第二十四話【師匠とクソ雑魚】
第二十四話【師匠とクソ雑魚】
突如として俺の目の前に現れた謎の眼帯少女ユウリ。
本人は先代勇者サン・デソルゾロットのパーティメンバーだったと名乗っているが、果たして本当なのだろうか。
「あのー……私、ちょっと今怪我してて……あんまり激しい動きは……。」
宿屋の裏手の空きスペースへと連れてこられた俺は、やる気満々で抜刀しているユウリへと苦笑いを向ける。
回復魔法で多少マシになっているとはいえ、普通に痛いのだが。
「はァ?俺が知るかよそんな事。お前、敵に殺されそうになってもそうやって言い訳すんのか?はぁ……呆れたな、本当にあいつの子孫か?」
ユウリは眉をひそめてそう言うと、再びため息をつく。
先代勇者はたとえ骨が折れていても絶対に敵を倒す狂戦士か何かだったんだろうか。
「一応は……それで、ええと……私はどうしたら?」
「決まってんだろ、掛かってこい。」
即答しながら挑発するように手を動かすユウリ。
俺は一応剣を抜くものの、良く知らない謎の少女相手にいきなり斬りかかれと言われて困ってしまう。
「5分やるよ。その間に俺に1回でも攻撃を当ててみろ。そしたらお前をあいつの子孫だって認めてやる。くれぐれも本気でやれよ?手なんか抜いたらぶっ殺すからな。」
鼻で笑うようにしながらそう言うユウリだが、そもそもこれはユウリが先代勇者のパーティメンバーだった事を証明する為の戦いでは無かったか?
いつのまにか立場が逆転している事に気がついたものの、ここで何か言えばまた足を蹴られかねない。
「いっけー!お兄ちゃん!そんなちんちくりんボコボコにしちゃえー!」
宙に浮遊している妹が、声援をかけてくれる。
「あぁ!?切り刻むぞてめぇ!!」
妹の言葉に反応したユウリがキレ散らかしているのを見て、俺は早く終わらせようと思う。
「本気で……よろしいんですのね?」
「おう、早くしろ。」
俺の最終確認にも即答するユウリを見て、俺は小さく息を吐くと剣を構える。
そして力強く踏み込めば、高速で刺突攻撃を繰り出す。
だがユウリの姿が一瞬にして消え、俺の攻撃は空を切る。
「……お前さぁ。俺の言った言葉の意味わかってる?」
いつのまにか俺の突き出した剣先へと器用に立っていたユウリが、俺の首へ青い剣の剣先を突きつけながら呆れたように問いかける。
迂闊に動けない。下手な動きをすればこのまま首を落とされかねない。
そんな緊張感から、俺は額に汗が滲み出る。
「片方の剣しか使わないなんて舐めプ……お前にゃ数百年早ぇんだよ!!」
ユウリは俺の肩を蹴っ飛ばし、その反動で後ろへ大きく跳躍する。
蹴られた俺は後ろへと仰け反り、激しい身体の痛みに苛まれながらもなんとかもう片方の剣を抜く。
決して舐めプをしていたわけでは無い。
跳躍したユウリが宿屋の外壁へと着地したかと思えば、また一瞬にして姿を消す。
「あ゛ッぐ……ッ!?」
そしてその次にユウリを認識した時には、俺は腹部へと拳を叩き込まれていた。
あの黒騎士にも似た尋常では無いデタラメな速さ。
攻撃されるまで気が付かなかった事を考えればもっと早いかも知れない。
