12.徐州防衛戦
初平4年(193年)8月 徐州 彭城国 彭城
俺たちが到着して3日もすると、曹操軍の先鋒が現れた。
敵は泗水に沿って南下し、北から彭城の城へ迫ってきたのだ。
ちなみにこの彭城という地は、泗水という大河のほとりに位置し、東西の交通を支える要衝である。
それでいて周囲が山に囲まれており、比較的に守りやすい地形でもあった。
それゆえに陶謙も守りを固めていたし、曹操も主力を率いて攻め寄せてきたわけだ。
そんなところで、まずはお試しとばかりに、攻撃を仕掛けてきた。
しかしこちらの守りが固いと知ると、攻撃を控えて後続を待つようになる。
「先鋒の主将は于禁のようですな。一度攻めてからは守りに入り、しきりに周囲を偵察している様子」
「うむ、曹操の本隊を待つのであろうな。厳しい戦いになりそうだ」
「こちらよりも、傅陽の方が厳しいでしょう。あちらは曹仁を主将とする軍と、すでに干戈を交えているとか」
「うむ、そうらしい。しかし配下の呂由も、決して劣るものではない。城を盾に使えば、十分に戦えるであろう」
「そうであればよいのですが……」
その場で言うのは控えたが、それが甘い期待であることを、俺と周瑜は知っていた。
そして案の定、傅陽方面に派遣していた斥候から、凶報がもたらされる。
「報告します。傅陽の兵は城外に釣り出され、曹仁の軍に打ち破られた模様です」
「なんだとっ!」
どうやら曹仁は、傅陽を迂回するふりをして、呂由の出陣を誘ったらしい。
まんまとそれに引っかかった呂由は、曹仁軍の逆襲を受けて潰走。
そのまま傅陽は、あっさりと陥落したようだ。
「くっ、なんたる失態……こうなっては、貴殿らを頼りにするしかない」
「お任せください。このようなこともあろうかと、周辺の地形は調べてあります。必ずや曹仁の軍勢を押しとどめ、彭城の側背を守ってみせましょう」
「うむ、頼んだぞ」
それから俺たちは、陶謙の兵2千を加勢につけてもらい、曹仁の迎撃に出た。
対する敵の軍勢は約8千と、倍の規模だ。
しかし敵は長距離の行軍をしてきたうえに、攻城戦で疲弊している。
そして俺たちは敵の予測進路に斥候を放ちつつ、迎撃に有利な土地を確保していた。
「敵軍の接近を確認しました」
「ご苦労。さすがは周瑜だな。お前のにらんだとおりだ」
「フフフ、今回はじっくり調べる時間があったからね。それほど難しくはなかったよ」
「そんなことが言える人間が、この世に一体どれだけいるのやら。まあ、これだけお膳立てしてくれたんだ。後は任しときな」
「ああ、僕は後ろから補佐するよ」
「頼んだぜ。よし、野郎ども。孫軍団の強さ、見せてやろうぜ!」
「「「おおっ!」」」
そうやって気合を入れる俺たちに向かって、曹仁の軍が近づいてきた。
こちらは少し高台にいるので、敵の様子がよく見える。
「やっぱり騎兵の数が多いな」
「ああ、この辺りは河北に近いし、中原では頼もしい戦力になるからね」
見た感じ、敵の1割程度が騎兵のようだった。
対するこちらは、斥候や指揮官が馬を使うぐらいで、ほとんど歩兵ばかりだ。
華南では馬自体が少ないし、徐州ですら多くは揃えられない。
なにしろ軍馬ってのは、金が掛かるシロモノだ。
優秀な馬体のみならず、日頃からの訓練や世話も必要だし、飼葉や水も多く消費する。
その分、平地では機動力に優れるし、場合によっては突撃までこなすんだから、戦力としては実に頼もしい。
あいにくと俺も周瑜も、大規模な騎兵戦ってのは経験がない。
水路や湿地だらけの華南では、騎兵を使いにくいからな。
しかしこの時に備え、対騎兵戦法は十分に学んでいる。
いっちょ、奴らの鼻を明かしてやろうじゃないか。
しばらく待っていると、曹仁の軍が眼下に布陣を完了し、前進を始めた。
敵は地形的な不利を知りながら、こちらの兵が少ないと見て、正面から戦うようだ。
それこそこっちの思うツボである。
「弓隊、構え!」
俺の指示に従い、揚州から連れてきた弓兵が、一斉に構えを取る。
徐州の弓兵も少し遅れて、矢をつがえた。
ピンと空気が張り詰める中、号令を掛ける。
「放てっ!」
次の瞬間、ビュンビュンと無数の矢が放たれた。
矢の群れが雲霞のように、敵の頭上に降り注ぐ。
もちろん敵もこれに備え、盾を頭上にかざして防ごうとしている。
しかし全てが防げるわけもなく、矢を浴びて叫び、倒れる兵が続出する。
とはいえ、敵も慣れたものだ。
ある程度の損害は受け入れながら、ジリジリと兵を進める。
やがてある程度、距離が縮まると、敵からも矢が放たれはじめた。
すかさずこちらも盾で防ぐが、多少の被害は避けられない。
位置的にこちらが有利でも、数は向こうの方が多いのだ。
それなりの被害が生じ、乱れた陣形を立て直さねばならない。
そんな中で、十分に敵を引きつけたと判断した俺は、新たな指示を下した。
「とつげきぃ~っ!」
「「「おお~~っ!」」」
盾を掲げた歩兵が、一斉に駆け出した。
すると敵も負けじと、こちらとの距離を詰めるために走りだす。
両軍が怒号をあげながら、とうとう激突した。
兵の振り回す矛や戟が、敵の体をえぐり、血しぶきを上げる。
戦場は一気に血生ぐさくなり、苦鳴が鳴り響く地獄へと一変した。
そんな最前線から一歩ひいた位置で、俺は指揮を執っていた。
「韓当! 程普のところが劣勢だ。応援に行ってくれ」
「了解でさあ!」
「徐琨! 孫賁の隊がヤバい。一度、交替してくれ」
「お任せを!」
こんな調子で指揮を執りつつ、その合間に弓を射たりしてるもんだから、休む暇もない。
しかしそのおかげか、我が孫軍団は寡兵ながらも、敵の攻撃に耐えていた。
そんな状況に焦れたのか、敵が新たな手を打ってくる。
「左翼より敵騎兵、接近!」
「いよいよ来たな……周瑜!!」
敵がとうとう切り札の騎兵隊を繰り出してきた。
すかさず後方の周瑜に声を掛けると、彼もすでに承知のうえだ。
すぐに軍鼓と銅鑼が打ち鳴らされ、待機していた部隊が動きはじめる。
「強弩隊、構え……撃てっ!」
多数の強弩から放たれた矢が、敵の騎兵に降り注ぐ。
それで全てを止めることはできないが、敵の勢いをそぐことができた。
その間に長矛を持った兵が前に出て、迎撃の準備が整う。
いかな騎兵隊といえど、そんな所に突っこんだら大損害だ。
陣形の端をかすめるようにして、通り過ぎていく。
おかげで味方は大した被害を出すことなく、騎兵隊をやり過ごした。
敵もさぞかし、歯がゆい思いをしているだろう。
しかし戦はまだまだ始まったばかり。
これからが正念場だった。