第二十三話【青の剣】
第二十三話【青の剣】
浮遊城へとカチコミをかけ、妹の救出成功まであと一歩という所で黒騎士の妨害を受けた俺達。
妹をさらった黒騎士を追って中庭へと向かい、途中合流した仲間達と共に死闘を繰り広げた。
だが俺の油断によって、状況は一気に最悪の方向へと傾いてしまった。
しかしその時現れた謎の光り輝く双剣使いによって窮地を脱し、俺達はリリヤの魔法によって光の中へと包み込まれた。
「……ちゃん……いちゃん……。」
誰かが俺を呼ぶ声が聞こえ、俺は意識を取り戻す。
どうやら俺はまた気を失ってしまっていたらしい。
この呼び方は、モニカもしくはリリヤだろうか。
俺がゆっくりと目を開くと、そこには高い夕暮れ空が見えた。
頬を草のような物がくすぐり、風に乗った草花の香りを感じる。
「っ……痛……。」
意識がはっきりとしてくると同時に、黒騎士からの回し蹴りをまともに食らった肋骨が激しく痛む。
そこを擦りながらゆっくりと身体を起こすと、そこはどこかもわからない草原の真ん中だった。
モニカかリリヤがいるなら、少し回復魔法をかけてほしい。
そう思って周囲を見渡すものの、俺以外に誰も見当たらない。
だったらさっき聞こえた声は、誰のだったんだ?
俺は剣を杖代わりになんとか立ち上がり、近くの岩へともたれかかる。
「どこだ、ここ……。」
周囲をキョロキョロと見回しながら、俺は状況を整理し始める。
黒騎士に勝ったと油断した俺が攻撃をモロにくらってダウンした後、謎の双剣使いが現れてそれから……。
ああ、そうだ。リリヤの使った魔法によって……俺はどこかに飛ばされた、のか?
緊急脱出的な魔法だったのだろうか。もしかしたら皆バラバラに飛ばされてしまったのかもしれない。
リリヤの魔法で、妹も一緒に脱出できていたら良いのだが。
「ああ……くそ……。」
妹を救出するまであと一歩の所だった事を思い出し、俺の目には悔しさの涙が溢れ出す。
俺があんな風に油断しなければ、今頃妹を助けられていたかも知れないのに。
強い無力感に打ちひしがれ、俺は膝を抱えて俯く。
「……いちゃん……お兄ちゃん……。」
ああほら、悔しすぎて妹の声の幻聴まで聞こえて来た。
ごめん、雪。頼りない兄ちゃんで、本当にごめん。
「お兄ちゃん……聞こえてないのかな?おーい、お兄ちゃーん!」
突然耳元で聞こえた気がする妹の大きな声に驚いて、俺は思わず顔を上げる。
まさかリリヤの魔法で一緒に脱出できたのか?
「雪……?どこにいるんだ……?!」
俺は慌てて周囲を見回すが、やはりそれらしき人影はどこにもない。
「お兄ちゃん、私はここだよ!……見えてない?あ、そっか私今幽霊みたいな状態だから……?」
呼びかけに応える妹らしき声が、そんな事を言う。
そこで俺はハッとベレノに習った魔法の存在を思い出す。
もし妹が幽霊のような状態ならばもしかして。
「ふぉ……フォクス・ライト!」
俺の手のひらへと青白い炎が灯り、薄暗くなりかけて来ていた周囲を明るく照らす。
それと同時に俺のすぐ側にいたらしい、妹の姿を映し出した。
「雪ッ!一緒に脱出……できたわけではない、のか……?」
お化けが居るという恐怖より妹が居るという喜びが勝った俺は、妹の姿をしっかりと確認する。
だがやはりその姿はどこか薄ぼんやりとしており、身体の向こう側の景色が透けて見えていた。
妹が幽霊になってしまっている。という事はまさか、そんな。妹が死……。
そんな最悪なことを考え始めた途端、一気に血の気が引いて青ざめ俺は倒れそうになる。
「わ、わ!待ってお兄ちゃん落ち着いて!私まだ生きてるから!ほら、しっかりして!ってああ、やっぱり触れないか……。」
慌てた様子で俺の肩を揺らそうとする妹の手が、俺の身体をすり抜ける。
「生きてる……?本当に……?嘘じゃないよな……?」
