第十九話【先代】
第十九話【先代】
クライカネ商会の不正を暴き、無事に先代勇者の剣を手に入れた上に支援まで取り付けた日の翌日。
昨晩色々あって倒れてしまった俺は、何故か皆に囲まれるようにベッドの上で看病をされていた。
「あの……もう大丈夫だからさ、そこまでしてもらわなくても……。」
苦笑する俺の左右を挟むように位置取るベレノとモニカ、そして足の上にはシャルムが乗っている。
そんな俺の言葉を聞いているのかいないのか、ベレノは果物を剥いては俺に食べさせようとしてくる。
「長旅で色々と疲れが溜まっていたのでしょう……少しくらい休んでも良いのですよ。……はい、あーん。」
そうやってベレノが差し出してくれるリンゴのような果物を、俺は少し照れながら口で受け取る。
それで言えば皆も同じだけ旅をしているのだから、皆も休むべきだと思うのだが。
「せやせや。先代勇者の剣も手に入ったし、まだまだこれからなんやから。それにどのみち注文してる剣が出来上がるまでは街から離れられへんのやろ?」
モニカはそう言いながら俺の手を頻りにさすってくる。
それは確かにそうなのだが、待ってる間にあの剣を使う練習をするとか色々できる事はあると思うのだが。
俺はベッドの傍らに立てかけられている先代勇者の剣を見る。
「それはそうなんだけどさ……。あれ、そういえばサカマタさんは?」
こうも手厚く看病されてしまうと、何だかむず痒い。
そういえばサカマタさんの姿が見えない。
「あー、サカマタはんやったら何や落ち込んでるみたいで向こうの部屋におるよ。」
そう言ってモニカは隣の部屋の方の壁を指差す。
サカマタさんが落ち込んでる?何でだ?
まさかまた俺が何かやらかしたのか。
「どうやらメイが倒れたのは自分のせいだと思っているようです。……昨晩何があったんですか?」
ベレノは俺の左手薬指できらりと光る、昨晩サカマタさんにもらった指輪へと視線を落とす。
何があったと言われたら、これの事なのだろう。
俺は自分の左手の指輪を見つめて、なんだか照れてしまう。
そんな俺を見て、少しベレノがむっとした顔をした気がする。
「メイ、倒れる。ボク悲しい。休む、大事。」
そう言ってシャルムは俺がよく頭を撫でるのを真似するように、翼で俺の頭を撫でてくる。
ふわふわの翼が、なんだかくすぐったい。
「何って程では無いんだけど……この指輪をサカマタさんにもらったんだ。戦友の証だ、って。」
改めてその指輪を観察しながら、俺は皆に説明をする。
よく見れば宝石もそこそこ大きいし、かなり凝ったデザインの指輪だ。
2位とは言え大会の賞品にもなるくらいなのだから、さぞ値打ち物なのだろう。
「えー……ええなぁ。指輪、ウチも欲しいなぁ……。」
モニカは俺の左手をそっと握ると、まじまじと指輪を見つめ始める。
そういえば街に向かう途中でも、モニカは指輪が欲しいとか言っていたっけ。
「確か、魔法の指輪でしたか。どのような付与効果が込められているのですか?」
ベレノはさりげなくモニカの手を押しのけながら、俺に尋ねてくる。
そういえばそのあたりの説明を聞いていなかった。そもそもこれはどうやって使うものなんだ?
俺は指輪を窓から差す光にかざしてみる。
赤い宝石がキラキラと乱反射して、とても綺麗だ。
「キラキラ、宝物!」
興味津々な様子でシャルムが宝石を覗き込んでくる。
やっぱりシャルムも女の子だし、こういうの好きなんだろうか。
俺はさっきのお返しとしてシャルムのふわふわ頭を右手で撫でる。
「一般的な魔法道具であれば、魔力を流し込めば作動するはずですが……。」
ベレノのそんな言葉を聞いて俺は、試しに指輪へと魔力を流し込むように拳を握ってみる。
すると指輪が淡く輝いたかと思えば、100円ライターのような小さな火が突然宝石部分から現れた。
「熱ッ……くない?」
火に驚いて反射的にそう言ったが、右手の掌を近づけて確認してみると熱を感じられない。
どういう事だ。火に見えるけど実はそうじゃないのか?
