8.砦を落とせ
初平4年(193年)6月 揚州 廬江郡 安風
「俺が部隊を率いて、内側から門を開ける」
「なんだとっ!」
俺の提案を聞いた孫賁が、声を荒げて俺をにらむ。
しかしそうなるのは予想していたので、落ち着いて説得に掛かった。
「まあ、聞いてくれよ、従兄さん。俺だってなんの成算もなく、こんなことを言うわけじゃないんだ」
それがただの思いつきでないことを、俺はとうとうと語る。
まず目当ての砦は、最近増築されたもので、大して守りは固くないこと。
そしてこちらは地元の猟師を雇っており、山の中の抜け道を知っていること。
その抜け道を使えば、砦への侵入はわりと容易で、内部から門を開けられそうなこと。
ただし抜け道は険しく、少数精鋭の部隊で侵入せざるを得ないという話を、整然と語った。
しかし孫賁は険しい顔で、憤然と食って掛かる。
「だからといって、なぜお前が行かねばならんのだ。お前はまだ、子供なんだぞ」
「子供って言ったって、来年には成人だぜ。それに親父なんか、17で海賊を倒したそうじゃないか」
「叔父貴とお前は違う。そんなに危ない仕事、任せられるものか!」
そう言って孫賁は、強く反対してきたが、叔父の呉景がそこに口を挟む。
「まあ、落ち着け、孫賁。たしかに孫策は若いが、腕っぷしや度胸はある。それにそろそろ、手柄を立てさせてやってもいいだろう」
「しかし呉景どの。あまりに無謀でしょう」
すると今度は、程普や黄蓋も口添えしてくれた。
「若の説明からすると、かなり詳しく調べてある。それほど無謀ではないのでは?」
「ですな。それに若は年に似合わず、豪胆なところがある。きっとお役目を成し遂げてみせるでしょう」
「……くっ、皆がそう言うなら、やらせてみてもいいだろう。しかし無理だと思ったら、ちゃんと引き返すのだぞ」
「はい、従兄さん」
こうして俺の潜入作戦が認められた。
もっと反対されるかと思っていたが、想像以上に俺は期待されてるらしい。
孫賁も反対はしたものの、どちらかというと弟分の俺を思ってのようだ。
しかし俺もそろそろ、手柄を立てておく必要がある。
いつまでも親の七光りだけじゃあ、いざという時に兵がついてこないからな。
どんどん実績を作って、早く全軍を率いたいものである。
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初平4年(193年)6月 揚州 九江郡 寿春西方
それから準備が整うと、ただちに砦への潜入を敢行した。
俺に同行するのは孫河、呂範に周瑜、そして6人の若者たちだった。
「急げ、こっちだ」
「うへえ、ここを降りるんすか。ほとんど絶壁っすよ」
「黙って降りるんだよ」
「へいへい」
俺たちは猟師の案内と月明かりを頼りに、獣道を抜けて砦の裏手に出た。
そこには3丈(7m弱)ほどの高さの崖がそびえ、そこを縄で降りれば、目の前は砦の柵だ。
さすがにこちらからの侵入は考慮してないのか、警戒もゆるい。
おかげで難なく潜入を果たし、正門を目指した。
やがて正門を視野に入れた場所で、呂範に指示を出す。
「呂範たちはあっちで、騒ぎを起こしてくれ。俺はその間に門を開ける」
「了解っす。だけど無茶はしないでくださいよ、兄貴」
「たったの10人で忍んでる時点で、相当な無茶だって~の」
「それもそうっすね」
そう言いながら、呂範は3人の部下と共に離れていった。
俺は残りを連れて、正門に忍び寄る。
「しっかし、こういうのも久しぶりだよな」
「フフフ、そうだね。懐かしいよ」
俺と周瑜が前生を思い浮かべながら言った言葉を、孫河が聞きつけた。
「え、若たちはこんなこと、前にもしてたんですか?」
「あ~、それはあれだ。子供の遊びみたいなもんだな」
「ああ、なるほど」
適当にごまかしたら、それ以上の追求はなかった。
どうやら子供の頃のお遊びだと、納得してくれたらしい。
実際は前生で、夜陰に乗じて殴りこみを掛けるなんてことを、たまにやってたんだがな。
やがて待機位置で待っていると、遠くで騒ぎが発生した。
俺はすかさず剣を抜くと、突入を指示する。
「行くぞ! 極力、音は立てないようにな」
「「「おう」」」
先頭に立って走ると、あっという間に敵の見張りにたどり着く。
敵の見張りがこちらに気づいたが、声を上げる前に切り捨てた。
「ぐっ」
「ん? なんだ?」
さすがに完全に音を断つこともできず、周りの人間に怪しまれる。
しかし敵が戸惑っている間に、俺たちはどんどん攻撃していった。
そして何人かを倒した時点で、警告の声を上げられてしまう。
「敵襲~! 敵襲だ~!」
「なんだとっ!」
ようやく敵が騒ぎはじめるが、もう遅い。
いまだ人の少ない門周りの兵を蹴散らしてから、開門作業に入る。
さらに敵のかがり火を使い、適当に放火することで、外の味方に合図を送った。
そうしてしばらく正門周りで粘っていると、呂範たちが合流する。
「兄貴、成果は上々っすね」
「ああ、ご苦労だった。後は味方が来るまで粘るだけだ」
「うっす」
その頃には合図を見た孫賁たちが、兵士を引き連れて砦に殺到しつつあった。
俺たちは彼らを迎え入れながら、引き続き門を守る。
「これでこの砦も落ちたな」
「ああ、いまだに混乱してる中で、これだけの攻撃を受けたんだ。とても耐えきれないだろうよ」
「これだけの成果を上げれば、周りの豪族もなびくかな?」
「多少はなびくんじゃないかな。そして僕らの武名も、多少は知られる」
「そうだな。まだまだ序の口だが」
「ああ、そうさ。この先それを、どこまで伸ばせるかが鍵だ」
「ハハハ、楽しみだな」
「ああ、楽しみだ」
そう言って俺と周瑜は、月光の下で笑いあった。