第二十六話【秘密】
第二十六話【秘密】
シャルムとサカマタさんが合流してから、さらに数日が経過した。
俺はユウリに示された丸太破壊の修行にて、ついに20秒で6本の丸太を破壊できるようになっていた。
剣1本と2本ではやはり、動き方も全然違うのだと改めて理解する。
腕の力だけではなく、全身を使って踊るように剣を振るうと動きやすい。
目標として示された20秒で7本まではあと一歩だ。
「……最初は姿だけかと思ってたが、イカれた成長速度もそっくりだな。」
今日も丸太破壊の修行に励む俺を見ながら、ユウリが何かボソリと言った気がする。
剣を振るのに夢中で内容まではしっかりと聞き取れなかったが、俺は一旦剣を振る手を止めてユウリの方を向く。
「ふぅ……師匠、何か言いましたか?」
額の汗を拭いながら俺はユウリへと尋ねる。
「何でもねーよ……続けろ。」
どこか面白くなさそうな顔でそう答えるユウリに、俺は小首を傾げてから修行を再開する。
◆◆◆
あれからしばらくして、お昼頃。
俺は昼食を取るために一度宿の食堂へと帰ってきた。
ユウリも一緒にどうかと誘ったのだが、やはり断られてしまった。本当にいつ食べているんだろうか。
「お。おかえりメイちゃん。実はついさっき」
「メイ!」
昼間からお酒を飲んでいたらしいモニカが、ジョッキ片手に手を振り何か言いかけた所で、聞き馴染みのある声が俺を呼ぶ。
声の聞こえた方を向けば、ちょうどベレノが階段から下りてくる所だった。
そしてベレノはそのまま俺へと急接近すると、勢いよく抱きついてくる。
「ベ、ベレノ……久しぶりだな。元気だったか?」
俺はその勢いに少し驚きつつも、そっと抱き返して尋ねる。
ベレノは何も言わないまま、俺を力いっぱい抱きしめてくる。
「あらまぁ……。よっぽど寂しかったんやねぇ……。」
モニカが小さく笑って、茶化すように言いながら酒をあおる。
やがてベレノがゆっくりと顔をあげると、その目には涙が浮かんでいた。
「ベレノ……?」
そっとその涙を俺が拭おうとするとベレノが俺の手を掴み、真剣な目で見つめてくる。
いつになく真剣な表情に、俺は少しドキっとしてしまう。
「……お兄ちゃん?」
そんな俺のすぐ横に、いつのまにか現れていた妹が不満げな声で俺を呼ぶ。
「きゃぁッ!?」
突然現れた妹に驚き、女の子みたいな悲鳴を上げて咄嗟に目の前のベレノへと飛びついてしまう俺。
ベレノはそんな俺を見て、真剣な表情から一転笑いを堪えるように震える。
「ふっ……ふふっ!変わりませんね、あなたは……。」
堪えきれず吹き出したベレノが、手で涙を拭いながら笑う。
未だに急に現れる妹に慣れない俺に対し、ベレノは少しも驚いていないようだ。
「……あなたはアルシエラですね。大体の事情はモニカから聞きました。」
妹へと目を向けると、握手を求めるようにそっと手を伸ばすベレノ。
手を伸ばしてくるベレノに対して、妹は少し不可解そうな顔で俺を見る。
普通の幽霊が生きている者に干渉できないのはベレノも知っているはずなのだが。
まぁ形だけでも応じるべきなのだろうと、俺は妹へとベレノの握手に応えるように目で示す。
「……どうも。……えっ?」
渋々と言った様子で妹がベレノの握手に応えると、どういうわけかベレノは妹の手をしっかりと掴んだ。
生者であるベレノが幽霊である妹に直接干渉できている?どういう事だ。
まさかいつのまにか妹に触れられるように?
