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地獄でキックオフ!   作者: 綺羅良 影
2/3

第2話


殺しあうことを、誓います。


H市を流れるK川の近くの河川敷グラウンドで、澄み渡る青空に、小学生の発言とは思えない言葉が響いた。


「えっ……?」


開会式で規則正しく並ぶサッカー少年たち。


その中で一人だけ困惑している少年がいた。


少年の名前は篝火熱血。


H市立夕陽小学校のサッカークラブ『夕陽イレブンス』の正ゴールキーパーであり、キャプテンである。


「お、おいっ」


選手宣誓に大きな拍手が響き渡るなか、熱血の声ははっきりと皆の耳に入ってきた。


ぎょろり、と。


一斉に少年少女たちの目線が熱血に集中する。


「……っ」


その不気味さに、一瞬たじろぐが、そんな場合ではない。


「みんなっ、なんで拍手してるんだよ! おかしいだろ、こんなの!

大人だってそうだ、みんな、なんでッ!?」


熱血は声を張り上げる。


しかし、そんな熱血こそ、皆からは理解できない存在であるようだった。


「なに言ってんのこの子……」


「え、うっさ」


「入学式とかで大声出しちゃう系? きも」


ざわざわざわざわ……。


状況が理解できない熱血の方がおかしい、とでも言うように、熱血以外の少年少女は友達同士でこそこそと言い合っている。


「きみは、夕陽イレブンスの子だね?」


「……! は、はい!」


少年少女たちの列より前方にある壇上の、更に前方にある運営委員が座る椅子のあるテントから、大人の声が聞こえてきた。


声の主は、市立小学校サッカー全国選手権のH市大会運営委員長である追崎身近だった。


「当たり前のことを聞くようだが、そして、私は馬鹿にしているわけでもないのだが」


そう前置きをして、続ける。


「きみはサッカーを知っているのかな?」


「え?」


なにを、言っているんだ?


熱血は訳がわからなかった。


「いやいや、そんなわけはないか。ここに来ているということは、きみたちは「それ」を了承済みだと言うことだからね。

いや、すまないね。気を悪くしたら謝るよ」


……???


熱血は本当に意味がわからないというように、周囲をぐるりと見回した。


しかし、周囲にいるのは、熱血を見つめているものたちばかりで、熱血の疑問を解消はしてくれない。

                  

()() ()()()()()()()()()()()()()? 最近追加されたルールのことを。」


「最近? ルール?」


「もし、本当に知らなかったのなら、お気の毒、としか言いようがない。

きみはもう、降りることはできないのだから。

きみに唯一出来ることがあるのなら、それは勝利と覚悟。その2つだ」


「な、なにを……」


混乱する熱血に向けて、追崎委員長は、止めを刺した。




「今から1か月前にサッカーに追加されたルール。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」





「おい熱血、大丈夫か?」


開会式が終わり、各チームは自分のチームのテントで試合の準備をする。


そんななか、夕陽イレブンスのテントでは、キャプテンの篝火熱血がひどく震えていた。


「おい、おい!」


「ッッ!! あ、ああ、夕立……。なんだ?」


「なんだってお前、そんな真っ青な顔して試合に出れんのか? 具合、悪いのか?」


熱血に話しかけてきたのは、逆立った金髪の少年だ。


熱血がサッカーを始めてから出会った親友である。


名前を、青葉夕立(アオバ・ユウダチ)という。


「……夕立、聞きたいことがあるんだ」


「へえ、熱血がオレに質問ね。

面白いこともあるもんだ。なに、彼女の作り方か?」


夕立はモテる。


見た目もそうだが、性格も良い。


そのうえスポーツができるのだから、これでモテないはずがない。


「………」


「あ、マジなやつ?

いやー悪い悪い。……んで、どうした?」


「サッカーに敗けると、どうなる?」


その一言で、夕立の顔から一切の笑みが消えた。


「夕立」


夕立は熱血から目をそらす。


「試合なんてルール改定から初めてだもんな。

うん、まあ、そうなるのもわかる。というか、ならない方がおかしいんだ」


夕立は熱血の隣に座る。


二人となりあって、ブルーシートに座っている。


「オレも詳しくは知らん。運営が詳しいだろう。

ただ、運営はこれははっきりと言った。


試合に敗けたチームは、死ぬ」


サッカーの試合で敗けたら、死ぬ?


