第六話【モニカ】
第六話【モニカ】
モニカ電撃参入事件から一夜明け、ベレノとモニカと俺の3人は依頼の達成報告ついでに酒場へと戻ってきていた。
掲示板の依頼は受注証明書に、依頼者本人の達成サインを書き込んだものを受付に渡すことで予め依頼者から預かった報酬金が払われる、という仕組みらしい。
ベレノが報酬を受け取りに行っている間に、俺とモニカは適当なテーブル席につく。
夜は人でごった返す酒場だが、まだ朝という事もあり人はまばらだ。
店の奥にあるらしいキッチンの方からは、ベーコンが焼けるような良い匂いが漂ってくる。
「……ついでなので、ここで朝食にしませんか?モニカさん」
その匂いに食欲をそそられた俺は、向かいの席に座るモニカにそう提案をする。
俺達は朝食は適当に街でとるつもりで、早くに教会を出ていた。
「モニカでええよ、メイちゃん。ウチらもう仲間なんやから、もっと気楽にタメで話しかけてなー。」
ひらひらと手を振りながら、にこやかに答えるモニカ。
あれ、俺名前名乗ったっけ。
「じゃ、じゃあモニカ……よろしくおねがいします、わ」
俺は言われ通りにラフな喋り方をしようとするが、気を抜くと俺として素で話してしまいそうだ。
ちょうどそこへ、報酬金を受け取ったベレノが戻ってくる。
「ベレノ、ここで朝食にしようと思うんだけど、いい……ですの?」
俺はベレノに対するいつもの調子で喋り始めて、事情を知らないモニカが居る事に気づいて妙な着地をしてしまう。
「自分、変な喋り方するなあ!」
ケラケラと笑いながら、机を叩くモニカ。
いや、モニカも大概だと思うが。
「……いいですけど、この後まだ」
「ほなとりあえず麦酒3つー!!」
喋っている途中のベレノの声を遮るように、モニカが大きな声で酒を注文をする。
モニカに遮られ、一瞬イラっとした顔をするベレノ。
「……あの、モニカさん。朝からお酒は……!」
モニカの身勝手な振る舞いに、ベレノは苦言を呈したいようでやや語気強めに語りかける。
「まーまーまー!ええやん、そういう堅苦しいのは。気軽にモニカって呼んでや~。」
だがマイペースの極みのようなモニカにペースを乱されて、ベレノは俺に助けを求めるように机の下で足首に尻尾を巻き付けてくる。
「そ、そうです、わよモニカ。朝からお酒なんて飲んでたらまともに活動できない、ですのよ?」
俺は必死にベレノのフォローに入るが、モニカは運ばれてくる酒の方に夢中で聞いてない。
「一杯だけやんか。あ、勢いで注文してしもたけど、自分ら未成年ちゃうやんな?しらんけど」
変わらずの調子でケラケラと笑いながら、運ばれてきたジョッキに即座に手を伸ばすモニカ。
もしかしたらベレノとモニカはめちゃくちゃ相性が悪いかもしれない。
俺は内心でハラハラしながら、ベレノの方をちらりと見る。
ベレノは俯いて沈黙していた。
俺はやや引きつった笑顔を浮かべながら、お酒を持ってきた店員にとりあえず朝食になりそうなものを注文する。
「ほな、かんぱーい!」
「か、かんぱーい……」
あまりにも元気なモニカに、俺はちょっと引き気味になりながらジョッキを軽くぶつける。
本当にテンション高いなこの人。
昨日のおしとやかなシスター姿はやっぱり猫を被っていたんだろうか。