俺は驚きつつも、握手する2人の手へと自分の手を重ねてみる。
だが当然俺の手は妹の手をすり抜けるが、ベレノの手には触れることができる。
どうなっているんだ。頭がバグりそうだ。
「……実はここに戻ってくる前に一度里に帰ったのですが、そこで面白いものを手に入れまして。」
そう言ってベレノはおもむろに左手を上げると、そこにはキラリと光る銀の髑髏の指輪が。
ちょっとカッコイイと、俺の中の中学ニ年生男子が囁く。
「これは、生者から霊体への物理的干渉を可能にする魔法の指輪です。このように。」
「わっ……。」
ベレノは握った妹の手を軽く引っ張って、自分の方へ引き寄せて見せる。
これには妹も驚いているようだ。
つまりそれがあれば、俺はこの状態の妹にも触れられるって事か?!
俺は羨望の眼差しでベレノの髑髏の指輪を見る。
「……欲しいんですか?」
小さく笑いながらベレノは俺へと尋ねる。
そんなにわかりやすく顔に出ていただろうか。
だがもちろん答えはYESだ。俺は激しく首を縦に振る。
「……いいですよ。ただし、条件が2つ。」
妹の手を離すと自分の指からゆっくりと指輪を外したベレノが、二本指を立ててそう言ってくる。
条件?何だろうか。俺にできることなら何でもするつもりだが。
「まず1つ目……この指輪を外さない事。」
外した指輪を手でつまみ、リング越しに俺の顔を覗き込むベレノ。
指輪を外さない事?こんな便利な指輪をわざわざ外す理由は無いだろう。
そんな条件でいいのかと、俺は2つ目の条件を聞く前に再度激しく頷く。
「そして2つ目……。……私と一緒に、ラミアの里に来てください。」
俺の了承が取れたことを確認したベレノは、髑髏の指輪へとそっと口付けをしてから、俺の左手薬指に既にはめられている魔法ストックの指輪を外す。
そして改めて薬指へと、その髑髏の指輪をはめてくる。
だから何故毎度そこへ指輪をはめてくるのだろうか。妙にドキドキしてしまう。
そんな光景を見ていた妹が、何やら悲しいやら嬉しいやら複雑そうな表情をしている。
「ん……!?ちょっと待ちぃメイちゃん!その指輪……!」
酒を飲んでいたモニカがピクリと耳を反応させ、突然こちらへと近づいてくる。
そして俺の左手を取ると、今ベレノにつけてもらったばかりの髑髏の指輪を外そうとしてくる。
「モ、モニカ!何するんだよ!」
俺は抵抗するが、モニカがぐいぐいと指輪を引っ張ってくる。
だが不思議なことに、髑髏の指輪は俺の指から全く外れる気配がない。
「はぁ……やっぱりかぁ……メイちゃん、この指輪呪われてんで。」
モニカがため息を付いて、そんな衝撃的な事を言い出す。
呪われてる?そんな、如何にもってデザインだからってまさか……。
自分でも指輪を引っ張って外そうとするが、本当に微塵も外れそうにない。
指輪を引っ張り続けながら、俺は困った顔でベレノの方を見る。
「おや……すいません。私は呪いに耐性があるので気が付きませんでした。」
ふっ。と小さく息を漏らしてほくそ笑むベレノ。
ベレノ?もしかしてわざとか?わざとなのか?
