第二十一話【お姉様】
第二十一話【お姉様】
ここ、職人ドワーフの街ホルオーレで過ごす最後の夜が来た。
鍛冶屋【俺の店】で思わぬ業物を手に入れてしまい、複雑な事情もあって逃げるように帰ってきた俺達。
夕食時にサカマタさんにもその事を話したが、流石のサカマタさんも驚いている様子だった。
先代勇者のミスリル銀の片手剣だけでも手一杯なのに、その上アダマンタイトの片手剣なんて俺に扱いこなせるのだろうか。
「……はい、ではもう一度。フォクス・ライト。」
「フォ、フォクス・ライト……。」
ベレノに続いて俺が呪文を唱えると、俺の掌の上に青白い炎が灯る。
ホルオーレでの最後の夕食を終えた後、俺はベレノ達の部屋で例の魔法のレッスンを受けていた。
霊体を可視化する魔法なんて、一体どこで使うと言うのだろうか。
確かに光源としては明るいとは思うが、明かりにするならもっと別の手段があるはずだ。
俺はそんな風に内心で文句をたれながらも、ベレノに教えられた魔法を繰り返し練習する。
「まぁ……良いのではないでしょうか。」
10回ほど青白い炎を出したり消したりを繰り返した後で、ようやく先生からの合格の知らせが出る。
覚えはしたものの、この魔法を自分の意思で使うことは絶対に無いだろう。
「お。やっと終わったん?メイちゃんも大変やなぁ、キッツい先生に付き合わされて。」
俺がベレノに魔法のレッスンを受けているのを、ベッドで寝転がりながら退屈そうに見ていたモニカがケラケラと笑う。
サカマタさんは練習の邪魔になるといけないと行ってシャルムの部屋の方へ行ったが、モニカはここに残っていた。
まぁそれもモニカらしいといえばモニカらしいのだが。
「ウチが癒やしたろか~?ほら、もふもふぎゅーって!」
そう言ってベッドの上で両手を広げてくるモニカのその誘惑に、ちょっと心が揺らぎそうになる。
許されるのなら、あのもふもふでちょっとダメになりたい。
「誰が終わりなんて言いましたか?まだまだ覚えてもらう魔法はたくさんあるんですよ。例えば……オミナス・ウィスパ。……、……。」
じとっとした目でモニカを見ると、静かに呪文を唱えるベレノ。
俺の耳には聞こえないが何かを言っているらしく、ベレノの口の動きに合わせてモニカの耳がピクピクと反応している。
「えぇ……メイちゃん……ほんまなん?いくらなんでも嘘やろ……?」
ベレノに何を吹き込まれたのか、モニカがドン引きするように俺の方を見てくる。
ちょっと待ってくれ何を話したんだ。ベレノ?
「……このように、離れた位置にいる特定の相手にだけ聞こえるように言葉を伝える魔法もあります。覚えておいて損は無いでしょう。」
何事も無かったような顔で説明をしてくるベレノに、俺はどうツッコんだ物かと少し頭を抱える。
大声を出せないけど、仲間に何か伝えたい時とかには確かに便利そうだが。
やがてベレノが再び同じ呪文を唱え始める。
すると俺の耳元へと、少し離れている位置にいるはずのベレノの囁くような声が聞こえてくる。
「(……実はモニカって……こっちで夜寝る時は全裸なんですよ。)」
ひそひそと告げられた衝撃的な真実に、俺は少しドキリとしてモニカの方を見る。
あれ?でも俺とテントで一緒だった時はちゃんと服着てたよな?
