第二十話【剣と剣】
第二十話【剣と剣】
久しぶりに訪れたジーニアから、妹の近況を聞いた翌日。
鍛冶屋【俺の店】で頼んでおいた剣が今日の夕方頃には仕上がるという事なので、明日には街を出発する為の準備を俺達は始めていた。
「……というわけで、明日の朝にはこの街を出発しようと思うんだけど。とりあえずは欠片の指し示す方向へと向かうとして……次はここへ寄ろうと思う。」
俺はベッドの上にこのあたりの地方の地図を広げて、次なる目的地を指差す。
「ふむ、その理由は?」
サカマタさんが地図を覗き込み、顎に手を当てながら尋ねる。
「昨日ジーニアさんから聞いた、先代魔王復活のための触媒に関する情報を集めるためです。……本当はエヴァーレンスまで戻って調べるのが一番可能性が高いんでしょうけど、そのために戻るわけにもいかないので。」
あくまで最優先事項は浮遊城の発見、及び妹の救出だからだ。
触媒がどこにあろうとも、妹を先に救出してしまえればそれで復活も阻止できる。
こんな時に転移魔法が使えれば、行って帰ってとできるのだが。
「うーん……せやねえ。あ、でもこんくらいの規模の街なんやったら、もしかしたら通信魔法装置くらいあるんちゃう?」
モニカは俺が指差した街を、同じ様に指差してそう言う。
通信魔法装置というのは確か、俺の世界で言うところの電話みたいなものだったはずだ。
こっちの世界ではまだまだ個人間のメッセージのやり取りには手紙が用いられている。
言霊魔法などの個人で使える通信魔法は有効距離が限られており、返事のために両方が通信魔法を使う必要があるためややハードルが高い。
そこで長距離でのタイムラグ無しの相互通信をと開発されたのが、通信魔法装置だ。
ある程度の規模の街には設置されている事が多い大型の魔法道具で、その装置同士を用いることで電話のように通信ができるらしい。
「装置があればエヴァーレンスの本部へと連絡して何か情報を聞けるかもしれません……ただ、装置を使う許可が得られるかはまた別の問題ですが。……まぁ、なんとかなるでしょう。」
ちらりと俺の右手の紋章を見るベレノ。
一見便利な装置だが、誰でも使えるというわけでは無くその装置を管理している者の許可がいるらしい。
いざとなったらこの勇者の紋章でなんとか……なったらいいなぁ。
「手紙、届ける。ボク、任せて!」
そう言って自信満々な顔で翼を上げているシャルムの頭を、俺は苦笑しながら撫でる。
流石に鳥人でもここからエヴァーレンスまで行って帰ってこようと思ったら何日かかるかわからない。
それにシャルム一人にそんな大変な仕事を任せるわけには行かない。
次の街に通信魔法装置が無かったら、その時はまた別の方法を考えよう。
「じゃあとりあえずは……一時解散かな。俺はこの後サカマタさんに剣の修行をしてもらう予定だけど、他の皆はどうする?」
俺はそう言って広げた地図を畳みながら、他の皆へ今日のスケジュールなどを尋ねる。
「んー、せやなぁ。ウチはもうちょっと買い物してこよかなぁ。この街におる間に色々見て回っときたいし。」
頬に手を当てながらそう言うモニカのその手には、赤い宝石の付いた金の指輪のような物がついていた。
ん?なんだあの指輪、昨日まであんなのしてなかったような気がするけど。
しかも左手薬指に……。
「私は……部屋で本でも読んでいます。ただ後でメイには魔法の修行に関する話があるので、そちらの修行が終わったら声をかけてください。」
そう言いながら難しそうな本を抱えるベレノの手には、モニカと同じような赤い宝石付きの金の指輪がついている。
しかも同じく薬指に、だ。
なんだ?2人とも同じような指輪を左手薬指につけている。
……そういえば昨日、俺が寝る前2人は買い物に行くと言って揃って出ていったような。
まさかそんな、俺が知らない間に2人はそんな関係に……?