慌てる俺の手に、そっとベレノの手が重ねられる。
「まぁ、指輪が外せなくても……外さない事を条件としてお譲りしたのですから、問題は無いでしょう。」
しれっとした態度でそんな事を言うベレノに、モニカと妹が引いたような顔をしている。
うーん……まぁいいか。外せないだけなら、特に困らないし。……デザインもちょっとカッコイイし。
俺は魔法ストックの指輪を、右手薬指へとはめ直す。
「見てみぃ雪ちゃん……これがこの女のやり方やで……。」
「ず、ずるい……!」
モニカと妹が何やらヒソヒソと話している。
ともかく、これで俺は妹を抱きしめたり頭を撫でたりしてやれるはずだ。
妹を手招きして、早速俺は試してみようと考える。
「い、いくぞ……雪……。」
いざ触れられると思うと、なんだかドキドキしてしまう。
同じく少し緊張している様子の妹の頭へと、俺はそっと手を伸ばす。
やがて俺の手が妹の髪へと触れると、妹の髪のさらさらとした感触が手に伝わってくる。
この撫で心地、随分と懐かしい。
俺はそのまま妹を抱き寄せ、思い切り抱きしめる。
「お、お兄ちゃ……っ。」
残念ながら温もりは感じられないが、確かに妹がここに居ることを身体で実感する。
離れていた分を取り戻すように、俺はしばらく頭を撫でたりしながら妹を抱きしめ続けた。
「……、……こほん。」
夢中で妹を抱きしめていた俺だったが、ベレノの咳払いでハッとしてようやく妹を離す。
妹はデレデレとした笑みを浮かべて、満足そうだ。
「うーん……強敵やね。」
「……よろしいでしょうか。」
モニカがボソリと言った言葉に俺が小首をかしげていると、ベレノがずいっと一歩前に出て主張してくる。
2つ目の条件が何だったか。ベレノと一緒にラミアの里に行く、だったか。
するとそこへ、丁度ユウリが戻ってくる。
「おい雑魚。いつまで飯食ってんだ?……あ?また知らねえのが増えてんな。……ラミアか。」
俺が中々戻ってこないので、待ちきれずに呼びに来たらしい。
ユウリはベレノを見ると、じろじろと観察するように目を動かす。
「あ、紹介するよベレノ。この人が俺の二刀流の師匠で」
「ユウリさん、ですよね。」
咄嗟にユウリのことを紹介しようとしたのだが、先にベレノに名前を言い当てられてしまう。
まさか知り合いだったのか?
「私はベレノです。……クリノスの子孫と言ったほうが分かりやすいでしょうか。」
「あぁ……通りで見た事ある感じだと思った。あいつはいつ頃死んだんだ?……ってんな事知るわけねえか。」
ベレノの自己紹介を聞いて、どこか納得したようなユウリがそんな質問をするが、すぐに目を伏せる。
クリノスと言うと確かベレノの親類?だとか言っていた人だった気がする。
「クリノスはまだ生きています。」
そんなベレノの回答に余程驚いたのか、ユウリがベレノを二度見する。
「……は?んなわけねェだろ!だってラミアの寿命はせいぜい」
「はい。人間と然程変わりません。……ですが、生きています。あなたと同じ様に。」
ユウリへと食い気味に返答をするベレノが、ユウリのその頭の角へと目を向ける。
やはりユウリが人間にしては長生きなのもあの角に何か秘密が?
「……一緒に来てもらえますか、ユウリさん。リリヤさんも一緒に。……メイ、あなたも。」
ベレノは俺へと目を向けると、そっと俺の手を握る。
さっき指輪の条件としてつけられたラミアの里に来て欲しいというのは、その事だったのだろうか。
そんな条件をつけなくても俺はベレノが来て欲しいと言うなら行くつもりだが。
かくして俺とベレノ、ユウリ、リリヤの4人はラミアの里へと赴く事になった。
他のメンバーは、何やらベレノが連れて行きたくなさそうだったので、一旦留守番だ。
◆◆◆
俺達はリリヤの転移魔法によって、ラミアの里の近くへと一気に飛んできた。
そこは深い森の中で、うっかりはぐれでもしたらすぐに迷子になってしまいそうだ。
「……ここから少し移動します。はぐれないように注意してください。」
到着して周囲の地形を確認すると、ベレノが移動を始める。
正直俺にはどこも同じ景色に見えるが、やはりベレノにはわかるのだろうか。
「なんで直接里まで飛ばねえんだよ。めんどくせぇな。」
ベレノの後に続きながら、ユウリが文句を垂れる。
「ほら、ラミア族はあまり他の種族と交流したがらないから……。」
リリヤが身を屈めて、ひそひそとユウリへ囁く。
「ええ。基本的に他種族との交流がありませんから、里への入口も魔法によって隠されています。」
そう言いながら迷いなく森の中を進んでいくベレノの背中を見ながら、自力では辿り着けなさそうだなと考える。
「……ここですね。この2本の木の間。こちらを正面側として、背面側から通ってください。」
一見何の変哲もなさそうな2本の真っ直ぐな木を指差してベレノはそんな事を言う。
俺は試しに木に近づいて、正面側から手を伸ばしてみるが特に何も無いように思う。
本当にここに入口が……?