いや普通に俺の前だからか。そりゃそうだよな。
やっぱ女性だけの部屋だと、気兼ねなくリラックスできるって事なんだろう。
俺は改めてモニカの方を見て、わかっているぞと頷く。
「え……なんやのそのリアクションは。ちょっとベレちゃん!メイちゃんに変なこと教えんといてや!」
耳をぴこぴこと動かしながら、少し怒ったようにベレノへと抗議するモニカ。
それに対しベレノは素知らぬ顔で尻尾を揺らしている。
「これも低位魔法ですが、使用者の練度によって届く距離は変わります。あまり長距離だと声が届く前に消えてしまうことがありますが、相手の顔と名前を知っているとより確実に届きやすいです。」
短い杖を振りながら、ベレノはそう説明してくれる。
同じ街の中なら俺レベルの魔法でも届くだろうか。
そしたらバラバラに買い物してる時とかでも、メッセージを伝えられて便利かもしれない。
……なんだかベレノが教えてくれる魔法って、拘束とか目眩ましとか補助的な技が多いような気がする。
炎とか氷とかの魔法を派手にぶっ放してみたいという気持ちは確かにあるが、俺のメイン武器はあくまで剣だからそれで良いんだろうか。
「然程難しい魔法ではありませんから、これも今日寝るまでに覚えてください。」
そんなスパルタなベレノの言葉に、俺は助けを求めるようにモニカへと目線を送る
「……頑張ったら、ウチが後で好きなだけもふもふさせたげるよ……♥」
口元に手を添えながらひそひそと声をひそめるようにして、再びそんな言葉をかけてくるモニカ。
「聞こえてますよ?」
そんなモニカへ対し、ベレノの睨みつけるような視線が突き刺さった。
その日の晩、寝るギリギリまで魔法の練習をしていたせいか、俺はまた奇妙な夢を見た。
俺がベレノやモニカ達ではない知らない人たちと一緒に旅をしている夢だ。
メンバーは俺を含めて4人で、妹くらいの小さな女の子からモニカくらいの長身の女性まで幅広い。
そしてその中には、ベレノのようなラミアと思われる女性も居た。
その人達とどのような会話をしたかまでははっきりと覚えていないが、なんとも不思議な夢だった。
◆◆◆
翌朝、ついにホルオーレの街を出発する時が来た。
俺達は今、昨日買い込んだ旅の荷物を背負って街の出口へと集まっている。
「皆、忘れ物とかは無いか?次の街までは歩いてだいたい2日くらいの予定だから、買い忘れとかがあれば今のうちに。」
地図を広げながら皆にそう声をかけ、改めて次の街までのルートを確認する。
今回の道は危険な場所を通るというような事は、特に無さそうだ。
「はいはーい、質問。次の街はなんてトコなん?」
モニカが手を上げて質問を投げかけてくる。
「えーと確か……マジコール、だっけか。」
俺は地図に目を落として、街の名前を再確認する。
そこには確かにマジコールと記されていた。
「マジコールというと確か……先代の勇者が仲間を集めるために訪れた街の名前が、同じマジコールだったような……。」
フードをかぶったベレノが、思い出したようにそう言う。
先代の勇者パーティのメンバーが居たかもしれない街って事か。
先代勇者の剣を作った旧ホルオーレの鍛冶屋といい、このあたりの地方は先代勇者と何かと縁があるらしい。
「どのような街なのだろうな。少し楽しみだ。」
サカマタさんは小さく笑って、街から伸びる道の先を見つめている。
「早く、行こ!行こ!」
楽しみにしているのはシャルムも同じなようで、ぱたぱたと翼を動かし待ちきれなさそうだ。
「良し、じゃあ……次の街、マジコールへ向けて出発!」
そうして俺達勇者パーティは、次の目的地を目指しながら浮遊城探しの旅を再開した。
……そういえば昨晩見た、変な夢は何だったんだろうか?
