第二十ニ話【浮遊城での死闘】
第二十ニ話【浮遊城での死闘】
魔法都市マジコールへと到着した俺達は、そこで先代勇者のパーティメンバーだったと思わしきエルフの女性、リリヤと出会った。
そしてリリヤの探しもの魔法の力によって、ついに俺達は妹が囚われている浮遊城の場所を特定する事に成功する。
浮遊城への侵入方法について悩んでいた俺達へリリヤが良い案があると言うので、渡りに船と思い俺達はその案に乗ることになった、のだが。
「……あの、リリヤさん。これ本当に大丈夫なんですの?」
俺達は今、リリヤが塔の頂上へ用意した巨大な大砲のような装置の中に居た。
リリヤを含め全員で手を繋ぎ、輪のように連なっている。
「大丈夫よぉ。10km先までは試したことがあるわ。」
リリヤはニコニコと笑いながら大丈夫だと言う。
ちょっと待て、浮遊城は確か15km先と言っていなかったか?
「座標確認OK!弾道計算良し!いつでも発射できます!」
外から別のエルフ女性のそんな声が聞こえてくる。
今やっぱり発射って言ったか?
大砲の形をした転送装置とかではなく、本当に大砲なんだな?これ。
「はぁ~い。じゃあカウント20で発射お願いねー。あ、一応バリアの魔法でバラバラにならないようにはしてあるけど……念のため、皆でしっかり手を繋いでいてね。」
発射の直前になって、そんな事を言い始めるリリヤ。
俺達はお互いの顔を確認すると、しっかりと再度手を握り合う。
「ウチ大砲で吹っ飛ばされるんは生まれて初めてやわぁ。」
相変わらずの調子で呑気にケラケラと笑うモニカ。
「某も流石に大砲で空を飛ぶのは初めてだ。」
そう言いながらも落ち着いた様子でどっしりと構えているサカマタさん。
「空、飛ぶ。気持ちいい。皆、飛ぶ!」
サカマタさんの腕にしっかりと掴まりながら、楽しそうに笑うシャルム。
「……ビビりすぎて漏らさないでくださいよ。」
俺の左手をしっかりと握りながら、腰へ尻尾を巻き付けているベレノ。
やはりこの状況にはベレノも緊張しているのか、少し尻尾の先が震えている。
発射のカウントが0に近づくに連れて、足元の魔法陣が青く輝き始める。
「善処します……。」
苦笑しながら俺はベレノにそう答える。
その直後に鳴り響く爆発音と身体に伝わる強めの衝撃。
怯んで目を閉じてしまった俺が恐る恐る目を開けると、そこは既に空の上だった。
「すご……っていうか早っ!?高っ!?」
よせばいいのに俺は下を見てしまい、高速で流れ行く景色を見て震え上がってしまう。
さっきまで居たマジコールの街がもうあんなに遠くなっている。
今は存在しないはずの何かが、ひゅんとした気がした。
「うふふ。すごいでしょ~?転移魔法で行けない場所へ人や物を運ぶために作られた装置なんだけど……ちょっと色々問題があって、あまり実用化されていないの。」
飛行中にリリヤがそんな不穏な事を口走り、俺は急に不安になってくる。
俺達の前方には白く輝くバリアのような物が展開されており、俺達を風などから守ってくれている。
と思っていたら、そのバリアが明滅を始めてしまう。
それに伴いグラグラと揺れ、飛行が不安定になり始める。
「……も、問題とは?」
俺は嫌な予感がしながらも、リリヤへとその問題の内容を尋ねてみる。
「飛行距離が10kmを越えると、防護用のバリア魔法が不安定になる事かしら。……あらやだ、もう壊れちゃいそうなの?」
そう説明しながら明滅するバリアに気がついたリリヤが、あら大変みたいなリアクションをする。
そんな呑気なリアクションをしている場合では無いのでは!?
