第十七話【苦手なもの】
第十七話【苦手なもの】
職人ドワーフの街ホルオーレに到着した翌日。
優勝賞品である先代勇者の剣をかけた力自慢大会に出るサカマタさんとその応援団。
そして鉱山へと化物退治に行くことになった俺とベレノの2チームに分かれて今日は行動する事になっている。
宿の前でサカマタさん達とお互いの健闘を祈って別れた後、俺とベレノは早速例の鉱山へとやってきた。
「これが鉱山か……まるで迷路みたいだな。地図を貰ってきて正解だった。」
俺達は鍛冶屋【俺の店】の店主から預かった地図を頼りに、鉱山内の化物が最後に目撃されたというポイントを目指している。
隣にはどこか上機嫌なベレノが尻尾を揺らしながらついてきていた。
何か良いことでもあったのだろうか。今日はえらく機嫌がいい。
「地図、見せてください。……なるほど、例の化物が目撃されたのは閉鎖された旧坑道への入口のあたりですね。」
俺の手に持つ地図を、ベレノが覗き込む。
それもやけに身体を密着させるように寄せながら。
いくら坑道の中が狭いと言っても、一応横に並んで歩けるくらいの幅はあるのだからそんなにくっつかなくても。
そういえば昨日は結局、ベレノとモニカが互いを嫌い合っているというのは俺の勘違いだと言う事がわかった。
2人を一緒にするのが問題なのでは無く、そこに俺が加わる事が問題らしい。
何故俺なんかを取り合う必要があるのだろうか?
正直誰かに求められて悪い気はしないのだが、それが原因で喧嘩になってしまうなら少し考えなければいけない。
モニカは元からあんな感じだし、ベレノもこう見えて結構我が強い。
ほら、今もまた俺の手を尻尾で引っ張ってきている。
「……メイ?何ぼけっとしてるんですか?目的地に着きましたよ。」
そんなベレノの言葉で俺はハッとする。
色々考えている間に、いつの間にかその目撃ポイントへと到着していたようだ。
旧坑道へと続く、真っ暗な道の入口は木の板で封鎖されている。
だがその地面に近い位置の木の板は何かにかじられたようにボロボロになって壊れていた。
どうやらここを化物が出入りしていると見て良いようだ。
……それにしても暗いな。本当にこの奥へ行くのか?
俺が薄気味悪いその道をそっと板の隙間から覗き込んでいると、ベレノがおもむろにその板を外し始める。
「……やっぱ行かないと、ダメ?」
奥へ進む事に躊躇の無い様子のベレノに、そんな事を聞いてみる。
この先は地図にも載っていないようだから、完全な未知のゾーンになる。
「じゃあここで待ってますか?勇者様。」
皮肉交じりにそう言うベレノは、小さく鼻で俺を笑う。
やっぱ行くしか無いか。
こっちの世界ではまだゾンビ(しかもドラゴン)しか見たこと無いけど、お化けとか出ませんように。
俺が苦笑していると、ベレノがそっと右手を差し伸べてくる。
何も考えずにその手に自分の右手で応えると、怪訝そうな顔をされてしまう。
「もう、違いますよ。……怖いなら手を繋いであげようかって言ってるんです。」
呆れつつも少し照れたように、そんな提案をしてくるベレノ。
そんな子供じゃないんだから。俺、一応中身は成人男性なんですよ?