俺は腹部を殴られた痛みに悶絶し、手にしていた剣を落とし後ろへと倒れる。
「全ッ然!ダメだな!そんな実力でデソルゾロット名乗ってんのは、許せねぇだろ……。」
失望したような目で俺を見下ろすユウリを見ながら、俺の意識は遠のいて行く。
「嘘……お兄ちゃん!お兄ちゃぁん!」
泣きそうな妹の俺を呼ぶ声が、響いていた。
◆◆◆
「お兄ちゃん……ぐすん……お兄ちゃぁん……。」
妹が泣いている声がする。
どうしたんだ、雪。兄ちゃんはここに居るぞ。
すぐに迎えに行って抱き上げてやらないと。
だって俺は雪のお兄ちゃん、だから……。
「あーもう!うるせェな!さっきからお兄ちゃんお兄ちゃんってよォ!だいたいそいつ女だろ?!頭おかしいのかテメーは!」
妹のすすり泣く声を掻き消すような怒号に、俺は驚いて目が覚める。
気がつけばそこはさっきの宿屋の部屋の中。
俺はどうやらユウリに殴られ気絶させられてしまったらしく、いつのまにかベッドに寝かされていた。
「頭おかしいのはあなたの方でしょ!?いきなりお兄ちゃんの事殺そうとしたりいじめたり!さっさと出て行ってよこのちんちくりん!!」
ユウリの怒号と同じくらいの声量で、妹が言い返している。
2人のそんな喚き声を聞きながら、俺はゆっくりと上体を起こす。
「んだとぉ!?幽霊だからって調子に乗りやがって!もういっぺん死ぬか!?あぁ!?」
ちんちくりん呼ばわりされブチギレたユウリが、部屋の中で剣を抜こうとする。
だがそんなユウリの手を誰かの手が制止する。
「はい、二人共。そこまでよ~。メイちゃんが起きちゃったわ?静かに、できるわね?」
ニッコリと笑いながら2人へと圧をかけているのは、リリヤだ。
妹とユウリは激しく睨みあった後、同時にそっぽを向く。
なんかこの2人、ベレノとモニカにちょっと似てるかもしれない。
「リリヤさん……どうしてここに?」
俺はそんな2人に苦笑いをしてから、塔に居たはずのリリヤがここに居る事を不思議に思い尋ねる。
「ユウリに呼ばれて来たのよ~。怪我人がいるって言って……それにしても驚いたわ。まさかユウリが生きてたなんて!人間って案外長生きなのね~。」
うふふ。と嬉しそうにユウリの方を見て笑うリリヤ。
絶対その人普通の人間じゃないと思いますけどね。角生えてるし。
「ハッ。相変わらずトロくせぇ喋り方だなリリヤ。ま~だお姉様の尻おっかけてんのか?」
変わらずの悪態でリリヤへ親しげな軽口を叩くユウリ。
この様子だと、本当にユウリはリリヤと同じ先代勇者のパーティメンバーだったのかもしれない。
「だめよぉ?ユウリ。そんな乱暴な言葉づかいは……。それよりメイちゃん、身体はどう?まだ痛むかしら?」
ユウリを窘めるように言うリリヤが、俺の方へと目を向けてくる。
そう言われると、不思議と気絶させられる前より痛みが全然マシに感じる。
さっきユウリに殴られたお腹の痛みなんて、もう殆ど残っていない。
「お兄ちゃんが寝てる間に、あのエルフのお姉さんが回復魔法かけてくれたんだよ。」
妹がリリヤを指差して、教えてくれる。
あれ、そういえば俺今フォクス・ライトの魔法を使っていないのに妹の姿が見えてないか?