不安と期待と何やらで震え、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、俺は妹へと問いかける。
まだこの妹の幽霊がおかしくなった俺の幻覚や幻聴でないという保証は無いのだ。
「うわ……そんなぐちゃぐちゃの顔してるお兄ちゃん見たの、昔行ったお化け屋敷以来かも……。」
ちょっと引いた様子で笑う妹に、俺は慌ててハンカチで顔を拭う。
そのおかげもあってか少し冷静になれた俺は、改めて妹の方へと目を向ける。
「どういう事なんだ?他の皆はどこに?雪、何か知らないか?」
俺は矢継ぎ早に妹へと質問をすると、妹も少し悩むような顔をする。
「んーと、私の身体は多分まだあのお城にあって……でも、お兄ちゃんに会いたい!って強く願ってたら、いつのまにかここに居た……っていうか……なんていうか、幽体離脱?」
自分でもいまいち良く分かっていない様子の妹が、ふよふよと宙に浮きながら半笑いで説明してくれる。かわいい。
「で、他の女の人達は知らなーい。」
どこか拗ねたような態度でそう答える妹。
やはりバラバラになってしまったと考えたほうが自然か。
「じゃ、じゃあ……ここがどこかとかは……わからない、よな……。」
ほんの少しの期待を込めて妹へと聞いてみるが、妹は肩をすくめて首を横に振る。
そうこうしている内にも日は落ちてきている、とにかく現在地を特定するためにもどこか街や村に寄れれば良いのだが。
「暗くなってきちゃったねー。……あ、お兄ちゃん暗い所怖いんだっけ?大丈夫?私が守ってあげよっか?」
ニヤニヤとした悪戯っぽい笑みを浮かべながら、妹は俺の周囲をふよふよ飛び回る。
是非ともそうしてもらいたいが、ここではいそうですと素直に言えるほどお兄ちゃんは情けなくない。多分。
「だ、大丈夫だよ……とにかくどこか人のいる所へ行こう。夜に出歩くのは危ないけど、ここでじっとしてても仕方無いからな。」
まだ痛む身体を擦りながら、俺は草原を移動し始める。
幸いなことにこの青白い炎のおかげで、周囲の視界は確保できていた。
「ふーん……そっか。じゃあそれまではお兄ちゃんと2人きりだね……。」
妹が俺の首へと腕を回し、しがみつくようにしながら耳元でそう囁く。
こんなに近くにいるのに妹の温もりや重さが感じられないのは少し残念だが、こうして落ち着いて話せるのは随分と久しぶりだ。
「ジーニアさんから聞いたよ。あの後、俺にもう一度会いに来てくれようとしてたんだって?」
初めてジーニアに出会った時に、そう聞かされたのを思い出して俺は妹へと確認するように問いかける。
あの報告があったからこそ、俺はこんな所まで来れたのだと思う。
「ん……まぁね。」
妹はどこか照れたようにそう答える。
結果的にそれはこんな形での再会になってしまったが、とにかく妹と久しぶりに話せて嬉しい。
「……こんな……雪の知らない別人になってしまった俺でも、お兄ちゃんと認めてくれるのか?」
この質問をすべきか少し迷ったが、俺はゆっくりと口を開いて恐る恐る聞いてみる。
「……ふっ。あはは!なにそれ、そんなの……当たり前じゃん。例えお兄ちゃんが女の子になっちゃっても……私にとってのお兄ちゃんはココに居るお兄ちゃんだけだよ……。」
少し笑って、妹は俺の胸を指差す。
例え身体が別人になったとしても、魂は変わらないと言うように。
「……でも、正直言って私も……最初は受け入れられなかったの。お兄ちゃんが女の子になっちゃったのがすごくショックで……それに……。」
妹は少し目を伏せて、どこか言いづらそうに語る。
「それに?」
俺は少し足を止めて、妹へと問い返す。
「……んーん、何でも無い。……あーでもそっか、お兄ちゃん女の子になっちゃったんだよね。じゃあ、私がお兄ちゃんをお嫁さんにもらっちゃおうかな!なんて……。」