◆◆◆
それからあっという間に2日後。
俺達は目的地であるマジコールへと到着した。
遠くからでもなんとなく見えていたが、この街は他の街とはかなり違った様子の街だ。
まず何と言っても、街の上空に驚くほど巨大な魔法陣が浮かんでいる。
そしてそれを制御していると思わしき、街の中央にそびえ立つ巨大な塔。
さらには街の住民達が、鳥人でも無いのに空を飛んでいる。
なんだこの街は?全然違う世界に来てしまったような、不思議な所だ。
「はー……すっごいなぁ。見てみいシャルちゃん、人がいっぱい飛んでんで。」
俺達全員がその街の異様な光景に驚いている中、モニカが空行く人々を指差してそうシャルムに語りかける。
「すごい、みんな!翼、ない!飛んでる!」
流石のシャルムもこんな光景を見るのは初めてのようで、目をキラキラと輝かせている。
見た感じ箒などの道具に乗っているような様子もないから、何かしらの魔法なのだろうが。
すると街の住民らしき女性が、唖然と空を見上げている俺達に気づき声をかけてくる。
「ようこそ旅のお方!ここは魔法都市マジコール!大神官フェルトラウエン様が治める、魔法先進都市です!」
そう言って笑顔で迎えてくれた長い金髪の女性は、細長い耳をしていた。
あの耳の特徴は確か、エルフだったか。
他の住民たちをよく見てみると、同じ様に細長い耳をしている人達が多く見受けられる。
どうやらここは、エルフの街らしい。
「あの……この街に、通信魔法装置はありますか?」
ベレノが小さく手を上げて、その女性へと問いかける。
「はい!もちろんございますよ!……まぁ!ラミアの方ですね!それならば是非フェルトラウエン様にお会いになってください!通信魔法装置の使用の許可もフェルトラウエン様から頂けるはずですので!こちらです!」
装置があると答えたその女性は、ベレノがラミアである事に気がつくと何やら探していたと言うような口ぶりでそう勧めてくる。
今までは無かった熱烈な歓迎っぷりにベレノも少し戸惑っているようだ。
俺達はその女性に案内され、とりあえずフェルトラウエンなる人物に会いに行く事となった。
「……エルフの人達って、ラミアが好きなのか?」
その途中で俺はひそひそとベレノへと尋ねる。
今まで旅してきた街では、ベレノを見て驚いたような反応をする人は時折居てもこんなに歓迎してくれる人は居なかったはずだ。
「さぁ……?特に友好が深いだとかは、聞いたことありませんね……。」
ベレノも何故こんなに歓迎されているのかがわからないようで、なんとも釈然としなさそうな顔をしている。
「まーまー、なんでもええやん。ごっつ歓迎してくれてるみたいやし、色々聞きたい事も教えてもらえそうやん?」
俺とベレノの背中をぽんぽんと叩いて、お気楽に笑うモニカ。
それは確かにそうかもしれないが……不思議だ。
そのフェルトラウエンという人が、無類のラミア好きだったりするのだろうか。
そんな事を考えながら、俺は少しだけフェルトラウエンの姿を想像してみる。
……だめだ、全身にタトゥーや鼻にピアスなんかをして、手に蛇を巻き付けているようなタイプの怖そうな人しか想像できない。
「魔法都市か……某にはあまり縁の無さそうな街だな。」
シャルムを肩に乗せながら歩くサカマタさんが呟くように言う。
サカマタさんは確か、魔法が全く使えないと言っていた気がする。
まぁ、サカマタさんくらいの強さになると魔法が使えなくてもどうという事は無さそうだけど。
「ボク、一緒。魔法無い、平気。」
街の空を行く人達を見上げながら、時折翼を振っているシャルム。
同じく魔法を苦手とする種族である鳥人のシャルムも、魔法そのものへはあまり興味が無さそうだ。
それで考えると、物理も魔法も使える俺って結構凄いのでは?
器用貧乏だと言われると、それまでなのだが。
「お待たせいたしました!こちらの建物の中で、フェルトラウエン様がお待ちです!」
そう言って女性に案内されたのは、街の入口からも見えていた巨大な塔のような建物。
俺達はそこで女性と別れを告げ、その建物へと足を踏み入れる。
「お、おお……おおお?!」
あまりの圧巻の光景に、俺は完全に語彙を失っていた。
一歩中へと足を踏み入れるとまず目に飛び込んできたのは床から塔の上まで伸び、壁一面を覆い尽くすような超巨大な本棚。
塔の中でも幾人ものエルフ達が、忙しそうに何か書類や本を抱えたりしながら飛び回っている。
もしかしたらエヴァーレンスにあった図書館よりも、本の数が多いんじゃないか?
「これは、凄いですね……見てくださいあそこ。本が勝手に本棚へ戻っていきます。」
ベレノが指差した先では何冊かの本が自分で意思を持っているように空を飛び、自らが入るべき本棚へと入っていく様子が見える。
あれも魔法なんだろうか。それともそういう魔法道具の本なのか?
わからないことだらけで、俺が口をぽかんと開けながら上を見ていると一人の人物が近づいてくる。
「ようこそおいでくださいました、私はリリヤ・フェルトラウエン。ここマジコール大魔道図書館とマジコールの街を治める……っお、お姉様……?」
モニカほどの身長があるような金の長い髪のエルフの女性が自己紹介をしてくれるが、途中で様子が変わる。
お姉様?