不思議に思いながらも、俺は言われた通りに木の裏側へと回り込み木の間へと一歩足を踏み入れる。
「……あっ!?」
その瞬間先程まで森だったはずの景色が一変し、どこか集落のような場所に辿り着く。
ここがラミアの里?
俺が入口で立ち止まってキョロキョロしていると、ベレノにそっと背中を押される。
「後ろがつかえています。進んでください。」
そう言われて俺が数歩前に歩くと、ベレノに続いてユウリとリリヤも入ってくる。
少しすると、家らしき建物の中からこちらを覗く幾人かの視線。どうやら警戒されているようだ。
「気にしないでください。里の外の者に慣れていないので、警戒しているだけです。……こちらへ。」
ベレノがそう言って移動を始めるので、俺達はそれについていく。
家の外に出ていた他のラミアも、俺達の事を見るなり家の中へと隠れてしまう。
よっぽど俺達の事が珍しいんだろうか。それにしても本当にラミアばかりだな……。
ラミアをベレノ以外に見たことが無かった俺は、ついつい他のラミアを目で追ってしまう。
「……おわっ!?」
よそ見をしていた俺は、木の根っこのような物に躓き思い切り転んでしまう。
「……よそ見してると転びますよ。ほら……。」
そんな俺を呆れたような表情で見て、そっと手を差し伸べてくれるベレノ。
俺は苦笑しながらベレノの手を取って、なんとか立ち上がる。
ラミアの里は本当に自然の中に集落が作られており、樹木などをそのまま利用して建物が建てられているようだ。
なんだかシャルムに連れて行かれた時のハーピィの集落を思い出す。
「ここです……中へどうぞ。」
やがて集落の奥に位置する、一際大きな樹の根本へと案内された。
扉の代わりにかけられているらしい、淡い紫色の暖簾のような物をくぐり、俺達は中へと入る。
「……大婆様、ベレノです。連れてまいりました。」
俺達が中へ入ったのを確認すると、ベレノが誰かに跪く様に軽く身を屈める。
少し高くなった床の上にある玉座風の椅子に、長い尾を持つラミアのシルエットが見えた。
「良く、来ましたね……メイ・デソルゾロット。……そして、久しぶりですねリリヤ、ユウリ。」
そんなしゃがれた老人風の声が聞こえたかと思えば、室内に置かれた燭台に一斉に明かりが灯る。
そしてその椅子に腰掛けていたのは、老いを示す白髪に紫の瞳が特徴的な、年老いたラミアの女性。
この人がクリノスさん?確かに、どことなくベレノに似ているかも知れない。
「まぁ……クリノス、あなた随分とお婆ちゃんになってしまったのね?」
数百年を若い姿のまま生きるエルフであるリリヤが、驚いたような顔をする。
「あたりめーだろ!エルフじゃねぇんだぞ!バカ!」
リリヤに対して鋭い突っ込みをするユウリ。
いやでもあなたもどう見ても子供にしか見えないんですが。
「ふふ……そういうあなた達は全く変わりませんね……。ユウリも、その姿は……そうですか、やはり……。」
小さく笑って目を細め、ユウリを見て何かを理解したように呟くクリノス。
「おう。お察しの通りだよ。……俺はあいつとの……サンとの約束を果たすために、魔王のツノを取り込んだ。」
ユウリの口から出た衝撃的な言葉に、俺は思わずユウリの方を見る。
やはり、というべきか。その頭の黒い角が、俺達の探していた魔王の角だったのか。
「そういうお前こそ、そんなんになるまで生きてるって事は……使ったんだろ?あいつからの預かりもん。」
