第五話【もふもふでちゃりちゃり】
第五話【もふもふでちゃりちゃり】
無事に一人目のパーティメンバーとしてベレノを誘う事に成功した俺は、残りのメンバーを探すために酒場に来ていた。
「情報集めに酒場が良いなんて、よく知ってましたね」
酒場の前に到着すると、ベレノが珍しく褒めてくれる。
それに対し俺はちょっと得意げな顔で応える。
まぁ、RPGゲームで得た知識なのだが。
「……そういえば、俺ももう成人したんだしお酒飲めるんだよな」
ベレノと一緒に酒場へ入店しながら、そんな事を呟く。
「以前はお酒をよく?」
暗に俺の前世での事について聞いてくるベレノ。
前世での俺はそれほど酒好きというわけでもなく、会社の付き合いでの飲み会で飲む程度の物だった。
飲み物で言えば、どちらかといえばお茶なんかの方が好きだ。
「付き合い程度にね。」
俺はベレノにそう答えながら、掲示板らしき物が設置されている壁際へと進む。
掲示板には様々な依頼書が貼り付けられている。
猫探しから荷物運び、素材の納品に家事手伝いなどなど。
「これは依頼掲示板ですね。受けたい依頼を選んで、こうしてちぎってカウンターに持っていくんです。」
そう言いながらベレノは、1枚の依頼書を掲示板から剥ぎ取る。
でも俺達は依頼を受けに来たのではなく、情報を集めに来たはずだ。
「ベ、ベレノ?俺達は依頼じゃなくて……」
ベレノは俺の声を無視してさっさとカウンターへと持って行ってしまう。
どういうつもりだろうか。
「この依頼を受けます。」
ベレノは剥ぎ取った依頼書をカウンターへと提示する。
すると受付の男が依頼書内容を確認し、簡素な地図と共に受注証明書らしき物を発行してくれた。
「慣れてるな……ベレノは初めてじゃないのか?」
迷いのないベレノの動きに、俺は横からベレノが持つ地図を覗き込みながら尋ねる。
「ええ、簡単な依頼は何度か受けたことがあります。……小金を稼ぐにも良いですからね。」
ベレノは地図で依頼者の待つ場所を確認すると、俺の手を引いて移動を始める。
◆◆◆
酒場を出てから十分ほど移動しただろうか。
俺達は街外れの教会に来ていた。
このあたりは中心部と違って、人の通りも少なく結構静かだ。
「教会、か?このあたりは人も少なそうだし、人探しをするならもっと向こうのほうが……」
俺は結局依頼の内容も聞かされないまま連れてこられ、不安げにあたりを見回す。
「ふっふっふ。わかっていませんね……教会だからこそ集まる情報があるんです。」
ベレノは不敵に笑うと、開かれっぱなしの扉から教会の中へと入っていく。
俺は置いていかれないように慌ててその後に続いた。
「……あの」
中に入ると一人のシスターらしき人物が、祈りを捧げているようだった。
ベレノはシスターへそっと近づき、声をかける。
「ほわっ!?」
足音の無いベレノの接近に気が付かなかったのか、急に声をかけらたシスターは驚き跳ね上がる。
それと同時にシスターの頭から2つの縦長の耳が飛び出した。
「な、なんやの急に!足音も立てんと!」
シスターが慌てた様子で振り向くと、わかりやすいくらいに狐っぽい糸目顔が見える。
ぽい、というかよく見ればこのシスターは色合いも見た目もほぼ狐だ。
まさしくきつね色の体毛に、手足の先は靴下を履いたように黒い。
「これは失礼しました……」
ベレノが正直に謝罪すると、シスターはハッとして取り繕い始める。
「んっ、こほん。……どうかしましたか?迷える子羊よ。ここは教会、どのような者も等しく受け入れます。」
先程と全然違う喋り方に俺が唖然としていると、ベレノが受注証明書を懐から取り出す。
「こちらの依頼を受けて参りました。……あと後ほど、個人的にお聞きしたい事があります。」
受注証明書を見せながら、シスターへとそう告げるベレノ。
教会のシスターに聞きたいこと?
もしかしてこの人が凄い情報通だったりとか?
