第3話 前編
1
第1試合。夕陽イレブンスVSサウスウルフ。
サウスウルフはH市立南小学校のサッカークラブチームであり、距離の近い夕陽小学校の夕陽イレブンスにとって、実力において取るに足らない存在だった。
旧世界で夕陽イレブンスはサウスウルフと何度も戦っており、そのうち夕陽イレブンスが敗けた試合は1割。
つまり、夕陽イレブンスにとって、サウスウルフはサッカーで弱小校というわけだ。
夕陽イレブンスには、点取り屋と称されるフォワードがいる。
彼の名前は立花ロイ。
小学4年生でありながら、高学年の選手を上回るシュート力をもつ、エースストライカー。
サウスウルフにとって、彼は脅威だった。
そんな彼が、自陣コートの右サイドで倒れていた。
近くには右サイドバックの木暮がいた。
「立花っ!」
ゴールキーパーの篝火熱血は、倒れている立花に向かって叫ぶ。
が、キーパーの位置からはもちろんセントラルライン近くの立花には声が届かない。
届いていたとしても、立花の意識はないため、どちらにしても返事はないが。
「熱の字! いまはそれどころじゃないぜよ! 拙者たちはいま、攻められている!」
「……!?」
たしかに、サウスウルフにとって立花ロイは脅威だ。
点取り屋の彼がいなくなれば、サウスウルフは大きく失点することはない。
しかし、彼が倒れたからといって、サウスウルフが好機と思えるほど、サウスウルフと夕陽イレブンスの実力差は大きいはずだ。
だから、ボールをサウスウルフにとられても、夕陽イレブンスがすぐブロックに入ってボールを取り返せば問題はない。
のだが、
「珍しいね。きみがドリブルしてくるなんて」
夕陽イレブンスのミッドフィルダーの間宮不死身は、サウスウルフのミッドフィルダー・加藤に向けてそう放った。
「へっ、間宮。今までの俺だと思ったら大間違いだぜ?」
ドリブルする加藤に、間宮は立ちふさがる。
「よく言うよ」
間宮は加藤がドリブルでボールを軽く蹴る瞬間を見切り、一瞬加藤の制御下を離れたボールを足で奪い取る。
「加藤。大見え切ってた割には、こんなもんか」
間宮は奪ったボールを、左トップの野中タイムがいる方向へ蹴る。
そこに野中はいない。
スルーパスだ。
と、そこで蹴ったあとにあることに気づいた。
「え?」
蹴ったはずのボールが、消えたのだ。
「な、なんだ?」
「おい間宮! はやく戻るぜよ!」
「っ?」
間宮を呼んだのは、維新志士みたいな喋り方をするセンターバックの近藤龍馬。
「え、あれ、僕さっきボール……」
間宮は蹴ったはずのボールが自分より遥か後方にあることに気づく。
それを近藤に説明すると、
「はあ? 何言ってるぜよ。
加藤はボール持っていなかったぜよ。」
「は?」
理解できない。
たしかに、僕は加藤がボールをドリブルしているところを見た。
そしてドリブルのスキをついて、僕が奪った。
しかし、現にボールは夕陽イレブンスではなくサウスウルフのチームが持っていた。
なにかが、おかしい。
「なにが、おこった??」
キーパー近くまで迫っているサウスウルフのメンバーを止めようと、近藤は走って行った。
間宮は呆然と、その場で立ち尽くしていた。
2
銀髪の少女は上品に笑っていた。
「くすくす。
世界のルールは、自然の法則は、『再構築』された。」
彼女は、小さい子が遊ぶような玩具のサッカー盤を見下ろす。
そこで、夕陽イレブンスVSサウスウルフの試合は行われている。
彼女は『上位世界』の存在。
正確に言うなれば、上位世界に来ることを許された人間。
「ありがとうございますわ、『エヴィス』様。
私にこのような役割を与えてくださるなんて」
『やはりお前のような人間は珍しいな、雨垂レイン。
こんな姿の私をその身に宿そうとするのは』