そう思いながら、俺はしっかりとベレノと手を繋いだ。
だって怖い物は、怖い。
「本当しょうがないですね……。」
口ではそう言いながらも、ベレノはどこか楽しそうだ。
俺は左手でベレノと手を繋ぐと、右手に古いランタンを持つ。
暗いところもあるだろうという事で店主が持たせてくれたのだが、正直あんまり明るくない。
自分たちの周囲をぼんやりと照らすのがせいぜいのようだ。
LEDの懐中電灯でもあればな。
そんな風に前世での文明を懐かしんでいると、やがてベレノが進み始める。
俺はそんなベレノに引っ張られるようにして暗い坑道内を進んでいく。
「……なんかベレノ、今日機嫌良い?」
ランタンに薄ぼんやりと照らされる彼女の横顔を見ながら、俺は何気なく尋ねてみる。
するとベレノは何故か俺の手を、指を絡めるようにして握り直してくる。
「……そうでしょうか。そう思うなら……何故だと思いますか?」
俺の手をにぎにぎとしながら小さく笑うベレノに、なんだかドキリとしてしまう。
何故って言われても、俺には答えられない。
ベレノはもしかして意外とこういう、坑道とか洞窟のような場所が好きなのだろうか。
そんな事を考えていると、不意に前方の闇の中を何かが横切ったような気がした。
「きゃっ!?」
それに驚いて出た女の子みたいな自分の悲鳴にも驚きつつ、俺は恐る恐る明かりで前方を照らす。
どうやらそこは十字路のようになっているようだ。
隣ではベレノが笑いを堪えている。
悪かったな、女の子みたいな悲鳴出して。
いや一応今は俺も女の子なんだが。
「ふふっ……さて、どう進みましょうか。右か左か、それとも直進か。」
俺はベレノと一緒に、順番にその道を確認する。
正直どれを選んでも真っ暗な事には変わりないのだが。
このまま帰るのはダメだろうか。ダメだよな。
「ん……待ってくれベレノ。これって……足跡じゃないか?動物の。」
そこでふと、地面に何か小さな足跡のような物が続いている事に俺は気がつく。
俺は一旦ベレノの手を離すと、しゃがんでその足跡を良く確認する。
ネズミの足跡とかだろうか。少し大きい気もするが、まっすぐ左の道へと続いているようだ。
もしかしたらこの先に巣か何かがあるのかもしれない。
「ともかく行ってみましょう。ダメなら戻ってくれば良いんです。……ほら、行きますよ。」
そう言って差し伸ばされた手を、俺はしっかりと握って再びベレノと手を繋ぐ。
やはり子供扱いされているようで、何だか複雑な気持ちになる。
妹が小学生の時に一緒に行った遊園地のお化け屋敷で、びびって竦んでしまった俺を妹が引っ張ってくれたのを思い出す。
結局あれで俺がお化けが怖いという事が妹にバレてしまったのだが、今思い出しても恥ずかしい。
ゾンビとかピエロは平気なんだけど、幽霊系などの実体が無さそうな奴がダメかも知れない。
などと色々考えていると、不意にベレノが俺の右手を引っ張った気がした。
「ん?どうしたベレ……ノ……?」
咄嗟に右を振り向いて、一瞬遅れてそれがおかしい事に気がつく。
ベレノは俺の左手を、指を絡めてしっかり握っている。
つまりベレノは俺の左側にいるのだから、右から引っ張られるのはおかしい。
それにそもそも俺の右側は……壁だ。
気づいてしまった途端足が止まり、さーっと血の気が引いて震え始める俺の身体。
「……?メイ?どうしましたか?」
急に足が止まった俺を、ベレノが不思議そうに見つめている。
だって今確かに誰かに右手を引っ張られたような。
俺は顔面蒼白になりながら、ゆっくりとベレノの方を向く。
そんな俺を見てベレノは少し驚いていたが、小さく息を吐くと懐から短い杖を取り出す。
「フォクス・ライト。」
ベレノが短く呪文を唱えると、ベレノの杖の先に青白い炎が灯り周囲を明るく照らす。
ランタンの光よりもずっと明るい。
そんな魔法があるならもっと早くに使ってほしかった。
そう考えている俺の目の前を、その炎のように青白い何かが横切った。
「ひっ!?」
俺はそれに驚き、後退ろうとして壁に頭をぶつける。
それでも痛みよりも怖さが勝る。