また悪戯っぽく笑ってそんな事を言う妹に、俺も思わず笑いだしてしまう。
「ふふっ。小さい頃、雪は『私お兄ちゃんと結婚する!』って良く言ってたもんな。」
妹の言葉にそんな古い記憶を思い出し、懐かしむ。
「っ覚えてたんだ、そんなコト……。」
ふよふよと俺から少し離れ、恥ずかしげに目をそらす妹。
「当たり前だろ。雪との大切な思い出、俺が忘れるわけ無いだろ?」
俺はニッと笑って、妹へ親指を立てる。
するとその直後に強い風が吹き、草原がざわざわと揺れる。
「……、……私は本気だったけどね。」
そのざわめきの中、妹が何かを言っていたような気がした。
◆◆◆
あれから数時間ほど歩いただろうか。
あたりはすっかり夜になってしまっていたが、俺は遠くに見えた明かりを見つけ何とか小さな街へと辿り着く事ができた。
残念ながら通信魔法装置は置いていなかったが、幸いにも病院があったのでそこで軽く治療を受けさせてもらった。
診察の結果、やはり骨が何本か折れていたらしい。そりゃ痛いわけだ。妹の前で無ければ泣き喚いていたかもしれない。
しかし回復魔法というのは凄い物で、前の世界なら全治何ヶ月もかかるような怪我もその半分以下の時間で治せてしまうらしい。
つくづくそんな便利な回復魔法がある世界で良かったと思った。
「はぁ……さて……どうするかなぁ……。」
なんとか滑り込んだ宿屋の一人部屋。その部屋のベッドの上で俺は寝転がりながら、ぼんやりと天井を見つめる。
病院のお医者さんに軽く話を聞いて、今自分がどこに居るのかはおおよそ把握ができた。
ここは俺達が出発したマジコールの街から西に20km程の位置にある小さな街らしい。
そのくらいの距離ならば、歩いて戻ることができるだろう。
まずはマジコールに戻って、それから仲間の安否を確認するために連絡を……と考えていたら首筋にひやっとした感覚を覚え、俺は驚いて飛び起きる。
「ひゃっ……痛ッ!?」
急に身体を動かしたせいで、肋が激しく痛む。
お医者さんにも安静にしろと言われたばかりなのだが。
「雪……フォクス・ライト。」
街の中でまで明かりをつけ続けているのは怪しまれると思い、一旦消していた青白い炎をもう一度つける。
今のはおそらく、妹の悪戯だろうと思ったからだ。
「にひひ、バレちゃった?」
妹が笑いながら、ベッドをすり抜けて中から出てくる。
すっかり幽霊の体に順応してるなこいつは。
「バレちゃった?じゃないよまったく……兄ちゃんもう今日は寝るからな。雪も……雪も明日に備えて休むんだぞ。」
呆れて小さく息を漏らし、そんな妹の頭を撫でようとして触れられない事を思い出し手を引っ込める。
やっぱり、触れられないのは少し寂しい。
「ん……おやすみお兄ちゃん。」
そんな俺の行動に、妹もどこか寂しそうな顔をしている。
そうして俺は再びベッドに横になり、疲れもあってかすぐに眠りに落ちた。
「……好きだよ……お兄ちゃん。……っ。」
◆◆◆
翌朝。俺は少しの食料を買って、マジコールの街を目指し出発した。
問題なく進めれば、昼過ぎには街へと到着することができるだろうか。
「ふわぁ……お兄ちゃんおはよ……。」
少し歩いた所で妹のそんな眠たげな声が聞こえ、俺はすぐにフォクス・ライトを唱える。
自分の意思で使うことは無いだろうと思っていたこの呪文だが、まさかこんな形で何度も使うことになるとは。
「おはよう雪。よく眠れたか?」
姿が可視化された妹が、大きな欠伸をしながら俺の前に浮遊している。
幽霊の状態でも眠ったりするものなのだろうか。
「うーん……ずっとお兄ちゃんの寝顔見てたら、ちょっと寝るタイミング逃しちゃったかも……。」
むにゃむにゃとした声でそんな事を言う妹に、俺は少し苦笑する。
別に俺の寝顔なんて見たところで何も面白くは無いだろうに。
