第二十五話【右手に剣を、左手にも剣を】
第二十五話【右手に剣を、左手にも剣を】
先日ユウリから最初に提示された課題を達成し、クソ雑魚から雑魚へレベルアップを果たした俺はその次の課題で早くも挫折しかけていた。
ユウリが次に提示した課題は、敵に見立てた丸太の破壊だった。
最初は1本、その次は2本、そして3本4本と増えて、今は5本の丸太が俺の目の前に並べられている。
始めた当初はこんなの余裕だと思っていたが、達成するほど丸太が増えるのに対して制限時間は据え置きで、段々とノルマ達成が間に合わなくなっていた。
そして間に合わせるために素早く剣を振ると、力をしっかり入れる事ができず丸太の破壊が難しくなる。
「はぁ……はぁ……。くそ……手が痺れてきた……。」
俺は汗だくになりながら、無数の丸太の残骸の前で膝に手をつきながら息を切らす。
朝から夕暮れである今の今までずっと丸太に向かって2本の剣を振り続け、俺の手はもうボロボロだった。
「なァ~に休んでんだ?まだノルマ終わってねェだろうが。さっさと続けろ。」
近くに大量に積まれた予備の丸太の上に足を組んで座るユウリが、手を叩いて俺を急かす。
そんな事を言われても、20秒以内に丸太5個はいくらなんでもキツくないか。
単純計算で丸太1個にかけられる時間は約4秒。
だが今の俺ではどう頑張っても丸太の破壊に1個5秒はかかってしまう。
「最低でも20秒で7個破壊できるまではこの訓練を続けるからなァ……おら、さっさとしろ。日が暮れちまうぞ。それとも今日はもうやめるかァ~?」
俺が苦しむさまを楽しんでいるような、ニヤニヤとしたユウリの言葉に正直言って少し投げ出してしまいたくなる。
剣を振り続ければ振り続けるほど疲労は溜まるし、ベストコンディションとは遠のいていく。
だが実際の戦いにおいては常にベストな状態であり続ける事など不可能に近いのだと、俺にも理解できる。
それでも、やらなければどうにもならないのだ。少なくともあの黒騎士をどうにかするには、このくらいの努力は必要になるだろう。
「お兄ちゃん……もう手ボロボロだよ……今日はもうやめよう?モニカさんに治療してもらってさ、また明日」
ボロボロな俺を心配して出てきた妹の言葉を遮るように、手を横へ伸ばす。
「もう1回だけ……やります。」
立ち上がると、軽く呼吸を整えて2本の剣をしっかりと握りなおす。
手にできたマメが潰れて痛いが、そんな事は気にしてられない。
より速く、より確実に丸太を破壊する。
余計な力はいらない。流れるような太刀筋で、切り刻む。
しっかりと頭の中でイメージを作る。
「……ふぁーあ。んじゃぁもう1回だけな。……いくぞー、よーいドン!」
俺の前に新たに5本の丸太を並べ終わると退屈そうに欠伸をするユウリ。
そしてカウント開始の合図としてユウリが手を叩くと同時に、俺は再び剣を振るう。
1本2本3本を縦に横にと叩き切り、ここまでは快調な滑り出し。
だが問題はここから。
いつも4本目に差し掛かった所で、連続で剣を振り続ける腕に負荷を感じている。
このまま振り続ければ腕が壊れてしまうのでは無いかという恐怖が、俺の身体に無意識にブレーキをかけてしまう。
「んっがぁぁッ!!」
それでも俺は剣を振り続け、唸り声を上げながら4本目の丸太を破壊する。
腕から変な音がした気がした。折れてはいないと思うが。
随分と重く感じる剣を振り上げ、5本目の丸太へと向かおうとした所で無慈悲にも終了の合図が鳴り響く。