俺はベレノと顔を見合わせ、同時に小首を傾げる。
キョロキョロと周りを見渡すが、お姉様らしき人物は見当たらない。
見た感じ俺よりも年上のようだしこの中でお姉様なんて呼ばれるような人は、サカマタさんくらいだろうか。
ちらりとサカマタさんの方を見て、知り合いですかと尋ねるように目線を送る。
しかしサカマタさんは首を横に振って、知らないと答える。
だとしたら一体誰のことをお姉様なんて。
と、俺が不思議そうな顔をしているとそのエルフの女性、リリヤが突然俺の目の前へと急接近してくる。
「……な、なんでしょう……?」
俺の目の前まで来て、俺の顔を至近距離で見つめ始めるその緑の瞳。
エルフは美形だと聞いていたが、この人も例に漏れずの美女だ。
そんな美女のリリヤに見つめられ、俺はなんだか照れてしまう。
するとリリヤは突然小さくため息を漏らす。
何かがお気に召さなかったらしい。
「……あ、いえ失礼いたしました。昔の知り合いに似ていたもので……もし本人なら、生きているはずが無いのですけれどね。」
少ししょんぼりとしたようなトーンでそう言うリリヤの言葉に、俺はもしやと思いつく。
「あの……それってもしかして、勇者……勇者デソルゾロットの事ですか?」
俺の顔を見て知り合いだと思ったのだとしたら、今までの経験からしてその可能性が高い。
今回もそうなのでは無いかと考え、俺はそっとリリヤへと尋ねてみる。
「……!やっぱりお姉様!?お姉様なんですの!?私です!リリヤです!」
デソルゾロットの名前に反応した途端、俺の両手を強く握って興奮気味にそう問いかけてくるリリヤ。
そんなリリヤの圧に押されそうになり俺はベレノへ助けを求めるように視線を送る。
「……おそらく、あなたの言うお姉様とは先代の勇者サン・デソルゾロットの事では無いでしょうか?」
ベレノの冷静な指摘に、興奮していたリリヤはハッとして俺の手を離す。
「そうです!私、昔サンお姉様と一緒に旅を!……という事はこちらの方はもしや……?」
ゆっくりと俺の方へと向き直すリリヤは、俺がサンお姉様本人では無くその子孫である事に気がついたようだ。
「……?でも確かお姉様は……いいえ、でもこんなにもそっくりなんですもの!お姉様の子孫に間違いありませんわ!」
そう言ってテンション高めに俺の頬を撫で回してくるリリヤ。
一体何なんだこの人は。先代と一緒に旅をした?という事は少なくとも数百歳?
どう見たって20代30代くらいに見えるのだが。そんな目で見てないで助けてくれベレノ。
「んんっ……よろしいでしょうか。私達はここへ通信魔法装置を使用する許可を頂きに来たのですが……。」
すっとベレノの手が割って入り、本来の目的をリリヤへ伝える。
これでようやく話が進む、と思われたのだが。
「まぁ!あなたもよく見ればラミアね?ねぇ、もしかして知り合いにクリノスって名前のラミアは居ないかしら?」
やけにラミアを歓迎していると思ったら、探しているラミアが居るからだったようだ。
しかしベレノはリリヤの口から出されたその名前に聞き覚えがあるようで、少し考えるような顔をする。
「……知っては、いますが。」
何か言い渋るような口ぶりのベレノ。
あまり聞かれたくないような話なのだろうか。
「本当!?……あら?あなた……ちょっと、そのフードを取ってみてもらえるかしら?」
すると突然リリヤが、ベレノにフードを取るようにお願いしてくる。
俺は少し心配しながらベレノを見るが、ベレノはすんなりとフードを外す。
「うん……うんうん!この少しぼさっとした黒い髪に、紫の綺麗な瞳……!クリノス!あなただったのね!」
そう言ってベレノへと抱きつこうとするリリヤを、ベレノが手を使って全力で拒む。
「ちょっ……このヒト、ちょっとおかしいんじゃないですか!?」
珍しく焦ったような様子でそう言うベレノを見かねて、とりあえず俺はリリヤを引きはがす。
確かにちょっと俺なんかとは比べ物にならないくらい変な人かも知れない。
「はぁ……私はクリノスではありません。クリノスは私の祖母の……もっと上にあたるヒトです。」
祖母のもっと上、というなんともはっきりとしない回答をするベレノ。