「じゃあマジコールにつくまで、少し眠るか?」
俺はそう妹へ提案するが、妹は首を横に振る。
「お兄ちゃんともっとお話したいから……起きてる……。」
そんな雪の言葉に俺はぐっと熱いものが込み上げそうになる。
「……そうか。じゃあ何から話そうか?」
俺も妹には色々と聞きたいことがあったので、この機会にお互いのことを話した。
こっちの世界にどうやって来たのか、来てから何をしていたのか。
そうして妹の話を一通り聞き終わった頃、俺はまた泣いていた。
「ぐす……そうか、20年以上も俺は雪を一人ぼっちに……すまん、雪……。」
雪がジーニアによってこちらの世界へと呼ばれて5年、そこから俺が死んでメイとして転生し、俺の記憶を取り戻すまで17年。
そしてこうして再会するまでに約1年。合わせて二十数年もの間、妹は俺に会いたがっていたんだ。
「ほらまたすぐ泣く……これじゃあどっちが年上かわかんないね?お兄ちゃん♪」
にひひと笑って宙を楽しげに泳ぐ妹の笑顔に、俺もつられて笑ってしまう。
ん?つまり俺と違ってそのままこっちへ来た妹は今、当時12歳だったと考えてそこに20年以上……。
いや、妹が何歳だろうと関係ない。俺にとってはいつまでも可愛い妹だ。
「……俺はこんな姿になってしまったけど、雪はあんまり変わってないな。いや、髪色や目の色は全然違うんだけどさ。」
そう言って俺は無意識に妹の髪を撫でようとして手を伸ばす。しかしやはり触れることはできない。
「うん、これもじいが私に使った禁術?の副作用なんだって。だから私はずーっとこの姿のままかも……大人な姿の私も、お兄ちゃんに見せたかったな……。」
妹は俺の伸ばした手へそっと顔を寄せて、頬ずりをするようにする。
実体が無くひやりとしか感じられない妹の頬の感触が、とても切なく感じられる。
「良いんだ。雪がどんな姿でも、元気でさえ居てくれれば俺はそれで……。」
俺は小さく拳を握るようにしてその手を引っ込め、妹へと微笑む。
「お兄ちゃん……ふふ。そうだね。あんまり大きくなりすぎちゃったら、お兄ちゃんに抱っこしてもらえなくなっちゃうもんね?」
照れたように笑う妹に、俺は愛しさが爆発しそうになる。
可愛すぎるだろ。俺の妹。
「お、俺はたとえ雪が身長2mくらいになったとしても……必ず抱っこしてみせる!」
照れ隠しのように小さくガッツポーズをしながら、俺は妹へと高らかに宣言する。
「ふっ!ふふ……!あははっ!2mって……!極端すぎ……っ!」
俺の発言がそんなに面白かったのか、妹は腹を抱えて笑い宙をくるくると回る。
そんな変なことを言ったつもりは無いのだが。兄ちゃんは本気だぞ?
「女の子の姿になっても、お兄ちゃんはお兄ちゃんだね……。」
目を細める様にして、妹はどこか嬉しそうに俺の方を見つめる。
「ん?そんなの当たり前だろ?」
妹のいまいち意味の伝わらない発言に、俺は小首を傾げる。
「……そういえばお兄ちゃんの仲間の人達って、みーんな女の人だけど……それって何でなの?」
しばらく笑っていた妹が、ふと思い出したように俺へと尋ねてくる。
そう言われればそうだが別に意図して女性ばかりを集めたわけではないんだ。
本当になんでこうも女性ばかりなんだ?偶然にしてももう少しこう……。
「何でって言われても……たまたま?でも皆俺が元男だって事知ってるし、ちゃんと着替えだって風呂だって別だから、安心してくれ!兄ちゃんはそんな邪な人間じゃないからな!」
俺は再びニッと笑って、妹へと親指を立てる。
その辺のリテラシーはちゃんとしている、つもりだ。
「ふぅん……そうなんだ。知ってるんだ……。」
だが妹は俺の説明にどこか納得行って無さそうに唇を尖らせている。
やはり、信じてもらえていないのだろうか。
「じゃあさ……近いうちに私と一緒にお風呂入ろうよ、お兄ちゃん。昔みたいに2人でさ。」