「……わかった。シャルムはどうする?」
そんな2人の指輪が気になりつつも、俺はあえて言及せずにシャルムへと問いかける。
「ボク、メイ頑張る、見てる!」
シャルムは両翼を上げて、元気に答える。
どうやらシャルムは俺がサカマタさんに修行してもらうのを見学するようだ。
俺はそんなシャルムを抱き上げて、改めて皆の方を見る。
「じゃあ、そういう事で……解散!また後で!」
ベレノとモニカの2人に手を振り、俺はサカマタさんとシャルムと共に部屋の外へと出る。
部屋に残された2人が扉を閉める瞬間、一瞬睨み合って居たように見えたが気の所為だろう、多分。
◆◆◆
俺はサカマタさんに稽古をつけてもらうべく、ホルオーレの街から少し出た道の外れへとやってきた。
近くの岩場の上では、見学のシャルムが楽しそうにこちらを見ている。
「さて、ではまずは軽くその剣を振ってみるといい。」
サカマタさんは今俺の腰に下げられている、先代勇者の剣を指差す。
俺は早速その剣を抜いてみると、見た目に反してかなり軽い事がわかった。
前に使っていた剣と比べても、大きさは然程変わらないのに持った時の感覚が全然違う。
これは少し慣れが必要かもしれない。
「思ったよりかなり軽いですね……中身がスカスカってわけではないと思うんですけど……。」
不思議な軽さに戸惑いながらも、俺は数回素振りをしてみる。
やはり軽い、とても金属の剣とは思えないような軽さだ。
感覚的に言えば子供用のチャンバラの刀やスポンジ製のバットを振っているみたいな感覚だ。
「そうだろうな。それは見たところミスリル銀製のようだからな。ミスリル銀は軽くて丈夫な上に、魔法を帯びさせる事ができるという性質を持つ特殊な金属だ。」
そう言いながらサカマタさんは、近くに落ちていた石ころをいくつか拾い上げる。
ミスリル銀?あまり聞き覚えのない名前の金属だ。
軽くて丈夫と言うと、アルミみたいなものだろうか。
俺は改めてその不思議な薄紫色の刀身を観察する。
「まぁ習うより慣れろ、だ。今から某が石を投げるから、それを叩き切って見せろ。」
するとサカマタさんはそう言って、石ころを1つ下手投げで俺へと放り投げる。
剣で石なんて切って大丈夫なのか?また刃こぼれでもしたら、あの店主に怒られるかもしれない。
俺はそんな事を考えながらも、投げられた石をしっかり見て剣を振り下ろす。
だが石に当たった感覚がしない。それとも単に狙いを外したのだろうか。
「すいません、もう1回……あれ?」
外してしまったと思った俺はサカマタさんにお願いして、もう1回石を投げてもらおうとする。
だがそこで今投げられたと思わしき石が、俺の足元で真っ二つに割れている事に気がつく。
落ちた衝撃で割れた?脆い石だったのか。
いや待て、それにしては断面が滑らかすぎる。
「切れ味は確かめられたか?では行くぞ!」
サカマタさんはそう言って笑うと、ぽいぽいと今度は石を2個同時に投げてくる。
「え、ちょっ!?」
俺は大慌てで剣を構え、石をしっかりと見る。
そして咄嗟に右の石を切るが、左の石が俺の身体へこつんと当たる。
2個同時に投げられては剣が間に合わない。
「……今。両方切るのには間に合わない、と考えたか?」
突然俺の考えを見透かしたような事を言うサカマタさんに、思わずドキリとしてしまう。
「果たして本当にそうか?……今のはただの石ころだったが、もしそれが矢だったら死んでいたかも知れないな。」
サカマタさんは新しい石を拾いながら、笑ってそんな事を言う。
あなたが言うと冗談に聞こえないんですよそれ。
だが実際に矢だったら確かに死んでいたかもしれない。
苦笑する俺を見て、サカマタさんもまた不敵な笑みを浮かべる。
「では、死なないためにはどうすべきだ!」
そんな問いかけと共に、サカマタさんが石を時間差で2つ投げてくる。
結構な全力投球だが、同時で無いのならなんとか間に合うか。
俺は1つ目の石を下から上へと切り上げると、そのままターンさせるようにして2つ目を上から下へと切り下げる。
やはり時間差であれば、なんとか間に合う。
俺がそんな風に油断した、瞬間。
「気を抜くな!」
サカマタさんが両手の親指で弾くようにして、また同時に2発の石を飛ばしてくる。
また同時攻撃か!でも今度は当たらないように片方を避け……。
そうして俺が回避の姿勢を取ろうとした時、俺の動きに合わせるようにしてサカマタさんが次の石を発射しようとしているのが見えた。
このままでは回避行動でバランスを崩した所を追撃されてしまう。
だとしたら同時に飛んでくる2発を回避せずに処理しなければいけない。
「やッ!!」
俺は間に合うかどうかなど考えず、ただ全力で剣を振るう。
するとその刃は滑らかな曲線を描くようにしながら、2つの石をほぼ同時に切った。
間に合った!