どうやらリリヤが探していたラミアというのは、ベレノの親類にあたる人物のようだ。
「お姉様の子孫と、クリノスの子孫が一緒に旅をしてるって事なのね?そうなのね!?それってとっても素敵だわ!……え?という事はもしかしてあなた達も……。」
一人で勝手に舞い上がりながら、今度はモニカ、サカマタさん、シャルムの3人へと目を向けるリリヤ。
「……いや、違うわね。だってユウリは人間のはずだもの。獣人でも竜人でも、ましてや鳥人でも無いわ……まぁ背はこのくらいだったかもしれないけれど。」
また知らない人物の名前を上げながら、3人を順番に指さした後シャルムを見ながらリリヤは呟くように言う。
「あのー……そろそろ本題に行ってもよろしいでしょうか?」
かなりマイペースなリリヤに苦笑しながら、俺は本来の目的である通信魔法装置の使用許可について尋ねる。
そんな俺の背中に、ベレノが少し疲れたように頭をくっつけている。
「あ、そうね。ごめんなさい。通信魔法装置の使用許可、だったかしら。もちろん良いわよ!どこに繋ぐの?」
またハッとして、ようやく本題に戻ってくれたリリヤ。
とりあえずは、エヴァーレンスの本部に繋いでもらおうか。
「帝都エヴァーレンスへお願いします。」
「エヴァーレンスね、少し待ってて!……あ、後でクリノスの話少し聞かせてね?」
リリヤは俺の後ろに隠れるようにしているベレノを覗き込んでそう言って、どこかへ走っていく。
「……なんや、えらいパワフルなお姉さんやなぁ。」
ずっと大人しくしていたモニカが、口を開く。
普段のモニカも大概だと思うが、今回ばかりは俺も同意する。
「それに先代の勇者と一緒に旅をしたと言っていたか?するともしや……先代の勇者パーティ、つまり某らの先輩にあたるのではないか?」
サカマタさんが小さく笑いながら、そんな事を言う。
いやまさか、だったらあの人はせめてヨボヨボのお婆さんとかで無ければおかしいはずだ。
竜魔族であるジーニアさんだって、老人のような姿をしていたのだから。
「あながち、ありえなくも無いかもしれませんよ……。」
俺の背中へとしがみついたままのベレノがそう言ってくる。
「エルフ、長生き。」
うんうんとベレノに同意するように頷くシャルム。
前に竜人は300年くらい生きるとかモニカに聞いたような気がするが、エルフはそれより長いのだろうか。
「せやねぇ、確か余裕で500年は生きるとか……ウチらの人生何回分やっちゅう話やねんなぁ!痛ぁっ!?」
モニカはけらけらと笑いながら、俺の後ろのベレノの背中をバンバン叩く。
即座に尻尾で反撃されたようだ。
「その分、別れも多いのだろうな……。」
サカマタさんはどこか遠くを見つめるように、呟く。
竜人も300年を生きる種族であるが故に、同じ長い命を持つエルフの気持ちがわかるのだろうか。
そう言われると、少ししんみりとした気持ちになってしまう。
そんな話をしているとリリヤが何かを持って戻って来た。
「お待たせ。じゃあこれを持って、あそこの受付へ行ってもらえるかしら?」
同じ建物内の少し離れた所にある受付を指差し、何か判子のような物が押された紙を渡してくるリリヤ。
俺はその紙を受け取ると頷き早速受付へ向かおうとするが、リリヤに手を引かれ引き止められる。
「ああ待って待って、まだ名前を聞いていなかったわ。あなたのお名前は?」
リリヤは指先をこちらへ向けるようにしながら名前を尋ねてくる。
そういえば名乗りそびれていたか。
「私は……メイ。メイ・デソルゾロットです。よろしくお願いしますね、フェルトラウエンさん。」
そう言って俺は微笑みながら、そっとリリヤへと手を差し出す。
「ああ、そんな……できれば私の事はお姉様のようにリ・リ・ヤと……。」
何故か照れながら俺の握手に応じつつ、そんな事を言ってくるリリヤ。
俺は苦笑しながら、やっぱりちょっと変な人かもしれないなと考える。
「ほら……さっさと行きますよ。」
一刻も早くここから立ち去りたい様子のベレノが、俺の手をぐいぐい引いて受付の方へと引っ張っていく。
「あらあら……あの二人を見ていると、やっぱりお姉様とクリノスの事を思い出しちゃうわね。」
◆◆◆
