17.集う人材
初平4年(193年)11月 豫州 汝南郡 汝陰
呂範の提案した作戦のおかげで、大した被害もなく汝陰を落とすことができた。
この勝利は早々に周辺へ知れ渡り、俺たちの噂が広まる。
曰く、”孫軍団は規律正しく、精強な軍勢である”とか、
”孫堅将軍のご子息は、若いのにもかかわらず戦上手である”とか、
”孫軍団は天子さまの勅命により、中原に秩序を取り戻そうとしている”なんて噂だな。
基本的に事実なんだが、それに実績が伴うと、周りの反応も変わってくる。
それまでは様子見していた豪族やら官吏どもが、急に協力的になったのだ。
おかげで汝陰近辺での仕事が、ずいぶんとやりやすくなる。
そこで周辺に強力な敵がいないことを確認しつつ、軍団をいくつかに分けて、鎮圧に送り出した。
その結果、汝陰から南の都市が次々と恭順してきて、南部の治安が安定しはじめたのだ。
次は汝南の中部や北部をとなるのだが、その前に進めていることがあった。
「張紘 子綱と申す。将軍の意気に感じ、参上つかまつった」
「張昭 子布にござる。将軍のお力になれればと、馳せ参じました」
「秦松 文表と申す。将軍の幕下にて、微力を尽くしたく」
「諸葛瑾 子瑜にございます。我が力、ぜひお役立てくださいませ」
「魯粛 子敬です。人手不足と聞き、助力に駆けつけました」
急激に拡大した孫軍団の、幕僚の拡充だ。
張紘、張昭、秦松といえば、前生の孫軍閥の3大能吏である。
魯粛や諸葛瑾についてはよく知らないが、弟の代で活躍したらしい。
そこで俺と周瑜は彼らに手紙を出し、孫軍団への参加を打診してみた。
すると彼らは快く招きに応じ、バリバリと働きはじめてくれたんだな。
なにしろ俺たちは、太傅 馬日磾の指示の下、揚州や徐州に平和をもたらした実績がある。
おかげで軍団の運営が、ずいぶんと楽になった。
最近は軍団の規模だけでなく、支配地域もどんどん拡大していたからな。
それに伴う仕事は増えるばかりで、人材の確保は急務だったのだ。
早めに手を打っておいてよかった。
そして増えたのは、文官だけじゃない。
「太史慈 子義だ。腕っぷしには自信があるから、使ってくれ」
「凌操といいやす。ぜひ、将軍の傘下に加えてくだせえ」
「周泰 幼平だ、です。俺を使いやがれ、です」
「蒋欽 公奕という。我が力、将軍のために使いたく」
前生で一緒に戦った武官たちにも手紙を出したら、続々と駆けつけてくれた。
やはり相性がいいのかな。
腕っぷし自慢の猛者がこれだけ集まれば、軍団はさらに強力になるってものよ。
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初平4年(193年)12月 豫州 汝南郡 鮦陽
汝南郡の南部が落ち着くと、俺たちはいよいよ中部・北部の制圧に乗り出した。
まずは汝南郡の都である平輿を目指す。
なんで最初から目指さなかったかというと、揚州との連絡を確保するためだ。
なにしろ混乱まっさかりの豫州では、満足な補給を得にくい。
ちょっと油断していると、賊徒に補給路を遮断されたりするからな。
そこでまずは南部を平定し、揚州からの補給も可能にしたわけだ。
これで安心して軍を進めることができる。
あれから固始、鮦陽という県に寄りつつ、周辺の反乱分子を討伐していた。
おかげで治安が回復してきたんだが、途中で気になる噂を聞いた。
「流民が砦にこもって、自活している? それも盗賊にならずにか」
「はい。それどころか、周辺の盗賊を撃退しているようです」
「それは興味ぶかいな」
鮦陽の近くの古い砦に、流民たちが住み着いていると言う。
普通なら盗賊になるところを、そいつらはわりとまっとうに生きてるらしい。
興味を引かれた俺は、その砦に行ってみた。
「討逆将軍の、孫策 伯符だ。責任者に会いたい」
「「「……」」」
砦の門の前で呼びかけたのだが、誰も応えない。
まあ、腰に剣を下げた男たちを、簡単に招き入れるはずもないだろう。
その後もあれこれ話しかけてると、砦からでかい男が出てきた。
「……俺が、ここの責任者ということになってる。何か用か?」
「俺の名は孫策。これでもれっきとした将軍だ」
そう言って将軍の印綬(組み紐つきの官印)を見せると、男はますます怪しむように訊ねる。
「将軍さまが一体、なんの用だ?」
「ああ、別に大した用じゃないんだが、流民が集まってる砦があると聞いてな。どんな人間が率いているのか、見たくなっただけだ。あんたの名前は?」
「……俺は、許褚ってもんだ」
「許褚、ね。俺が言うのもなんだが、若いよな」
「……25だ」
「ほ~ん」
まだ警戒している許褚を、改めて見つめる。
彼は俺よりも頭ひとつ高いだけでなく、肩幅も腰回りもガッシリした偉丈夫だ。
顔立ちもゴツゴツした感じで、かなり強そうに見える。
ここをまとめてるってことは、実際に強いんだろうな。
「俺は今、この豫州に秩序を取り戻そうと戦っている。あんたみたいな勇士が味方にいれば、助かるんだがな」
「……俺はここにいる人たちを、守らなけりゃならねえ」
砦の方に目をやりながら、許褚がそう答える。
なかなか責任感が強い男のようだ。
ますます彼が欲しくなった俺は、さらなる誘いを掛ける。
「この辺の反乱分子は、あらかた討伐済みだ。ここが襲われる危険性は、ほとんどないだろう。なんだったら、ここの住民を受け入れてくれるよう、鮦陽に掛け合ってもいいぞ」
「??…………なぜ、そこまでしてくれる?」
「言ったとおりさ。あんたみたいな勇士が、味方に欲しいんだ」
「……みんなと相談させてくれ。皆がそれを望むなら、俺は従軍してもいい」
「そうか。なら3日以内に、鮦陽へ来てくれ。俺もそれなりに忙しい身なんでな」
「……分かった」
こうして許褚との会談は終わった。
帰り道で、護衛の孫河が話しかけてくる。
「あんな約束、してもよかったんですか? 官吏はいい顔しないですよ」
「そりゃそうだろうが、この程度の頼みを聞いてもらう権利はあるだろ? あの許褚ってのは、それに値すると思うんだ」
「う~ん、本当にそうなら、いいんですけどね……」
それ以上は言わなかったが、まだ不満そうだ。
しかし俺の勘は、こうするべきだと言っていた。
中原に覇を唱えるなら、勇士はいくら居てもいいからな。
結果的に、許褚は俺の傘下に加わることになった。
砦の住人たちが、都市への移住を望んだからだ。
そりゃあ、壊れかけの砦なんかより、都市に住めるならそっちの方がいいだろう。
孫河の懸念どおり、都市の官吏には抵抗されたが、一日も早く汝南を鎮圧するため、必要なことだと言いきった。
これで鎮圧に手間取ったりしたら、責任問題になるかもな。
しかしこれぐらいで手間取るようじゃ、中原に覇を唱えるなんてできやしない。
文句の出ようがないぐらい、上手くやってやるさ。
新しい配下たちのあいさつをまとめて書いてますが、それぞれバラバラに出仕してると思ってください。