「え?ほんま?どれどれ……って熱ッ!嘘やん!メイちゃん嘘やん!普通に熱いで!?」
俺の反応を見て少しワクワクしながら指先を近づけたモニカだが、何故か熱を感じたらしく指先を抑えて部屋の中を跳ね回る。
バカな、そんなはずは。
指先の毛が少し焦げ、糸目に涙を浮かべながらこちらを見るモニカ。
俺は再度確かめるために、今度は右手の人差し指をゆっくりと近づける。
「……んん?やっぱり俺には熱さを感じられないんだけど……。」
近づけても離しても、なんなら指先に火が触れても熱くない。
その様子を見ていたベレノが、興味深そうに何か考えている。
「ふむ……メイ、少しその指輪貸して頂けますか?」
ベレノがそう言うので、俺は薬指から指輪を外す。
指輪は外した途端、サカマタさんにはめてもらう前のようなブカブカのサイズに戻る。
それから俺はベレノの手に指輪をはめようとしたのだが、流石に同じ様に左手薬指につけるのはなんだか気が引ける。
少し迷った後、俺はベレノの右手人差し指に指輪をはめる。
やはり自動的に装着者の指のサイズにリングが変化した。
「なるほど、魔力を用いた自動調整……では……。」
自分の指にはめられた指輪を少し眺めた後、ベレノは指輪へ魔力を流し込む。
するとまた指輪が輝き始めたが、その光は俺の時に比べてかなり明るい。
やはり魔力の扱いの差が魔法の指輪の効力にも影響するのだろうか。
そんな事を考えていると宝石部分から大きめの炎が飛び出し、その熱気が顔に伝わってくる。
さっき自分で使った時はこんな熱さなんて感じなかったはずなんだが。
「ふむ……使用するのに然程魔力は要求されないようですね。……ある程度のコントロールもできそうです。」
ベレノがそう言って炎をじっと見つめると、炎が徐々に小さくなって先程の俺と同じくらいのサイズに収まる。
流し込む魔力を制御すれば、炎を大きくも小さくもできるという事だろう。
するとベレノが突然、その火を素手で鷲掴みにした。
「ベレノ!?モ、モニカ!回復!回復!」
俺はベレノの突然の奇行に驚き、大慌てでモニカに回復魔法を要求する。
「落ち着いてください。……やはり、指輪の装着者には熱さを感じられない……というよりは、本人が火傷をしないように安全装置のような術式が組み込まれているようです。」
そう言ってベレノは手を開いてみせるが、その手にはどこにも火傷の痕などは無い。
そしてベレノはその火を人差し指ですくい上げるようにすると、火がベレノの指先へと移る。
その冷静な反応を見るに、それでもやはり熱くないのだろう。
すると何を思ったのか、ベレノはその火の灯った指先をモニカへと近づける。
「え、何やのベレちゃん。ちょ、待ちいや!それごっつ熱いねんで!?自分は平気や思て!メイちゃん!なんとかしてや!」
さっき火傷したばかりのモニカは、真顔のまま指を近づけてくるベレノの手首を両手で掴んで全力で止める。
何をやってるんだベレノは。
俺は慌ててベレノにやめるように言って、手を下げさせる。
「……というわけで、これは恐らく装着者への火に対する耐性の付与と、ちょっとした火が出せる効果がついた魔法の指輪ですね。」
ベレノは何事も無かったかのように指輪を外し、そう報告する。
なるほど。使いようによっては結構便利そうな指輪だ。
これがあればキャンプファイアを作る時に何度も石を叩いて火花を起こさなくて済むな。
次は当然自分が試せるものと期待して手を出していたモニカを完全にスルーして、ベレノは俺の左手薬指に指輪を戻す。
やっぱりこの位置に指輪をつけられるのは、なんだか落ち着かない。
「指輪、いいな。ボク……。」
そんな俺達のやり取りを見ていたシャルムが、少し羨ましそうに言う。
そして自分の翼と、鉤爪を見てしょんぼりしてしまう。
人型種族と違い、鳥人に合うような装飾品は中々探すのが難しそうだ。
「まぁまぁ、ええやんか。シャルちゃんにはこのお宝があるやろ?」
そう言ってモニカはシャルムが首から下げている青い石を指先で揺らし、優しく頭を撫でる。
シャルムは明るい顔になって、大きく頷いた。
なんだかんだ言ってモニカって優しい(?)な。
「あー、ウチもウチだけのお宝欲しいわぁ。魔法道具で無くてもええから……なぁメイちゃん?」
チラチラと俺の方を見ながらそんな事を言ってくるモニカ。
褒めた直後にコレだ。
だいたいそんな事を俺に言ってどうするんだ?