「正確には、殺される、らしい。

まあ、大して違いはないだろ。それくらい」


「……なんで、サッカーして、人が死ななきゃならないんだよ」


「そうだよな。ああ、そうなんだよ、そう疑問に感じるべきなんだよ、オレたちは」


「?」


妙な言い回しに、熱血は疑問を覚えた。


と、熱血はようやく夕立が涙を流していることに気づいた。


「オレたちは、なぜだか、そのルールを受け入れちまっているんだ。

全然疑問に思いもしない。

どうして人が死ななきゃならないんだ、って言葉が出てこない。

おかしいだろ、お前以外。

きっと、そうなんだ」


「どういう、ことだ」


「わかんねえよ!」


夕立は立ち上がる。


「……お前が、言ってくれたおかげで、オレは思い出すことができた。

ありがとな、熱血」


言うと、夕立はグラウンドへ向けて歩いていく。


「おい夕立ッ」


熱血も立ち上がって、歩いていく夕立を引き留めようと声をかける。


夕立は立ち止まって、言った。


「熱血。お前は、お前だけは、その疑問を持ち続けてくれ。


オレたちが過ちを犯さないように」


そう言うと、夕立はグラウンドへ走って行った。


その後ろ姿を見ながら、熱血は、思い当たることがあったことを思い出した。


『わしの望む大会にしてやろう。

なに、殺しはせん。わしが殺しは、な』


「あれは……悪い夢じゃあ、なかったのか……?」


どさり、と再びブルーシートにへたりこむ熱血。


それをチームメイトが気づき、熱血に近づいていく。


「篝火くん、どうしたんだい?」


「ねっくん、大丈夫?」


「熱の字! 平気か?! がっはっは!!!」


まさか。


熱血は思い出す。


あの、現実とは思えない悪夢を。


化け物が出てきた、あの災厄を。


「あれは……」


『おれっちは宇宙。』


「夢なんかじゃあ、なかった……」


『アタシの思い描く世界に今から、』


「あれは……」


『世界を創り直す。』


()()()()()()()()()()


うおおおおおあああああああおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!


熱血の口から、生き物とは思えない音が出た。


それは、嘆きか。怒りか。


それとも、狂ってしまったのか。


否、彼は、狂わない。


彼が、狂わないから、世界はこうなった。


彼は、すべてを思い出した。


『旧世界』の記憶を、すべて、思い出した。


そして、彼は、すべて思い出したうえで、空を見上げる。


雲一つない、まっさらな晴天を。


見上げて、彼は告げた。


「俺は、お前なんかに屈しない。

こんなふざけた世界なんかに、俺は、敗けない」


彼は天空に向かって人差し指を突き付ける。


「見てるんだろ化け物!!

俺は、お前の思い通りになんてさせない!」


彼の周りのチームメイトが、熱血に何やら話しているが、そんなことはどうでもよかった。


「そして、お前はいつか、俺が倒す!