そんな風にまた俺が油断した瞬間、追撃の石が膝へと命中する。
「まだまだ詰めが甘いな……。だが今ので感覚はわかったはずだ。出来ないなどと思い込む事はやめるんだ。出来なければ、戦では容易く死ぬ。」
サカマタさんは小さく息を吐いて、俺を指差す。
俺は石をぶつけられた膝を涙目でさすりながら、その言葉を重く受け止める。
出来ないと思い込まない事。そして出来なければ死が待っている事。
必要なのは何が何でもやってみせるという、覚悟。
「もう1回……お願いしますッ!」
立ち上がると数回剣を素振りして、感覚を確かめる。
そして俺は真っ直ぐにサカマタさんの方を向いて、剣を構えた。
サカマタさんは静かに頷き、再び俺へと石を投げる。
不用意な回避は追撃を受ける。
なるべく姿勢を崩さず、どんな攻撃も捌き切るつもりで。
「ひとつッ!ふたつ!」
サカマタさんが投げた石を俺は冷静に切り捨てていく。
すると再びの同時攻撃。だが今度は迷わない。
今の俺の剣は早い。同時だって対応できる。
だが追撃の可能性も忘れるな。常に次のことを考えろ。
「やぁッ!」
俺は先程よりも早いくらいの速度で、同時攻撃をぶった斬る。
同時攻撃も凌いだ。だが油断はするな。
追撃を読むことができたなら、その次はどうするべきだ。
そう考えていると、いつのまにか俺の身体はサカマタさんの方へと動き出していた。
そしてそのままサカマタさん目掛けて剣を振るう。
「……いい判断だな。上出来だ。」
サカマタさんは自分の目の前ギリギリで寸止めされた剣を見ながら、ニヤリと笑う。
この人、俺が剣を振っても避けようともしなかったな。
俺は正直当たってしまったらどうしようかと思ってたけど……。
それだけ俺の事を信頼しているって事なんだろうか。
……それともやっぱり避けるまでも無いって事か?
そんな風に俺が少し暗い顔をしていると、サカマタさんがそっと頭を撫でてくる。
「少し休憩するとしよう。あちらのお嬢さんも心配そうだからな。」
サカマタさんがそう言って苦笑しながら指差した先では、シャルムがハラハラとした表情でこちらを見つめていた。
すっかり忘れていたが、シャルムが見学しているんだった。
……いや、本当にサカマタさんに剣が当たらなくて良かったな。
危うくシャルムに酷いトラウマを植え付けてしまう所だった。
「メイ、剣早い!すごい!」
俺がシャルムが居る岩場へと近づくと、シャルムがニコニコしながら褒めてくれる。
「いやぁ、この剣が軽いおかげだと思うけどね。」
シャルムに褒められ少し照れながら、俺はゆっくりと剣を抜いてその薄紫の刀身へと目を落とす。
先代勇者の剣。数百年たっても錆びや刃こぼれの1つも無い、まさしく伝説の剣。
果たしてこんな凄い剣を、俺は扱い切れるだろうか。
「まぁ……俺も少しは強くなった、って事にしておこうかな。」
にっ。と笑って、俺はシャルムの頭を撫でる。
弱気になるのはやめよう。出来ないなんて思わない。
全ては妹を助け出すために、俺は俺のできる事を全部全力でやってみせる。
それから少しの休憩を終えた後、俺は再びサカマタさんと夕方まで修行に励んだ。
◆◆◆
サカマタさんとの修行を終え、宿へと戻ってきた俺はベレノの待つ部屋へと向かった。
なんでも、魔法の修行に関する話があるらしい。新しい魔法でも教えてくれるんだろうか。
「ベレノ、いるか?今帰ってきた。」
俺は右の部屋の扉をノックして、ベレノへ声をかける。
小さな返事が聞こえた後少しして部屋の扉が開かれ、ベレノが顔を覗かせた。
「おかえりなさいメイ……あれ、鍛冶屋に注文していた剣はもう受け取りに行ったんですか?」
ベレノは俺の腰に剣が1本しか無い事に気がついて、そう尋ねてくる。
しまった。修行に夢中になりすぎて忘れていた。
「あ、やばい!忘れてた!ごめん、すぐ取ってくる!」