「けっ。あの程度で気絶するなんざ、お前……軟弱すぎるだろ。」
俺の方をちらりと見てまた悪態をつくユウリに、静かに威嚇する妹。
「あはは……でもユウリさんがリリヤさんを呼びに行ってくれたんですのね?ありがとうございますわ。リリヤさんも、治療ありがとうございます。だいぶ痛みが楽になりましたわ……。」
倒れた原因は間違いなくユウリなのだが、そのおかげで結果的に肋の痛みも軽くなったので結果オーライという事にしておこう。
やはりリリヤのような高位魔法の使い手ともなると、回復魔法の効果量も違うのだろうか。
「ふん……そうしないといつまでもそのガキがギャーギャー喚いてうるせぇからだ。勘違いすんな。お前が気絶してようやく消えたと思ったら、自力で出てきやがって……ウザってぇ。」
横目で妹を睨みつけると、またそっぽを向くユウリ。
「……お兄ちゃん!私この人嫌いッ!」
「まぁまぁ落ち着いて……。」
ユウリを指差して、涙目で訴えかける妹を俺はなんとか宥める。
「……そうだわ、メイちゃん。あの時浮遊城で私が聞きたかった事、今なら教えてもらえるかしら?……その、妹さん?の事も。」
リリヤが思い出したように俺へと話を切り出してくる。
そういえば帰ったらちゃんと説明すると言ったような気がする。
「実は私……いや、俺は……。」
俺はリリヤとついでにユウリにも、俺と妹のこれまでの事を簡単に話した。
そして俺は今度こそ妹を救出するために、またあの浮遊城へ乗り込まなければならない事も。
初めは信じられないという顔をしていた2人だったが、次第になんとなく理解してくれたようだ。
「そうだったのねぇ……うんうん……ぐす。とっても感動的な話よね、ユウリ?」
俺と妹の話を聞いているうちに涙ぐみはじめ、ついには感動で泣き出してしまったリリヤがユウリへと同意を求める。
「俺に振るな。……にしても、兄が勇者で妹が魔王ねぇ……。偶然にしちゃ、ドラマチックすぎるよなァ……?」
眉をひそめながら俺と妹へと疑いの目を向けてくるユウリ。
俺だっていきなりこんな事言われたら、素直には信じられないだろう。
「しかも、こんな……クソ雑魚野郎がねぇ……。」
ジロジロと俺の顔をそのキツめな目つきで睨むように見てくるユウリに、俺は思わず目をそらす。
やっぱりこの人ちょっと怖い。身長は妹と変わらないくらいなのに。
「ま、話はわかった。お前が探してるっていう先代魔王のツノの場所も、俺は知ってる。」
ユウリの口から出た思いもよらぬ情報に、俺は驚きつつも期待の眼差しを向ける。
「だァが、てめーには教えてやんねー。」
俺を見て腹の立つ顔で嘲笑するユウリ。
まぁ、素直に教えてくれる人だとは思っていなかったが。
「ユウリはメイちゃんの顔がお姉様そっくりな事が気に入らないのよ……2人はとっても仲良しだったから。」
ヒソヒソと声をひそめて俺へとそう教えてくれるリリヤ。
「聞こえてんぞ!だァれが仲良しだと!?あいつと俺は最速の座を争う好敵手だッ!間違えんなリリヤ!」
ぎゃんぎゃんと吠えるユウリに、俺は苦笑するしか無い。
昔からこの人こんな感じなんだろうか。
それにしても魔王のツノの場所……か、いやまさか、な。
俺はユウリの頭に片方だけ生えた黒い角を見て、そんな事を少し考える。
「弱くてすいません……さっきも別にユウリさんの事を舐めてかかったわけじゃなくてですね……ただ単に俺、まだ二刀流の使い方がよくわかって無くてそれで……。」
自虐気味に謝罪をしながら、俺はまだまともに二刀流で戦えない事を告白する。
「はァ?じゃあ何のために剣2本も下げてんだ?馬鹿なのか?」
不可解そうな顔をするユウリに、俺は返す言葉が無くなってしまう。
最初は1本だったが、なんというか成り行きでこうなったとしか言えないからだ。
「チッ……はぁ~~~。……おいリリヤ、こいつの治療にあとどんくらいかかる?」
舌打ちをしたかと思えば、俺を指差してリリヤへそんな事を尋ね始めるユウリ。
「え?そうねぇ……安静にしてれば、5日くらいで運動はできるようになるかしら。」
「待て無ェ、3日で完治させろ。」
リリヤの返答に対し、ユウリはそんな無茶ぶりを要求してくる。
「……じゃあ、ちょっと痛いかもしれないけど3日でなんとか……。」
「良し!3日だ!」
俺の意思を聞かずに、何故か3日で治療を終えられる事になってしまった。
確かにすぐに動けるようになるに越したことはないのだが、何故ユウリはそんな事を言いだしたのだろうか。
待て、痛いかもしれない治療って何だ?
「喜べクソ雑魚。俺がお前を、あいつと同じくらいの二刀流に鍛え上げてやる。」
不気味な程ニコニコと笑って邪悪な笑みをチラつかせるユウリに、俺は震え上がる。
鍛えてくれるのはありがたいが、本当に大丈夫か?俺この人に殺されないか?