リリヤからの使用許可を取り、通信魔法装置を用いて帝都エヴァーレンスの討伐隊本部へと連絡を取ることができた。
だがその返事はあまり良い内容では無く、「討伐の証として魔王の頭を持ち帰ったという記録はあるが、今現在それがどこにあるのかは不明」という物だった。
俺達は引き続き浮遊城の捜索を続けることを報告し、エヴァーレンスとの通信を終えた。
「うーん……わかったのは、魔王の頭が持ち帰られた事だけ、かぁ。」
俺は顎に手を当てながら、困ったように唸る。
そう簡単に触媒の場所が判明するとは思っていなかったが、あまりにも収穫が少なすぎる。
「保管状況が不明というのが、一番困りますね……。」
同じ様に顎に手を当てながら、俺の隣で一緒に困った顔をしているベレノ。
「まぁ触媒が無いんやったら無いんやったでええねんけど……どの道浮遊城は探さなあかんのよね。メイちゃん、今は欠片どの方向指してんの?」
モニカはそう言って俺の胸に下げられている地獄門の欠片を指差す。
そういえばまだ街についてからは確かめてなかったか。
俺は欠片を掌に乗せると、魔力を流し込む。
すると欠片がいつものようにゆっくりと動き始める。
「通信はおわったかしら~?……あら、それは?」
そこへひょっこりと現れたのはリリヤだ。
俺達が欠片を真剣に見つめているのを見て、不思議そうな顔をしている。
「あ、フェルト……リ、リヤさん。えーと、これは……。」
フェルトラウエンと呼ぼうとする俺へ、凄く悲しそうな顔をするリリヤに思わず俺は呼び方を変える。
この人に浮遊城や欠片の事を説明しても良いものだろうか?
「何かお困りかしら?お姉さんに相談してみて?」
少し前かがみになれば、その大きな胸に手を当てながらウィンクなどしてくるリリヤ。
俺はつい見てしまいそうになるそこへの視線を、必死にそらす。
「生憎やけど、メイちゃんのお姉ちゃんポジは既にウチが取ってるんやで~。なー?メイちゃん?」
そう言ってモニカが突然俺の腕に自分の腕を絡めてくっついてくる。
怪訝そうな顔をするベレノが、負けじと俺の腰へ尻尾を巻き付けてくる。
今はそういう場合じゃ無いと思うんだが。
「あらあら……うふふ。仲良しなのね~。もし何かを探しているようなら、私に任せて!私、探しもの魔法は得意なのよ!」
リリヤはそんな俺達3人を見て面白そうに笑うと、小さくガッツポーズをしてそう言ってくる。
探しもの魔法か。浮遊城を見つけられたりなんてしないだろうか。
「じゃあ、えっと……少し探して頂きたい物があります。」
一度皆に目で確認を取ってから、俺は掌の上の門の欠片をリリヤへと見せ浮遊城と門について説明する。
「なるほどなるほど……わかったわ、やってみるわね。……あ、でもその代わり一つお願い聞いてくれるかしら?」
すんなりと快諾してくれたリリヤだったが、やはりタダでとは行かないらしい。
今回は何だろうか、幽霊退治とかでなければいいのだが。
すると突然リリヤが何やら、胸の前で指先同士を合わせながらもじもじし始める。
「そのぉ……メイちゃん?私のこと、サンお姉様みたいにリリヤ♥って呼び捨てにしてもらっても良いかしら……。」
何故か頬に手を当て顔を赤らめながら、そんなお願いをしてくるリリヤ。
どうしてそこまでして呼び捨てにされたがるのだろうか。
よほど先代に名前で呼んでもらえていた事が嬉しかったのだろうか。
恐らく物凄い年上であろう相手に呼び捨ては少し気が引けるが、それくらいならと俺が口を開こうとした瞬間ベレノの手が俺の口を塞ぐ。
「……クリノスについて聞きたいんですよね?私がその事について話すので、それで交換条件というわけには行きませんか?」
ベレノが突然、俺が呼び捨てするのの代わりにベレノの親類についての話をすると言い出した。
急にどうしたんだ?さっきあまり話したくなさそうだったように見えたんだが。
そういえば呼び捨ての強要って何か、出会った頃のベレノを思い出すな。
「ええ……?そうねぇ……うーん、いいわよ!」
リリヤは少し悩むようにしながら、やがてゆっくりと親指を立ててウィンクをしてくる。
やっぱりこの人ちょっと面白い人かもしれない。
「それじゃあ早速、探しものを探しに行きましょうか。こっちよ、ついていらっしゃい。」