「はいそこまでー。……お前さぁ……チッ。まぁいいか、とりあえず今日はもう休め。さっさと治療してもらって来い。」
何か言いかけて舌打ちをしたユウリが、しっしと俺を追い払うように手を振る。
やはり今の方法では限界があるように感じる。もっと他の方法を考えなければ。
ただ我武者羅に振るのでは無く、もっとスマートでスムーズに。
「べーっだ!行こっ!お兄ちゃん!」
ユウリへ向かって舌を出して侮蔑する妹に付き添われ、俺はふらつきながらも宿へと戻った。
◆◆◆
宿へ戻ると、俺は早速モニカの部屋へと駆け込んだ。
毎度毎度リリヤに来てもらう訳にも行かないため、うちのパーティの回復魔法使いであるモニカに治療をしてもらっているからだ。
「た、だいま……モニカ……。」
剣を握り続けた手が最も酷いが、それ以外にも足腰がバキバキになってしまっている俺は、モニカの部屋へと入るなりモニカのベッドへと横から倒れ込んだ。
正直、もう今日は立っているのも辛い。
「おー、おかえりメイちゃん。今日は特に酷いなぁ……そのまま楽にしとき。寝ててもええさかい。」
モニカは俺へと駆け寄ると、さっそく回復魔法をかけ始める。
とてつもない疲労感と、程よいベッドの温もりに俺の意識は急激に微睡み始める。
「聞いて、モニカさん。あの人ったら酷いんだよ!お兄ちゃんがこんなボロボロになるまで無理やり剣振らせ続けて!お兄ちゃんは別に運動が得意なわけじゃないんだよ!?部活だって入ってなかったし!」
微睡みの中で、妹がユウリのスパルタな修行内容に対して怒ったようにモニカへと愚痴っているのが聞こえる。
違うんだ雪。これは俺が強くなるために望んでやってる事なんだ。
あと兄ちゃんは放課後バイトするために帰宅部だっただけで、別に運動が得意じゃないわけじゃ……。
「ブカツ……?そうなんや、そら酷いなぁ……あーあー、マメ潰れてしもてるやん。痛そうやね……。」
モニカのもふもふとした手が、俺の手にそっと重ねられる。
この感触も、なんだか随分と久しぶりな気がしてしまう。
……癒やしが、欲しい。
微睡んだ意識でぼんやりとそう考えた俺は、寝返りをうってベッドへ仰向けになる。
「もふもふ……したい……。」
俺は消え入るような声で、無意識にそんな事を呟く。
すると少しして、俺の上半身が何かもふっとした温かい感触に包み込まれる。
「よしよし……お疲れさん。」
優しげな声で囁きながら、俺をそっと抱きしめ頭を撫でてくれるモニカ。
ベッドのとは比べ物にならないほどの心地よさに、俺の意識はすぐに眠りに落ちてしまった。
「……お兄ちゃん……。」
◆◆◆
翌日。
昨晩は帰ってくるなり疲れ果てて寝落ちしてしまい、その後結局夜中の妙な時間に起きてしまった。
目を覚ましたら俺はモニカの腕の中で随分と驚いたが、モニカも寝てしまっているようだったので下手に動けずしばらくその状況にドキドキしていたものの、結局は眠気ともふもふの誘惑に負けてまた眠ってしまっていた。
「……ん……ふぁぁ……。」
俺が再びモニカの腕の中で欠伸をしながら目を覚ますと、外からは小鳥のさえずりが聞こえていた。
どうやらもう朝のようだ。流石にそろそろ起きなければ。
未だ静かに寝息を立てているモニカの腕の中から、俺はそっと抜け出し自分の部屋へと戻るべく廊下へと出る。
するとそこには、怖いほどの笑顔で妹が立っていた。
「おはよう、お兄ちゃん。よく眠れた?」
笑顔のままやや圧をかけるように俺へと尋ねてくる妹に、俺は困惑してしまう。
どうしたんだ。何か不機嫌なのか……?
