第四話【帝都エヴァーレンス】
第四話【帝都エヴァーレンス】
特別討伐隊結成の旨の手紙を受け取ってから、5ヶ月が経った。
屋敷での基礎訓練を終えた俺とベレノは今、招集場所として指定されたこの世界でも最大級の街、帝都エヴァーレンスへとやってきていた。
どこもかしこも人でごった返している様は、まさしく大都会と言った感じだ。
「メイ?ちゃんと付いてきてますか?」
そんな人混みの中を俺はベレノに尻尾で手を引かれる形で進んでいる。
というのも、俺が初めての大きな街に興奮してあちこち見て回ってる内に逸れてしまうからだ。
既に今日2回逸れてしまって、ベレノのご機嫌はあまり良くない。
「なんとかね……」
これではまるで犬の散歩のようだと思いながらも、俺は大人しく手を引かれてベレノについていく。
街についたのは昨日の夕暮れで、昨晩はそのまま適当な宿に泊った。
そして今日は魔王討伐のための特別討伐隊本部が設置されているという、エヴァーレンス城へと向かうらしい。
遠くに見える、一際大きなお城がおそらくそうだろう。
それにしても凄い人の量だ。
よく見ればちらほらと、ベレノのように普通の人間では無さそうな者も混ざっている。
俺はついつい興味をそそられてしまうが、その度にベレノに引っ張り戻される。
見たことのない食べ物、見たことの無い種族、こんなにワクワクしたのは小学生の時に初めて行った夏祭りぶりだろう。
「……少しくらい観光してからでも……」
俺は我慢できず、そーっとベレノへ提案してみる。
「え?何ですか?何か言いました?」
しかしその声は街の喧騒に紛れて、届かなかったようだ。
俺はおとなしくベレノに尻尾で連行されて、目的地のエヴァーレンス城へと向かった。
◆◆◆
30分近くは歩いただろうか。
ようやく人混みから解放され、目的地のお城へと到達した。
「はぁ……やっとつきましたね」
ベレノも少し疲れた様子で、ようやく俺の手を尻尾から開放してくれる。
解放された俺の手には、赤くベレノの尻尾の痕がついていた。
しかしベレノが一緒に付いてきてくれて俺は良かったと思う。
もし俺一人だったら未だに街の中を観光でもしていて、ここにたどり着くのに数日はかかっていただろうから。
「……あそこの門番に聞いてみましょうか」
ベレノが指を指した先には、長い槍を持って扉の側で佇む2人の鎧姿の兵士達がいる。
俺はベレノの後をついて行く。
「少しお尋ねしたいんですが……」
ベレノが右の兵士に話しかける。
「ん。……おい見ろよ、ラミアだぜ!珍しいな。」
右の兵士はベレノの姿を見るなり、そんな事を言いながら左の兵士へと話しかける。
「本当だ。俺本物初めて見たよ。で、何か用かいラミアのお嬢さん?」
どこか失礼なヘラヘラとした態度でベレノへ対応を始める兵士たち。
「トイレだったら他を当たってくれよな。あ、ラミアってトイレするのか?なんてな!ハハハ!」
兵士たちのあまりに失礼な態度に俺は静かにキレた。
俺は一歩前に出ると、右の兵士を睨みつけるように見上げながら拳を固める。
「ちょ、ちょっとメイ……!」
城内で揉め事を起こすのはまずいと慌てるベレノの方を少しだけ見てから、俺はゆっくりと兵士の顔の高さまで拳を上げる。
「あ?なんだ嬢ちゃん、蛇の彼女からかわれて怒ってんのか?」
失礼な態度を続ける兵士の方へ手の甲を見せると同時に、俺は笑顔で中指を立てた。
「テメッ……!」
俺の中指を見て激昂した右の兵士が、手にした槍を構えようとする。
「待て、手の甲をよく見ろ!これは……。」
そんな右の兵士を左の兵士が制止する。
左の兵士は俺の手の甲にあるものに気がついたようだ。
そうだ、俺の右手の甲には覚醒した紋章がある。
「……失礼した。どうぞ奥へ進んでくれ。」
左の兵士に続いて右の兵士も気がついたようで、慌てて胸の前で手を構え敬礼のようなポーズを取る。
俺はふん、と右の兵士へ嘲笑するような笑みを向けてからベレノの手を引いて奥へと進んだ。
「……驚いた。あなたって意外と大胆なんですね。」
仄暗い石造りの廊下を進みながらベレノは言う。
「……見直した?」
などとイキってみるものの、正直俺も驚いてる。
だけどそれくらい、あの兵士たちの態度には腹が立った。
というか、こっちの世界でも中指って通じるんだな。
そんな事を考えているとやがて廊下が終わり、大きな扉が現れる。
俺は扉の前に立つ兵士に、もう一度手の甲の紋章を見せる。
すると兵士は静かにうなずいて、扉を開けてくれた。
「おわぁ……すっごい」
廊下の先の部屋は広く高く学校の体育館を思い出す。
俺は思わず間抜けな声を出しながら、そこにいる人の量に圧倒される。
街中程では無いにしろ、数えられるだけでも優に30人近くはいるだろうか。
まさかとは思うが、ここにいる全員が紋章の覚醒を果たした勇者?