レインの身体から、レインとは異なる声が響いた。
「お褒め頂き光栄ですわ、『エヴィス』様」
『してレイン。
お前の初めての仕事。頑張ったじゃないか』
内側からの声は、続ける。
『サッカーの新しいテクニック……いや、もはや超能力か。
あれ、名前はなんだったか?』
「サッカーにおける特殊能力、蹴球異能ですわ」
『私を宿すだけでなく、ネーミングセンスもあるとは。
いやはや、私には勿体ない人間だ』
「光栄至極でございますわ。くすくす」
銀髪の少女・雨垂レインは、その身に宿すヒルの化け物の力を利用して、夕陽イレブンスとサウスウルフとの試合中に世界を再構築した。
再構築した結果、生まれたのは、サッカーの試合で効果を発揮する超能力〈ハットトリック〉と呼ばれるものだ。
『そのハットトリックとやらには、何があるのだ』
「『エヴィス』様。せっかちは嫌われますわ」
雨垂レインは自分の身を自分で抱きながら笑う。
『そうだな、お前は私で、私はお前だ。ひとつになっているのだから、聞く必要もないか』
「そうでございますわ、『エヴィス』様。私たちはいま、ひとつになっているのですから」
妖艶で上品に笑いながら、彼女は自分を抱きしめながらうっとりしていた。
3
「俺のハットトリック『幻夜行』は、「幻のボール」を生み出し、操ることができる」
サウスウルフの加藤は、間宮が立ちはだかる前に、間宮に向けてハットトリックを発動していた。
「「幻のボール」は狙った人物にしか見えない。そして、本物のボールを認知しにくくする効果がある」
加藤はチームメイトからボールのパスを受ける。
「間宮。
お前はさっき、俺が生みだした「幻のボール」を奪った。それでいまは俺から本物のボールを奪った気になっているだろう。いや、もう今頃は効果は切れているか」
加藤は言葉を続ける。
「「幻のボール」は、狙った人物がそれを蹴るなどして手放さないかぎり、狙った人物を惑わす」
パスを受けた加藤は、次々と立ちはだかる夕陽イレブンスのディフェンスに『幻夜行』を発動していく。
あっという間に、加藤はゴールキーパーである篝火熱血のもとへたどり着いた。
「はじめましてだな、篝火クン」
「俺のチームのディフェンスを突破するなんてなかなかですね、加藤さん」
熱血は感じ取っていた。
サウスウルフのフォワード・加藤は今までディフェンスを突破できた試しがないため、シューターとゴールキーパーとで対峙することはこれが初めてだった。
だから、加藤の実力を軽んじるわけではないが、熱血はあのヒルの化け物が持っていた力のようなものの存在を加藤から感じ取っていた。
「悪魔に魂でも売りましたか?」
熱血の言葉に加藤は鼻で笑う。
「俺がここまで進んできたことがそんなにおかしいか」
加藤は挑発されたのにも関わらず冷静だ。
「悪魔には売った覚えはないが、神様には売った覚えはあるな」
「へえ、何ていう神様ですか」
「俺様だよ」
「しょーもな」
加藤は思い切りボールを蹴る。
しかし、『幻夜行』の標的となった熱血に見えているのは、「幻のボール」。
いくら弾いても、弾いた瞬間、消えてしまう存在しないボール。
得点の合図となるホイッスルがコートに響いた。
「売りましたよね、悪魔に」
自陣に戻ろうとする加藤に、熱血はそう声をかける。
「いいや、神様だよ」
「まさかそいつ、ヒルみたいな化け物ですか?」
そこでぴたっ、と加藤は足を止め、熱血の方を向く。
「ヒルみたいな化け物を、お前は神様だと思うか?」
「いいえ、悪魔だと思います」
熱血は即答した。
「だろうな。俺も、そう思う」
そう言うと、加藤は自陣へ戻っていった。
熱血は、加藤が自陣へ戻っていったあと、本物のボールがゴールネットに張り付いているのを見つけた。
後編へつづく