「お兄ちゃんは雑魚じゃないもん!」
「うるせェクソガキ!てめぇは黙ってろ!」
相変わらず妹とは犬猿の仲な様子のユウリに、俺は少し不安になってしまう。
◆◆◆
あれから3日後、怪我をしていた時よりも痛いのでは無いかというリリヤの激痛治療をなんとか乗り越えた俺は、無事に完治する事ができた。
散り散りになってしまった仲間達との連絡も、徐々に付き始めている。
幸いにも全員無事なようで、そう遠くない内に再集合する事ができそうだ。
そして俺はそれまで、ユウリに稽古をつけてもらう事になっているのだが……。
「おいクソ雑魚。お前が何故クソ雑魚なのかわかるか?」
ユウリが青い剣を抜き、俺へと突きつけながらそんな質問をしてくる。
リリヤに用意してもらった、それなりに広めな街の空きスペースにて俺は何故かユウリの前に正座をさせられていた。
何故と言われても……俺には何か特別秀でている事が無いからだろうか。
サカマタさんのような圧倒的パワーも、ベレノ達のような魔法の力も、このユウリや黒騎士のような素早さも無い。
「何もかも足りないから、でしょうか……?」
「なんだ、クソ雑魚の自覚はあるみてェだな。」
俺の回答を鼻で笑うユウリに、とても屈辱的な気分になる。
でも俺だって、サカマタさんに剣の修行をさせてもらったり、ベレノに魔法を習ったり頑張っているつもりだ。
「てめーに足りねェ物……それは、何が何でも相手をぶっ殺すっていう気持ちと、そして速さだ!」
そのツリ目を見開いて、俺へとそう説くユウリ。
何が何でも相手をぶっ殺す気持ちと速さ?
速さはまだわかるとしても、ぶっ殺す気持ちとは?
つまるところ殺意という事だろうか。
「はい、ユウリさん。質問が」
「師匠と呼べクソ雑魚。」
「はい師匠……。ぶっ殺す気持ちって、具体的にどういう物なんでしょうか?」
俺は小さく手を上げて、思い切って聞いてみる。
ちゃんと聞かないと多分この人は、体感で理解させようとするタイプだと感じたからだ。
「はァ?んなもん決まってんだろ、何が何でも殺す!絶対に殺す!って気合だよ気合。」
何言ってんだお前と言うような顔でユウリは俺を見下ろす。
ダメだ、全然わからない。誰か通訳を呼んできてくれ。
「……例えばよぉ。目の前に殺すべき敵が居たとして、そいつがまだこっちに気づいてねぇとする。そんでそいつに奇襲をしかけて、一方的にぶっ殺したとしたら、てめーはそれを卑怯だと思うか?」
青い剣を肩に担いだ状態で、俺へ目線の高さを合わせるようにしゃがみ込んだユウリが、そんな質問をしてくる。
奇襲を仕掛けて一方的に倒すのが卑怯かどうか?