高い天井を見上げれば、照明代わりと思わしき光を放つ球体がいくつも浮いている。
俺がお上りさんムーブ全開でキョロキョロしていると、ベレノに脇腹を突っつかれる。
「ふぉっ!?……あ、あはは……」
俺の出した奇妙な悲鳴に一瞬、室内の人々の視線が集まる。
誤魔化すように笑う俺に、少し呆れたような表情で視線を戻す人々。
「田舎者丸出しですね……。」
ベレノのじとっとした視線が突き刺さる。
「仕方ないだろ……こんなの見るの初めてなんだから。」
ベレノにつつかれた脇腹をさすりながら、2人で案内嬢と思わしき女性の方へと近づいていく。
「ようこそおいでくださいました、勇者様!こちらにお名前をお願い致します。」
勇者様と面と向かって呼ばれると、なんだか照れてしまう。
俺は言われた通りに、名簿リストに名前を記載する。
ちょっと不格好な字だが、これでもここ数ヶ月で必死に勉強したので許して欲しい。
「ありがとうございます。えー……メイ・デソルゾロット様。まぁ!あの歴代最強と名高い先代勇者様、サン・デソルゾロット様の末裔の!?」
サン・デソルゾロット。それが俺の先祖の名前か。
正直言って名前を今初めて聞いた気がする。
受付嬢が名前を読み上げたと同時に、室内の空気が少し騒がしくなる。
「デソルゾロット家……」
「魔王を打ち倒したあの……」
「やはり来ていたか……」
ヒソヒソと噂するように聞こえてくる人々の声に、俺は振り向いて軽く手など振ってみる。
しかしそれがさっき変な声を出していた田舎者だとわかると、途端に皆不安そうな顔をする。
「あんな子で大丈夫なのか……?」
「勇者の血も薄くなったという事か……」
「頼りになるのか……?」
思っていたのと違う反応に、俺は何事も無かったかのように手を引っ込めて前を向き直す。
「……ここにいる人達って、みんな紋章の覚醒した人達なんですか?」
俺は後ろの人達に聞かれないように、小さな声で受付嬢に質問する。
「っふ……!ん、こほん。失礼しました。いいえ、殆どは各勇者様の仲間や支援者の方々ですよ。」
受付嬢は吹き出すように笑ってから、俺の質問に答えてくれる。
そんなにおかしい質問だっただろうか。
どうやら俺はまたしても何も知らないようだ。
「そちらの方はお連れ様ですね。こちらのパーティメンバーリストにお名前のご記入をお願いします。」
そう言って受付嬢はベレノに、俺のとはまた別の紙を手渡してくる。
「あ、いえ私はただの付き添いです……」
「えっ?」
ベレノの言葉に俺は耳を疑い、思わず声が出る。
俺は完全に、ベレノも一緒にパーティメンバーとして魔王討伐の旅に加わってくれると思っていたからだ。
「つ、ついてきてくれないの……?」
子犬のように震えながら、懇願するように俺はベレノの手を掴んで両手で握る。
「……だって私は、あなたのパーティメンバーではなく先生ですから」
「だったら……!」
「パーティメンバーは自分で捕まえるものですよ、勇者様。」
俺の先生だと言うのなら、そのまま旅についてきて欲しいと願う俺を、そう言ってたしなめるベレノ。
それからベレノに手を引かれて、俺達は部屋の端っこのほうへと移動する。
そしてベレノはパーティメンバーリストに何かを書き加えて、俺に渡してくる。
「これは……?」
俺は渡されたパーティメンバーリストをまじまじと見る。
一番上には俺の名前。メイ・デソルゾロット。
その下に連なる空欄には、名前ではなく職業名のような物が書かれていた。
「勧誘の目安、といいますか……パーティのバランスの指標のような物です」
パーティは5名。つまり俺を除いてあと4人が必要なわけだ。
「いいですか。上から順番にまず、敵の攻撃を受け止め仲間を守る役目の盾。」
確かに俺は剣術と魔法は多少習ったが、盾は全くと言っていい程練習をしていない。
それにいざと言う時に仲間を守ってくれる盾役がいれば頼もしいだろう。
「それから次に、傷ついた仲間のケアをしてくれる回復魔法使い。」
つまりは魔法使いだ。だったらベレノにやってもらえばいいのでは?