今のって、今のって。
「ああ……やっぱりいましたね、浮遊霊が。こちらから手出しをしなければ無害ですよ、多分。」
そう言いながらベレノは、ぶつけた俺の後頭部を優しくさすってくれる。
「び、びっくりした……というか、そんな便利な明かりがあるなら最初から使ってくれれば良かったのに……。」
そうすればこんなビクビクしながら暗い道を進む必要もなかったと思うのだが。
「……すみません、この呪文明るさは良いんですがこうやってそのあたりを漂っている霊とかを可視化してしまう効果があって。」
そうベレノが指さした先には、また青白い何かがふわふわと漂っている。
前言撤回。やっぱそんな呪文使わないで欲しかった。
「そんなに霊が怖いですか……?普段見えてないだけでそこら中に沢山いますよ。」
知りたく無かった情報を笑いながら伝えてくるベレノ。
鉱山には事故がつきものだから、この中で亡くなった人の霊が居てもおかしくはないのだろうが。
「じゃ、じゃあ……さっき俺の右手を引っ張ったのもやっぱり……?」
怯えた声でそう言う俺の言葉を聞いて、べレノの表情が少し変わる。
「……確かに引っ張られたんですか?気の所為とかではなく?」
真剣な表情で確認するように聞いてくるベレノに、俺は思わず身構える。
手を引っ張られると何かマズいのだろうか。
俺は不安になりながらも、ゆっくりと頷く。
「……通常、浮遊霊などの意思の弱い霊は生きている者へ直接物理的な干渉をすることができません。ですが霊の中には強い恨みなどの感情を持ち続け、悪霊や怨霊となる者が稀にいます。」
悪霊や怨霊と言われて、俺は咄嗟にさっき何かに触れられた自分の右手を確かめる。
今の所特になにか起こっているわけでは無さそうだが。
「そういった霊は生者の魂を取り込むために、時に幻聴や幻覚そして物理的な干渉を行ってくる事があります。……そしてそれらに一度目を付けられると……中々見逃してはくれないのです。」
ベレノの説明を聞き終わった途端、俺の手は震え始める。
冗談じゃない。俺は幽霊に会いに来たんじゃなくて、金属を食う化物退治に来ただけなんだぞ。
「……安心してください。あなたは私が守ります。」
震える俺の手をベレノはそっと握ると、優しく微笑んでくれる。
そんな頼れるベレノに俺は少し安心したのか、やがて震えも止まった。
やはりベレノは呪術師という事もあり、霊とか呪いとかに強いのだろう。
「ありがとう、ベレノ。……俺、昔からお化けとか幽霊系だけはダメでさ……。」
こんな女の子に守られてしまうような自分に少し恥ずかしさを感じながらも、俺は素直にベレノに感謝する。
結局社会人になっても、これだけは治らなかった。
「誰にでも苦手なものはありますよ……だから、そんな顔しないでください。そんなに怖いなら……私の事だけ見ていてください。」
俺はベレノに手を引かれながら、旧坑道を奥へと進む。
ベレノの魔法の明かりのお陰でだいぶ暗闇の不安感は薄まっている。
時折空中を漂っている青白い物にはやはりビクッとしてしまうが。
「……そういうベレノには、なにか苦手なものとかあるのか?」
少し調子の戻ってきた俺は、何気なくベレノへと聞いてみる。
ベレノは一瞬だけこちらを見て、また前を向き直す。
「苦手なものというか……苦手な性格ならありますよ。……無駄にお喋りで、他人の分まで欲しがるような大酒飲みなヒトです。」
嫌に具体的な説明だ。わからなくは無いが。
間違いなくモニカのことだが、苦手なだけで嫌いなわけでは無いのは昨日のでわかった。
「あとは……」
ベレノは突然立ち止まると、俺の方を振り向く。
「鈍感な人も……少しヤキモキしてしまいますね。」
なるほど、言いたいことが中々ちゃんと相手に伝わらないのも苦手か。
確かにそれは、俺も苦手かもしれない。
俺はどちらかといえば自分の気持ちはストレートにぶつけるタイプだ。
だから妹のことが大好きな事も、包み隠さず他の人に伝えがちだ。
そのせいで高校の頃告白してきてくれた女の子に3日で振られた事があるが、些細なことだ。
