9.寿春攻略戦
初平4年(193年)6月 揚州 廬江郡 安風
俺たちは見事、九江郡との境界付近の砦の奪取に成功した。
しかし維持するほどの価値もなかったので、焼き払って安風へ帰還する。
それからしばし休養していると、続々と援軍が集まってきた。
「見事、袁術の手勢を破ったそうだな。しかも砦を潰したと聞く」
「はい、幸いにも撃破が叶いました。それも敵の一部に過ぎませんが」
「2千以上の敵を討ったというではないか。十分に誇っていいと思うぞ。おかげで味方の集まりもよい」
そう言って顔をほころばすのは、馬日磾だ。
彼は陸康と一緒に周辺の豪族に援軍を要請したが、最初は集まりが悪かった。
しかし今回の俺たちの成果を聞きつけた連中が、ようやく腰を上げたようだ。
おかげで馬日磾も、前線に顔を出す余裕ができたというわけだ。
そしていよいよ寿春に対し、攻勢に出る機運が高まっていた。
「寿春を攻撃する日程はいつになりそうなのだ?」
「あと1週間ほどで出発する予定です」
「そうか。待ち遠しいな。しかし袁術も、守りを固めているであろう」
「それはそうですが、あちらは思った以上に兵が集まらず、危機感を募らせているようです。どうやら馬日磾さまの布告が、効いているようですね」
「それは重畳。朝廷の威光も、まだまだ捨てたものではないな」
「そのとおりにございます」
当然のことながら、馬日磾は袁術を朝敵として糾弾し、周辺の豪族に協力しないよう呼びかけた。
さらに俺たちが周辺の部隊を叩いたのもあり、敵は兵の集まりが悪いと聞く。
それでも1万近くは集まるだろうが、こちらも同等の戦力が集まりつつある。
さすがに城にこもられると厄介なので、なんとか野戦に持ち込みたいところだ。
すると馬日磾がその先のことを口にする。
「首尾よく袁術を降したとして、その先はどうするべきか?」
「揚州をまとめあげてから、豫州へ兵を出すべきでしょう。さらに公孫瓚どのや陶謙どのとも協力し、曹操や袁紹へ圧力を掛ければよいかと」
「うむ、そうなれば当初の思惑どおりではあるな。しかしはたして、上手くいくであろうか?」
「それは相手しだいでもありますし、新たに野望を抱く者も出てくるかもしれません。朝廷の舵取りが重要になるでしょう」
「……そうだな。今後も儂がしっかりと、舵取りをせねばならんな。今後も貴殿らの力、頼りにしてよいか?」
「もちろんでございます。我が周家と孫家は率先して、馬日磾さまの矛となりましょう」
「うむ、よろしく頼むぞ」
受け答えは全て周瑜がやっていたが、俺もその横で力強くうなずいた。
馬日磾もそれを見て、心強く思っているようだ。
前生では袁術側について、劉繇などの官軍と戦った俺が、ずいぶんと変わったものだ。
早々に官軍側についた俺は、はたしてどこまでやれるのか?
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初平4年(193年)7月 揚州 九江郡 寿春
準備が整うと、いよいよ寿春へ向かって押し出した。
我が軍の兵力は約1万2千人と、当初の見積もりを上回っている。
これなら袁術も怖くないと思っていたのだが、敵もさるものだった。
「おいおい、あれは2万近くいるんじゃないか?」
「ああ、最新の報告では、それぐらいは集まっているという話だね。おそらく実家の影響力を使って、なりふり構わずに集めたんだろう」
「さすがは袁家、ってことなのかねえ」
寿春の西方で敵と対峙することになったのだが、袁術はなんと2万ちかい兵を揃えてきた。
おそらく袁家の影響力の強い、豫洲から集めたのだろう。
馬日磾に朝敵扱いされながらも、ここまで兵をかき集めるのだから大したものだ。
しかしそれに臆するような連中は、我が軍にはいない。
「はんっ、いくら数を揃えたからといって、それが全てではあるまい」
「そうだな。なんだかんだ言って、袁術の持つ将兵は、さほど精強ではない」
「ああ、反董卓連合の中でも、まともに戦ったのは我らぐらいのものだからな」
孫賁、呉景、程普がそれぞれ頼もしいことを言う。
しかしそれはただの強がりでなく、実際に袁術軍と肩を並べた経験を踏まえての話だ。
そんな彼らを頼もしく思いながら、俺は声を掛ける。
「よ~し、それじゃあ、戦は数だけじゃないってことを、見せてやろうじゃないか」
「「「おうっ」」」
敵の数の多さにびびる友軍を尻目に、我が孫軍団が前に出る。
俺も200人ほどの部隊を預かって、戦陣の端に加わった。
これには賛否両論あったのだが、今後のためにも戦功を稼ぐべきだと押しきった。
そして俺の横には無二の親友も並んでいる。
「必要なこととはいえ、あまり無理はしないでくれよ、孫策」
「ああ、こんなとこで死にたくないからな。余裕をもってやるさ」
「フフフ、落ち着いているようで何よりだよ」
「そりゃまあお互い、見た目どおりの若造じゃないからな」
大軍を前にしても、俺の心は落ち着いていた。
それは前生で培った経験によるものだ。
なにしろ前生では、”江東の小覇王”と呼ばれるほどに、戦いまくったのだから。
あの時の経験に比べれば、今の状況など大したことはない。
そして戦端が開かれると、俺はそれを証明してみせた。
「突っこめ~~!!」
「「「うお~っ!!!」」」
俺の号令で突っこんだ兵士たちが、敵とぶつかり合う。
兵の持つ矛や戟が振るわれると、血がしぶき、肉がえぐられる。
中にはひどいケガを負う者もいるが、そんな状況に負けまいと、兵士たちは蛮声を振りしぼっていた。
俺はそんな部隊を指揮しながら、時には助けに入り、時には叱咤激励して、戦線を押し上げる。
そんな戦いをしばし続けていると、指揮官らしき男が現れた。
「クハハハハハッ、なんだか調子こいてるヤツがいるな。俺の名は李豊。腕に覚えがあるんなら、一騎打ちといこうじゃねえか」
それはいかにも腕に自信のありそうな、大柄な男だった。
おそらく自軍の風向きが悪いので、一騎打ちで戦況をひっくりかえしにきたのだろう。
本来なら無視してもいいが、俺はあえてその誘いに乗ることにした。
「その勝負、この孫策が受けて立とう」
「ああん、孫策? 裏切り者の孫家に連なる者か?」
「いかにも。俺の親父は前の長沙太守 孫堅だ。裏切り者かどうかは、主観の問題だがな」
「けっ、生意気な。その減らず口、二度ときけないようにしてやる」
「できるもんなら、やってみろってんだ!」
こうして俺は、李豊との一騎打ちに臨むことになった。