俺が、倒してやるんだ!!」


そう高らかに宣言する。


俺を見ているあの化け物に。


「私を倒すの? 篝火熱血」


後ろから、透き通るような声が来た。


振り返ってみれば、そこには見覚えのない美少女がいた。




「う、うわあああっ!!」


驚いて尻餅をつく熱血。


その様子に、くすくすと上品に笑う銀髪の少女。


「そんな驚かなくてもいいわ。私の容姿にね」


熱血はこれでも小学生の男児だ。


空に向かって宣戦布告した姿を、知らない美少女に聞かれて恥ずかしくないわけがない。


一生懸命言い訳を考えてる熱血に、美少女は放つ。


「だって、宣戦布告したのはあなただわ? 篝火熱血」


その言葉で、いま対峙している相手の正体が、ヒルの化け物だということを熱血は理解した。


「まず立ったら?」


白い左腕を伸ばす少女。


しかし熱血は、それを振り払って、自分で立ち上がる。


「何の用だ」


「勝敗条件を設定しに来たのだわ」


「勝敗条件?」


美少女はぺこりとお辞儀をする。


「その前に自己紹介。

私は『エヴィス』様の化身、雨垂レイン雨垂レイン(アマダレ・レイン)。よろしくだわ」


「『エヴィス』? あのヒルの化け物のことか?」


「自己紹介はここまで。勝敗条件を説明させていただくわ」


熱血の言葉はスルーされた。


べつに熱血は、美少女に無視されたことを決して悲しんではいない。


決して。


「……勝敗条件ってなんのことだ」


「くすくす、あなたが言ったのよ? 『俺がお前を倒してやる』ってね。

倒す倒されるの関係なら、そこに勝敗条件があって当然のことだと思うわ」


「それで、その条件とやらは何だ?」


雨垂レインに、熱血は警戒しながら聞く。


「私……『エヴィス』様に勝つためには、あなたは生き残らなければならないのだわ」


「生き残る? ……まさか、他のチームを殺せってことか!?」


運営委員長の追崎や、親友が言うには、試合に敗けたチームは殺されるという。


『生き残る』という言葉の意味は、おそらくそれから逃れることを指すのだろう。


「くすくす。当然のように自分が勝者になっているようだわ」


楽しそうにレインは笑う。


「試合をすることで俺が誰かを殺すっていうのなら、俺は試合を棄権する」


びっくりしたような表情をするレイン。


しかし、それは予想通りだったようで、


「そう言うだろうと思って、対策はちゃんとしてるわ」


そこで、熱血の足元にある水たまりが映像を映し出す。


「(水たまりなんてあったか? こんなに晴れてるんだぞ)」


熱血の疑問などよそに、当然のように水たまりに映像が映し出される。


映し出されたのは、熱血のよく知る人物だった。


「夕立ッ!?」


「青葉夕立。あなたの親友だったわね」


「おい、お前ッ!」


掴みかかろうとする熱血だが、レインはそれを簡単に避けていく。


「私は『エヴィス』様の化身なのよ?

神の力が宿っている。普段の私とは違うのだわ」


普段の私?


エヴィス様?


「(こいつ、肉体は別か?)」


あのヒルの化け物が雨垂レインという名の少女に宿っているのか。


そんな疑問はもちろん解決されることはなく、水たまりの映像は続いていく。


『やっぱり、やっぱりおかしい。

みんな、どうして疑問に持たないんだ?』


画面の向こう側の夕立は、先ほど熱血に言った言葉を再び口にしていた。


『それなら……いっそ、棄権した方がましだ……』


そう夕立が呟いた、その直後のことだった。


「?!」


夕立は、突然獣のような呻き声をあげて、うずくまる。


しばらくすると夕立は立ち上がるが、しかし、夕立は白目を剝いていた。


夕立は立ったまま、中空に浮く。


その姿勢のまま、夕立は、


「っ、なんなんだよこれはぁああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!!!」


熱血は咆哮する。


その姿勢のまま、夕立は、



爆発四散した。



からだの内側から弾けるように、血しぶきと内臓が爆発で飛び散る。


周囲には血だまりと、臓物の破片があるだけだった。


「う、うぷっ」


熱血は嘔吐した。


それを見て美処女の雨垂レインは、くすくすと笑う。


「あなたは助かったわね」


「……っ」


ぎろり、と熱血はレインを睨みつける。


「あなたは私のお気に入りだったから、こうはならなかったが、青葉夕立のように試合の棄権を示したものは、ああなる」


「殺す」


低い声で、熱血は言った。


「くすくすくすくす。そう、そうだわ! その心意気!!