「リリヤさん!?大丈夫って言いましたよね!?」
大量の冷や汗をかきながら焦る俺をよそに、リリヤは何やら呪文の詠唱を始める。
本当に大丈夫なのかこの人は。
そうこうしている内に前方のバリアへと大きな亀裂が走り、今にも砕けてしまいそうになる。
やがてガラスが割れるような音と共に、バリアが壊れ消滅。
そして俺達を吹き飛ばすような強風が吹き付け俺は一瞬目を閉じてしまう。
だがその強風も、すぐに感じられなくなった。
「っ……?」
俺が不思議に思って目を開くと、そこには再びバリアが張られていた。
今度は前方だけではなく、俺達全員をまとめて包み込むような球体の物だ。
「ふう。間に合ったわね。」
やれやれと言うように小さく息を吐くリリヤ。
先程までの不安な揺れも無くなり、球体は安定している。
「高位の防御魔法ですか……流石はエルフと言った所でしょうか。……このレベルの魔法を扱える人は、中々居ませんよ。」
ベレノが俺の腕をそっと抱き寄せながら、静かに口を開き説明してくれる。
「うふふ。なんだか照れちゃうわね。こうやって空中で防御魔法を張りなおす必要があるのと、あとは」
「メイ!前!何かある!」
リリヤが笑って、話を続けようとした所で、突然シャルムがそう叫ぶ。
俺はその声に従い前方を見るが、俺の目には何も見えない。
「ッ!皆!衝撃に備えろ!」
サカマタさんが叫び皆が身構えた、直後。
俺達は強い衝撃と轟音と共にバリアごと何かへと着弾した。
◆◆◆
「……だ!カチコミだ!地上の奴らがカチコミに来たぞ!テメーら囲め!!」
着弾の衝撃で一瞬気を失っていたらしい俺は、そんな騒がしい声で意識を取り戻す。
「メイ、大丈夫ですか?」
ベレノが心配そうな顔で俺を覗き込んでいる。
いつのまにか俺はベレノに膝枕されるような形で倒れていた。
「っ……ああ、なんとか……。」
俺は着弾時に打ったらしい背中を少しさすりながら、ゆっくりと上体を起こす。
周囲を確認すると、俺達を取り囲むように武装した無数の魔族達が立っている。
そしてその後ろには巨大な城と、随分と雲が近いように感じる空。
どうやら俺達は浮遊城へと辿り着いたらしい。
「目ぇ覚めたとこで悪いけど、戦闘やで!」
モニカが俺へと駆け寄ると回復魔法をかけてくれる。
背中の痛みが和らいでいくのを感じながら、俺はミスリル銀の剣を抜いて立ち上がる。
もしできることならばこっそりと侵入して妹だけをこっそり助け出せれば等と思っていたのだが。
完全にコレは強行突入である。
「皆、準備はいいかしら?もうそろそろバリアが壊れそうなのだけれど……。」
魔族からの攻撃を、バリアで受け続けていたリリヤが困ったように言う。
見れば球体のバリアへと亀裂が走っている。
どうやら先程の着弾の衝撃で、既にかなりのダメージを受けていたようだ。
逆に言えばバリアがなければ俺達は、今頃酷いことになっていただろうか。
「多勢に無勢か……だが、戦とは常に不条理な物だ!正面は任せろ!某が突破口を開く!」
サカマタさんが剣と盾を構え、正面の城への道を剣で示す。
俺は見るからに屈強そうな魔族達を見て、打開策を考える。
「ベレノ!前に闘技場でやったアレ、できるか!?」
「ええ。」
ベレノへと俺がそう声をかけると、ベレノは短く返事をする。
「シャルム!ベレノをサポートしてくれ!」
「わかった!」