欲しければ自分で買うなり作ってもらうなりすれば良いじゃないか。
「そんな事俺に言われても……だいたい俺が許してもベレノが許してくれないだろ?」
俺は少し困ってしまって、ベレノの方を見る。
無駄な物は買わない、とベレノも確か言っていたはずだ。
こういった旅の役に立ちそうな道具ならともかく、普通の装飾品は邪魔になるだけだろう。
「……そうですね。無駄なものは買いません。……ところでメイ、かつてあなたが居た世界では婚姻に際して指輪を送る風習があると言いましたけど……その指輪はどの指につけるものなのですか?」
少し間を置いて答えたベレノが、続けてそんな質問をしてくる。
どの指につけるかと言われるとそれはもちろん、ココだ。
俺は自分の左手薬指の指輪へと目を落とす。
「ちょうどコレと同じ左手薬指が一般的かな。……だからなんか俺、ココにつけるのちょっと恥ずかしいかも。」
俺は左手の甲を見せるように軽く上げ、そう照れながら苦笑する。
前の世界とは文化が違うとは分かっていても、やはり意識してしまうものだ。
「へぇ……そうなんですね。」
俺の答え方が何かまずかったのか、場の空気が少しピリついた気がする。
何だ、この空気。
謎の空気感に焦った俺は、別の話でお茶を濁そうと咄嗟に口を開く。
「そ、そういえば!竜人にも似たような風習があるんだって!まぁこれはもちろん戦友の証だけどさ。なんか不思議だよな、世界が違うのに似たような風習があるなんて。」
慌てながらも話を出した俺に、ベレノとモニカの視線が突き刺さる。
そして2人は数秒互いに見つめ合うと、同時ににっこりと笑った。
なんだそのやり取りは。俺は時々この2人がわからない。
「……ちょっとウチら買い物行ってくるさかい。メイちゃんは部屋で大人しいしてるんやで~。」
そう言ってモニカは、ベレノと一緒に部屋を出ていく。
なんだあの2人、俺が居ないところではむしろ仲がいいのか?ますますわけがわからない。
とはいえ、このままベッドで寝ているだけなのも退屈なんだが。
どうしようかと考えながら、俺は目の前のシャルムに向けて腕を広げる。
「メイ、寝ない?休む、大事。……一緒、寝る?」
吸い込まれるように俺の方へと飛びついてくるシャルム。
そんなシャルムの提案に、俺は少し考える。
せっかく皆が心配してくれているのを無下にもできないか。
それに今はまだ昼にもなっていないし、少しだけ昼寝をしてそれから何か活動をしよう。
「じゃあ一緒に寝るか。……おやすみ、シャルム。」
俺はシャルムを布団へと招き入れ、頭を撫でれば抱きかかえるようにして眠りにつく。
妹とも昔はこうして良く一緒に眠ったっけ……。
◆◆◆
俺はハッと目を覚ます。
部屋の中は既に暗く、シャルムも居なくなっている。
しまった。寝すぎてしまったか?
俺は慌ててベッドから飛び起きた所で、何か違和感に気がつく。
静かすぎるのだ。
いくら夜とはいえ、ここホルオーレはそこそこ活気のある街だ。
にも関わらず街の喧騒などと言った音が一切聞こえてこない。
俺は窓辺へと近寄り、窓から街の様子を確認する。
街には明かりはついている、だが誰一人として出歩いていない。
寝ていた間に何かあったのか?