「お、おはよう雪。まぁまぁかな……夜中に1回起きちゃったけど。」
俺はとりあえず妹へと挨拶を返して、自分の部屋へと戻ると身体を拭くために服を脱ごうとする。
昨日は水浴びもせずに他人のベッドで寝落ちしてしまって、モニカにも申し訳ない事をした。
「……お兄ちゃん、シャワーでも浴びてきたら?ここの宿屋さん、朝から使えるみたいだよ。」
妹のそんな言葉に俺はハッと顔を上げる。
これまで何回か夜、修行終わりに使ったことはあったがまさか朝から使えるとは。
贅沢を言えばドボンと浴槽に浸かりたい所だが、そこは仕方ない。
「そうなのか?じゃあ、そうするかな……。ありがとう、雪。行ってくる。」
早速着替えを持ち妹に一言お礼を言ってから部屋を出た、のだが。
何故か妹が俺の後をついてくる。
「……雪?どうした?」
廊下を歩きながら軽く後ろを振り向いて、何故かついてくる妹へと問いかける。
「んーん、なんでも無いよ。気にしないで?お兄ちゃん♪」
ニコニコ笑いながら妹はそう答えるが、そんな事を言われても気になってしまう。
まさかこのまま浴室までついてくるつもりか?
「……ごめんな、雪……すぐにでも雪の事助けに行きたいけど、今の俺じゃまだ……。」
脱衣所にて服を脱ぎながら、俺は自分の手のひらを見つめる。
昨日潰れて痛かった掌のマメもモニカの回復魔法のおかげで殆ど治っていた。
こうやって毎日治療をしてくれる存在がいるからこそ、ユウリのスパルタ修行にも何とか耐えられている。
俺は改めて、仲間の力の大きさって物を実感していた。
「……焦らなくてもいいよ。私、お兄ちゃんが必ず助けに来てくれるって、信じてるから。」
妹はそう言って、俺の額へ自らの額をくっつけるように近づける。
もちろん触れられはしないのだが、逆にそれが俺の中で熱い気持ちを昂らせる。
それと同時に未熟で弱い自分に腹が立って、涙が出そうになる。
「ふふっ。お兄ちゃん、女の子になって泣き虫になっちゃったの?」
涙ぐむ俺を慰めるように、そっと頬へと手を添える妹のひんやりした感覚。
「そんな事は、無い……はずだ。多分。」
俺は手で涙を拭って、軽く自分の両頬を叩く。
泣いてる場合じゃない。今日も過酷な修行が待っている。
今はとにかくシャワーを浴びて心も体もすっきりさせよう。
そう思って浴室へと足を踏み入れると、他の利用客とばったり遭遇してしまう。
「あっすいません……!」
反射的に目をそらし、咄嗟にその客を見ないようにする。
今は俺も身体は女とは言え、他の女性の裸を見てしまうのはやはり抵抗がある。
この朝の時間なら他に利用客も居ないだろうと思っていたのだが。
「あァ?」
そんな俺へ帰ってきたのは威圧するような聞き覚えのあるガラの悪い返事。
まさかと思い、手で自分の視界を遮りながら指の隙間から顔を確認する。
やはり、師匠だ。
「あっ……。」
「あァ!?」
物凄く気不味い。本屋のアダルトコーナーで知り合いに会ったみたいな気不味さだ。
なんとかやり過ごせないかと考える俺をよそに、妹がユウリを睨みつけ始める。
「……ふっ。」
「あ?!」
すると妹がユウリを見て、どこか勝ち誇ったような顔をして鼻で笑う。
ユウリは今にもブチギレそうだ。雪、やめてくれ。頼む。
「……チッ。」
舌打ちをしてユウリがそのまま去ろうとしてくれた、のだが。
「ぷぷ……年上なのに身体はお子ちゃま……。」
妹が小さな声でそんな事を言った瞬間に、俺はユウリに背中を蹴られる。
どうして。いや俺が悪いのか。
幸いにもそれ以上の追撃は無く、ユウリはそのまま怒って去っていった。
「……雪?」