続けて俺はシャルムへとそう指示し、戦闘準備に入る。
「モニカはサカマタさんの援護!このまま城まで突っ走るぞ!」
リリヤが居る事も忘れて、俺は完全に俺として喋っていた。
だがそんな事を気にしている余裕は無い。
そして魔族からの魔法攻撃によって、ついにバリアが破壊されてしまう。
「……行動、開始ッ!!」
バリアが壊れると同時に俺はそう叫び、同じく走り出したサカマタさんの後へ続く。
「行きますよ、シャルム。……ブラック・スモッグ!」
ベレノが目眩まし魔法の呪文を唱えると、黒い煙が発生し魔族達を包むように動き始める。
さらにそれにシャルムが翼で風を送ることで瞬く間に全体へと広がり、一瞬にして魔族全員の視界を奪う。
「おおおおッ!!」
突然の視界妨害に混乱する魔族達の中を、サカマタさんが戦車のような勢いで突撃し盾で跳ね飛ばしていく。
「みんな!今だ!」
そうしてこじ開けられた突破口へと全員で一直線に突撃していく俺達。
それでも煙から抜け出し、俺達へと掴みかかってくる魔族へと俺は飛び蹴りを御見舞する。
「みんな入れたか!?扉を閉める!」
全員が城の中へと入ったのを確認すると、俺は正面の入口扉を閉め拘束魔法でガチガチに固定する。
これでしばらくここから敵は通れないはずだ。
「はぁ……はぁ……とりあえず一安心やね。そのうち他のとこから回ってくるやろうけど。」
全力疾走をしたモニカが少し息を切らしている。
「それで、目標の位置は?」
「わかりません。でもジーニアさんの話では牢屋にいるはずです!」
サカマタさんの質問へ俺はそう答える。
この城の中で牢屋のありそうな場所はどこだろうか。
「こういうお城っちゅうのはだいたい地下に牢屋があるはずやけど……。」
やけに城の内部構造に詳しい様子のモニカがそう語る。
モニカまさか前に……?いや、そんな事は今は良い。
「じゃあ手分けして地下への入口を探そう!」
「待て、ここで分散するのは危険だ。また敵に囲まれる危険性がある。」
焦った俺は皆にそう提案するが、サカマタさんに止められてしまう。
だが残されている時間はあまり無いはずだ。
そこで俺はベレノに教えてもらった言霊魔法の存在を思い出す。
「何かあったら魔法で連絡します!今はとにかく妹を見つけないと!」
俺はそう言ってサカマタさんを説得すると、二手に別れる事にする。
ベレノと俺、リリヤの3人と、モニカとシャルム、サカマタさんの3人チームだ。
それぞれに回復魔法使いと近接役が1人ずつというバランスだ。
「じゃあ皆!何かあったらあそこの中庭に集合だ!行くぞッ!」
そうして俺達はそれぞれのチームに別れ、妹が囚われているはずの地下牢への入口探しを始める。
城の中を走り始めて少しして、リリヤが俺に声をかけてくる。
「ねぇメイちゃん?妹って何の話かしら?お姉さん、地獄門がここにある事しか聞かされていないのだけど……それになんだかメイちゃんまるで」
「すいませんリリヤさん!その辺は無事に帰ったらちゃんと説明しますんで!」
俺はリリヤへとそんな雑な返答をして、必死に城内を探し続ける。
「階段!ここかッ!?」
そしてようやく地下へと続くそれらしき階段を発見した俺は、確認もせずにその階段を駆け下りる。
階段を降りた先には、それらしき空間が広がっている。どうやら当たりのようだ。
だがそこには当然、牢屋の警備をしている看守の魔族が居た。