そう言って移動を始めたリリヤの後をついていくと、手すりのような柵がついた謎の台座へと案内される。
「これは……?」
俺達はリリヤに続いて、その謎の台座の上へと乗り込む。
するとその台座がゆっくり宙へと浮かび始めた。
「飛んでる?羽根無い!すごい!」
ぴょんぴょんとシャルムが跳ねると、台座が少し揺れて怖い。
「はいはーい。落ちないようにしっかり手すりに捕まってね~。」
リリヤがそう言うと、台座が一気に高度を上げていく。
「おわっ!?」
俺は慌てて手すりに掴まろうとしたが、その時には既にベレノの尻尾が俺の腰を捕まえてくれていた。
「思ったより早いのだな。……落ちた場合は……考えるまでも無いか。」
サカマタさんが手すりに掴まりながら、ちらりと下を確認して苦笑する。
ちょっと、怖いこと言わないでくださいサカマタさん。
もう既に4階建てくらいの高さにはなっているだろうか。
「こら便利やねぇ。ほんで、これはどこへ行くん?」
案外平気そうなモニカが、流れ行く本棚を見ながらリリヤへと問いかける。
「図書館の最上階よ~。探しものをするなら、そこからが一番良いの。」
そう言ってリリヤが指差した先には、本棚の中へ紛れるように設置された両開きのドアがある。
どうやらあそこに目的地の部屋があるらしい。
「ここにある本って、どういう本なんです?」
ベレノが俺の腕に掴まりながら、リリヤへと尋ねる。
「ほとんどが魔法に関する……いわゆる魔道書だけれど、一応歴史書なんかもあるのよ~。さぁ着いたわ、皆!隙間があるから落っこちないように気をつけて降りてね。」
目的地へと近づくにつれ、速度がゆるやかになっていく空飛ぶ台座。
そんなホームと電車の間に足を挟まないように気をつけてみたいなノリで言われても。
10階層分くらいの高さが無いか?ここ。
リリヤは慣れた様子でそのドアの方の足場へと渡るが、台座と足場との隙間からは下が見えてしまう。
もし落ちたらと考えると恐ろしくて仕方がない。
「メイ、高い。怖い?」
シャルムが軽く羽ばたいて、手すりの上へと止まりながら俺の方を心配そうに見てくる。
思えばシャルムに掴まれて空を飛んだ時はもっと高かったはずだ。
だったらこれくらいは余裕でいけるはず。
俺はそう思いながら、台座から足場の方へと一歩踏み出す。
ほら、大丈夫大丈夫。怖くない怖くな……いややっぱりちょっと怖い。
つい隙間から下を覗いてしまって、俺は足がすくみそうになる。
「そこで止まらないでください。危険です。」
そんな俺を見かねてか、ベレノが俺の腰に巻き付けた尻尾でそのまま持ち上げ運んでくれる。
本当、すいません。
「なんやメイちゃん高いとこ怖いんか~?そんなんで浮遊城行ったらどないするんよ?」
余裕な足取りで足場へと渡るモニカが、そんな事を聞いてくる。
あれだけ大きな城ごと浮いてるような物と、このやや不安定な台座では感覚が全然違う……はずだ。多分。
「それほど怖いならば、シャルムのように某の肩に乗って運ばれてみるか?」
まるで鷹使いのようにシャルムを腕に乗せて足場へと飛び移りながら、そんな事を言ってくるサカマタさん。
この高さにサカマタさんの身長分まで加算されたらそれはもう、下手な絶叫マシンより怖いですよ絶対。
「うふふ……本当に仲が良いのね、あなた達。」
そんな俺達の会話を楽しそうに笑って聞いていたリリヤが、最上階の部屋の扉を開く。
するとそこには見たことも無いような不思議な装置が、謎の光などを放ちながら忙しなく動いていた。
部屋の窓からは、街の外からも見えていた巨大魔法陣が間近に見える。
「そういえば、あの大きな魔法陣は何なんですの?」
俺はそっと窓辺へ近づいて魔法陣を見上げた後、街を見下ろしてみる。
やはり結構な高さだ。さっき空を飛んでいた街の人達が小さく見える。
「ああ、あれはね……この街を守るための制御装置みたいな物なの。街の異常を検知したり、外敵からの侵入を防いだり……あとは、飛行魔法の補助的な役割もあるわね。」
リリヤが俺の隣へと来て、窓に触れながらそう説明してくれる。
なるほど。思ったよりもハイテクだ。
もしかしてこの魔法陣の下でなら、俺も魔法で飛べたりするのか?