クリノスを指差し、俺には話がよく見えてこない会話をユウリは続ける。
預かりもの?使った?だがクリノスには角が生えているようには見えない。
「……ねぇ、預かり物ってどういう事?2人はお姉様から何か託されたっていうの?」
どうやら魔王の角が先代勇者の手によってユウリとクリノスへと預けられていた事を、リリヤは知らなかったようだ。
一人だけ仲間はずれにされているようで、少し困惑気味な顔をするリリヤ。
「……しょうがねぇな。話してやる。」
そんなリリヤの反応を見て、ユウリが頭を掻きながら話しづらそうに口を開く。
「俺はよ、魔王をぶっ殺して何年かした後であいつに頼まれたんだ。『死ぬまでの間でいいから、このツノを誰にも渡さないように守っていて欲しい』ってな。……けどよ、俺ら人間の寿命ってのはエルフなんかに比べればかなり短い。だから俺は……。」
ユウリはちらりと俺の方を見て、自分の角を指差す。
「魔王の力を取り込んで、自分の寿命を無理やり伸ばす事にした。そうすりゃ、ずっと長くツノを守ってられるだろ?」
そう笑って見せるユウリだったが、その笑みにはどこか力が無いように見える。
「……私も同じです。……とはいえ、私が魔王の角を取り込んだのはかなり年老いてからですが。」
自分もユウリと同じ様に先代から魔王の角を預けられたのだと打ち明けるクリノス。
そんな2人の言葉に、リリヤはますます困惑してしまった様子だ。
「ど、どうして……お姉様は私に……私達エルフなら、何百年も守れるのに……。」
人間やラミアより遥かに長い寿命を持つ、エルフである自分に何故先代は任せてくれなかったのかと、理解に苦しむリリヤ。
確かにどうしてだろうか。
他の誰かに魔王の角を触媒として悪用される事を恐れていたのなら、寿命が長いリリヤに任せるほうが安全なはずだ。
「だからこそ、ですよ……リリヤ。」
クリノスが静かにそう答え、慈しむような目をリリヤへと向ける。
「……お前のお姉様が、可愛い妹分であるお前にそんな責任の重い事、何百年も背負うことになるとわかってて任せると思うかよ?」
ユウリは肩をすくめてリリヤへと、そう小さく笑う。
「だからこそ……寿命の然程長くない私とユウリに、『死ぬまでの間でいい』と託したのです。……まぁ、私もユウリも結果としてサンの優しさを裏切るような形になってしまったのですが。」
自分の胸にその枯れ枝のような骨と皮だけの手を当て、目を伏せるクリノス。
「お姉様……。」
先代の自分への心遣いを理解したリリヤは、目を閉じ静かに涙を流す。
つまり先代は仲間に魔王の角を守ってほしかったが、何百年も生き長らえてまでその責任を背負い続ける事は望んでいなかったのだろう。
先代勇者パーティのそんな厚い信頼関係と、深い絆を目の当たりにした俺は少し、ぐっと来てしまう。
「……で?そんな事伝えるために、子孫使ってまで俺達を呼び寄せたんじゃねぇんだろ?」
しんみりとした空気を打ち砕くように、ユウリがそんな事を言い始める。
俺はそんなユウリの言葉に驚いて、確認するようにベレノとクリノスを交互に見る。
「相変わらず、あなたは頭が良く回りますね……そうです。メイ・デソルゾロット……私は、あなたに伝え、そして謝らなければならない事があります。」
クリノスはそう言って、真剣な目で俺の方を見る。
伝えたいこと、そして謝らなければならない事?