「なんだ貴様ッ!?人間か!?ここに何の」
「退けコラァッ!!」
俺はその魔族がまだ喋っている途中だったにも関わらず、剣で足を切り付け体勢を崩した所へすかさず横っ腹へ蹴りを入れてダウンさせる。
悠長におしゃべりをしている時間は無い。余計な戦いをしている時間も無い。
一刻も早く俺は妹の元へと行かなければならない。
会って、もう一度ちゃんと話を。
「興奮しすぎです。落ち着いてください。」
少し遅れて階段を下りてきたベレノが、ダウンした看守へと拘束魔法を施し無力化する。
だがそんな事を言われて俺は落ち着ける状況では無い。
「落ち着いてられるかよ!雪がすぐそこ、にッ!?」
そんな俺へとベレノが何かを投げてくる。
俺が慌ててそれをキャッチすると、それはいくつかの鍵がぶら下がった鍵束だった。
「鍵も無しにどうやって牢屋を開けるつもりだったんですか?そのご自慢の剣で叩き壊そうとでも?」
小さく息を吐きながら俺の隣へと並ぶベレノに、俺は少し冷静になる。
そうだ、俺がここで焦って失敗したら全部が台無しになる。
「……ごめん、ベレノ。」
俺は小さくベレノへと謝る。
「謝罪と感謝は無事に帰ってから好きなだけ言ってください。ほら、アルシエラを探すのでしょう。」
ベレノの言葉にハッとして、俺は駆け足で牢屋を見て回る。
殆どの牢屋は空室なようだったが、最奥の牢屋だけは鍵がかけられていた。
「雪!そこにいるのか!?」
俺は鉄格子へとしがみつきながら、薄暗い牢屋の奥で蹲る妹らしき人影へと声をかける。
するとその人影がもぞもぞと動き出し焦ったような顔で俺の方を見上げてくる。
間違いない、雪だ。
「待ってろ!今兄ちゃんがココ開けて……ッ!?」
雪の姿を確認した俺はすぐに鍵を開けようと、さっき渡された鍵束から鍵を探そうとするのだが、その時頭上へと異変を感じる。
「ダメ!お兄ちゃん!逃げてッ!!」
妹のそんな叫び声と共に、俺の頭上の天井が崩れ何かが振ってくる。
俺はそれに押しつぶされそうな所を、間一髪でベレノの尻尾に引っ張られて難を逃れる。
「何だ……ッ!?」
慌てて剣を構え、崩れた天井の瓦礫の上に立つその存在を見る。
それは黒と銀の全身甲冑姿の、見知らぬ騎士だった。
対峙した瞬間に理解する。その黒騎士の底知れぬ強さを。
「……まずいわね。ここは一旦退きましょう。」
リリヤも冷や汗をかきながら、その不気味な黒騎士を警戒し一時撤退を進言してくる。
だが目の前に妹がいるのに、ここで引き下がれる訳がない。
「2人は逃げてください!俺は妹を……ッ!」
俺はアダマンタイトの剣を抜き、二刀流の構えを取る。
こいつを倒せなくても良い、妹さえ牢屋から出してしまえれば後は逃げても良い。
そう考える俺の脇腹を突然ベレノの尻尾が強めにどついた。
うっ!?
「あなたは本当に妹バカですね。もしそれであなたが死んだら、泣くのは私だけでは無いんですよ。」
ベレノはそう言って俺の隣へと並び、杖を構える。
勝てるかどうかもわからない黒騎士相手に、一緒に戦ってくれるというのか。
「ああもう!お姉様達といい!あなた達といい!どうしてそう無茶なことばかりするのかしら!」
後ろからそう叫ぶリリヤが、俺達の前方へとバリアを展開してくれる。心強い支援だ。
「お兄ちゃんッ!そいつは……ッ!」
妹の悲痛な声に反応してか、黒騎士が一瞬妹の方を向く。
チャンスだ!