急いで他のメンバーに確認するべく、俺は部屋から飛び出した。
「おはよう、姉様。」
俺は廊下に出た途端、誰かに話しかけられた。
見ればそこには男の子が立っている。
この子は……俺の弟のライだ。
「ライ?何故あなたがここに……。」
弟がこんな屋敷から遠く離れた地方の街の宿屋にいるはずが無い。
「……?何言ってるの姉様?まだ寝ぼけてる?」
そう弟に言われて改めて周囲を見回すと、そこは宿屋の廊下ではなく見知った屋敷の廊下だった。
そんなバカな。
俺は慌てて後ろを振り返るが、そこには既に宿屋の部屋の質素な木の扉は無い。
白を基調にした金装飾の扉、それは明らかに屋敷での俺の部屋の扉だった。
これは夢か幻か。俺は確かめるように自分の体をあちこち触る。
服装もいつのまにかフリフリとしたドレス姿になっているし、切ったはずの髪もあの頃のように長くなっている。
「ライ、ここは……っ!?」
どうなっているのかと目の前の弟に再度尋ねようと目を向ければ、そこに既に弟の姿は無い。
途端、屋敷全体が傾いているかのように動き始め、俺は屋敷の廊下を滑り落ちていく。
次からへ次へと何なんだ!
やがて俺はその勢いのまま廊下の突き当りの窓を身体でぶち破り、外へと放り出される。
不思議とガラスの痛みは無い。
一瞬目を閉じて、再び開くとそこはどこか見覚えのある場所。
「ここって……地獄門の時の……。」
そうだ、ここはあの時防衛戦を行った城塞だ。
ふと前方へ目を向けると、地面に1本の剣が突き刺さっているのが見える。
やけに血まみれだったが、手持ち無沙汰なのも何かと思い俺がその剣を引き抜いた、次の瞬間。
目の前にそれまで影も形も無かったはずの、大型の魔族らしき敵が現れた。
俺は驚きつつも咄嗟に剣を構える。
振り下ろされる巨大な拳をギリギリで避け、その腕へと斬撃を加える。
「何だってんだ!?」
状況を理解するために、魔族が腕を抑えて苦しんでいる間に俺は一旦逃走する。
そして近くにあった建物の扉へと飛び込んだ。
するとまた周囲の空気が一変して、俺はまた別の場所に居た。
どこか民家の中のような場所。
強い光が差す窓辺には誰かが立っているが、逆光で顔を確認することができない。
だがシルエットを見る感じ、あれはラミアだ。
「ベレノ……?」
俺はもしやと思い、そのラミアへと声をかける。
だがその途端ラミアが顔を覆って泣き出してしまう。
何故泣いているんだ。
近づこうと一歩足を踏み出した瞬間、世界が急激な勢いで引き伸ばされたみたいにその景色が遠くなる。
そして気がつけば、何も見えない闇の中。
立っているのか浮いているのか、上下左右の感覚も何もわからない。
「何なんだよこれはッ!」
俺は全く状況についていけず、我武者羅にさっき拾った剣を振り回す。
するとガツンと何かに当たった感触がした。
今度は何だとそちらを見ると、俺の目の前にはドラゴンのような黒い角と尾を持つ魔族らしき大男が立っている。
慌てて後退ると、いつのまにか俺は荒野のような場所に飛ばされていた。
広がる空はどこまでも赤紫に染まり、まるで世界の終わりのような光景だ。
「……勇者デソルゾロットよ。貴様はこの世に何を望む。」
突然魔族の男が俺へと話しかけてくる。
誰だこいつは、俺はこんな奴知らないぞ。
この世に何を望む?どういう意味だ。
俺が答えに迷っていると、不意に俺の横から女性の声が聞こえた。
「そんなの決まってるだろ!皆の笑顔さ!」
そう言って不敵に笑っているのは金の長い髪に青い瞳、そして2本の剣を手に持った人物。
恐らく、先代勇者サン・デソルゾロットだ。
あの男は俺にではなく、この先代勇者サン・デソルゾロットに声をかけたのか。
だとすればやはりコレは夢の中なのか?