「んぐ、んぐ……っぷはぁー!やっぱ朝から飲む酒は格別やな~!」
乾杯をするなり一気飲みするように麦酒を飲み干すモニカ。
物の数秒で空にしたジョッキを叩きつけるように机に置くと、口についた泡を袖で拭った。
「あ、せや。ウチまだちゃんと自己紹介してへんかったよな?よっしゃ、ほな聞いたってや~。」
ノンストップで繰り出されるマシンガントークに、俺は口挟む事ができない。
「ウチの名前はモニカ・ネクター!年齢はナイショ。種族は見ての通りの獣人や。好きなモンはお酒とお金と……あーあとは恋バナとかやな!よろしゅうな~!」
流れるような自己紹介を終えると、モニカは俺に向かって手を差し伸ばし握手を求めてくる。
「よ、よろしくお願いしますわ……」
俺はモニカのペースに圧倒されながらも、なんとか握手で応える。
「ほんで自分はあのデソルゾロット家のお嬢さんやろ?いや~昨日会うた時はまさかとおもたけど、知ってる?自分結構有名人やで。いやほんま、今のうちにサインもろとこかな!」
一人で爆笑しながら話し続けるモニカに、俺は少しキツさを感じ始めていた。
しかしそんなモニカのおしゃべりが不意に止まる。
見ればモニカはとっくに空になった自分のジョッキを見つめていた。
そしてちらりと俺のジョッキの方を見てくる。
「……あ、あの良かったら……どうぞ」
俺はモニカの視線の圧に負け、自分の分の麦酒を差し出す。
「ええの?いやぁなんか催促したみたいで悪いなあ!」
そう言いながらものすごい速さで俺のジョッキを掻っ攫うと、そのままノンストップで口へ流し込むモニカ。
「はぁ~。やっぱ一杯じゃ我慢できへんな!」
バンバンと机を叩いてモニカはご機嫌に笑う。
「……そっちのラミアのお嬢ちゃんも、それ飲まへんのやったらウチに」
そう言ってベレノの分までもをモニカが狙い始めた瞬間、俺の足首に巻かれたベレノの尻尾に力が入る。
俺は驚いて咄嗟にベレノの方を見ると、ベレノは俯いたまま立ち上がっていた。
そしてジョッキを両手でしっかりと掴むと、ひっくり返すような勢いで一気飲みし始める。
「ベ、ベレノ……!?」
突然のベレノの奇行に驚きを隠せない俺と、その様子を感心したように眺めるモニカ。
やがて麦酒を飲み干したベレノは、モニカと同じ様にジョッキを机に叩きつける。
「……っふー……すいません、何か言いましか?聞こえませんでした。」
そして口を拭いながら怖い目でモニカを見下ろすと、嘲笑まじりにそう言い放った。
「へぇ……自分結構イケるやん。改めて名前聞いとこかな?」
それに対しモニカはあいも変わらずの糸目フェイスでベレノを褒めると、ライバルの名を聞くように名前を尋ねる。
「ベレノです。ベレノ・マレディジオネ。よろしくお願いしますね、えーと……ナニカさん?」
そのまま見下ろすような形で手を差し伸ばし、握手を求めるベレノ。
そんなベレノの絶対わざとであろう挑発に、モニカの糸目の目元がピクリと反応する。
「モ・ニ・カやで~。間違えんといてや~。」
ニコニコと笑いながら立ち上がって握手に応えるも、一触即発のバチバチとした雰囲気の2人。
にこやかに見える握手も、お互いがお互いの手を凄い勢いで握りつぶそうとしている。
そんな間に挟まれて胃に穴が開きそうな俺。
助けてくれ雪。兄ちゃん心が折れそうだ。