俺の記憶が確かならば、俺がこの人と会うのは今日が初めてのはずだが。
すると突然ベレノが俺の側へ寄ってきて、そっと右手を握ってくる。
その表情はどこか重苦しい。
「私は……先代の勇者、サン・デソルゾロットを愛していました。」
ゆっくりと告げられるクリノスのその言葉に、俺は少し驚く。
愛していた……愛していた?そのままの意味で、だろうか。
俺が妹を愛しているように。
「そして、彼女が失踪する少し前まで……一緒に暮らしていました。」
どこか遠くを見るような目で、先代の事を語り始めるクリノス。
先代が失踪?初めて聞いた話だ。
ちらりと横を見ると、ユウリとリリヤも驚いた顔をしている。
どうやら2人にも初めて聞かされる話のようだ。
「彼女と共に暮らし……10年、20年……しかし彼女はある日、忽然と姿を消してしまったのです。……私に魔王の角を残して。」
クリノスが両手を掲げると、その右手だけがユウリの背中のように黒く変色していた。
「どこへ行ったかはすぐに分かりました……この水晶で覗いた時既に、彼女は魔界に居たのです。……どうやって厳重な管理下にあった門を潜り抜けたのかは定かではありませんが……彼女は魔界に行き、そして……そこで力尽きた。」
手元の水晶を撫でると悔しそうな表情で、クリノスはその手を強く握る。
「私もすぐに魔界へ行こうとしました……しかし当時はまだ、種族差別が酷く……ラミアである私の話など誰も聞いてはくれなかったのです。……だから私は……長い年月をかけ、魔王の角まで取り込んで……彼女をこの世に呼び戻す方法を探し求めました。」
ゆっくりと握った手を開くと、俺の方へと目を向けてくるクリノス。
俺は真剣な表情でクリノスの話を聞きながら、緊張からベレノの手を握り返していた。
「そして今から20年程前……私は1つの方法に辿り着きました。……肉体となる器を用意し、そこへ死者の魂を呼び戻す……禁術とも呼ぶべき魔法です。」
そんなクリノスの言葉を聞き、俺の中で何かざわざわとした気持ちが沸き起こる。
奇妙な胸の高鳴り。俺は左手で自らの胸に手をあて、落ち着こうとする。
「……その器を用意するためには、力が必要でした。因果を捻じ曲げる程の、強大な力が。……私は彼女から預かり取り込んだ魔王の角を触媒として、ついに外法に手を出しました。」
クリノスがゆっくりと俺を指差すと、俺の手を握るベレノの手が小さく震え始める。
「その外法によって生み出した器が……あなたです。メイ・デソルゾロット。……あなたは、私の手によって因果を捻じ曲げられ産み出された、特異な存在なのです。」
突然に明かされた自らの秘密に、俺は言葉を失う。
だって、そんな。おかしいじゃないか。
俺は確かに俺としてメイの身体へと転生したが、俺の記憶が戻るまでの間のメイとしての記憶だってちゃんと。
「……どういう事だ!詳しく説明しろクリノス!」
黙って話を聞いていたユウリが我慢できず、クリノスへと問いただす。
「そんな、やっぱり……私の記憶が確かなら、お姉様には血の繋がった子供はいらっしゃらなかったはず!それなのに、メイちゃんは……。」
困惑する俺の元へリリヤの口から更なる混乱材料が追加され、俺は思考が停止してしまいそうになる。
血が繋がっていない?何を言っているんだ。だって俺は先代にそっくりだって今まで散々。
「……生まれるはずの無い子を、生まれるはずの無い姿で……因果を曲げて無理矢理に生み出した、という事です。」
ベレノが俺の手を痛いほど強く握りながら、震えた声でそう説明する。
じゃあ俺は、俺はそもそも先代とは血が繋がっていない?
