘のようです」
「孫将軍が治安を回復させ、人の流れを戻したということか。言うは易いが、実際に行うのは簡単でなかろうな」
「はい、昨今にはあまりない、良いお話です」
そんな話をしながら、潁陰の実家へ帰り着くと、とある手紙を渡された。
「討逆将軍 孫策どのが、私に会いたいと?」
「うむ、ずいぶん前に届いていたのだが、お前の所在が分からなくてな」
「申し訳ありません。益州へ入る前に、足止めを食らっていたのです」
そんな言い訳をしながら手紙を読むと、それは廬江周家の周瑜という者からであった。
孫将軍が人材を広く求めているので、一度会って話をしたいという。
ちゃんと孫将軍の署名もあるようだ。
家族に相談すると、益州がそんな状況なら、会ってみてもよいのではないかと言われた。
将軍たちは今、陽翟にいるらしい。
さほど遠くないので出向いてみると、すぐに周瑜どのと面会が叶った。
「高名な荀攸さまにお越しいただき、恐縮です。私が周瑜 公瑾です」
「荀攸 公達です。それほど大した人間でもありませんので、お気になさらず。汝南と潁川を、あっという間に平定した貴殿らの方が、よほど凄いでしょう」
「いえ、それほど大した事ではありません」
そう言って謙遜するのは、廬江周家の俊才。
噂には聞いていたが、かなり切れそうな若者だ。
実際に話をしてみると、その評価はどんどん高まっていく。
聞けば汝南や潁川の統治には、それなりに苦労しているらしい。
一度バラバラになった統治機構は、容易に元へは戻らないからな。
「というわけで、各地で賢人・才人の協力を募っているのですが、荀攸さまに協力していただくわけには、まいりませんでしょうか」
「協力したいのはやまやまですが、私は蜀郡太守の任を拝命しております。よそを当たってもらえるでしょうか」
「しかし益州への道は、妖賊にふさがれているご様子。任地に赴けないのであれば、今できることをした方がよいのでは?」
「いや、しかし――」
「これは私見ですが、妖賊の裏には益州牧の劉焉どのがいるはず。短期間で片づく問題とは思えません」
「ぐっ、それはたしかに」
私も劉焉が怪しいとは、思っていたのだ。
あの誇り高き御仁が、妖賊などを放置しておくはずがない。
それが事実であれば、私も考え直すべきか?
そう考えているうちに、周瑜どのがどんどん外堀を埋めていく。
朝廷には馬日磾さまを通して上奏するので、希望が通るであろう事。
また代わりの太守についても、別の者を推薦すると言う。
とどめは孫将軍との面談だ。
「荀攸どののような賢人が幕下に加わってくれれば、中原の平定も早まるでしょう。ぜひ私を、助けていただけませんか」
「……分かりました。この荀攸 公達、非才の身ではありますが、将軍の助けとなりましょう」
「ありがとうございます!」
将軍は実に男らしく、さわやかな風貌を持つ青年だった。
周瑜どののような怜悧さはないが、多くの者を惹きつける魅力に満ちている。
彼が陣頭に立つからこそ、その軍勢は無類の強さを発揮するのであろうな。
その迫力に押されて、思わず協力を約していた。
本当は戦乱から離れたいと思っていたのだが、まあよい。
戦乱を早く収めるのは天子さまのため、ひいては中華のためになるのは必定。
ならば全力をもって、将軍を支えようではないか。
決して楽な仕事には、ならんであろうがな。
次に人物紹介を投稿して、第2章の締めとします。