「ま、まあまあ2人とも!仲良く、仲良くね?ほら、モニカ?もう一杯おごりますわよ?ね?ベレノも落ち着いて……」
俺は必死に2人を止めようと、間に割って入る。
酒を奢るという俺の発言に、モニカはピタリと怒りが収まったようにベレノの手を握りつぶそうとするのを止める。
そして互いに手を離すと、何事も無かったかのように着席した。
「いやあ流石メイちゃんはお嬢様だけあって気前がええなあ!いよっ!勇者様!」
今さっきの事など無かったように上機嫌でケラケラと笑い始めるモニカ。
俺はちょうどさっき注文した朝食のベーコンエッグサンドを持ってきてくれた店員に、お酒を追加注文しようとする。
そんな俺の手を唐突にベレノが掴んだ。
「……私も、飲みます。」
モニカへの対抗意識なのかなんなのか、静かにそう伝えてくるベレノ。
俺は大丈夫なのかと心配になりながらも、とりあえずお酒を追加で2杯注文する。
「と、とりあえず……朝食、いただきましょうか。」
追加のお酒が届くまでの間に、手を合わせてベーコンエッグサンドを食べ始める。
ベレノも同じ様に小さく手を合わせて食べ始める。
モニカはといえば、やはりこんな感じでもシスターという事もあってしっかりと両手を組んで祈ってから食べ始めた。
元居た世界で食べた味とそう変わらない、素朴な味付け。
なし崩し的に一人暮らしになった後は、よく一人で作ってたっけ。
あれ、なんかちょっと泣きそうかも。
「ちょ、ちょっとこの料理、スパイスが強めですわね……」
俺はそんな風に誤魔化しながら、食べ進める。
2人は俺の様子に気づいているのかいないのか、何も言うことは無かった。
そして料理をほとんど食べ終わったところで、追加のお酒が届く。
「お~!待っとったで~!」
モニカはニコニコ笑いながら、拍手で店員を迎える。
店員は苦笑いしながら会釈をして、モニカとベレノの前に1つずつジョッキを置いて足早に立ち去った。
「モニカ、その1杯で終わりにしてくだ……さいね?」
俺は念のため、モニカがジョッキに口を付ける前に釘をさしておく。
「わかってるて!メイちゃんは心配性やな~ほんま。ほな、ありがたく。」
そう言ってモニカは、今度は普通のペースで飲み始める。
俺はまたベレノが心配になってベレノの方を見るが、ベレノもまた今度は普通のペースで飲んでいるようだった。
とりあえずモニカは酒を握らせておけば大人しくなる事はわかった。
今後何かあったら、また使ってみよう。
俺はようやく心に平穏が訪れた気がして、ぼんやりと朝の街を行く人の流れを眺めながら2人が飲み終わるのを待つ。
すると突然、ずっと俺の足首に巻き付いていたベレノの尻尾がしゅるりと俺の足を登ってくるような感触がした。
「っ……?」
俺はそのくすぐったい感覚に少し驚きながらも、ちらりとベレノの方を確認する。
いつのまにかベレノのジョッキは空になっていたが、モニカのほうはまだちびちびと飲んでいるようだ。
どうかしたのかと俺はそっとベレノへ手を伸ばした、途端。
ベレノが俺へと抱きついてきた。
「おっ、とと……ベレノ?」
俺は咄嗟にベレノを抱きとめると、ベレノの顔を確認する。
見ればベレノの頬は紅潮し、どこかぼんやりとした目をしていた。
もしやこれは、酩酊状態?
