10.寿春の陥落
初平4年(193年)7月 揚州 九江郡 寿春
袁術軍と戦っていたら、李豊という敵将に挑まれた。
「たとえ孫堅の息子だろうが、俺にとっちゃ雑魚だ!」
「はっ、その言葉、あの世で後悔するんだな!」
互いに矛を構えて向かい合うと、周りの兵士の注目が集まる。
そんな、一時的な静寂の中で、ふいに戦いが始まった。
「それっ!」
「なんの!」
「くっ、やるな」
李豊の突きをいなしてやると、ヤツもすばやく体勢を整えて身を引いた。
その動きはなめらかなもので、ただの脳筋ではなさそうだ。
そこで俺も小刻みに突きを放って、様子を見る。
「それそれそれ!」
「ぬう、こしゃくな」
図体のでかい李豊が、俺の攻撃に翻弄されている。
こちらはただ攻撃するだけでなく、しばしば隙を見せて敵を誘っているのだから、それも当然であろう。
若造らしからぬ巧妙な攻めに、ヤツは大きく戸惑っているようだ。
やがて隙を見出した俺は、決定的な一撃を放つ。
「そらっ、あの世で修行しなおしてくるんだな!」
「ぐはぁ!」
俺の矛に貫かれた李豊が、あえなく地面に倒れ伏した。
それを見た敵の兵士が、にわかに崩れはじめる。
「李豊さまがやられたぞ!」
「嘘だろう、あんな簡単に?」
「やべえぞっ! 逃げるんだ」
「お、おい、待てよ」
もちろん、味方がそれを見逃すはずもない。
勢いに乗って敵兵を追い回しはじめた。
「敵の一角が崩れたぞ! 追撃だ!」
「「「おお~~っ!」」」
孫賁をはじめとする諸将が号令を掛ければ、我が孫軍団が一斉に動きだす。
敵の一角が混乱しているため、味方はずんずんと戦線を押し上げていく。
それを眺めながら、息を整えていると、傍らに周瑜がやってきた。
「おつかれさん。無事に手柄を立てられたようだね」
「ああ、敵将を1人、討ち取ったぜ」
「さすがだね。その調子で今後も頼むよ」
「ああ、俺は前に出るから、後ろの指揮は任せた」
「フフフ、もちろんさ」
今回、無事に手柄を立てられたのも、周瑜のおかげが大きい。
彼が後方から冷静に情勢を見極め、部隊に指示を出していたからだ。
おかげで俺は眼前の戦いに集中できるばかりか、さっきのように手頃な獲物を釣り出すこともできたって寸法だ。
さすが、俺より10年以上も長生きして、孫軍団を支えた智将なだけはある。
彼と一緒なら、前生の雪辱を果たすことも夢ではないだろう。
そんな手応えを感じながら、俺はさらなる戦いに身を投じていった。
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その後も味方優勢で小競り合いを繰り返していると、敵は寿春に籠城してしまった。
これは袁術の苦戦が周辺に伝わり、援軍の見込みがなくなったせいでもある。
本当は勇戦して味方を集めようと思っていたのだろうが、逆に苦戦していては、それも望めない。
これも周家をはじめとする、味方豪族の諜報戦のおかげだ。
周家の意を受けた豪族たちが、袁術の周りに悪い噂をばらまいたらしい。
さすがは廬江周家、えげつねえな。
しかしそれなりの数が籠城したことに、孫賁が不安を訴えた。
「みすみす敵に籠城を許したが、本当によかったのか? 積極的に攻めれば、もっと敵を削れただろうに」
「それで味方を損なってちゃあ、意味がないよ、従兄さん。大丈夫、これを見越して、準備はしてあるんだから」
「しかしだな……」
俺たちが優位に戦を進めれば、敵が籠城するのは分かっていた。
そこで最後は深追いをしないよう、事前に打ち合わせていたのだ。
しかし実際に籠城されてしまうと、不安になるのも分からないではない。
なにしろ寿春は揚州の州都だけあり、壁は高く、水濠もある。
それを落とすのは容易でないと、誰でも想像できるだろう。
しかしこちらも無策で臨んだわけではなく、周瑜がそれを説明する。
「ご心配なく。ご存知のように、城内には密偵を潜入させてあります。彼らが城内の撹乱と、壁越えを支援してくれる手はずです」
「しかし、たかだか20人だろう? その程度では――」
「綿密に準備しているので、大丈夫です。もしも失敗した場合は、この私が責任を取りましょう」
なおも疑念を呈する孫賁に苛ついたのか、周瑜が責任を取ると言って黙らせた。
それで孫賁も口をつぐんだが、雰囲気が悪いので俺と呉景がとりなす。
「まあまあ、俺たちだってさんざんに知恵をしぼって、対策を練ったんだ。ここは呂範の働きに期待しよう」
「うむ、そうだな。たしかに不安は尽きんが、正面から城攻めするよりは、かなり損害を減らせるだろう。ここは堪えて、夜を待とうではないか」
「……そ、そうだな」
さすがの孫賁も、ようやく黙った。
今までさんざん打ち合わせてきたことを、ここで蒸し返してもしょうがないだろうに。
おそらく俺と周瑜の主導で事が進むのが、あまりおもしろくないのだろう。
だからといって俺たちが遠慮する必要もないので、予定どおりにやらせてもらうつもりだが。
「合図が出ました」
「よし、まずは先発隊が行け!」
「「「はっ!」」」
時は進んで夜半。
城壁の近くに潜んでいた俺たちに、城内から合図が届いた。
それは城壁上で、たいまつを決まりどおりに振り回すもので、城壁越えの準備が整ったという合図だ。
それを受けて先発隊に指示を出すと、恐れを知らぬ男どもが城壁へ向けて走り出す。
やがて水濠に行く手を遮られるのだが、事前に準備していた木材を使い、即席の橋を作りだす。
そしてたどり着いた城壁には、上から複数の縄が垂らされていた。
男どもはその縄に飛びつくと、次々と城壁を登っていく。
縄には一定間隔に結び目がついているので、訓練された配下なら軽々と登れるって寸法だ。
しかし当然、敵からの妨害があるので、潜りこんだ密偵部隊が、それに対抗していた。
俺も及ばずながら、外から矢を射て応援する。
そうして十人ほどが城壁上にたどり着き、ある程度の安全を確保すると、いよいよ俺の出番だ。
「よし、行くぞ」
「「「おう!」」」
俺は縄に取りつくと、グングンと登っていく。
やがて城壁を乗り越えると、そこでは味方と城兵が争っていた。
「さっさとこいつらを倒すんだ!」
「へへっ、そうはいかねえぞ。てめえらこそここで、くたばりやがれ! どりゃ~!」
「くそっ、てごわいぞ」
潜入組を率いている呂範が、縦横無尽に暴れまわっていた。
彼の無事な姿に安堵しながら、俺も戦闘に加わる。
「呂範、よくやった。このまま押しきるぞ!」
「お~、兄貴。早かったっすね。野郎ども、この勝負、俺たちの勝ちだ!」
「「「おおっ!」」」
さすがは呂範。
すかさず味方を鼓舞し、攻勢に移っている。
さらに俺も加わって敵を圧迫すると、周囲の敵は徐々に後退していった。
その後はさらなる増援を得て、城門付近まで進出する。
そして内外から攻め立てることで、とうとう城門の開放にこぎつけた。
「城門は開かれた! 突入だ~!」
「「「おお~っ!」」」
こうして俺たちは寿春の攻略に、成功したのだった。