全然ついていけていない俺は、ただベレノとシスターのやり取りを見守っている。
「ああ、感謝します。では早速……」
そう言いながらシスターはちらりと俺の方を見る。
俺は会釈するようにして、微笑み返す。
「さ、行きますよ。」
ベレノはシスターに一瞥すると、俺の腰に尻尾を巻き付けて俺を教会の外へと連行していく。
「え?シスターに話を聞くんじゃないのか?」
連行される俺を、シスターがくすくすと笑いながら見ていた。
「それは依頼を終えた後で、です。さぁ……抜いてください。」
ベレノに教会の庭まで連れてこられた俺は、そこで解放されるなりそんな事を命じられる。
「抜け、って……。」
見ればそこには、夥しい数の雑草が生えまくっていた。
もしや依頼と言うのは雑草抜きの事だったのか?
「一本一本丁寧に、根っこが残らないように抜いてください。」
ほら早く。と手を叩いて俺をまくしたてるベレノ。
俺は地面が見えないほど生い茂った雑草に、変な笑いが込み上げてくる。
これを全部だって?全部抜いてたら絶対日が暮れてしまう。
あまりの雑草の量に俺はベレノの方を向いて抗議しようとする。
だがそこには既に雑草抜きを開始しているベレノの姿があり、俺は大人しく作業を開始した。
◆◆◆
気がつけばあたりはもう夕暮れ。
雑草を抜きまくった手は、もはや痺れて感覚が麻痺している気さえする。
本当にただ黙々と、ひたすら雑草を抜きまくった俺は最後の1本を引き抜くと、それを掲げながら膝から崩れ落ちる。
「お……おわ、った……」
雑草を抜くだけなのにコレほどの重労働とは。
かつて暮らしていた家には庭なんて無かったから、こういう体験はしたことが無かった。
「……お疲れ様です。」
そんな俺に、いつのまにかローブを脱ぎラフな格好になっていたベレノが労いの言葉をかけてくれる。
俺もベレノもあちこち泥だらけになっていた。
「はぁ゛ー……もうダメ、動けない……」
俺は物凄く深い溜め息をつきながら、汚れるのも気にせず地面へと倒れる。
「勇者がそんなところで寝転がらないでくださいよ……まったく」
ベレノは俺の腰へそっと尻尾を巻きつけると、俺を引きずりながら引き寄せてくる。
「痛い痛い痛い!……というか、ベレノの魔法でなんかこうぶわーっと一気になんとかならなかったのか?」
俺はなんとか立ち上がり、服についた土埃をはたき落としながらベレノへと尋ねる。
「……根絶やしにするだけならできますよ。……その後、その土地は一切不毛の地になりますけど。」
ベレノは遠い目をしながら、ぼやく様に答える。
「今回はここに花壇を作りたいという依頼でしたので……そういうわけにも行かなかったんです。」
軽く背を仰け反らせ、パキパキと腰を鳴らしながらベレノは言う。
魔法って案外不便なんだなぁとか思いながら、まるで妹を褒めてやるみたいに俺は労いの意味を込めてベレノの頭をそっと撫でた。
「……どうも。」
手を払い除ける元気も無いのか、それとも満更でも無いのか、ベレノは大人しく俺に撫でられる。
ベレノとそんなやり取りをしていると、シスターが教会から出てくる。
「……あら、もう終わったんですか?流石は勇者御一行様!仕事が早いわぁ。」
パチパチと拍手をしながら、ニコニコとした笑顔で称賛の言葉をかけてくるシスター。
あれ、俺勇者って名乗ったっけ?