俺はその瞬間に素早く踏み込み、ミスリル銀の剣で黒騎士の鎧の繋ぎ目を狙って高速の斬撃を繰り出す。
だが、その斬撃はいとも簡単に黒騎士の手によって掴まれ止められてしまう。
「なっ……!?だったら!」
こちらを見もせずに斬撃を手で受け止めた黒騎士に焦りを覚えつつ、俺はもう片方のアダマンタイトの剣を振るい黒騎士の頭を狙う
しかし黒騎士は俺の攻撃を避けようともせず、そのまま鎧のガントレットで受けて見せる。
渾身の力で殴ったはずだが、びくりともしない。まるで大きな岩でも叩いているような感覚に陥る。
その一瞬の動揺の瞬間、黒騎士の目にも止まらぬ高速の蹴りが俺の腹部へと叩き込まれる。
「うぐぁ……ッ!?」
車に轢かれたあの時のような強い衝撃を感じながら、俺は後方へと吹き飛ばされる。
それと同時にリリヤが展開してくれていたバリアが、一撃で粉々に砕け散った。
「メイ!」
慌ててベレノとリリヤが駆け寄ってくる。
口の中を切ったのか、血の味がしている。
だがリリヤのバリアがなければ、こんな物では済まなかっただろう。
俺は剣を杖代わりにしながら、すぐに立ち上がる。
正攻法じゃダメだ。相手との力の差は歴然としている。
「ふたりとも、聞いてくれ……。」
その場で咄嗟に考えた作戦を、俺は素早く2人へと伝える。
そして牢屋の鍵をベレノへと渡すと、俺は改めて黒騎士の方を向く。
「そんなへなちょこキック、効かないね……かかって来いよ!」
精一杯の強がりで、俺は黒騎士を挑発する。
俺の挑発に黒騎士が乗りこちらへ近づいてきたら魔法で煙幕を張り、その間にベレノが妹の牢屋を開ける。
そして牢屋が開くまでの間、俺はなんとかリリヤのサポートを受けながら黒騎士を押さえ続ける、という苦肉の作戦だ。
黒騎士は俺の挑発に乗ったのか、静かに剣を抜く。
良いぞ!そのまま乗ってこい!
俺がそう考えたその瞬間、黒騎士はその剣で後ろにあった妹の牢屋を叩き斬り、鉄格子を破壊する。
「何だ……!?」
突然の黒騎士の行動に俺達が驚き警戒していると、黒騎士はおもむろに妹の方へと歩いていく。
まさか奪い返されるくらいなら殺してしまえと言うのか。
「やめろォッ!!」
俺はもう作戦の事など忘れて、ただ必死に妹の方へと駆け出していた。
だが黒騎士は妹をそのまま肩へ担ぎ上げると、再びこちらへと踵を返す。
妹を盾に?なんて卑怯な奴だ!
「お兄ちゃんッ!こいつと戦っちゃダメ!殺されちゃうよっ!」
担がれている妹が必死に抵抗するように、黒騎士をその小さな拳で何度も叩く。
しかし黒騎士には一切効いている様子はない。
黒騎士は自分が入ってきた天井の穴を剣で指したかと思えば、とても鎧を着ているとは思えないような跳躍力でそこから出て行ってしまう。
「……ついてこい、って言ってるのか?!」
黒騎士の真意が何であるにせよ、妹を連れ去られてしまったのであれば俺は後を追いかけるしか無い。
「ベレノ!サカマタさん達に連絡を頼む!俺は先にあいつを追う!」
そう言って俺はベレノへと他のメンバーへの連絡を任せ、拘束魔法をロープ代わりにして黒騎士の後を追った。
◆◆◆
俺が黒騎士の後を追って辿り着いた場所は、先程探索中にも見えていた城の中庭だった。
黒騎士は地面に剣を突き刺し、仁王立ちで俺を待ち構えていた。
近くには妹がその両手を繋ぐ鎖で木へと吊り下げられている。
どうやら気絶させられてしまっているようだ。
「お前は何者だ!魔族……旧魔王派の手先なのか!?」
俺はミスリル銀の剣を黒騎士へと向けながら問いかけるが、黒騎士からの返答は無い。
黒騎士は地面に刺していた剣をゆっくりと引き抜くと、今度は背中に背負っていた盾も構え始める。
さっきまでは本気で戦ってすら居なかったという事だろうか。
「何にせよ……妹は返してもらうッ!」
一対一で勝つことは難しくとも、仲間が到着すればなんとか妹を助け出すチャンスがあるかもしれない。
今はともかく、少しでもあいつを妹の所から離れさせる事を考えよう。