そして勇者と対峙しているこの魔族の男、こいつが先代の魔王?
「その皆の為ならば、我々魔族を殺す事を厭わないと言うのだな。」
魔王が巨大な剣を構え、勇者へと切先を向ける。
「ボクだって……できれば殺したくはない。だけど一度始まった戦いは、ちゃんと決着をつけなきゃいつまで経っても殺し合いが続くだけだ!」
そう言って踏み込むような動作をしたかと思えば、勇者の姿が一瞬消える。
そして次の瞬間には魔王の懐へと飛び込んでおり、その双剣で凄まじい連撃を放つ。
それに対し魔王も負けじと剣でガードをしながら、勇者へと掴みかかる。
だが勇者は魔王の身体を足場にして、大きく上へと跳躍する。
「魔王ッ!!コレで終わりにしようッ!!」
空中で勇者が叫ぶとその姿が瞬く間に2人4人8人と分身し、一斉に魔王へと襲いかかる。
勇者の猛攻を受けながらも反撃し、一人また一人と分身をその大剣で葬っていく魔王。
大剣の餌食となった分身は、煙のように消えていく。
分身を含めて残り2人になった時、魔王が勇者を捕らえ鷲掴みにする。
「ぐああぁッ!!ぁ゛っ……っぐ……!」
掴まれた勇者の身体からバキバキと骨の砕ける音がする。
どうやら捕まったのは分身ではなく本体だったようだ。
勇者の本体を捕らえ、魔王が勝ちを確信したその瞬間。
魔王の背後から現れたもう1体の勇者が、魔王の身体をその剣で背中から刺し貫いた。
「貴様ッ……!自らを囮に使ったのか……!ぐふっ……!」
魔王が紫の血のようなものを口から流しながら、膝をつく。
力の緩んだ魔王の手から、勇者はなんとか脱出する。
「はぁ゛っ……はぁ……げほッ……ごめんね……。次はもっと……お互い、平和な時代に生まれよう。」
勇者もまた血を吐きながら、どこか悲しげな表情で魔王へとそんな事を言う。
そしてゆっくりと剣を構えると、まるで介錯でもするように魔王の首を切り飛ばした。
勇者が魔王の頭を拾って、足を引きずりながらどこかへと歩いていく。
それと同時に俺の意識は徐々にフェードアウトしていく。
「……出会い方が違えば……きっと……。」
薄れゆく意識の中で、そんな彼女の悲しげな声だけが俺の耳に残った。
◆◆◆
「……メイ……メイ……。」
誰かが俺を呼ぶ声がする。
その声に呼び覚まされるように、俺はゆっくりと目を開く。
そこには、心配そうに俺を覗き込むシャルムの桃色の瞳があった。
一度起きたのは夢の中だったらしく、俺はずっと寝ていたらしい。
部屋の窓からは夕暮れ色の日が差し込んでいる。
「……ん……おはようシャルム。……どうした?」
俺はゆっくり身体を起こして、不安げな顔をしているシャルムにその理由を尋ねる。
「メイ、怖い夢……見た?泣いてる……ボク、心配……。」
シャルムにそう言われて俺は初めて、自分の頬が濡れている事に気がついた。
これは、涙?いつのまに。
「大丈夫だよ……ちょっと変な夢を見ただけ。」
そっとシャルムを抱きしめて、俺は頭を撫でてやる。
それにしても奇妙な夢だった。
途中までは俺の記憶を参照にしたような光景だったが、最後の方は以前に見た謎の夢の続きのようにも見えた。
あれが本当に先代勇者と先代魔王なのだとしたら、何故俺の夢に出てきたのだろうか。
先代が俺に何かを伝えようとしている、とか?考えすぎかも知れないが。
「しまった、寝すぎたな……。」
やはり自分でも気づかないくらい疲れが溜まっていたのだろうか。
少しだけ寝るつもりが、もう夕方になってしまった。
俺はシャルムを抱きかかえたまま、そっと廊下へと出る。
もちろんそこには弟は居ないし、廊下だって宿屋の廊下だ。
「……出会い方が違えば……か。」
夢の中で先代勇者が言っていた、妙に頭に残る言葉を呟いてみる。
そんな俺を不思議そうに見つめるシャルムに、なんでもないと頭を撫でて部屋へと戻る。
「お目覚めですかな。テンセイ殿。」
俺が部屋の方を振り返ると、そこにはいつのまにかジーニアが立っていた。
あまりに突然現れたジーニアに、俺は驚きすぎて抱えていたシャルムを落としそうになる。