「なんやベレちゃん。たったの2杯で酔ってしもたんか?はァ~!アカンなぁ、アカンアカン。そんなんじゃウチには到底勝たれへんで~。」
そんなベレノを煽るような事を言うモニカに、俺は少し睨むような目を向けた。
「おっと……こらすんまへん。」
俺に睨まれて少ししゅんとしたモニカは、誤魔化すように手の毛づくろいを始める。
酔っ払ったベレノを背中をしばらくさすっていると、不意にまたベレノの尻尾が俺の足を登ってきた。
そして今度は太もものあたりまで絡みついている。
「ベレノ?大丈夫……?」
うんともすんとも言わぬまま、ただただ俺に抱きつきながら尻尾を絡めてくるベレノに俺は困ってしまう。
そこへ突然、その光景を眺めていたモニカが声をかけてきた。
「……自分らさあ。付き合うてんの?」
唐突な質問に、俺は吹き出しそうになる。
「なっ……!?」
わかりやすく動揺してしまう俺。
もちろん付き合ってはいないのだが、以前そのようになりかけた事もあって一概に否定もしづらい。
「い、いいえ……わた、私とベレノはその……親友!そう、親友です、のよ?」
普通の友達と言うには距離感がやや近いことには自覚があった俺は、ベレノを親友と答える。
「ふーん……まぁ、メイちゃんがどう思とるかは知らんけど、ぶっちゃけメイちゃんにラブやろ?その娘。」
ニチャっとしたいやらしい顔つきでベレノを指さしてくるモニカ。
「い、いや、それは……」
どう答えて良いのかがさっぱりわからない。
というか本人が目の前にいる状態でそういう事を言うか?普通。
俺があたふたしていると、もそもそとベレノが動き始める。
「反応見てたら誰でもわかるがな。……せやけど、気いつけといたほうがええよ。」
モニカは軽く笑った後で、すんと真面目な顔になる。
「き、気をつけるって……何に?」
もそもそ動き続けるベレノを落っことしてしまわないようにしっかりと抱きとめながら、俺はモニカへ聞き返す。
「ラミアって、絡み酒になる子多いらしいで。まぁ、ベレちゃんの場合は絡み違いみたいやけど。」
こゃ。と笑うモニカと、気がつけば両足から胴体までベレノに巻き付かれて捕獲完了されている俺。
知ってたなら止めてくれ。
その後俺はベレノの酔いが軽く覚めるまでの間、ぐるぐる巻にされ続けた。
◆◆◆
酩酊状態になってしまったベレノをなんとか身体から引き剥がして酒場の上の宿に預けた後、俺とモニカは街の中にある闘技場へと向かっていた。
モニカの情報によれば、ここ最近その闘技場で凄まじい戦果を上げている竜人がいるらしいとの事。
俺はその人にパーティの守護の要である、盾役をやってもらえないかと考えている。
だが俺は中々その闘技場にたどり着けないでいた。
「モニカ……そろそろ行きませんか……?」
闘技場に行くと言って酒場を出発してから既に1時間くらいは経過しているだろうか。
すぐそこに闘技場らしき建物は見えているのだが、モニカが食べ歩きと飲酒を繰り返していて一向に前へと進むことができない。
「まあまあ、そう焦らんでもええやないの。闘技場は逃げへんで?そんな事よりほら!メイちゃん、まだこっち来て観光もしてへんのやろ?」
確かに一昨日帝都へ到着した後昨日はお城に直行。
その後は酒場を経由して教会で草むしりして一泊という流れだったので、観光らしい観光はできていない。
だからといってここで延々店を見て回っていたら、何も進まないのだが。
さっきから何杯目かもわからない酒を飲みまくるモニカに、俺は呆れる。
というか、シスターなのにお酒って?
こういう宗教は飲酒は良いけど酩酊するまで飲むのはダメとか聞いたことがあるような。
モニカは酩酊して……いるのか?