そう言って鍛冶屋へ行こうとする俺の手を、ベレノの手が引き止める。
「待ってください。……私も一緒に行きます。」
ベレノはそう言うと、ローブのフードをかぶる。
そういえばベレノはいつも外に出る時はフードを被っている事が多い気がする。
多少物珍しそうな目で見られる事はあっても、直接何かしてくるような者はめったに居ない。
個人的にはそこまで気にしなくてもいいと思うんだが。
「……やっぱり、フード被ってないと気になる?」
何気なく俺は、そのフードについて尋ねてみる。
もっとずっと昔の時代は種族を理由に差別されていたような時代もあったらしいが、それももう殆ど無くなっているようだ。
ベレノは習慣的な物だと言っていたが、それで折角の綺麗な瞳を隠してしまうのは何だか勿体ないような気がする。
「気になる……というか、こう……かぶっていると何だか落ち着くので。見られるのが嫌ってわけではありませんよ、私は。」
ちらりと俺の方を見上げると、少し照れたように笑うベレノ。
なるほど、そういう理由もあるのか。
そういえば妹も同じような理由でフード付きパーカーをよく着ていた気がする。
機会があったら一度ローブとか俺も着てみようかな?
「そっか。ならいいんだ。」
俺は笑って、ベレノと一緒に宿を出る。
すると宿を出た所で自主練を終えたらしいサカマタさんとシャルムと遭遇した。
「あ、サカマタさん。お疲れ様です。俺達、ちょっと鍛冶屋に剣を受け取りに行ってきますね。」
サカマタさんへ手を上げて応え、そう伝える。
「ボク、一緒むぐっ。」
サカマタさんに抱えられていたシャルムが何か言いかけた所を、サカマタさんがシャルムの口を塞ぐ。
「ああ、わかった。某らは宿にて待つ。」
どこか不満げな表情をしているシャルムをよそに、サカマタさんがそう答える。
シャルムは何を言おうとしたんだろうか。
「……行きましょうか。」
ベレノが俺の手を引いて、出発を催促してくる。
まぁいいか、とりあえず剣を受け取りに行かなければ。
そうして俺とベレノは何故か手を繋いだまま、明日の朝には別れる事になるホルオーレの街を歩く。
最初は驚いたドワーフの多さにも、すっかりと慣れてしまった気がする。
「……あ、そういえば。魔法の修行に関する話って?歩きながら聞いても大丈夫か?」
俺は思い出したように、ベレノの本題の話を切り出す。
今俺が主に使えるのは、拘束魔法、目眩まし魔法の2つだけだ。
流石にベレノが使っていた蜘蛛を召喚する魔法や黒い手を呼び出す魔法は使えないだろうが、もう少しレパートリーが欲しい。
一応回復魔法もモニカに教えてもらったのだが、どうやら俺にはあまり適性が無いらしく簡単な解毒魔法くらいしか習得する事ができなかった。
「ああ……それなんですが、新しく簡単な魔法を1つ教えます。それから……あ、ここですね。ちょっとまっていてください。」
ベレノはそう言って、歩いている途中でとある店の中へと入っていく。
看板を見る感じ、どうやらここは魔法装飾品の店のようだ。
そういえばベレノもモニカも見慣れない指輪をしていたが、あれもそういう道具なのかもしれない。
程なくして、ベレノが何かを手に持って店から出てくる。
「おかえり、それは?指輪……か?」
俺はベレノが手に持っている指輪らしき物を指差す。
特に宝石などはついてないシンプルなデザインの銀色の指輪だ。
「これは、低位の魔法をストックしておくことができる魔法道具です。目眩ましや拘束魔法くらいならば行けるでしょう。」
そう言ってベレノはおもむろに俺の左手を取ると、サカマタさんに貰った火耐性の指輪を外してくる。
そして今自分が持ってきた、銀の指輪を同じ位置へとはめてきた。
何故皆、わざわざ左手薬指にはめようとしてくるんだ。
……拘束魔法って低位の魔法だったのか?