唐突にそんな事を言い出す妹に、俺は思わず吹き出しそうになる。
「え、ええ?いやそりゃ、小学生の時くらいまでは一緒に入ってたけど……流石にそれはもう……。」
苦笑しながら、なんとか笑って誤魔化そうとする俺の眼前へと妹の不機嫌そうな顔が迫る。
「嫌なんだ……私のお願い、もう聞いてくれないんだ……。」
拗ねたように頬を膨らまし涙目になる妹の表情に、俺は罪悪感で滅多刺しにされる。
その顔は、反則だろう。
思えば妹は昔から俺におねだりをしてそれが上手く通らなかった時、こんな顔をしていた。
「う、うぐ……わ、わかった!1回だけ、1回だけなら一緒に入ろう。それで……いいか?」
妹にとっては20数年ぶりの再会という事もあって、ここは多少のわがままは許してやるべきだろう。
それに今の俺は女の子、女の子同士で風呂に入っても何も問題は無い。無いんだ。
そんなダブスタのような言い訳で自分へと俺は言い聞かせる。
「……にひひっ。約束だよ、お兄ちゃん?」
パッと泣き止んだ妹が、そう言って右手の小指を伸ばしてくる。
俺と妹が何か約束をする時によくやっていた、指切りだ。
「あ、ああ……約束な。」
今は触れ合うことはできないが、それでも形だけでもと指を合わせて切る。
そんな調子で、マジコールまでの道中妹に様々なおねだりをされる度に俺は何度も指切りをした。
◆◆◆
あれから5時間ほど歩き続けた末に、俺はようやくマジコールの街へと戻ってくる事ができた。
「はぁ……やっっっと帰ってこれた……。」
俺は街へ入った途端に疲労が一気に押し寄せ、街の入口でへたり込んでしまう。
「お疲れ様、お兄ちゃん。わぁ……すっごい街だね。人がいっぱい飛んでる……。」
初めて見るであろうマジコールの街の光景に目をキラキラと輝かせている妹を見て、少し笑う。
だけどここでへばっている場合じゃない。一刻も早く仲間たちと連絡を取らなければいけない。
少しふらつく足で、俺はリリヤと出会った街の中央の塔へと向かった。
「……すみません、リリヤさんはいらっしゃいます、……か?」
塔の入口の扉を開け中を覗こうとした瞬間、俺の視界は肌色で柔らかい何かに覆われてしまう。
「……メイちゃんっ!!無事だったのね~!!良かったわ!お姉さんとっても心配したんだから……!!」
そう言って力いっぱいに抱きしめてくるこの声は、リリヤだ。
溜まった疲労感から、一瞬その温もりに微睡んでしまいそうになる。
「っあぶない……リリヤさん。他の皆は?あの時どうなったんですか?」
俺はなんとかその温もりから脱出し、リリヤに状況を尋ねる。
「あ、うん、そうね……ええと、あの時……私が緊急脱出の魔法を使ったんだけど……。」
そうしてリリヤはあの時起こった事と、その後の事を話し始める。
曰く、あの黒騎士に勝つことは俺達では難しいと判断したリリヤが緊急脱出の転移魔法を発動し俺達を逃してくれたらしい。
だがその時に何らかの影響、おそらくはあの場に居た黒騎士の影響を受けて正常に魔法が発動できず皆バラバラに転移してしまった可能性が高いそうだ。
俺と同じ様に独りで飛ばされてしまったリリヤは、急ぎここマジコールへと転移魔法で戻り俺達を探しもの魔法で探していたのだという。
そして先程俺が街へ入ってきたことを確認し、入口すぐ側で待っていた、と。
「あの子達の特徴と一緒に、各街に緊急の人探しを依頼してはいるのだけれど……今のところ戻ってきたのは、メイちゃんだけよ。」
おろおろと狼狽えながら、小さくごめんねと繰り返すリリヤを俺は宥める。
「そうでしたか……わかりました、ありがとうございます。」
リリヤの説明を聞いて、俺は少し考える。
やはり皆バラバラになってしまっていたか。
俺はどうすべきだろうか?ここで仲間が来るのを待つ?