「あらまぁ、2人とも泥まみれですね。……どうでしょう、今日はもう日も落ちますしこのまま教会でご一泊なされては?」
厚意からそう提案してくるシスターに俺はもう宿のある街の中心まで歩くのも嫌で、その提案を受け入れることにした。
「……色々とお聞きになりたい事もあるでしょうし。」
僅かにシスターの糸目が開き、金色の瞳が覗く。
「ふぅ……そうですね。是非そうさせていただきましょう……」
ベレノも同意し、俺達はシスターに案内され教会へと入っていった。
◆◆◆
「こんな物しかご用意できず、申し訳ないですが……。」
シスターのご厚意に甘えて、教会に一泊することになった俺達。
水浴びで泥汚れを落とし終えた俺とベレノは元の服が乾くまでの間、教会からの借り物の服を着ることになった。
その服はかなりシンプルなデザインで飾り気は全く無く、肌触りも少しごわごわとしている気がする。
生まれた家が領主の家という事もあり、いかに普段は上質な布の服を着ていたのかが改めてわかった。
「いやいや、服まで貸してもらっちゃって本当ありがとうございます、わ!」
最近はベレノと2人な事が多かったため、ついつい忘れかけていたお嬢様口調で俺はシスターに感謝する。
「感謝します、シスター。それで聞きたい事なのですが……」
話を切り出そうとするベレノだったが、シスターが急に立ち上がる。
「まずは食事にしましょう。たくさん働いて、お腹もすいていらっしゃるでしょう?」
そう言えば腹ペコだ。
俺はお腹をさすりながら、静かに頷いた。
「教会の食事がお口に合いますかどうか……」
そう言いながらシスターはパンとチーズとシチューのような料理を振る舞ってくれる。
屋敷での食事は所謂レストランのフルコースのような物ばかりだったので、逆にその簡素なメニューに懐かしさを覚える。
「美味しそうです、わね。ありがとうございますわ。……いただきます。」
俺は嘘のない感想と感謝の言葉を述べると、軽く手を合わせて食事を始める。
少し食べ始めたところで、ベレノの不思議そうな視線に気がついた。
「……?どうした、んですの?」
俺はベレノの方を向いて、小首をかしげる。
「……大したことではありませんが、食事の前に手を合わせるのが不思議に思えて……」
確かに俺は前世での習慣で無意識に食事の前には手を合わせてしまっているが、こっちの世界だとあまり見かけない気がする。
「食事の前に、主に感謝の祈りを捧げるのは不思議なことではありませんよ……きっと勇者様は熱心な信徒でいらっしゃいますのね。」
シスターはそう言いながら両手を組んで祈りを捧げると、俺に向かって微笑んでくる。
そういうわけではないのだが、俺はどちらとも言えないような笑顔で誤魔化した。
「なるほど……では私も……」
何か納得したようで、ベレノは俺の真似をするように手を合わせて食事を初めた。
屋敷での綺羅びやかさや、宿の酒場での騒がしさも無い、静かで穏やかな食事を俺は楽しんだ。
「……それではシスター、質問なのですが」
食事も終え、あとは寝るだけというタイミングでベレノがシスターへ質問を繰り出す。
「はい、何でしょうか。私がお答えできる事ならば何でも。」
シスターは相変わらず表情の読めない糸目でにっこり笑って応える。
「このあたりで、獣人やハーピィのような種族の冒険者を知りませんか?」
ベレノの言う通り、俺達はそういう種族のパーティメンバーを探すために教会へとやってきたのだ。
ん?だからなんで教会?
俺は疑問を浮かべつつも、邪魔をしないように静かに2人のやり取りを聞いている。
「……知ってはいますが、それを聞いてどうなさるおつもりですか?」
シスターの狐耳が、ぴくりと反応する。
「私達はそういった種族のパーティメンバーを探しています……とっくにお気づきですよね?」
そう言ってベレノは俺の右手を尻尾で捕まえると、手の甲をシスターへと見せるように引っ張る。
そういえばそうだ、シスターは何度か俺の事を勇者様と呼んでいた気がする。
だけど俺は一度も自分が勇者だと名乗った覚えは無い。
「……ええ。魔王討伐の為の特別討伐隊へ参加するためにいらしたんですよね?」
全てお見通しというようなシスターの言葉に、俺は思わずシスターとベレノを交互に見てキョロキョロしてしまう。
腹の探り合いをするような2人の会話に、俺はまた一人置いてけぼりにされている。
「で、でもだからってどうして教会のシスターに……?」
少しでも状況を把握したい俺は、勇気を出してベレノへ教会に来た理由を尋ねる。
「……私達のような種族は場所によっては煙たがられ、迫害を受ける事もあります。そんな者達が救いを求めて来る場所はどこだと思いますか?」
そこで俺はシスターの言葉を思い出す。
どのような者も等しく受け入れる。確かそう言っていたはずだ。
「つまり……そういう人達が相談に来やすい場所なら、そういう人達が見つかりやすい……って事、ですの?」
ようやくベレノの行動の理由を理解した俺は、答え合わせをするようにベレノに問い返す。
よくできました。と小馬鹿にするようにベレノは小さく拍手をする。
悪かったな鈍くて。
「……ちなみに今はどのような方をお探しですか?」
俺の質問によって中断されたやり取りを、シスターが再開する。
「盾役が担える者、あるいは斥候ができる者……もしくは回復魔法使いです。」
ベレノの回答に、シスターの狐耳がまたしてもピクリと反応する。
「……聞いた所によれば、魔王討伐の暁には莫大な報奨金が約束されるとか……それに旅の資金も国から全面的にバックアップして頂けるそうですね。」
シスターは小さく手を合わせながら語る。
この人は一体どこまで知っているんだ?