構えながらも向かってくる様子の無い黒騎士のほうを見ながら、俺は拘束魔法の呪文を唱え指輪へとストックする。
それから目眩まし魔法の呪文を唱え始める。
「……くらえッ!ブラック・スモッグ!」
俺は黒騎士の視界を奪うように、黒煙を放つ。
そしてすぐさまストックしておいた拘束魔法を発動し、剣の持ち手へとくくりつけ黒騎士めがけ剣をぶん投げる。
黒騎士を包む黒煙の中へと入り込んでいったミスリル銀の剣が、金属音と共に弾かれて煙の外へと放り出される。
迂闊に近づくのは危険と思い、このような手段を取ったがそれでもやはり見えているらしい。
「取り乱さないどころか……か。」
拘束魔法でくくりつけた剣を引っ張って回収しながら、俺は次の手を考える。
視界を奪われても焦るような素振りすら無く、奇襲を受けても冷静に盾で弾き返してくる黒騎士。
技量、判断力共にかなりの強者である事が伺える。
倒せずとも無力化できれば良いのなら、手足を拘束するのはどうか。
俺は再び拘束魔法を唱え、黒騎士の足めがけて飛ばす。
「良し……ッ!スネーク・バインド!チョークッ!」
拘束魔法の黒蛇が黒騎士の足首へと着弾したのを確認し、俺は黒騎士へと向けた手を全力で握り締め上げんとする。
だが俺がどれ程力を加えて拳を握ろうとも、黒蛇が締まる気配が無い。
それどころか黒騎士が振り下ろした剣によって、あっさりと黒蛇は切断され魔法が解除されてしまった。
サカマタさんにだって通じた俺の拘束魔法が効かない?
となれば後はベレノの拘束魔法くらいしか、効く気がしないのだが。
やがてゆっくりと黒騎士が黒煙の中から顔を出し、俺の方へと向く。
そして大きく一歩踏み出した、次の瞬間。
「ッ!!!?……うぐっ……!」
黒騎士はいつのまにか俺の目の前まで接近していて、その剣を振るう。
俺は咄嗟に両方の剣でガードをするが、横から大型動物に撥ね飛ばされたような衝撃と共に壁へと叩きつけられる。
全く見えなかった。やはり鎧を着ているとは到底思えないような、尋常ではない速度。
「その鎧でその速度は反則だろ……っ。」
泣き言を漏らしながら、剣を構え直そうとする俺だったがそこで自分の身体の異変に気づく。
左肩に力が入らない。どうやら今の衝撃で肩が外れてしまったようだ。
自分の剣も魔法も効かない相手に、片腕状態で戦うという絶望的な状況。
そしてまた黒騎士が、踏み込みの姿勢を見せる。
もうダメかと俺が咄嗟に顔を背けた瞬間、大きな金属音が響いた。
「っ……サカマタさん!」
見ればそこには、黒騎士の斬撃を盾でがっしりと受け止めるサカマタさんの姿があった。
「すまないメイ。入口の連中に絡まれていて遅くなった!」
サカマタさんが黒騎士を盾で跳ね除けるようにすると、黒騎士は身軽に後ろへと飛んで距離を取る。
「サカマタさん、気をつけてください……あいつ、尋常じゃなく早くて強いです!」
俺は右手だけでもと剣を握りながら、サカマタさんへ注意を促す。
「ああ、そのようだ。折角修理した盾だったんだがな……もって数発という所か。」
先程黒騎士の斬撃を受け止めたサカマタさんの盾に、大きな傷跡がついている。
どうやらそれほどまでにあの攻撃は強力らしい。
「メイちゃーん!生きとるかー!」
そこへモニカ達が中庭へと合流してくる。
反対側の入口からはベレノとリリヤも入ってきた。
これで俺達は6人、黒騎士はたった1人。このまま一気に形勢を逆転できるか。
「このまま、一気にみんなで……ッ!?」
いかに強い戦士であろうとこの人数には敵うまい、と攻勢をかけようとした所で黒騎士が突然持っていた盾を投げ捨てる。
多勢に無勢と見て、降参する気だろうか?だとしたら助かるのだが。
だが俺のそんな願いとは裏腹に、黒騎士の持っていた黒い剣が突然2本へと分裂を始めた。
そしてその2本の剣を左右それぞれの手へと持ち、構える。
あれは今の俺や先代勇者と同じ、二刀流だ。
「剣と盾だけじゃなく、二刀流まで……ッ!?」
驚く俺をよそに、黒騎士はさらなる驚愕の行動に出る。