それとも自らの足で探しに行くべきか。
「とりあえず、メイちゃんも怪我をしているでしょうし治療を受けて今はひとまず安静に……。」
心配そうな顔で俺を見つめるリリヤに、俺は軽く自分の肋を撫でる。
やはりまだ少し痛む。ここは無理をせずに仲間探しはリリヤに任せるべきだろうか。
折角仲間が見つかっても、俺が動けないのであれば意味がない。
「そう、ですね……じゃあ、お言葉に甘えて少し休ませてもらいます。でも皆の場所がわかったら、すぐに教えて下さいね。」
そうして俺はリリヤに紹介された宿へと泊まる事になり、宿屋へと移動し始める。
「……お兄ちゃん。さっきのエルフの人に抱きつかれて、ちょっとデレデレしてなかった?」
フォクス・ライトを使用していないため姿の見えない妹が、俺の耳元で囁くように聞いてくる。
「し、してないよ……。ちょっと温かいなとは思ったけど……。」
俺は小さな声で妹へと返答する。
顔は見えないが、妹が不満げな顔をしている気がする。
「それより、ただ寝て待ってるだけじゃなくて今のうちに俺にできる事をやっておこうと思う……例えば、触媒についての情報をもう一度調べるとか。」
「触媒?」
この反応を見るに、どうやら妹は触媒については知らないらしい。
折角なので俺は妹へと先代魔王復活のための儀式と、それに必要な触媒についての説明をした。
「……っていう、事なんだが。知ってたか?」
「ぜーんぜん。」
一通りの説明を終えて、妹に再確認を取るがやはり知らなかったようだ。
そりゃわざわざこれから生贄にする相手にそんな事説明しないよな。
だいたい、説明は負けフラグって良く言うし。
「なんかこう、同じ魔王として魔王の角の波動を感じるとか……無いか?」
俺は冗談のつもりで、妹へとそう聞いてみる。
「え?うーん……うーん……あ、なんか感じるかも……それもすぐ近くに……お兄ちゃんの、すぐ後ろ?」
しばらく唸っていた妹が唐突にそんな怖いことを言うので、俺は咄嗟に後ろを振り返る。
「……。」
するとそこには、身長140cm程の白いショートヘアの女の子が居た。
女の子は左目に黒い眼帯をつけていて、薄い青の瞳をしている。
その眼帯少女が突然後ろを振り返った俺を見て、ニヤリと笑う。
えっ、何。こわい。
「お前、魔王のツノについて調べているらしいな?」
その眼帯少女は唐突に、俺へとそんな質問を投げかけてくる。
何故知っている。いや、今の妹との会話を聞かれていた?
だとしたら何故俺の会話なんて盗聴して。
そう色々考えてしまって、答えあぐねていると突然眼帯少女が俺の足へとローキックをかましてきた。
「痛っ!?」
俺は足を抑えてぴょんぴょんと跳ね回る。
いきなり何をするんだこの子は。
「返事がおせェーんだよ!俺はトロい奴は嫌いだ。ムカつく顔しやがって。」
そう言って俺へ嘲笑するような目を向けてくる眼帯少女。
だからっていきなりローキックしなくても……。
「この……ッ!お兄ちゃんをいじめるな!!」
妹の怒りに満ちた声が響く。
「あ?何だ?」
どうやら眼帯少女にも妹の声は聞こえたようで、周囲をキョロキョロと探している。
「さ、探してたらどうだって言う、のかしら?」
このままでは妹にまで危害を加えられかねないと考え、俺は誤魔化すように眼帯少女へと問い返す。
「そりゃぁお前……殺すしかないよな。」
不敵に笑うと、その背に背負った青い剣をすらりと抜く眼帯少女。
「っ!?」
眼帯少女から放たれた殺気に、俺は咄嗟に腰の剣へと手をかける。
本気か?こんな小さい少女が?でもどう見ても只者には見えない。
「反応がおせぇ……はぁー……一緒なのは顔だけか……ムカつくぜ……。萎えた。」
俺の反応を見るなり大きなため息を付いたかと思えば、眼帯少女はそんな事を言って剣を納める。
そんな眼帯少女の頭部をよく見れば、黒い角のようなものが眼帯と同じ左側にだけ生えている。
だが少女はそれ以外は普通の人間と変わらないようで、魔族や竜人族には見えない。
「さっきから何なのこの子!すっごくムカつくんだけど!」
そんな傍若無人な態度を取る眼帯少女へ、妹が我慢できずに声を上げる。
ダメだこのままでは喧嘩になる。一旦妹を落ち着かせないと。
「……ハッ。何だ、面白いモン連れてんなお前。」