「そうなんですのね。……あ、そうだ探しもの!」
また本筋から離れてしまいそうになったのを、俺はハッと思い出して軌道修正する。
観光に来たのではなく、探しもの魔法で浮遊城を探してもらう為にこんな高いところまで来たのだ。
「そうだったわね。じゃあえっと……この水晶に手を置いて、探したい物の具体的なイメージを思い浮かべて。」
そう言うとリリヤは水晶玉を指差した後、門の欠片を魔法陣が描かれた台座の上へと置く。
俺は言われた通り水晶玉の上に手を置いて、浮遊城の姿を思い浮かべる。
浮遊城、地獄門、雪……。
すると街の上空の巨大魔法陣から、光の波動のような物が数回放たれた。
「んーと……ここから北西に約15kmの所に、それっぽい反応があるような……でも姿が見えないわね。魔法で透明化しているのかしら。」
欠片が置かれた台座の上に、この街を中心とした周辺地域らしき地図が写し出される。
赤く点滅しているのが、その浮遊城らしき物の位置のようだ。
「少し待ってね、今確認するわ。」
リリヤはそう言ってメガネのような物をかけ始める。
そして何やら空中で何かを操作しているように手を動かし始めた。
「……何してるんだろう?」
俺はひそひそとベレノへと声をかける。
傍から見ていると、パントマイムのようで少しシュールだ。
「さぁ……。エルフの魔法は高度ですからね、私達には理解が追いつかないのかも。」
ベレノとそんな会話をしていると、リリヤの動きが止まる。
どうやら何か分かったようだ。
「……うん。空飛ぶ大きなお城ね。探しものはコレで良いのかしら?」
メガネを外したリリヤが台座を指で叩くと、浮遊城の姿が映し出される。
そうだ、これが俺達が探し続けていた浮遊城だ。
「はい!ありがとうございます!みんな、すぐに出発しよう!」
浮遊城の姿を確認するやいなや、俺は待ちきれずに部屋から飛び出そうとする。
だがそんな俺の腰を、またベレノの尻尾が捕まえ引き戻す。
「落ち着いてください。場所がわかった所で、空中に浮いている物にどうやって乗り込む気ですか?」
ベレノの冷静な指摘に、俺は地団駄を踏む。
そんな事言ったって、妹がすぐそこに。
「そ、そうだシャルムに運んでもらえば……!」
うちのパーティには空を飛べるシャルムがいるじゃないか、と俺はシャルムの方を見る。
シャルムはふんすふんすと鼻を鳴らして、やる気満々な様子だ。
「せやけど、シャルちゃんに運んでもらったとしても1人ずつやと時間がかかりすぎてしまうで。その間に敵に見つかってしまうかもしれへんし……。」
モニカが小首をかしげながら、問題点を指摘する。
確かにそうだ。かと言って単独で乗り込むわけにも行かない。
「それに、いかにシャルムと言えど某を持って空を飛ぶのは……重量的な問題もあり些か難しいのでは無いか。」
サカマタさんはシャルムを床へ下ろし、行けそうかと尋ねる。
だがシャルムは首を横に振っている。やはり厳しいか。
だからと言ってパーティの最大戦力であろうサカマタさんを置いて乗り込むのは無謀だ。
「……要するに、全員でこのお城に乗り込みたいのよね?だったら、お姉さんに任せなさい!」
ドンと胸を叩いて、リリヤは自信満々な顔で俺達へ言う。
まさかエルフの高度な魔法でそれもなんとかしてもらえるのだろうか。
「お、お願いします!なるべく早く行きたいんです!」
俺は藁にも縋る思いで、リリヤの手を握って懇願する。
「ふふ……。じゃあ準備をするから、少し待っていて頂戴ね。」
リリヤは俺へ微笑み返すと、一度部屋を出ていく。
そして俺はこの時リリヤに任せた事を、後で少しだけ後悔する事になる。