俺は少し妹を叱るように、名前を呼ぶ。
ユウリはあんな感じだが今は俺の師匠でもあるんだから、もう少し仲良くしてくれないと。
俺の身がもたない。
「はぁい……ごめんなさいお兄ちゃん……。」
俺に怒られ反省した妹がしょんぼりした顔をして、ゆっくりと姿を消す。
昔はもっと素直で大人しい子だったはずなんだが、20数年の間に妹にも色々あったんだろう。
ごめんな、雪。もう兄ちゃんはお前を独りにしないからな。
そんな事をひとり考えながら、俺はシャワーを浴びる。
こっちの世界で初めて屋敷の風呂に入ったときも驚いたが、この世界意外と水回りがしっかりしている。
どこの宿にもこのレベルの物がある訳では無いが、このタッチするだけでシャワーのようにお湯が出る魔法の装置なんて凄い技術だと感心する。
……正直、俺が前に住んでいたアパートの中々お湯の出ないオンボロシャワーよりも優れていると思う。
これもやっぱり、魔法の力が為せる技術なんだろうか。
何にせよ、温かいお湯で身体を流せるというのはとてもありがたい事なのだと、旅のキャンプ生活でつくづく思い知った。
「はー……すっきりした。あ。」
涙も汗も泥汚れも綺麗にさっぱり洗い落として、俺は脱衣所へと戻る。
するとそこには、何やら自分の服を引っ張ったりして匂いをしきりに嗅いでいる様子のモニカが立っていた。
やはり昨晩俺が水浴びもせずに抱きついて(?)寝てしまったから、臭いがうつってしまったのだろうか。
「モ、モニカ……おはよう。」
俺は反射的に股を手で隠すようにしながら、モニカへとそっと声をかける。
「ひゃっ!?メ、メイちゃん……?びっくりしたわぁ……メイちゃんも朝から水浴び?さっぱりした?」
匂いを嗅ぐのに夢中で俺に気がついていなかったらしいモニカが、驚いて一瞬糸目を開く。
しかしすぐに取り繕って、いつもの顔に戻る。
「あ、うん、結構さっぱりした。……昨日はごめん、俺いつのまにかモニカに抱きついて寝ちゃってたみたいで……その、汗の臭いとか……本当ごめん。」
きゅっと内股になって股を隠し、目を閉じて両手で拝むように俺はモニカへ謝罪する。
いくら疲れていたとは言え汗まみれで他人のベッドで、それも抱きついて寝てしまうなんてあまりにデリカシーが無かった。
そんな事は今後二度と無いように気をつけよう。
「え、あ……せ、せやね……匂い、うん……ま、まあええんよ。ウチそんな気にしてへんし!」
モニカは自分についた匂いを改めて確認するように服を引っ張って嗅ぐが、尻尾を軽く揺らし笑ってそう言ってくれる。
いや本当……申し訳ない。
「じゃ、じゃあ俺は先に……。」
「あ、うんウチも水浴びしてくるわ……。」
ちょっとした気不味さを感じながらも、俺は素早く身体を拭いて服を着る。
モニカはそんな俺をチラチラと横目で見ている。
そりゃ男がいる所で服なんか脱げないよな。
俺はもう一度モニカに軽く頭を下げて、足早に脱衣所を後にした。
「はー……びっくりした。どうして俺はこうも間が悪いんだろうな……。」
少し緊張で高鳴った胸を落ち着かせるように、俺は自分の胸に手を当てる。
ユウリといいモニカといい、どうしてあんなタイミングで出くわしてしまうのか。
「……お兄ちゃんってさぁ」
「おわっ!?」
突然出てきた妹に、俺は驚いて抱えていた服を落っことす。
やっぱ妹と言えど急に出てくるのはやめて欲しい。本気でびっくりしてしまう。
落ち着きかけていた俺の心臓が、再びハイビートを刻む。
「わざとなの……?」
妹のじとっとした目を受けて、俺は頭にハテナが浮かぶ。
わざと?何が?何の話をしてるんだ。