それはもちろん卑怯だと言われても仕方がないだろう。
「それは、まぁ……あまり褒められた方法とは」
「甘ェんだよ!!」
俺が答えを言い切る前に、ユウリのビンタが俺の頬を打つ。いたい。
「ママゴトやってんじゃねぇ。戦いってのはよォ……命の奪い合いなんだぞ?勝った方が生き延び、負けた方は死ぬ。簡単な事だろ。」
眉をひそめながら俺を睨みつけるように語るユウリの言葉に、俺は少しサカマタさんの言っていた事を思い出す。
死なないためにはどうするべきかを、考えろと言う事か。
つまりこの人は『殺される前に殺す』をその圧倒的な速度と剣技を持つ自分と同じ様にやれと言っているんだろう。
そんなの、俺には到底……。
「……その面でそんな辛気臭え顔してんじゃねぇ!泣かすぞコラァ!!」
突然ブチギレたユウリが、俺の両頬を片手で鷲掴みにする。
やはりこの人は俺が先代にそっくりな事が、余程気に入らないらしい。
「お兄ちゃんをッ!いじめるなーッ!」
俺がユウリに稽古をつけてもらっている間は出てこないという約束をしていた妹が、堪えきれずに出てきてしまう。
ユウリへとひっかくように手を振り回す妹だが、当然妹の攻撃はユウリの身体をすり抜けて当たらない。
「チッ……ウゼェな……。おいクソ雑魚、なんでてめーの祖先……サン・デソルゾロットが最強の勇者なんて呼ばれてたか知ってるか?」
妹へと舌打ちをしながら俺を解放したユウリが、また質問を投げかけてくる。
そういえば先代は歴代の勇者の中でも最強だなんて話を誰かが言っていたような。
最強たる所以?それはもちろん文字通りに、最も強かったからでは無いのか。
「それはな、何が何でも敵を殺し勝利を掴み取るって化け物じみた執念があったからだ。あいつは今じゃ伝説の英雄扱いだが、実際は使える手は毒だろうが騙し討ちだろうが何でも使う、容赦なんて欠片も無ェ奴だったんだよ。」
ユウリの口から明かされる、先代の戦闘スタイルに俺は言葉を失う。
それじゃあとても勇者だなんて、呼べないじゃないか。
「そもそも勇者なんてのは、周りが勝手につけた称号だ。闇夜に紛れる暗殺者も、ヒトに仇なす敵を倒す英雄も、やってる事としちゃぁ何も変わらねえんだ。敵を殺す。絶対に殺す。必ず殺す。それだけだ。」
指折り数えて過激なワードを連呼するユウリに、俺はごくりと息を呑む。
「……てめェに、その覚悟があるか?メイ・デソルゾロット。」
俺の顎先を指で軽く持ち上げ、その薄い青の瞳で俺の瞳を覗き込むように見つめるユウリ。
覚悟。何が何でも敵を倒し、妹を救い出すという覚悟。
その為なら、俺は悪魔にだってなる。
「……俺は……例え勇者じゃなくても、妹を救いたい!その為に、強くなりたいッ!」
顎に触れていたユウリの細い手首を掴み、俺はそうユウリへ強く訴えかける。
「ハッ。ちったぁ良い顔できんじゃねぇか……。」
ユウリはそんな俺を見て、不敵に笑った。
◆◆◆
修行初日。
その日からユウリとの修行が始まった。
とは言え、サカマタさんのように剣の握り方や構え方から教えてくれるなんて生易しい物ではない。
朝から晩まで只管、マジコールの街全体を使ってユウリを相手にした追いかけっこ。
毎度毎度あと一歩の所で、容易くかわされカウンターキックを入れられる。
恐らくまだ、俺はユウリに舐められまくっている。
修行2日目。
もっと早くより確実に追いつけるルートを、走りながら考え始める。
装備を軽くすれば足は早くなるかも知れないが、それでは戦えない。
鎧と剣2本を装備した状態でユウリに追いつけなければ、話にならないだろう。
修行3日目。
ユウリを行き止まりへと追い込んだと思ったら、忍者のような壁キックで屋根の上へと逃げられた。
あまりに身軽すぎる。ちゃんと食べているのだろうかと逆に心配になってしまう。
俺は唖然とそれを見ているだけだったが、拘束魔法をロープ代わりにすれば追いかけられたかもしれない。
修行4日目。
ただ追いかけるのではなく、ユウリを足止めする手段を考える。
目眩ましや拘束魔法、俺が使える全ての技を試してみる。