俺は今その話を初めて聞いた気がするんだが。
「ええ、そうですね。」
シスターの言う情報は本当らしく、ベレノは肯定する。
「……」
「……」
ベレノとシスターの間に、謎の沈黙が訪れる。
俺は一体何が起こっているのかがわからず、またキョロキョロしてしまう。
「……ちなみに、勇者パーティでのお給金と言うのは──。」
シスターが再びお金の話を口にしようとした、その時。
突如として部屋の扉が開かれた。
「……聞きましたよシスター・モニカ」
見ればそこには、蝋燭を片手に持った白髪の男性が立っていた。
「ヒェッ……」
俺はホラー映画のような怖さに、小さく悲鳴を上げて硬直する。
しかし俺以上に驚いていたのはモニカと呼ばれたシスターの方で、慌てて立ち上がると数歩男性から後退った。
「し、司祭様……!いつからそこに……!?」
先程までの読めない表情とは打って変わって、かなり焦ったような顔をするモニカ。
「貴女方が食事を始めたあたりからです。」
結構前から聞いてたんだなこの人。
見た感じ教会の人っぽいが、シスターがここまで怯えるなんて一体何者なんだ?
「……貴女、”また”良からぬ事で儲けようとしていましたね。」
司祭が静かにモニカを指差すと、モニカは震え上がり膝をついて祈るようなポーズを取る。
「ち、違うんですぅ!ウチはただ勇者パーティに付いていったらどんくらい給料もらえるんやろなぁって考えただけで!そんな、もらうだけもらって途中で帰ってこようなんてこれっぽちも考えて無いですさかい!」
自白するように早口で語るモニカ。
そんなモニカを見て、司祭は手を下げると小さくため息を1つ。
「……そんなに同行したいのであれば、行っても構いませんよ。」
司祭の意外な言葉に、怯えていたモニカは驚いて顔を上げる。
「ほ、ほんまですか……?」
びくびくと耳と尻尾を震わせながら、モニカは期待と不安が入り混じったような声で司祭へ尋ねる。
すると司祭はにっこりと微笑んで静かに頷いた、直後。
「ただし!途中で逃げたり帰る事は許しませんよ!最後の最後までその祈りの力を持って勇者様をサポートし続けなさい!わかりましたねシスター・モニカ!!」
仏の顔から一転、鬼のような剣幕で怒号を飛ばす司祭に、モニカはその糸目を完全に見開いて驚く。
「は、はひぃ!ええこにしますから!もう堪忍してぇ!」
よほど司祭に怒られるのが怖いのか、床に鼻先をつけながら両手で司祭を拝むように平伏すモニカを見て、俺はポカンとしていた。
「……よろしいですかな?勇者様。」
こちらからスカウトするわけでも無く、何故かなし崩し的にモニカが仲間に入る事になってしまった。
だが先程の司祭の鬼のような顔を見れば、これを断ることなど俺にはできない。
俺は引きつった笑顔を浮かべながら静かに頷き、モニカを連れて行くことを了承した。
「どうしてこう……はぁー……。」
そんなやり取りを見てベレノは、疲れたような表情で深くため息をつきながら頭を抱えた。