幕間: 呂範の奮闘
俺の名は呂範 子衡。
豫州の汝南郡で役人をやっていたんだが、昨今の不穏な情勢から、揚州へ移ってきた。
それで仕事を探してたら、すげえカッコイイ人たちを見かけたんだ。
一方は威風堂々とした屈強な旦那で、もう一方は美女と見紛うほど顔立ちの整った美丈夫の2人組だった。
どちらもまだまだ若そうなのに、妙に存在感のある人たちだ。
思わず立ち止まって見とれていたら、屈強な旦那と目が合った。
するとなぜかひどく驚いてから、俺に近づいてきたんだ。
「なあ、あんた。名前はなんていうんだ? 俺は孫策ってんだが」
「……うえ? お、俺は呂範っす」
「やっぱ、ゲフンゲフン。これは失礼。ちょっと知り合いに似ていてな。思わず声を掛けちまった」
「は、はあ。俺は記憶にないんで、人違いだと思いますがね」
「う、うん。まあ、そうだな……しかしここで会ったのも、何かの縁だ。ちょっと飯でも一緒にどうだ?」
「はあ、別にいいっすけど」
そんなこんなで、一緒に飯を食ったんだが、話を聞いて驚いた。
なんと孫策さまは、元長沙太守のご子息だってんだ。
さらに美丈夫の方は周瑜さまといって、廬江周家の一門ときた。
これは後で聞いたんだが、お2人は”断金の交わり”(その交わりの固さ、金(属)を断ち切るがごとし)と言われるほど、固い友情で結ばれてるらしい。
そんな人たちを前に恐縮していると、孫策さまが笑いながら言ってくれた。
「別に俺たちが偉いわけでもないんだから、そうかしこまらなくていいぞ。どうせ年もそんなに変わらないだろ?」
「はあ、今年16っすけど」
「俺たちは19だ。もっと気楽にしてくれ」
「は、はあ……」
俺と3つ違いか。
それにしては妙に貫禄があるというか、なんというか。
やっぱりお偉い家で育つと、違うんかね。
「それはそうと呂範。仕事を探してるって話だが、何かあてはあるのか?」
「いえ、これから探して回るとこっす」
「そうか。そんなら呂範。俺たちと一緒に仕事をしないか?」
「え? それはどんな仕事っすか?」
聞けば孫策さまは、この揚州で自警団みたいなことをするつもりらしい。
まだ実績はないが、じきに活躍の機会があるという。
今までは自ら戦うなんて、思ってもいなかったが、こんなご時世だ。
今後も情勢は不安定で、おとなしくしてても、ろくなことにはならないだろう。
それなら積極的に戦いに身を投じるってのも、ありかもしれないな。
たぶん家族には反対されるだろうけど、俺は決めた。
「あの、俺も一緒にやりたいっす」
「おお、その気になってくれたか。歓迎するぜ。それじゃあ、景気づけに乾杯でもするか」
「はい!」
こうして俺は孫策兄貴の下で、働くことになったんだ。
それからの展開は目まぐるしかった。
なにやら朝廷のお偉いさんの護衛についたと思ったら、袁術と敵対することになったんだ。
袁術といえば、汝南袁家の嫡流をつぐ大物だってのに、それと堂々と渡り合うんだぜ。
さすがは兄貴だねえ。
やがて袁術の本拠である、寿春を攻めることになったんだが……
「いいか、呂範。お前には寿春に潜入して、城攻めを支援する役目を頼みたいんだ」
「うえぇ、マジっすか?」
「ああ、大マジだ」
なんと俺に、寿春に潜入して、撹乱工作や壁越えの手伝いをしろってんだ。
そんなの、どうしたってヤバいに決まってる。
思わず怖気づく俺に、周瑜さんが助言してくれた。
「そう恐れることはないよ。たしかに危険な任務だが、これから注意することを守れば、十分に生還の目はある」
「そ、そうなんすか?」
「ああ、例えば――」
それから細々とした注意事項を、丁寧に教えてくれた。
それらは実に緻密で、現実的な内容ばかりだった。
まるで何十年も戦ってきた、歴戦の老将みたいである。
さすが、周家の神童と呼ばれるお方は違うなぁ。
「周瑜さんって、ずいぶんといろんなことを、考えてるんすね」
「フフ、少しでも被害を減らすためだ。知恵を絞らないとね」
「そうそう。だけど実際の戦場では、何が起こるか分からないからな。呂範も臨機応変に動いて、必ず生きて帰れよ」
「了解っす、兄貴」
お2人の期待は重いが、ここが男の見せ所だろう。
がんばらねえとな。
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それから俺たち潜入組は、バラバラに寿春に入ると、何くわぬ顔をして時期を待った。
やがて袁術は兄貴と戦うために出陣したが、案の定、負けて帰ってくる。
寿春の城の中には大勢の兵士やケガ人があふれ、大混乱に陥っていた。
そして夜になってから、俺たちは動きだしたんだ。
「よ~し、お前ら。いよいよ俺たちの見せ場だ。ぬかるんじゃねえぞ」
「「「おう」」」
俺たちは撹乱組と壁越え組に分かれて移動する。
まずは撹乱組が城内で小火を起こし、注意をそちらに向ける。
そして手薄になった城壁上の一部を占拠して、そこから壁登り用の縄を垂らした。
「よし、たいまつを振れ」
「へい」
合図を送ってしばらくすると、城外が騒がしくなった。
のぞいてみると、水濠に橋を架けて渡りはじめている。
「へへ、さすがは兄貴。動きがはええや」
「お頭、敵に勘づかれましたぜ」
「おっと、こっちも早いな。野郎ども、死にものぐるいで守るんだ。だけどなるべく死ぬんじゃねえぞ」
「それはお頭、矛盾してますぜ」
「つべこべ言わずにやるんだよ!」
たしかに矛盾してるが、そう言わざるを得ねえじゃねえか。
いずれにしても、こんなところで死ぬわけにはいかねえし、部下もなるべく死なせたくねえ。
気合い入れねえとな。
すぐに敵が群がってきて、俺たちは死にものぐるいで戦った。
人数差は圧倒的だが、段差や通路を利用して、なるべく不利にならないよう立ち回る。
幸いにも、城外の味方による弓矢の援護もあった。
おっ、この鋭い射撃って、ひょっとして兄貴じゃねえ?
なんか他の矢とは、威力が違うっていうか、なんというか。
なんとなく、兄貴の愛を感じるなあ。
そうやって時間を稼いでいると、とうとう待っていた声が掛けられた。
「呂範、よくやった。このまま押しきるぞ!」
「お~、兄貴。早かったっすね。野郎ども、この勝負、俺たちの勝ちだ!」
「「「おうっ!」」」
こうなったらもう、勝ったようなもんだ。
袁術ほどの大物を倒せば、兄貴の勇名も上がるに違いない。
そうなれば、俺にもおこぼれが回ってくるだろう。
へへへ、なんか将来に、希望が見えてきたな。
孫策が偵察も兼ねて寿春に寄ったら、たまたま呂範を見つけたという設定です。
彼らは運命の絆で結ばれているのだ。w