俺が先程拘束魔法で剣をくくりつけ投げつけたのを真似でもするように、自らの手から伸びる鎖を剣へとくくりつけたのだ。
そして黒騎士はその鎖付き黒剣を鎖鎌のように振り回し始める。
「あいつ、俺の真似を……?」
「ッ!いかん!全員伏せろ!!」
何かに気づいたサカマタさんが咄嗟に全員へと伏せるように叫ぶ。
わけもわからず慌てて伏せる俺達。
それから一瞬遅れて、凄まじい破壊音と共に周囲の木々や壁が無惨に切り付けられる。
しかもそれは、さっきまでちょうど俺達の首や頭があったくらいの高さだ。
「っ!雪!」
木に吊るされていたはずの妹が巻き込まれていないかと咄嗟に俺は妹の方を確認する。
どうやら妹の吊るされている木には、全く傷がついていないようだ。
やはり黒騎士も、大事な生贄である魔王を傷つける事はしないらしい。
だがそれは黒騎士はただの破壊力だけではなく、任意の対象や首を狙ったりする技術力まで持っているという事だ。
さて、どうする。仲間が来てくれた今なら、妹を助け出せるかもしれない。
「サカマタさんと俺で黒騎士を押さえる!その間に皆は妹を頼む!」
俺はモニカに肩をはめ直して貰うと、同じく二刀流の構えを取る。
「まかせて!」
シャルムが羽ばたき、飛行を始める。
「だが、あまり長くは持たんぞッ!」
サカマタさんが盾を構えて、黒騎士へと突撃していく。
それと同時にシャルムが妹の方へと飛んでいく。
当然黒騎士はそれをさせまいとシャルムの方へと向かおうとするが、そこへ俺が回り込む。
「ここを通りたければ、俺とサカマタさんを倒してから行くんだなッ!」
どっちが悪だかわからないようなセリフを吐きながら、俺は黒騎士へと剣を振り下ろす。
黒騎士は相変わらず何も言わないまま、俺の剣を余裕で受け止めて見せる。
だがそこへ横からサカマタさんの追撃が入ると、黒騎士は俺の剣を一旦弾いて左右両方の剣でサカマタさんの剣を受け止める。
これで攻撃手段は封じたはずだ。あとはシャルムが妹を運び去ってくれれば。
「シャルム!今のうち……にッ!?」
確認のためにシャルムの方を向いた俺の顔のすぐ横を、何かがかすめ俺の頬を切る。
見ればそれは黒騎士の背中から生えた第3の腕から投げられた、3本目の黒剣であった。
「逃げろシャルムッ!!」
俺は咄嗟にシャルムへ回避しろと叫ぶ。
「ぴぃっ!?」
「セイント・ウォールッ!」
シャルムへ黒剣が当たる寸前のところでリリヤの放った防御魔法が黒剣を防ぐ。
黒剣はバリアへと突き刺さり、やがて霧散する。
そして消えた黒剣がまた目の前の黒騎士の3本目の腕へと戻って来た。
なんでもアリかこいつ。ふざけんな。
「これが魔族の戦士だとでも言うのかッ……!まるでバケモノだなッ……!」
流石のサカマタさんも呆れたように笑って、鍔迫り合いをしている黒騎士へと蹴りを放つ。
だがそんなサカマタさんの蹴りを、黒騎士のまた新たに生えた第4の腕が受け止める。
もはや人型だから弱点は同じなどとは言えなくなって来た。
「サカマタさんをッ!離せッ!」
俺は咄嗟に黒騎士へと斬りかかるが、第3の腕1本で簡単に受け止められてしまう。
だがここまでは俺も想定内。
俺はもう1本の剣を抜くと、黒騎士のヘルムの覗き穴めがけ突き刺さんとする。
その一瞬、覗き穴の向こうの青い瞳と目があったような気がする。
黒騎士は頭を狙った俺の攻撃を上体を反らし回避する。
そしてそのまま身体をひねるようにすると、3本の黒剣で周囲をめちゃくちゃに切り付けるように身体を回転させる。
「あぶなッ……!」
俺とサカマタさんは咄嗟に距離を取り、その回転攻撃から逃れた。
「スネーク・バインド!チョーク!」
そこにベレノの拘束魔法が着弾し、黒騎士の4本腕を黒蛇で雁字搦めにする。
「ナイスベレノ!サカマタさんッ!!」
「応ッ!!」
今が最大のチャンスと見た俺は、サカマタさんと攻撃のタイミングを合わせ黒騎士の首めがけて思い切り剣を振る。
ざくりという確かな手応えと共に、黒騎士の首が宙を舞う。
やったか。やったのか!?