「何がだ……?」
「はぁー……お兄ちゃんはやっぱりお兄ちゃんだね……。」
俺は妹へと聞き返すものの、ため息をつかれまたどこかへと消えられてしまう。
何だったんだ一体。
それから少しして、戻ってきたモニカと共に朝食を取った。
◆◆◆
「おーし、今日も始めんぞド変態雑魚。」
もはや通い慣れたいつもの空きスペースで、丸太を並べ終えたユウリが俺を呼ぶ。
やっぱり浴室で遭遇したこと、怒ってるみたいだ。仕方ないが。
「お、押忍!今日こそは……!」
俺はさっと剣を抜いて、構える。
右手に先代のミスリル銀の剣を、左手にアダマンタイトの剣を。
「あー、待て雑魚。ちょっとこっち来い。」
やる気満々で合図を待つ俺の出鼻を挫くように、ユウリが俺へと手招きをしてくる。
まだ何もしてないはずだと思いながらも、構えた剣を下ろしてユウリの方へと近づく。
「その剣、ちょっと貸してみろ。……盗らねえから早くしろ!」
そう言ってその小さな手のひらを向けてくるユウリに、俺は少し渡すのを躊躇する。
まさか使いこなせて無いから没収なんて、言わないよな。
俺はそっとミスリル銀の剣をユウリへと手渡す。
するとユウリはその剣を少し振って、感触を確かめるようにしている。
「ん、そっちも寄越せ。」
続いてアダマンタイトの剣を指差し、再び手を伸ばしてくる。
こっちもか、と思いつつも俺は素直にアダマンタイトの剣も手渡す。
「あー……なるほどな。おい雑魚、お前利き手は?」
アダマンタイトの剣を同じ様に確かめるように振りながら、俺へとそんな質問をしてくるユウリ。
「え、あ……右利き、です。」
それまで利き手など気にした事が無かったが、思い返せばだいたい何かする時は右手だったはずだ。
元の俺がどっちだったかは、今更確かめようが無いが。
「右ね。じゃあちょっとお前……これアダマンだよな?こっちの剣を右手に持ってやってみろ。」
ユウリがそう言って俺に剣を返してくるので、俺は言われるがままアダマンタイトの剣を右、ミスリル銀の剣を左に持つ。
これで何か変わるのだろうか。
ともかく俺は、再び丸太の前へと剣を持って構える。
「行くぞー。1、ゼロ。」
ついには3から数えることすらしなくなったユウリの開始の合図と共に、俺は丸太へと剣を振るう。
右、左、右、左、右。いつものリズムで交互に。
だが、いつも通りに振っているはずが最後の右の攻撃が不意に空を切る。
見れば既に丸太が壊れており、バラバラになって崩れていたからだ。
「あれっ!?」
俺はその違和感に戸惑い、思わず手を止めてしまう。
ハッとして次の丸太へと移るが、無駄な時間を使ってしまったせいで途中で時間切れとなってしまった。
「す、すいません師匠!途中でぼーっとしちゃって!」
またユウリにどやされると思った俺は、ユウリが何か言うより速く頭を下げる。
だがそんなユウリから飛んできたのは怒号ではなく、穏やかな声だった。
「お前、5発目の攻撃を空振ったよな。それは既に丸太がぶっ壊れてたからだが。何故かわかるか?」
5発目時点で既に丸太が壊れていた理由を俺へと尋ねてくるユウリ。
それは……たまたま打ちどころが良く、いつもより速く壊すことができたからだろうか。
「……わかんねぇならもう1回やってみろ。」
そう言ってユウリが新しい丸太を並べてくれる。
俺はもう一度丸太の前で構え、そしてユウリの合図と共に剣を振るう。
「……っ!?」
右左右左、右。まただ、最後の右の時には既に丸太が壊れている。
今までと変えたことと言えば、左右の剣を逆にしたくらいだが。
まさかそれだけで……?