俺はただ妹の可愛さを知ってほしかっただけなんだが。
「ん、なんか空気が……広いところに出たのか?」
歩いているうちに、急に空気の流れが変わったような感じがする。
どうやら通路の先に、少し大きめな空間があったようだ。
俺はベレノに目で合図して、青白い炎を追加でいくつか出してもらう。
するとその大部屋の全貌が明らかになる。
そこには古いピッケルやシャベル、トロッコの残骸らしき物が山となってうず高く積み上げられていた。
そのどれにも、何かが齧ったような跡がついている。
「……どうやらここが、その例の金属を食べる化物の巣と見て良いようですね。」
俺は地面にランタンを置いて、静かに腰の剣を抜く。
一体どんな恐ろしい化物が。
その時、部屋の中央に積み上げられたくず鉄の山が少し崩れたかと思うと、そこから大きなネズミのような生物が顔を覗かせた。
鼻先を動かしながら周囲をキョロキョロしたかと思うと、俺たちの方を見つめてくる。
思いの外つぶらな瞳をしていて、少し可愛い。
「化物……って言う割にはなんというか、小さめだな。」
もっと熊くらいのサイズ感を想定していただけに、俺は拍子抜けになってしまう。
少し可哀想だけど、これならサクッと倒して終わりかな。
などと俺が考えた瞬間、くず鉄の山が揺れ動き大きく崩れ始める。
それと同時に山の中から、そのネズミのような生き物が十数匹一気に飛び出してくる。
「ベレノッ!」
俺は咄嗟にベレノを庇うように前に立ち、剣を構える。
しかしその生き物達は俺とベレノの傍を通り抜け、今入ってきた入口から暗い坑道内へと消えていった。
襲ってくるわけでは無かったようで一安心だが、結果としては逃げられてしまった。
今からあのネズミのような奴を全部倒すまで、また暗い坑道を彷徨うのかと思うと気が重くなる。
「……ッ!後ろです!」
突然背後のくず鉄の山から大きな物音がして、ベレノが振り返る。
するとそこには今逃げていった奴らの5倍ほどはあろうかという、巨大な個体が山の中から這い出てきていた。
その目は赤く変色しており、さっきの奴のようなつぶらさはどこにも無い。
それどころか殺意むき出しな様子で、俺達へと威嚇をしてくる。
恐らくこいつがここを縄張りにしているボスだ。
「さっきのはスクラップジャンキー。金属をかじる習性のある大型のネズミ……ですが、あれほど巨大化した個体を見るのは始めてです。」
ベレノがそのボスネズミを指差すと、ボスネズミは前歯をむき出しにして激しく威嚇してくる。
「こっちはまさしく化物、ってサイズ感だな……!」
俺は苦笑しながらも、剣を構え直す。
見るからに凶悪そうな前歯だ。あれで金属をかじっていたのか?
もし噛みつかれたらと思うと恐ろしい。慎重に立ち回らなければ。
「途中で幽霊が出ても、腰抜かさないでくださいよ……!」
そんな事を言ってベレノも戦闘態勢へと入ると、早速ボスネズミへと拘束魔法を放つ。
しかしボスネズミの動きは見た目に反して俊敏で、華麗にベレノの魔法を回避する。
そして再びくず鉄の山へと潜ったと思えば、そこから尻尾を使ってくず鉄をこちらへ飛ばし始める。
「おわっ!危ない……!」
俺は山を回るように走りながら、そのくず鉄アタックを回避する。
そして走りながら地面に落ちていた手頃な棒状のくず鉄を拾い上げる。
右手に剣を、左手にはくず鉄棒を。なんちゃって二刀流といった所だ。
そんな俺へくず鉄を取られて激昂したらしいボスネズミが、猛スピードで突っ込んでくる。
「なんか怒ってる!?でもッ!」
ボスネズミの突進攻撃をギリギリまで引き付けてからローリングで回避し、部屋の壁へと激突させようと目論む。
だがボスネズミは壁へと到達するとその勢いのまま壁を駆け上り、天井を伝って俺の頭上へと戻ってくる。
そんなんありか。
俺が頭上を見上げた瞬間、ボスネズミのフライングボディプレスが放たれる。
これは剣で受けても潰されてしまうと判断し、俺は慌てて落下予測地点から走って逃げる。
その直後、俺に避けられたボスネズミの身体が地面へと激突し軽く部屋が揺れる。