俺の家族が他は誰も先代に似ていないのではなく、似ている俺がおかしかったのか。
「……今、彼女の子孫として続いているデソルゾロットの家系は、私とサンの養子の娘の血を元とするものです。あの子もまた……彼女と同じ青い目をしていました。」
遠く見て、懐かしむような目をするクリノス。
だが俺は何が何やらわからず、叫びたくなりそうだ。
「じゃあクリノスてめー!こいつをサンの器にするためにここに呼んだってのか!?歳食って堕ちるとこまで堕ちたかッ!」
ユウリが俺を指差し、怒りながらクリノスへと青い剣を抜き切先を向ける。
そうだ、この人の言うことが本当なら俺は……。
震え始める俺の手を、ベレノが大丈夫と言うように両手でそっと握ってくる。
「……もちろん生み出した当初はそのつもりでした。……ですが、ベレノとメイの旅をこの水晶から覗いている内に……彼女との旅の日々を思い出してしまって……決心が鈍りました。」
俺とベレノへと目を向け、クリノスは申し訳無さそうな顔をする。
どうやら、俺とベレノに当時の自分たちを重ねていたらしい。
「……見知らぬ誰かの記憶を取り戻したのは、想定外でしたが……きっとこれも無理やりに因果を捻じ曲げ、外法に手を出した罰なのでしょう……。最初から、こんな方法……上手く行くわけが無かったのです。」
悲しむような、安心したような複雑な表情でクリノスは遠くを見つめる。
「……魔王の角を触媒として失い、本来の寿命を使い果たした私の命は、もうすぐ尽きます。だからその前に……本当の事を伝えておきたかったのです。……これも、ただの老人の我儘ですが……メイ、その子をよろしくお願いします。私とサンのようには……ならない……ように……。」
クリノスはそう言い残して、ゆっくりと目を閉じる。
そしてその細い腕が、力なく垂れ下がった。
「おい……おいクリノス!死んでんじゃねェ!言いたいだけ言いやがって!ふざけんな!おい……なんとか言えよッ……。」
必死にそう叫ぶも反応のないクリノスに、ユウリが静かに涙を流す。
「クリノス……ごめんなさい……あなたが悩んでいた事に、もっと早くに気がついてあげられていたら……。……あら?」
同じく涙ぐみながらクリノスの側へと近づき、その皺だらけの手をそっと握ったリリヤが、何かに気がつく。
やがて怪訝そうな顔をして、その長い耳をそっとクリノスの口元へと近づける。
「……、……寝てるだけみたい。」
神妙な面持ちでそんな報告をしてくるリリヤの言葉に、俺達はずっこける。
今のは完全に死ぬ流れだったと思うんだが。
「ざけんなババアッ!!起きろ!いっぺんぶん殴ってやる!!」
「まぁまぁユウリ。落ち着いて……良いじゃない生きてるなら。ね?」
ブチギレてクリノスへ殴りかかろうとするユウリを、リリヤが宥める。
「……ひ、久しぶりにたくさん喋ったので、疲れたのかもしれませんね……。」
泣きかけていたベレノが笑いを堪えながらそう答える。
何にしても良かった、のか?
正直知らなかった情報が急に色々明かされすぎて、頭が痛くなりそうだ。
俺は元男で、勇者の血を引いてると思ったら引いて無くて、でも姿は先代勇者そのもので、しかも本当は先代復活のための器にされる予定で……ってこんなのまとめきれるかよ。
「……そういえば、師匠の頭についてるのと、クリノスさんが使ったので2本なら、先代魔王復活のための触媒になる魔王の角はもう探さなくても良いのでは?」
他のことを考えようとして、俺はふとそんな事に気がつく。
もしそうならユウリがやられでもしない限り、実質的に先代魔王の復活の儀式は不可能という事になる。
妹を救出するのもじっくり行えるというわけだ。
「あ?あー……言ってなかったか?魔王のツノは、全部で3本あったんだよ。だからつまり……あと1本が、どっかにあるかもしれねぇって事だ。」
ユウリが指を3本立て、それから1本にしながらそう説明する。
先代魔王は3本角だったのか。どうやらゆっくりはできそうに無さそうだ。
「おに……ちゃ……お兄……ちゃん……お兄、ちゃん……!」
そこへ突然、妹の苦しそうな声が聞こえてくる。
いつの間にかついて来ていたのか。だが姿が見えない。
「お兄ちゃん……たす、けて……ッあぁ……ッ!!」
もがき苦しむ妹の声が、途切れるように聞こえなくなる。
まさか浮遊城の妹の身体に何かあったのか!?
「雪!?どうしたんだ雪!雪ーッ!!」
妹を呼ぶ俺の声が、ラミアの里へと響き渡った。