「わかったか?てめーの剣は、形は一緒でも素材が違えからそれぞれ重さが違うんだよ。」
ユウリにそう言われて、俺は改めて思い返す。
そういえば先代のミスリル銀の剣を試した時、その軽さに随分と驚いた記憶がある。
俺はその軽さが気に入ってずっと右手でミスリル銀の剣を使っていて、両方使うときもアダマンタイトの剣を左手に補助用として持っていた。
だがよくよく持ち比べて見れば当然、アダマンタイトの剣の方が重い。
重いということは破壊力がある反面扱いづらいという事だ。
それを利き手である右手に持ち替える事で破壊力を伸ばしつつ上手く扱えるようになった、という至極単純な話だったのだ。
「そうか……そういう事だったのか。」
改めて左右の剣を見比べ、俺は変な笑いが込み上げてくる。
何故そんな簡単な事に今まで気が付かなかったのだろうか。
そして1個あたりにかかる手数を減らせれば、当然1個あたりにかかる時間も短縮できる。
少し、希望が見えてきたかも知れない。
「何笑ってんだ。さっさと続けろ雑魚が。」
そう言ってユウリは再び丸太を用意してくれる。
最初は怖い人だとばかり思っていたけれど、この人実は意外とちゃんとしてるな……?
本人に言ったら絶対に蹴られるから言わないが。
「押忍!師匠!」
俺は気合を入れ直し、しっかりと剣を構える。
希望が見えたおかげか、アダマンタイトの剣もなんだか軽く感じるようだ。
「始めろ。」
ユウリが手を鳴らす音と同時に、俺は丸太めがけて剣を振るう。
右左右左。これで1本破壊できる。だが同じ時間で7本破壊するなら、さらにもう1手縮める必要があるだろうか。
その後幾度も挑戦を繰り返し、夕方頃に俺はついに20秒で5本の丸太を破壊する事に成功した。
「ん。終わったか。じゃあ次6本な。」
5本を破壊し終わり、労いの言葉の1つでもかけてくれるかと期待してユウリの方を向いた俺に返される、無慈悲な言葉。
まぁ、そういう人だよな……。
そんな態度のユウリに対し俺はちょっと悔しくて、つい言い返してしまう。
「はぁ……はぁ……師匠は、当然できるんですよね?これ。ちょっと、お手本見せてくださいよ。」
「あぁ?……チッ。並べろ。」
調子に乗った俺に対し、ガラの悪い返事と舌打ちをするものの剣を抜くユウリ。
どうやら本当にお手本を見せてくれるらしい。
俺は師匠が言っていた7本の丸太を並べる。
「足りねーよ。10本にしろ10本に。」
だが7本では足りないというユウリの言葉に驚きつつ、俺は追加で3本。合計10本の丸太を並べる。
本当に10本も切れるんだろうか。弟子の前だからって見栄を張ってないか?
そんな俺の余計な不安をよそに、ユウリは10本の丸太の列に加わるように立つ。
「よく見とけ雑魚。……こうやんだよッ!!」
そう言ってユウリが軽く身体を前に倒したと思った瞬間、ユウリの姿が消える。
そして次の瞬間には10本目の丸太の向こう側に立っていた。
相変わらず異常な速さだ。だがどういうわけか丸太は1本も壊れていない。
まさか失敗したのか?
「あ、あのー……師匠?」
俺がなんと声をかけていいかと苦笑しながらユウリを呼ぶと、ユウリがゆっくりと剣を背中の鞘へと納める。
その瞬間、それを合図としたように10本の丸太が一斉にバラバラになって崩れ去った。
頭の理解が追いつかず、俺は唖然とした顔でユウリとバラバラの木片になった丸太を何度も交互に見る。
よく見ておけも何も、早すぎて太刀筋も何も見えなかったのだが。
「何バカみてぇな顔してんだ、バカ雑魚。あいつの子孫なら、お前もこれくらいできるようになってもらうからな。」
澄ました顔で当たり前のようにそんな事を言うユウリ。
壁を1つ乗り越えたと思ったら、とんでもない断崖絶壁を目の当たりにした俺は、少し気が遠くなる。
いや、なんか……次元が違いすぎるっていうか。コレとライバルだった先代勇者って本当に人間だったのか?