人間のように皮膚が直接見えているわけではないため、余計に分かりづらい。
それに加えてあのハイテンションな性格だ。
アルコール切れの状態はわかっても、酩酊しているかどうかの判別は難しいだろう。
そもそもモニカはお酒にめちゃくちゃ強そうだし。
果たしてこのアルコール中毒者をどうして止めようか。
俺は先程の事を思い出し、適当な出店でよく知らないお酒を1杯買う。
「……どうしたん?そんな暗い顔して。あ、もしかして置いてきたベレちゃんが心配なん?」
ふらふら歩き回っていたモニカだったが、モニカをどう制御しようか考えている俺の顔を見てひょっこりと戻ってくる。
もちろんベレノの事は心配だが、とりあえず酔って寝てしまっただけのようだからそこまで深刻な物でも無いだろう。
今深刻な問題があるとすれば、このモニカのほうだ。
俺はモニカを見上げるとさっき買ったお酒を手渡し、それと反対のモニカの手を取る。
「……あら、プレゼント?どないしたん急に?もしかしてプロポーズ!?あ~!いややわ~そんな急に!ウチ困ってしまう!あ、せやけど今のうちにツバつけといたろかな!」
一人で楽しそうにくねくねと動きながらケラケラ笑って喋り続けるモニカ。
こんなんだがモニカの背丈は耳を除いて170cm程あり、俺よりも大きい。
俺はさっきのようにとりあえずお酒を握らせておけばモニカは大人しくなるのでは無いかと思い、モニカの手を引いてひとまず近場のベンチへと移動する。
酒をもらって上機嫌なのか、大人しく連れて行かれるモニカ。
適当なベンチに腰掛け、隣り合って座る。
そして俺は逃さないようにモニカの手を握ったまま質問を始める。
「……モニカは、どういうヒトがタイプなの?」
最初の質問にしては少し踏み込んだ内容かもしれないが、本人も恋バナ好きと言っていたし結婚願望が無いわけでは無さそうなので多分盛り上がると判断して、俺はモニカに好みのタイプについての質問をぶつける。
「え、な……なんやの急に……」
モニカにとっては想定外の質問だったのか、少々戸惑っているような様子。
「やっぱりお金持ちの人?」
俺はとりあえず、恋バナをしてモニカの興味を食べ物やお酒から逸らそうと考えた。
「そ、それはまぁ金持ちに越したことはあらへんけど……」
何やらもじもじとし始め、考えるように俯き始める。
てっきり俺は大金持ちと即答するものかと考えていたので、少し想定外だった。
「それよりもウチの事ちゃんと見てくれる人がええかなぁ……なんて」
さっきまでのテンションとはまるで違う、しおらしい反応を示すモニカ。
モニカにも、結構乙女なところがあるようだ。
「なるほど……」
俺は思ったよりも真剣に考えくれた様子のモニカにちょっとだけ罪悪感を感じながら、もにもにとモニカの手をマッサージするように触る。
ぷにっとした肉球がとても心地良い。ずっと触っていたくなる感触だ。
「っ……そ、そういうメイちゃんはどういうヒトがタイプなん?ウチの事はええから、メイちゃんの事教えてーや!」
どうやらモニカは普段はあれだけおしゃべりなのに、自分の色恋のこととなると途端に口数が減ってしまうらしい。
話題をそらすように逆に質問してくるモニカに、俺も少し真剣に考える。
だが正直言って俺の頭の中には妹が不動の1位として君臨していた。
だからと言ってここで妹のようなタイプだなんて言ったってきっと意味がわからないだろう。
ここは一つ、俺ではなく俺として考えてみよう。
「そうね……まずはやっぱり、身長かしら。170cmくらいは欲しいわね。」
前世で高校に通っていた頃、クラスの男子たちがこぞって読んでいたモテる秘訣とやらが乗った雑誌の情報によれば、男はやはり最低でも身長が170cmは欲しいらしい。
当時の俺は172cm程あったのでそういう意味では基準をクリアしていたと言えるだろう。
「なるほど、背ぇは高いほうが好みなんやね。それからそれから?」
やはりモニカは恋バナに関しては自分の事より他人の事について聞くほうが得意らしい。
さっき自分の事を語っていたときと明らかに声のトーンが違っている。
「次はやっぱり経済力……といっても、お金持ちなだけじゃダメね。ちゃんとお財布の管理ができる人じゃないと。」
これも雑誌の情報だが、男は次に経済力を求められるらしい。