ベレノはそれを使って相手の骨をへし折ったりするけど、やっぱりそれって中々凄い事なんじゃ……。
「別にそこの指じゃなくても……。」
そんな俺の言葉が聞こえているのかいないのか、ベレノは外した火耐性の指輪を俺の右手人差し指へとはめなおす。
剣を握る邪魔にならなければ俺的にはどこでもいいのだが。
というか、俺が使う用の指輪を買ってきてくれたのか。
「私のような魔法使いと違って、あなたは前に出て剣を振るうのですから……敵の目の前で詠唱をしていては間に合わない事もあるでしょう。」
ベレノの言葉に俺は確かにと頷く。
今までも何度か、そういう場面はあった気がする。
「ですから、事前に詠唱をしてその指輪に魔法を1つストックしておけば、任意のタイミングでそれを発動する事ができます。」
例えば拘束魔法や目眩まし魔法を事前に唱えて指輪に込めておけば、ピンチの時に体勢を立て直しやすくなるという事か。
それは確かに戦略の幅が大きく広がりそうだ。
先日も走り回りながら詠唱をして、息を切らしてしまっていたし。
ベレノが説明を続けながら歩き始めるので、俺も置いていかれないようについていく。
「なるほどな……それは便利そうだ。ありがとうベレノ。……ところで、さっき言ってた新しい魔法って?」
俺は少しワクワクしながら、どんな凄い魔法を教えてもらえるのかと期待の眼差しを向ける。
するとベレノは懐から短い杖を出して、ゆっくりと口を開く。
「フォクス・ライト。」
ベレノが呪文を唱えると、杖の先端へと青白い炎が灯る。
その魔法って、確か……?
「霊体を可視化する魔法です。光源にも使えて便利ですね?」
くす。とどこか俺を見てからかうように笑うベレノ。
俺がお化けや幽霊が怖いのを分かっていて、その魔法を覚えさせようとしてないか?
確かに便利かもしれないが、霊を可視化するというデメリットがあまりにも俺には大きい気がする。
「……何も意地悪で言っているのではありませんよ。少し考えてみてください?お化けがいるかどうかわからない所をビクビクしながら進むより、居るか居ないかをはっきりさせて進む方がある意味安心でしょう?」
ベレノはいかにも正論っぽい事を言いながらも、笑いを堪えるように口の端がぴくぴくと動いている。
そう言われるとそうなのだが……やっぱり俺をからかって楽しんでいないか?
「でもそんなの別に俺が使わなくたって……。」
俺は適当な理由をつけて、その魔法の習得を渋る。
「あら……少し前に、どんな厳しい修行でも耐えるとおっしゃったのはどこの勇者様でしたっけ?」
どこか俺を馬鹿にしたような目で、悪戯っぽい笑みを浮かべるベレノ。
そんな事俺は……確かに言った。あの時、テントの中で。
「私もそれに対して、教えられる事を全て教えると言ったので……これも覚えて貰わないと困りますね?」
ゆらゆらと青白い炎を揺らしながら、俺の顔をニヤニヤと覗き込む。
今日のベレノはちょっと意地悪じゃないか。
ほんのちょっぴり俺が涙目になりそうになっていると、ベレノがそっと俺の右手へ手を繋いでくる。
「ちゃんと約束しましたからね……あなたもちゃんと、約束守ってくださいよ?」
ベレノはそう言いながら、俺の手を指を絡めてしっかりと握る。
確か、全てを教える条件として俺の時間を1年くれと言っていたか。
だけどそれは寿命をくれという意味では無いらしい事はわかった。
だとすると、どういう……?