「が、頑張ります……。」
俺は半笑いになりながら、目を伏せてそう返事をするしか無かった。
◆◆◆
俺が宿へと戻ると、下の食堂にはモニカがサカマタさんとシャルムと共に居た。
いつのまにかマジコールへと戻ってきていたらしい。
「シャルム!サカマタさん!えっ、いつのまに!?何で知らせてくれなかったんだよモニカ!」
2人と一緒に居たモニカに俺は問い詰める。
「いやぁだってメイちゃん頑張ってるみたいやし、邪魔すんのもなんや悪いなぁ思て。」
苦笑して頬を掻きながらそんな事を言うモニカ。
「久しぶりだな、メイ。……少し顔つきが変わったか?良い顔になったな。」
小さく笑って俺の頭を撫でてくれるサカマタさんに、俺は熱い物が込み上げそうになる。
しかしそこへシャルムが飛びついてきて、俺はそれをぐっと堪える。
「メイ!ボク、会いたかった。久しぶり、ハグする!」
その小さな体と大きな翼で、全力で俺を抱きしめ頬ずりしてくるシャルムを俺もそっと抱き返す。
「シャルム……。サカマタさんも!元気そうで良かった!」
俺はシャルムを抱きかかえたまま、サカマタさんへと笑顔を向ける。
それから2人の話を少し聞かせてもらった。
曰く、2人は同じところに飛ばされた後近くの街で連絡を受け、そこからここまで旅をして来たらしい。
道中で大型の獣と戦ったり、小さな村を山賊から救ったりとか、俺よりよっぽど勇者っぽい旅をしてきたようだ。
「モニカに聞いた所によれば、メイは今二刀流の修行をしているそうだな。成果の程はどうだ?」
サカマタさんが興味深そうに尋ねてくるので、俺は過酷な修行で今日もボロボロになった右手を見せる。
「……かなり頑張っているようだな。……ん?その人差し指の指輪は、某が渡した物か?」
俺の荒れた手を見て、目を細めるサカマタさんが唐突にそんな事を聞いてくる。
そういえばベレノに魔法をストックする指輪をもらった時に、右手人差し指に移し替えられてそのままだった。
「あ、はい。そうですけど……。……サカマタさん?」
素直にそう答えるが、何やらサカマタさんが少し考えるような顔をしてしまう。
右手につけているとダメだったりしただろうか。
「……あ、いや。なんでも無い。……気にしないでくれ。」
どこか歯切れの悪い返事をする、珍しいサカマタさん。
そこへ突然ユウリが顔を出してくる。
「なんだ雑魚。その指輪、そこの竜人に貰ったモンだったのか。」
サカマタさんを指差すユウリに対し少し失礼だとか考えるが、年齢的な話をすると多分ユウリの方が年上なのだろう。
突然出てきたユウリに、サカマタさんも少し驚いているようだ。
「竜人の指輪と言えばよ、確かつける指によって意味がかわるんだったか?んで、右手人差し指は確か……けっ」
ユウリが俺の右手をジロジロ見ながら何か言いかけた所で、突然サカマタさんがユウリの口を慌てて塞ぐ。
「き、貴女がメイの二刀流の師匠か!同じ剣の道を歩む者として是非とも話を伺いたい!どうかこちらに!」
もがもがと何か睨みつけながら文句を言うユウリを、サカマタさんはそのままどこかへ連れて行ってしまう。
なんだか今日のサカマタさんは様子がおかしい。長旅で疲れているんだろうか。
「メイ、師匠?怖い人?大丈夫?」
ひと目見てユウリが怖そうな人だと感じたらしいシャルムが、心配そうな顔で俺を見上げてくる。
俺は久しぶりにシャルムのふわふわ頭を撫でて、大丈夫と答える。
「ま、今日もとりあえずお疲れさん。モニカお姉ちゃんの回復魔法やで~。」
ケラケラと笑いながら、モニカは今日も俺へ回復魔法での治療を行ってくれる。本当に助かる。
さて、これで後揃っていないのはベレノだけなんだが……今頃どこに居るのだろうか。
マジコールの街から見える夜空の星を眺めながら、俺は静かにベレノの顔を思い浮かべた。