俺はそう思って期待の眼差しでベレノを見る。
「……言っておきますが、私は回復魔法は使えませんからね?私は妨害や呪殺などの呪術専門なので……」
まだ何も言っていないのに、考えを見透かされたようで断られてしまった。
俺は再びしょんぼりしながら、リストに目を戻す。
「それから、先んじた偵察や弓や投げ物を得意とする斥候。」
ぱっとイメージが思いつかないが、だいたい忍者みたいな物だろうか。
確かに一人居てくれたら色々と便利そうだ。
俺はパーティに忍者がいる様子を想像して、少し笑う。
「……何笑ってるんですか?真面目に聞かないと後で後悔しますよ。……そして最後に」
「ベレノ。」
最後の職業の説明をしようとするベレノの言葉を遮って、俺はベレノの名前を呼ぶ。
「……何でしょう。質問なら後に」
「ベレノがいい。最後の1枠は、俺は絶対にベレノが良い!」
わがままを言う子供のように、俺はベレノを強引にパーティへ勧誘する。
ベレノは目を丸くして何か言おうと息を吸い込むが、途中でそれを諦めたようにそのままため息をつく。
「……はぁ。……最後の1枠は、呪術や攻撃魔法が使える魔法使い。……つまりは私ですね」
俺の強引なスカウトに根負けしたようで、ベレノは自分の胸に手を当てて呆れたように笑う。
それを見て勝ち誇ったように笑う俺の脇腹を、またベレノの尻尾が突っついた。
「……でも良いんですか?私、ラミアですが……」
パーティメンバーリストに名前を書き込もうとしたベレノの手が不意に止まり、そんな質問をしてくる。
そんな事は今更言われなくても知っている。
ラミアであることに何の問題があるのだろうか?
俺はベレノの言っている意味がよく分からず、首を傾げる。
「あー、もう……さっきも見ましたよね。あの門番の兵士の態度。」
やれやれといった感じで、ベレノは俺にもわかるように説明を始めてくれる。
曰く、エルフやドワーフなどのほぼ人間に近い種族に比べて、ラミアやハーピィ、獣人などの所謂モンスター要素が強めな種族はその見た目などの理由から煙たがられたり誂われる事が多いのだという。
そう言われて思い返してみると、ここに来るまでに見た様々な種族のうち、それらしき人たちは皆ベレノと同じ様にフードなどで顔を隠していたような気がする。
今こそ普通に街中を出歩けるようになっているが、その昔は特定の種族というだけで石を投げられたりする事もあったそうだ。
故にベレノたちのような種族は、習慣的にフードなどでその特徴的な顔や身体を隠すのだと言う。
俺はそんな話を聞いて少しもやもやした気持ちになりつつも、一つの名案を閃く。
「だったら、全員そういう人たちでパーティメンバーを固めればいいんじゃないか?」
これは名案だ。
一人だけ居て浮いたり悪目立ちするのであれば、全員がそうであれば問題ない。
木を隠すなら森の中という奴だ。
我ながらなんと素晴らしいアイデアだろうか。
「はぁ……?」
俺はベレノに今まで聞いたことも無いような不可解そうな声で返事を返される。
今の説明を聞いていたのか?と問うような視線が俺を突き刺す。
だが俺は負けない。
「だ、だってそうすればラミアだからってベレノが気にする必要も無くなるわけだろ……?」
怪訝そうな顔で俺を見るベレノに少しビビりながら、俺は説明する。
「あなたは……はぁ……。パーティリーダーはあなたです。好きにしたら良いじゃないですか……」
ベレノは俺への反論を諦めたようで、再びため息をつくと何だか不貞腐れたような態度でそう言いながら、パーティメンバーリストに乱雑に自分の名前を記入する。
そして良かれと思って決めたこの提案が、後々大変な苦労を呼ぶ羽目になるとはこの時の俺はまだ知る由もなかった。
「本当、そういうところですよ……。」