俺が改めてあの言葉の意味を考えていると、不意に後ろから誰かに肩を叩かれる。
「そこのお熱いおふたりさん♪そない手ぇ繋いで、どこいくん?」
そんな声に振り返ると、そこには紙袋いっぱいのお酒らしき瓶を抱えたモニカが立っていた。
今ベレノが静かに舌打ちをした気がする。
「ああ、モニカ。もしかして今までずっと買い物に?俺達は今注文してた剣を受け取りに鍛冶屋に行くとこだ。モニカも一緒に来るか?」
俺がそう説明するとモニカは耳をぴょこんと立てて、素早く俺の左隣へとやってくる。
そしてがっしりと俺の左手へ、そのもふもふの手をベレノと同じ様に指を絡めて握ってくる。
「ほなウチもメイちゃんと一緒に手繋ぎデートしよかな!」
楽しそうにそんな事を言うモニカと、ギリギリと痛いくらいに俺の手を握りしめてくるベレノ。
デートってそんな……女の子同士ならこれくらい普通、だよな?多分。
そうして俺は両方の手を女の子と繋いでいる、両手に花のような状態で街を歩く事になる。
ドワーフ達の視線が少し痛い。
「ん、そういえば……2人とも、今朝見慣れない指輪してたけど、あれは?何かの魔法道具?」
丁度ふたりとも居るから、ちょっと気になっていたあの金の指輪について俺は尋ねてみる。
すると途端に2人の足が止まって、俺は少し後ろへ引っ張られそうになる。
しまった、何か聞いちゃいけない事だったか。
「いやぁあれは……なぁ?ベレちゃん……。(売ってたセットのペアリング取り合いになって、仕方なく1個ずつ買ったとか言われへんやろ流石に……。)」
どこか言いづらそうにしながら、ちらりとベレノの方を見るモニカ。
ベレノもまたモニカの方を見るが、ふいっと視線をそらす。
「まぁいろいろあったんよ、せやからそんな気にせんでも……ってアレ!?メイちゃん指輪変わってへん!?」
そこでふと、俺の左手にはめられている指輪が火耐性の指輪から、さっきベレノがくれた銀色の指輪に変わっている事にモニカが気がつく。
「え、ああ。さっきベレノがくれたんだ。魔法をストックできる魔法道具だって。便利そうだよなー。」
そう言ってベレノの方をちらりと見ると、何故かベレノは物凄いドヤ顔をモニカへ向けている。
「っく……!大人しい顔して侮れんやっちゃでほんま……!」
それに対し悔しそうな反応をするモニカ。
一体この2人は何の争いをしているんだ。
「はーぁ……メイちゃんがもっと回復魔法の適性高かったら良かったんやけど……。」
突然モニカはため息を付いて、そんな事を言い始める。
それに関しては本当にごめん。魔法には系統によって習得の向き不向きがあるとは知らなかったんだ。
魔法にはいくつかの位付けが存在しているらしく、ざっくりと低・下・中・上・高位と別れているらしい。
俺がベレノやモニカに教えてもらったのは全て低位、つまり初級者向けの魔法ばかりだ。
上の方の位の魔法になると習得できる者も限られてくるそうだ。
モニカ曰く俺の回復魔法の適性は、高く見積もっても下位程度。
パーティで回復魔法使いを名乗るにはかなり苦しいらしい。
「そしたらウチが手取り足取り腰取り……ぁ痛ッ!?」
モニカが下品な笑みを浮かべながらそんな事を口走った瞬間、ベレノの尻尾がモニカのお尻を叩いた。
もはやそんなやり取りも、見慣れてしまったような気がする。
◆◆◆
結局手を繋いだまま鍛冶屋【俺の店】へとやってきた俺達。
なんだか余計に時間がかかってしまったような気もするが、それは良いとして。
約束通りならもうそろそろ剣が仕上がっている頃のはずだ。
「すいませーん。頼んでおいた剣の受け取りに来ましたー。」
俺は店の受付で、多分奥にいるであろう店主へと声をかける。
「おーう!ちょっと座って待ってな!今さっき出来上がったばっかりだからよ!」
返ってきた店主の言葉通り、俺達は廃材を利用したベンチへと座って待つ事にする。
「どんな剣になってんのやろ、なんやワクワクするなぁ!」
胸の前で小さく手を合わせながら、テンション高めなモニカ。
「そういえば、そっちの先代勇者の剣はどうだったんですか?使用感は。」
俺の左腰に下げられた先代勇者の剣をちらりと見て、そう尋ねてくるベレノ。