でないと面白くない! この青葉夕立の映像は、大会関係者の心に植え付けてやった。

だから、誰も試合の棄権なんかできない!」


「お前は、俺がこの手で絶対に葬ってやるからな」


「くすくす。じゃ、大会の決勝戦で待っているわ」


レインは手を振る。


「それまで、死ぬんじゃないわよ」


そう言うと、雨垂レインのからだは消えた。


そして、大会は始まった。




こんなことになるなんて。


理屈はわからない。


だが、サッカーの試合は、チーム同士の殺し合いに変貌した。


水たまりの映像を見せられたとき、彼は思い出した。


旧世界のサッカーのことを。


そして、新世界のサッカーは、生き死にをかけたゲームであるということを。


夕陽イレブンスの右サイドバックの木暮佑馬は、試合中、ある人物をずっと見ていた。


第1試合。夕陽イレブンスVSサウスウルフ。


サウスウルフは、H市立南小学校のクラブチームである。


旧世界の試合では、何度も勝利してきた対戦校だ。


夕陽イレブンスには点取り屋がいる。


サウスウルフにとって一番警戒すべき、夕陽イレブンスの点取り屋。


立花ロイである。


木暮も、試合中は立花をずっと見ている。


なぜか。


「パス!」


立花ロイが、木暮に声をかける。


しかし、ボールをもつ木暮は立花へボールを渡さずドリブルを続ける。


ドリブル技術がない木暮は、すぐにサウスウルフのメンバーにボールをとられてしまう。


「おいっ、コグレ!!!」


ボールはとられ、夕陽イレブンスは攻められる形となる。


「てめえ、オレのパス無視しやがったな!」


「………」


「おい、聞いてんのかy」


無視をする木暮を振り向かせようと肩に手をかける立花。


「……ッッ」


振り向いた木暮は、ハエでも振り払うかのように乱暴に肩に置かれた立花の手をどかして、立花が今まで見たことがないような、軽蔑に満ちた笑みを浮かべる。


その気持ち悪い笑みに、立花は後ずさる。


が、立花は負けなかった。


「コグレ、わかってんのか!

この試合、敗けたら死ぬんだぞ!」


木暮は笑みを消して、言う。


「ああ。死ぬ。いいじゃん。」


「……は?」


立花の動きが止まったその瞬間。


木暮は立花に向かって蹴りを喰らわせる。


「お前……て、いてえ! いてえって、おい、って、いてえ!」


がんがんがんがんがんがん、と立花のスネを木暮は蹴る。


「お前、よくもッッ」


「お前が死んだだけじゃあ、僕の気が晴れない。

だから僕にお前をいじめさせろよ」


「て、ってえ、いてえ、てえよ! やめ、やめて、やめてくれ! おい、コグレぇ!」


「やめない」


続けて、足の痛みでうずくまる立花の頭を、スパイクで踏みつける。


何度も。何度も。何度も。


「やめ、て……」


何度も。何度も。何度も。


「て…くだ……さ……」


何度も。何度も。何度も。


「……願い……しま……」


何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。


「………………………」


がんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがん。


「はあ、はあ、はあ……」


涙でぐしゃぐしゃになった立花の顔に、もう意識は感じられなかった。


その顔を見て、木暮はにやりと笑った。


そして、


「あはははははははは、あはははははははは!!!

アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」


今度は、頭蓋骨が砕けるまで、何度も踏み続けた。





「面白くなってきたじゃない」


銀髪の少女は、第1試合の夕陽イレブンスVSサウスウルフの試合を見て、呟いた。


とくに夕陽イレブンスの木暮佑馬。


「もっと面白くさせてあげるわ」


雨垂レインは右手の平を空に向ける。


手のひらには光が集まった。


そしてそれを粘土のように こねくり回す。


「この世の『ルール』を、『法則』を、私が作り変える」


これで、今よりもっと面白い光景が見れると信じて。


彼女は上品に笑う。


「くすくすくすくす。

今度はどんな殺し合い(サッカー)が見れるのか、楽しみだわ」




『地獄でキックオフ!』第2話「新世界」 完


[第1試合 夕陽イレブンスVSサウスウルフ 0-0]


【現在の夕陽イレブンスの勝ち点】


【現在のサウスウルフの勝ち点】



第3話へつづく


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