「勝っ……ぁ゛ぐッ!?」
勝ったと俺が油断した瞬間、首を飛ばされ動くはずのない黒騎士の身体が動き、俺の脇腹へと強烈な回し蹴りを叩き込んでくる。
俺は再び吹っ飛ばされ、またもや壁へと叩きつけられる。
今度は一切のバリアもガードも無い、直撃だ。
「メイ!くそッ!……っぐ!しまった……!」
首を切られてもなお動く黒騎士へと確実な止めを差すべくサカマタさんが剣を振るう。
しかし俺が吹っ飛ばされた事にベレノが動揺した為か、拘束魔法が解けてしまっていた。
そしてサカマタさんが、自由になった黒騎士の4本腕に捕まってしまう。
「メイ!」
「メイちゃん!」
ベレノとモニカが泣きそうな顔で俺へと駆け寄ってくるのが見える。
今回のは流石に、骨が数本は折れたように思う。
全身が痛くて熱い。俺のことは良いから、サカマタさんの援護を。
そう2人に指示を出そうとするが、打ちどころが悪く俺はあの時のように声が出せない。
誰か、誰でも良い。妹を……皆を助けてくれ。頼む……。
そう俺が強く願った瞬間、俺の右手の甲の紋章が激しく光り輝き始める。
「何や!?」
俺に回復魔法をかけてくれていたモニカが驚き、俺の手の甲を見る。
すると突然俺の目の前に、白く眩い光に包まれた謎の人物が姿を現す。
その手には俺や黒騎士のように2本の剣が握られている。
「ちょっとだけ手伝ってあげるよ、メイちゃん。」
眩しくて顔は見えないが、その長い髪の女性は俺を見てニッと笑うと一瞬にして姿を消す。
そして次の瞬間には黒騎士の真横へと出現し、目にも止まらぬ速さで黒騎士の4本腕を全て切り落として見せる。
それによってなんとか脱出に成功したサカマタさんが、驚いた表情でその人物を見ている。
「関心しないなぁ、こういう事は……。」
そして舞うような華麗さで黒騎士の両足をも切断すると、そのまま止めを刺そうと剣を振るおうとする。
だがどういうわけかその謎の人物は見る見る内に手足の先から光の粒となって消えていく。
「ありゃ、時間切れか~。早すぎるよね、まったく……。じゃあリリヤ。後は皆を逃がすの、頼んだよ。」
黒騎士へと止めを刺し損ねたその人物は、リリヤへとそう言い残すと消えてしまった。
手を4本足を2本切断されてもなお動いている黒騎士。
それどころか、既に手足が再生を始めている。
「お、お姉……いえ!今はそれどころではないわね!みんな!一旦逃げるわよ!エスケ・ラナウェイ!」
謎の人物にそう頼まれたリリヤが、高速で呪文を唱え地面へと水晶玉のような物を叩きつける。
その瞬間眩い光が中庭を包み、何も見えなくなった。