「それがさ、すっごい軽いんだよ。なんでもミスリル銀とか言う素材でできてるらしくてさ……切れ味も凄いし、石だって切れちゃうんだぜ!」
ゆっくりと剣を抜いて刀身を二人に見せながら、俺はやや自慢げに語る。
切れ味は抜群、しかも軽くて慣れれば取り回しもしやすい。
これを作った当時の職人ドワーフは、さぞ名のしれた匠だったのだろう。
「ミスリル銀……ですか。確か軽くて丈夫……しかし加工するのに熟練の技術が要求される、扱いの難しい特殊金属ですね。」
輝く刀身を覗き込みながら、詳しく説明してくれるベレノ。
流石はベレノだ、博識だな。
「装飾品などに少量使われることが多いのですが……それをまるまる武器に加工しようと思うと、かなりの難度になるはずです。」
そう言われて俺は改めてその薄紫の刀身を見つめる。
そんな凄い物を数百年も前の人間が作ったなんて、にわかには信じられないな
だがそんな業物だからこそ、先代の魔王を打ち倒す事ができたのだろう。
「へー。そんな凄いモンなんや……ほんで、ミスリル銀ってどんくらいするん?」
同じ様に刀身を覗いていたモニカが、指で円を作ってそんな事を言う。
横で一緒に説明を聞いていたが、やっぱり気になるのはそこらしい。
「さぁ……。これが作られた当時はまだ、産出がそれなりにあったようですが……年々ミスリル銀の数も減ってきているそうですから、今作ろうと思うと結構な値段になるのでは無いでしょうか。そもそもこれを扱える職人がいるかどうか……。」
つまりこれが壊れてしまったら、修理するのも難しいかも知れないって事か。
大事に使わなければならないな。
「おう、待たせたな。コレがご注文の剣だ。柄の部分はまだ使えそうだったんで、前の剣のをそのまま使ってある。」
店の奥から現れた店主が、その手に鞘へ収められた剣を持って近づいてくる。
握り慣れた柄でまた持てるのは、なんともありがたい配慮だ。
俺はベンチから立ち上がって、カウンターの方へと駆け寄る。
「今回刀剣の素材に使用したのは、アダマンタイトだ。こいつぁ魔法を寄せ付け難くする効果のある金属でな、主に盾なんかに使われるんだが……。」
カウンターの上に置かれた剣を、店主がゆっくりと鞘から引き抜き説明を始める。
デザインは先代の剣に似ているが刀身は暗い藍色で、ちょうどこのミスリル銀の剣とは対象的な印象を受ける。
「アダマンタイト!?」
後ろで座っていたベレノが、驚いたように声を上げて立ち上がりこちらへと近づいてくる。
「それって、ミスリル銀よりももっとずっと希少なのでは……?」
驚いた表情で、ベレノがカウンターの上の剣を覗き込む。
俺はそんなベレノの言葉に驚き、確認するように店主の方を見る。
「あー、その……まぁそうなんだが。ウチの資材倉庫にちょうど剣1本分くらい残ってたんでな、折角ならと思ってよ。」
店主はどこか照れくさそうに頭を掻きながら言う。
そんな貴重な物を使ってもらって良かったのだろうか。
しかも確かこれは化物退治のお礼としてという話だったはずだ。
「ま、ぶっちゃけ大赤字だけどよ。だがコレで魔王をぶった切ってくれりゃぁお釣りが来るってもんよ!がははは!」
豪快に笑う店主に、俺は少し申し訳ない気持ちになる。
俺達は勇者パーティではあるが、その目的は魔王討伐ではなく妹の救出だからだ。
正直に話そうかと口を開きかけた俺をベレノの手が制止し、無言で首を横に振った。
「え~?そない高い素材なん?それってこのミスリル銀に比べたらどんくらい高いん?」
お金の話になった途端、嬉々として首を突っ込んでくるモニカ。
「ん?あー、そうだな……だいたい今の相場で言うと、20倍くらいか?」
店主の言葉を聞いて、俺達3人は一斉に吹き出す。
20倍!?今希少になって高騰してるであろうミスリル銀の、さらに20倍の価格!?
「ま、そういうわけだからよ!【俺の店】印のアダマンソードとミスリルソードで活躍、よろしく頼むぜ!」
ニカッと笑ってサムズアップをしてくる店主に、俺はもう本当のことを言い出せなくなっていた。
これはもう、魔王じゃなくてもそれに近しい何かとか倒さなければ申し訳が立たないのでは……?
俺は店主に何度もお礼を言って、逃げるように足早に店を後にした。