その尽くを避けられてしまったが、ユウリは怒るどころか『そのクソ雑魚頭でもっと考えろ』と頭を撫でて褒めて(?)くれた。
修行5日目。
街の地図を良く読み、ユウリの通りそうなルートを先回り出来ないかと考える。
途中まではいつも通り追いかけ、目眩ましに失敗したふりをして黒煙に姿を隠し先回りをした。
ユウリは少し驚いた顔をしていたが、それでも捕まえることはできなかった。
修行6日目。
今日も只管ユウリと追いかけっこ。昼頃にモニカが合流した。行商人の馬車に乗せてもらって来たらしい。
幽霊になった妹を見て驚いていたが、意外とすんなりと打ち解けてくれたようだ。
今日も追いつけなかったが、1つ思いついた事がある。明日試してみよう。
修行7日目。
今日は朝早くに起きて、ユウリを捕まえるための罠をしかけてきた。
そのために朝から街の中を走り回ったが、なんだか前より足が速くなっている気がした。
朝食のために一旦宿へと戻ってくると、同じく朝食を食べに来たモニカと出くわした。
「ああメイちゃん。おはようさん。朝早うからどこ行ってたん?昨日も一日走り回ってたらしいし、大変やねぇ。」
相変わらずの糸目でケラケラと笑うモニカに、俺は少し安心感を覚える。
「おはようモニカ。ちょっと色々とな……。そういえば昨日は妹の相手をしててくれたみたいだけど、何か迷惑とかかけてないか?」
モニカへ挨拶を返して、昨日の晩妹とモニカが何かお喋りをしていたのを思い出し尋ねる。
「もー、ひどいなぁお兄ちゃん。私がそんな事するわけないじゃん。ねー、モニカさん?」
いつから居たのか、妹が急に姿を現して会話へと加わってくる。
相手が妹だとは分かっていても、急に出てこられるのはやはり心臓に悪い。
「せやせや、雪ちゃんめっちゃええ子やで。メイちゃんの色んな話も聞かせてもろたし……。」
くひひ。と下品な笑みを浮かべるモニカを見て、俺は妹へと静かに目を向ける。
いったいモニカに何を話したんだ、妹よ。
結局妹もモニカも話の内容については教えてくれなかった。
俺は朝食を終えると妹の相手をモニカに任せ、ユウリを部屋へと呼びに行く。
そういえばユウリが何かを食べているのを見たことが無い気がするが、一体いつ食事をしているのだろう。
「師匠ー。準備できまし、た……?」
俺がユウリの部屋の扉を開けると、ちょうどユウリが着替えの最中だった。
やばい。久しぶりにやらかした。
超高速で飛んでくる枕をギリギリで回避し、俺は追撃が来る前に素早くドアを閉める。
この反射神経も修行の賜物だろうか。
「すいません!すいません!何も見てませんから!」
扉の向こうから喚き散らしながら蹴りを入れているらしいユウリに対し、ドアを抑えながら俺はひたすらに謝罪する。
いや、本当。小さい背中しか見えなかったし。それ以外は何も。
……背中の半分ほどが黒く変色しているように見えたが、あれは何だっただろうか。
「……行くぞゴミカス。」
やがて明らかに不機嫌そうな顔で出てきたユウリに、クソ雑魚よりも酷い罵倒を浴びせられながら俺は外へと共に出る。
「……今日で7日か。いったいお前はいつになったら俺を捕まえられるんだ?あァ?ヨボヨボのババアになるまで続けるつもりか?」
さっきのやらかしもあって、いつも以上に俺への当たりが強いような気がするユウリ。
たしかにもう修行開始から一週間だ、そろそろ何らかの成果を見せなければヤバいかもしれない。
だが今日の俺には、朝早くから頑張って仕込んできた罠の秘策がある。
「今日こそは、捕まえてみせますよ。」
俺は自信たっぷりにそう言って、ユウリの方を見る。
「チッ。……おら、さっさと始めんぞ。321!ゼロッ!」
そんな俺に舌打ちをするなり、ハイペースなカウントダウンと共に逃走を開始するユウリ。
毎回最大のチャンスは、このスタート直後だ。
俺は即座に踏み込み、全力で手を伸ばしてユウリを捕まえようとする。
だがユウリもそんな事は理解しているため、ひょいっと身を捩って俺の手を回避する。