それも浪費などをする事なく、きっちりと金銭管理のできる能力が。
俺は正直、バイトで得たお金は全て家に入れていたのでそのあたりのことは良くわからない。
「なるほどなぁ、流石はお嬢様やね。しっかり考えてるんや。そんで後は?」
モニカはうんうんと頷いている。
ここまでは納得してくれているようだ。
意外とあの雑誌に書いてあった事も、あながち間違いでは無いのかもしれない。
後は何が書いてあったか。俺は前世の記憶を探る。
「後は……包容力?かしら。全てを包み込んでくれるような、優しさ……みたいな?」
俺は完全に雑誌の内容の受け売りで、理想の男性像を語った。
「うんうん!わかるで!こう、ぎゅう~っと!されたいやんな!」
そう言いながらモニカは、テンションにまかせて急に俺のことを抱きしめてくる。
修道服の布地ごしに伝わる、モニカのもふもふとした体毛の感触がなんともクッションのようで心地良い。
多分包容力ってこういう物理的な物では無いと思うのだが、これはこれで。
それにモニカの体温も合わさって、急速に考える力を奪われるような危ない魅力を感じた。
「……はっ!メイちゃんごめんな!大丈夫?潰れてへんか?!」
ハッと冷静になったモニカが慌てて俺を解放する。
俺はもう少しその心地よさを味わっていたかった気がして、少し寂しげな表情をした。
「なんやのその顔は……ウチに抱きしめられるん、そんなに気持ちよかったん~?」
モニカは照れ隠しのように、むにむにと俺の両頬を肉球付きの掌で挟み込んでくる。
「結構気持ちよかったですわね……もう一回味わいたいくらいには。」
俺はむにられながら、何も考えずに正直な感想を述べる。
きっとこれは、人をダメにするなんとかみたいなタイプの心地よさだ。
繰り返し使っていく内にどんどんハマっていってしまうような、そんな感じがした。
「そ、そうなんやぁ……ほなもう1回だけぎゅーってしたげよか?」
素直に褒められて満更でも無い様子のモニカは、照れながらもそんな事を提案してくる。
その魅力的な提案に、俺はつい乗ってしまう。
俺がそっと両手を開いてモニカを見上げると、モニカは少し恥ずかしがりながらも再度俺を抱きしめてくる。
そんなモニカに俺は身体を埋めるように抱きしめ返し、全身でモニカのモフモフを堪能する。
ああ、そうだやっぱりこの感覚。
高校の時に遊びに行った友達の家で、当時話題になってたあのダメになる奴を使った時の感覚にとても似ている。
こんな物があったら、ダメになるのも無理はない。
俺はその柔らかさと温もりに脳みそを溶かしながら、目一杯その感触を楽しんだ。
「……メイちゃん。……メイちゃん。そろそろええかな?……ウチ、ごっつ恥ずいねんけど……」
いつのまにか脳みそがとろけきっていた俺は、そんなモニカの声で呼び戻される。
俺はその心地よさのあまりに、寝落ちしかけていたようだ。
人通りもそれなりにある道の端で、ベンチに座りながらずっと女の子同士で抱き合っていたという事になる。
「あ、ごめんなさいねモニカ……あんまりにも心地よかったものだから……。」
少しの眠さを感じながらも、俺はモニカから離れる。
危ない、本来の目的を忘れてしまう所だった。
俺は自分の頬をぺちぺちと叩いて、眠気を覚ます。
「そんなにウチの身体、気に入ってくれたん……?なんや恥ずいわぁ……」
頬に手を当てながら、くねくねと恥ずかしがるモニカ。
俺はそんなモニカの太ももにそっと手を置くと、真剣な目でモニカを見上げる。
「許されるなら、毎日(クッションでダメになりたい)……」
「毎日(ウチに抱きしめられたい)!?」
そのくらいの心地よさだった。
もしアレが当時家にあったら、妹だけでなく俺までもが家から出たくなくなっていたかもしれない。
……こっちの世界にも、無いかなぁアレ。
「そ、そうかぁ毎日かぁ……(もしかしてメイちゃんってウチの事……。いやありえへんやろだってメイちゃんのタイプは身長170cm以上……あるなぁウチ。金銭管理が……割と得意やなぁ。でも包容力……もメイちゃんの反応見るにあるっぽいなぁ。……え!?メイちゃんの理想のタイプってもしかして、もしかして……!?)」
極上のクッションの余韻に浸りながら、ぼんやりしていた俺の横でモニカが何やら真剣に考えていた事に俺はその時は気がついていなかった。