「じ、ジーニアさん!?びっくりした……!いつのまに……。」
寝起きの身体には少し刺激が強い登場だ。
ジーニアはよっこいしょと俺のベッドへと腰掛ける。
「いやはや、少し前にもお邪魔したのですが……そちらの鳥人のお嬢さんと気持ちよさそうに寝ていらっしゃいましたので、邪魔をするのも悪いかと思い。」
喉を鳴らして小さく笑いながら俺とシャルムの方を見るジーニア。
この爺さんが来たということは、何か妹の事に関する報告があるのだろう。
俺は一旦シャルムをベッドの上に下ろして、ジーニアの前立つ。
「それで、妹の様子は……?」
少し不安になりながらも、俺はジーニアへ妹の近況を尋ねる。
「そうですな……依然として抵抗を続けられております。今日は牢の門番へ半日ほど氷の礫をぶつけ続けておられました。」
ジーニアの報告を聞いて、俺の頭には疑問符が浮かぶ。
なんか、そういう感じなのか。もっと手足を拘束されて磔にでもされているのかと。
ともかく思ったよりも元気そうで安心した。後は泣いていないと良いのだが。
「な、なるほど……。そういえば、疑問だったんですが……俺達に情報を渡してくれる割には、浮遊城の位置は教えてくれませんよね?それには何か理由が?」
以前から気になっていた事をこの際に聞いてみる事にする。
この爺さんが場所を教えてくれさえすれば、俺達はすぐにでも浮遊城へ乗り込むことができるのに。
「……気を悪くしないで頂きたいのですが、我々も恐れているのです。そちら側に浮遊城の潜伏場所が知られ、大挙して攻め入られる事を。……まぁ、テンセイ殿はそのような事はなさりますまいな。」
要するに俺達に妹を助けるための手は貸してくれるが、地上世界の勢力側としては完全に信用しているわけでは無い、という事だ。
俺達も名目上は浮遊城を探すために旅をしている、と討伐隊本部には報告してある。
仮に場所が判明してそれを本部へ報告したとしても、本部の人たちが魔王である妹を無事に保護してくれる保証はない。
どちらにせよ俺達は、自分たちの力だけで浮遊城を探し出す必要があるのだ。
「……そちらの事情もわかります。……じゃあせめて、妹への伝言をお願いできますか?」
捕まっている妹へ、せめて何か元気になれるような言葉を伝えてやりたい。
そのお願いにジーニアはゆっくりと頷いてくれる。
「ありがとうございます。じゃあ……えっと……”兄ちゃんが必ず助けに行くから、待っててくれ。もし泣きそうになったら、兄ちゃんの事を思い出せ。”って妹に伝えてください。」
俺は妹の顔を思い浮かべながら、伝言の内容をジーニアへと伝える。
本当は今すぐにでも会いに行ってやりたい。
だが乗り込むとなれば、件の旧魔王派との戦闘は必至。
魔王である妹を捕らえるほどの実力者達だ、生半可な強さでは無いだろう。
挑むなら万全の体勢で挑みたい。
俺が負けるような事があれば、妹の救出は叶わないのだから。
「ええ、しっかりとお伝えいたします……。ですが、なるべくお急ぎください。彼奴らは今、先代魔王様復活のための触媒探しに奔放しているようですが……見つかるのも時間の問題かと思いますので。」
ジーニアのそんな言葉に、俺は少し首を傾げる。
「その触媒……とは?」
魔法や儀式を行うために触媒と呼ばれる特殊な素材を用いることは知っている。
だが先代魔王と復活させるための触媒というのは、どういった物なのだろうか。
「まぁ……ざっくりと言えば先代魔王様の体の一部ですな。例えば、ツノであったりだとか……。」
自分のツノを指さしながら、そう教えてくれるジーニア。
「とはいえ、先代魔王様の身体は数百年も前に火葬されておりますし……可能性があるとしたら、先代の勇者アルシエラが討伐の証として持ち去ったと言われる先代魔王様の頭部、ですかな。」
先代勇者が先代魔王の頭を持ち去ったという衝撃的な言葉に、俺は少しショックを受ける。
頭ってそんな、戦国時代じゃあるまいし。
いや、数百年も昔だとこっちの世界でもそういう時代だったのか?