そう言って眼帯少女が眼帯を少し指でずらすと、赤い瞳と白黒が反転したような黒い白目が覗く。
どうやらその不思議な瞳で、妹の姿を認識したようだ。
「……フォクス・ライト。」
眼帯少女が妹の姿を認識しているなら、もう隠す意味も無いかと思い俺は呪文を唱える。
すると妹の姿が可視化され、眼帯少女の目の前でべろべろばーをしている妹の姿が見える。
「チッ……鬱陶しい……。」
小さく舌打ちをした眼帯少女は、虫でもはらうように手を動かす。
何なんだこの子は。
「あの……あなたは一体何者なんですの?いきなり突っかかってきて……失礼じゃありませんこと?」
悪態をつく眼帯少女に対し、俺は毅然とした態度でそう詰め寄る。
「俺は……あー、なんだ。ここじゃ人目につく、来い。」
もはや今更だと思うが。眼帯少女はそう言って俺の手を引き、丁度俺達が向かおうとしていた宿屋へと俺を連れ込む。
「おら、部屋取れ。」
眼帯少女は俺の足首を軽く小突きながら、受付を済ませるように促す。
俺は一旦言い返すのを我慢してひとまず宿の部屋を取り、部屋へと移動する。
「ちょっと、お兄ちゃんをこんなトコに連れ込んで何するつもり?!ちびっこのくせに!」
部屋に入るなり、妹が眼帯少女へ向けてしゃーっと威嚇するように叫ぶ。
「あぁ!?誰がちびだと!?このガキ!」
それに対し即座に応戦する眼帯少女。
ああ、このパターンは……。
「私はガキじゃないもん!アンタのほうがガキでしょ!?ね!お兄ちゃん!」
また妹がすぐに言い返して、俺を味方につけようとこちらへパスを回してくる。
「二人共、そこまで。」
冷静に2人の間に割って入り、俺は双方を宥める。
それでもなおガルガルと威嚇し合う2人を見て、俺は少し頭が痛くなる。
「それで……お嬢ちゃん?お名前は?」
俺はついつい小さな眼帯少女へ、子供に対して接するように話しかけてしまう。
だがそれがまた彼女の地雷を踏んだらしい。
「俺をガキ扱いすんなッ!年上だぞッ!敬えクソガキッ!」
そう言って俺のスネを2回も蹴ってくる眼帯少女。
だめだ、こらえろ俺。
「ん、んん……失礼。では改めてお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
なるべく子供扱いしてしまわないように聞き方に気をつけながら、再度名前を尋ねる。
「ハッ。最初からそうしろ……俺の名前はユウリ。ユウリ・アミザーデ。てめーの先祖、サン・デソルゾロットのパーティメンバーにして最強最速の剣士だ。わかったか?クソガキ。」
またも嘲笑するようにして俺へとそう素敵な自己紹介をしてくれるユウリ。
この子が先代のパーティメンバー??冗談だろう???
見た所リリヤのようなエルフでも無いようだし、角や目を見るに普通の人間では無さそうだが、正直とてもそうは見えない。
「ええと、ユウリさんはその……おいくつでいらっしゃいますか?」
引きつった笑みを浮かべながら、俺はユウリへと年齢を尋ねる。
「歳ィ?んなもん数えてねーよ……何の意味も無ぇ。ああでも確かサンの奴は俺の1個上だったか……?だからそんくらいだよ。」
結局何歳なのかが全くわからない返事をされてしまい、俺は困ってしまう。
「えーと……申し訳無いのですが、それではとてもはいそうですかと信じるわけには……。」
そんな苦笑を続ける俺へ、ユウリが突然左手の甲を見せてくる。
見ればそこには、俺と同じ勇者の紋章が刻まれている。
「なにそれ。タトゥーシール?イキっちゃってまぁ~。」
ぷぷぷ。と紋章を知らないらしい妹がユウリを馬鹿にしたように笑う。
やめてくれ雪。頼む、静かに。
「勇者の紋章……ですね。……ですがやはりそれだけでは。」
俺は静かにしなさいと妹の唇へと人差し指を当てるようにしてから、ユウリへとそう答える。
勇者は一つの時代に一人ではない。現に討伐隊として集められた中にも、幾人もの勇者が居た。
「チッ!めんどくせぇな!じゃあ外出ろ!そのムカつく面、涙でぐちゃぐちゃにしてやるよ!!」
そう言ってユウリは突然キレ、2本の青い剣を抜いて俺へと向けてくる。
「いいよお兄ちゃん!こんな生意気なガキ、わからせちゃえ!」
そんな風に後ろから囃し立ててくる妹の声を聞きながら、俺は小さくため息を付いてユウリと共に外へと向かった。
俺今普通に肋骨折れてて重症なんだが?




