13.徐州防衛戦(2)
初平4年(193年)8月 徐州 彭城国 彭城
俺たちは彭城の側背を守るべく、曹仁の軍と殴り合っていた。
味方は敵の半分程度の兵数ながら、よくその攻撃を防ぎ、騎兵攻撃にも対応している。
やがて両軍に疲れの色が見えはじめた頃、後方から軍鼓と銅鑼の音がもたさらされた。
その調子は今までにないものであり、俺が待ち望んでいたものでもある。
「よし、合図だ。行くぞ、お前ら」
「はい、孫策さま」
「ああ、腕が鳴るぜ」
「へへっ、いよいよっすね」
後方からの合図を聞くやいなや、配下たちも動いていた。
まず俺の直卒部隊をたばねる孫河、徐琨、呂範が、乱れた隊列を立て直す。
さらには孫賁や呉景、程普や黄蓋たちの率いる部隊も、敵と戦いながら陣形を整えていた。
すると俺たちの眼前が開けてゆき、敵への道筋が見える。
さっきまでただの乱戦にしか見えなかった戦場に、束の間の秩序がもたらされた。
「さすがは周瑜。見事な手際だな」
「まったくっすね。事前に話を聞いてても、ちょっと信じられないっす」
そう、今の展開は、周瑜が事前に描いていた筋書きのひとつなのだ。
それは敵軍が数の優位を頼りに、途中で戦力の入れ替えを行うというものだ。
俺たちだって敵の全軍と殴り合いたくないから、戦闘正面はある程度、限定している。
おかげで敵には遊軍が生じてるわけで、ならばどこかで入れ替えようと考えるだろう。
そんな敵の采配を周瑜は読み、その動きにつけ込む策を立てた。
もちろん、そうならなかった場合の対応も、彼の頭の中にはある。
周瑜いわく、”何十通りもの展開を想定し、それに備えるのが将たる者の務めだからね” だそうだ。
俺には到底、無理だがな~。
しかし彼は本当に頭のいい人間で、幼い頃から兵法書にも親しんでいた。
そんな男が俺の死後も、10年ほど兵を率いていたのだ。
聞けば荊州では、自軍の数倍におよぶ曹操軍を、撃退したこともあるらしい。
あの天才的な頭脳に、そんな経験までもが加わったのだ。
ちょっとやそっとの優勢で、彼に対抗できるわけがない。
しかし周瑜いわく、これは俺がいるからこそできる策でもあるらしい。
「孫策。君の武力や統率力、そしてその場の状況を見抜く直感力は、僕にはないものだ。だからこそ、こんな無茶な作戦も立てられる。前生でつかみそこねた栄光を、2人で目指そうじゃないか」
面と向かってそう言われた時は、こいつどうしたんだと思ったね。
前はそんなこと言う男じゃ、なかったのに。
だけど冗談めかして言う彼の目を見て、なんとなく分かった。
そこにはたっぷりと地獄を見てきた男の陰と、狂おしいほどの欲望が垣間見えたからだ。
おそらく俺が先に死んでから、改めてその価値を痛感したんだろう。
たしかに俺は、周瑜にないものを持ってるからな。
前生ではそれが上手いこと噛み合って、江東に覇を唱えることができたんだ。
そこで俺がおっ死んじまったもんだから、残された者たちの落胆と苦労は、相当なものだったろう。
そんな記憶があるからこそ、彼は積極的に俺を焚きつけるんじゃなかろうか。
そしてそれは俺にとっても、望むところだった。
「ようし野郎ども! 敵を追い落とすぞ」
「「「おう!!!」」」
俺の掛け声に応じて、200人ほどの部隊が動きだす。
最も若い呂範が先頭に立ち、孫河と徐琨が俺の横を固めていた。
少数ながら統制の取れた動きで、俺たちは敵を攻めたてる。
俺も一緒になって愛槍を振り、敵の一角に圧力を掛けていた。
すると形勢悪しと見て焦ったのか、敵将の1人が一騎打ちを挑んでくる。
「我が名は楽進 文謙。怖くなければ、一騎打ちで勝負してやろう」
「おっしゃ、その勝負、この孫策 伯符が受けた。死んでも恨むんじゃねえぞ!」
「ほざけ、こわっぱ!」
俺たちは槍を構え、大声をあげながら敵を威嚇する。
やがて緊張が頂点まで高まると、俺たちは激突した。
「どおりゃあっ!」
「なんの!」
「こしゃくなガキめっ!」
「やかましいわ、ジジイ!」
そう言いながら振り回す互いの槍が、ガツンガツンと音を立てる。
楽進もなかなかの腕前のようで、上手いことこちらの攻撃をしのいでいた。
その顔には、まだまだ余裕の笑みが見えたが、時間が経つにつれてそれも薄れる。
「くっ、思った以上にやるな」
「へっ、この程度でもうお疲れか?」
「おのれ、まだまだ!」
しかし、一度かたむいた天秤は、もう元には戻らなかった。
少し強めに叩きつけた攻撃に、敵の姿勢が崩れる。
俺はその隙を見逃さず、楽進の腹部に槍を突きいれた。
「ぐはあっ……ふ、不覚」
致命傷を受けた敵が崩れ落ちると、周りの兵士に動揺が広がる。
「隊長がやられたっ!」
「おい、やべえじゃねえか」
「に、逃げろ~」
おそらく楽進の武力が、この隊の強みだったのだろう。
彼が倒れるのを見た兵士たちが、我先にと逃げはじめる。
その動きはどんどん周囲に広がり、とうとうその一角の士気が崩壊した。
「敵は崩れたぞ! 蹴散らせ~!」
「「「おお~~っ!」」」
その後はもう、一方的な展開だ。
曹仁の軍全体が、我が軍の攻勢に耐えられず、散り散りに逃げはじめる。
配下の部隊もここぞとばかりに張り切って、敵を追い落とした。
俺は適当なところで追撃を打ち切り、後方へ下がっていると、周瑜が寄ってくる。
「さすがは孫策。見事に勝利をもぎ取ったね」
「ああ、お前が見事な策を、授けてくれたからな」
「フフフ、それは光栄だね。だけどやっぱり、君という将があっての勝利さ」
「それはお互い様さ。今後もよろしく頼むぜ、相棒」
「こちらこそ」
そんな話をしながら俺たちは、ほがらかに笑い合った。
激しい戦闘を終えたばかりで、体には強い疲労が残っている。
しかし大きな損害を出さずに、倍もの敵を打ち破ったのだ。
そこにはなんとも言えない満足感が漂っていた。
しかし我らが智将は、のんびりと休養を許してはくれない。
「だけど僕らは、敵の一部を破ったに過ぎない。次は曹操との対決だよ」
「ああ、そりゃそうだけど、少しは休ませてくれよ」
「部隊を再編して、敵軍の状況を探る間ぐらいは、休めるかもね」
「うへえ、楽はできそうにもないな」
そんな弱音を吐きながらも、俺の闘志は燃え上がっていた。
いよいよ前生の中原の覇者と、対峙するのだから。