というかそれってやっぱりあの時見た夢の……?
「しかし……彼奴らもそのアテがあるからこそ、あのような謀反を起こしたのでしょう。ですから……あまりのんびりはしていられませんな。」
やれやれと言うように首を横に振りながら説明してくれるジーニアだが、俺はそこで新たな疑問が頭に浮かぶ。
この爺さん、一体どの立場で動いているんだ?
確か本人の話では、先代魔王に仕えていたと言っていたはずだ。
だとしたら先代魔王が復活するのは、嬉しいはずだろう。
そして本当に妹の味方だと言うのなら、その旧魔王派の連中に捕まっていなければおかしいのでは?
そう考えたら途端に、俺はこの爺さんが怪しく見えてくる。
「あの……ジーニアさんは先代魔王の復活を願っているわけでは無いのですか?」
この際だからスタンスをはっきりしてもらおうと、俺は踏み込んだ質問をする。
「ほほ……どうでしょうな。確かに先代魔王様がご復活なさるのであれば、それは私も嬉しいのでしょう。……ですが、それによって今の魔王、アルシエラ様が犠牲になると言うのなら……私は素直に賛同できないのです。」
ジーニアはどこか遠い目をして、言葉を続ける。
「今は旧魔王派の連中に協力するフリをしながら、こうしてテンセイ殿に情報を伝えたりなどしておりますが……それもいつバレてしまうか……。」
自分のかつての主人と、今の主人を天秤にかけながらも俺の妹を助けるために危険なスパイ活動をしてくれているのか。
きっとそれには、爺さんなりの苦悩や葛藤があるのだろう。
「……なるほど。触媒については俺の方でも少し探ってみます。ジーニアさんもお気をつけて。」
俺も妹の味方になってくれているヒトと戦うような事は避けたい。
それにはやはり、妹を救出できるかどうかが鍵になる。
「ああ、それから……アルシエラ様よりこちらを預かっております。」
そう言ってジーニアは俺へと何かを差し出してくる。
それは何か、透明な鱗のような物だ。
ジーニアが俺の掌へとそれを乗せると、とても冷たい事がわかる。
どうやらこれは氷の鱗のような物らしい。
透き通っていて綺麗だが、手で触れても解けるような気配は無い。
「無事に自分の元へ辿り着くためのおまもり、だそうです。なんとも兄想いな方ですな……。」
おまもり、か。
そういえば昔、妹が一人で留守番をするのが怖いと言うので俺が手作りのお守りをプレゼントした事がある。
お世辞にも俺は裁縫が得意な方では無かったのでかなり不格好な物だったが、それでも妹はそれを大事にしてくれていた。
「それでは私はこれにて……おや、これは……。」
用件を終えたジーニアが帰ろうとするが、そこでふと立てかけられている先代勇者の剣に気がつく。
どこか懐かしむような目で剣を眺めるジーニア。
「……導かれるべくして、ですかな。ほっほっほ……。」
そしてそんな意味深な言葉を残して、ジーニアはすーっと消えていく。
何度会っても不思議な爺さんだ。
そんなジーニアを見届けた後で、俺はまだ聞きたかった事があったのを思い出す。
先代魔王と先代勇者の戦いについての事を少し聞きたかったのだが、また今度あった時にしよう。
俺は妹の事を思いながら、その氷鱗のおまもりをぎゅっと握りしめた。