「くそっ……でもまだまだッ!」
今日も案の定スタートダッシュには失敗したが、チャンスはまだある。
俺はこれまでの経験を活かして、ユウリを追いかけながらも今朝罠を張ったポイントへと誘導していく。
「良し、ここを曲がれば……っ!」
拘束魔法を指輪へとストックし、ユウリを数日前と同じ行き止まりへと追い詰める。
「またここか。上手く誘導したつもりかもしれんが、学習能力の無い奴め!じゃァな!」
行き止まりに追い詰められたユウリは一度こっちを見て、そんな捨て台詞を吐くとぴょんぴょんと壁キックで壁を登り始める。
「どうでしょうね!スネークバインド!」
「ハッ。どこを狙ってる!」
俺の放った拘束魔法は当然ユウリへは当たらない。そもそも今回の狙いはユウリでは無いからだ。
屋上に予めセットしておいた木箱へと黒蛇が着弾した事を確認すると、俺は思い切り木箱を引っ張る。
すると木箱が傾き、中に入っていた大量のフルーツがユウリへと降り注ぐ。しかも皮の硬い奴だ。
「んな……ッ!?」
流石のユウリもこれは予想外だったらしく、フルーツの乱打を食らって勢いが空中で失速し落下。
いかに素早いユウリといえど、足場が無ければその速さも発揮できまい。
だがもちろん、着地を待っていてはまた逃げられる。
「チョークッ!」
俺は真っ直ぐに伸ばした黒蛇を、締め上げるときのように収縮させる事で、その反動で一気に移動ができる事を先日発見していた。
木箱に噛み付いた黒蛇を収縮させ、俺はユウリのいる空中へと勢いよく飛び出す。
そして精一杯に手を伸ばし、ユウリの身体へとタッチする。
「捕まえ、ったぁ!……あ。」
ふにっ。とした感触ではあったが、なんとか俺はユウリの身体へと触れる事に成功する。
しかし俺はその後の事を考えておらず、ユウリと無数のフルーツと共に自由落下してしまう形になる。
俺は咄嗟に空中でユウリを抱き寄せて赤子を抱えるようにすると、両足で地面へと着地する。
瞬間、ジーンとした痺れが俺の足を駆け巡る。
小学生の時にふざけてマンションの2階から飛び降り着地した時以来の感覚だ。
「痛っ……っあぁー!!」
数秒耐えてはみたものの結局立っている事ができず、俺は膝から崩れ落ちる。
それでもユウリを落っことしてしまわないように、腕だけは高く上げて。
「……いつまで抱き上げてんだこのバカッ!さっさと降ろせ!」
崩れ落ちた体勢のまま俺が痛みに悶絶していると、ユウリが俺の腕をバタバタと蹴る。
咄嗟に助けようとしてしまったけれど、別にこの人なら放っておいても大丈夫だったのでは。
今更な事を考えながら、ユウリを解放してゆっくりと身体を起こす。
「はぁ……ったく……こんなモン用意してやがったのか……。」
地面へと落ちてもなお壊れていない、硬い皮のフルーツをサッカーボールのように器用につま先へと乗せるユウリ。
事前準備があったとは言えユウリの言う、何をしてでも勝利するという先代の方向性的には間違っていないはずだ。
俺は期待の眼差しで、ユウリの方を見上げる。
「……ど、どうでしょうか。一応、言われたとおりにタッチして見せました、けれども……。」
少し不安になりながらも、俺はユウリへと合否の確認を取る。
こんな方法じゃダメだなんて、まさか言われないよな……?
するとユウリは、つま先に乗せたフルーツでリフティングを始める。
「そうだな……合格だよ雑魚ッ!」
キレ気味にそう言いながら、ユウリは俺めがけて唐突にフルーツを蹴り込んでくる。
「おわっ!?あ、危ないじゃないですか……!」
突然のシュートだったが、俺はなんとか反応しフルーツを両手で受け止める。
以前までの俺ならこのフルーツもあっけなくぶつけられていただろうが、今は反応し対処できる。
「これでクソ雑魚から雑魚にレベルアップだ。良かったなァ雑魚。明日からは実際に剣を使って扱く。覚悟しとけよ……!」
青い剣をすらりと抜いて軽く振るうと剣を肩に担ぎ、俺を見下ろしてニヤリと笑うユウリ。
これからますますハードになるであろうユウリの修行に、俺は小さく震えた。