「なんて威力だ……でも、今がチャンスか!」
落下の衝撃で腹部を強打したらしいボスネズミは、短い手足をじたばたさせながら痛そうにのたうち回る。
俺はすかさずその比較的柔らかいであろう腹部目掛けて、剣と鉄棒で1発ずつ攻撃を加える。
修理されたばかりの剣は、とても良く切れるようだ。
そのまま追撃を狙おうとしたが、ボスネズミが体勢を復帰させたのを見て俺は一旦離れる。
お腹を切られたボスネズミはかなり激怒している様子で、息を荒くしながら俺を睨みつけている。
「メイ!もう少しそいつの注意を引いていてください!」
俺がボスネズミと睨み合っている間に、何かを準備しているらしいベレノが俺へと声をかけてくる。
ここは1つ、ベレノの言う通りにしてみよう。
「ほらほら、こっちだ!来い!」
俺は剣と鉄棒を打ち付けカンカンと音を鳴らしてボスネズミの気を引くと、そのままベレノとは反対の方向へと誘導を始める。
ボスネズミはますます激怒して、完全に狙いを俺へと固定したようだ。
怒りで冷静さを失うというのは、どの生き物でも同じらしい。
再び拘束魔法を唱えると、俺はそれを鉄棒の持ち手部分へとくくりつける。
そしてそれを鎖鎌のように振り回すと、ボスネズミ目掛けて投げつけた。
だがボスネズミの体表は見た目に反してかなり硬いようで、俺の攻撃は弾かれてしまう。
やはり腹部以外には攻撃が通りづらいか。
なんとかさっきのようにひっくり返せれば良いのだが。
俺は再びボスネズミの突進をギリギリまで引き付け、壁へと誘導する。
そのまま壁を登って飛び降りてくれればチャンスになるかもしれないと思ったからだ。
しかし俺の目論見は外れ、ボスネズミは壁で華麗なターンキックを見せるとそのまま俺へと再突進してくる。
こいつ、学習してる!?
ボスネズミの想定外な行動に俺は慌てつつも、なんとか再び回避する。
「なんか、闘牛士になった気分だな……!」
などと軽口を叩いている物の、徐々にだがボスネズミの速度が上がって来ている気がする。
怒りは冷静さを忘れさせるが身体にはパワーを与えるという事だ。
あまり大きな回避を取れば後の隙を狙われかねない。なんとか最小限の動きで避け続けるんだ。
ベレノはまだか?!
俺がそうやってベレノの方をちらりと確認し目を戻した次の瞬間、俺の眼前へとボスネズミの鋭い前歯が迫っていた。
不味い、反応が遅れた。
俺は咄嗟に剣と鉄棒を交差させボスネズミの前歯攻撃をガードする。
だがボスネズミのその金属をもかじる鋭い前歯によって、鉄棒と折角修理したばかりの俺の剣がガチンという音と共に真っ二つに折られてしまった。
「くっ!油断した……!修理したばっかりなのに……!」
半分ほどの長さになってしまった自分の剣にショックを受けながらも、ボスネズミからの追撃が来る前にバックステップで再び距離を取る。
こんな折れた剣のリーチじゃ、懐に入ろうとするだけでもかなり危険だ。
俺はもはや武器としては使え無さそうな鉄棒を捨てる。
どうする。避け続けても倒せなければそのうち限界が来てしまう。
「メイ!お待たせしました!こちらへ!」
俺が追い詰められかけているところへ、何かの準備が完了したらしいベレノが手を振ってくる。
部屋の壁沿いを走るようにしてボスネズミから逃げ、俺はベレノの元へと合流する。
こうなったら後はベレノだけが頼みだ。
「私が良いと言うまで動かないでくださいよ……!デッドリー・ウェブ!」
ベレノがそう叫びながら地面へと手をつくと、部屋全体を覆うほどの巨大なクモの巣が地中から出現。
そのままボスネズミをすくい上げるようにして、宙へとさらう。
ボスネズミは巣から逃れようともがくが、もがけばもがくほど手足に糸が絡まり身動きが取れなくなっていく。
「来たれ……魂喰らいの大蜘蛛よ。」
ボスネズミが完全に動けなくなったことを確認したベレノが、追加詠唱を行う。
すると部屋の天井にぽっかりと奥の見えない穴が空き、中から巨大な蜘蛛が糸を垂らしながら降りてくる。
やがて大蜘蛛はボスネズミへと取り付くと、その巨大な牙を首へと突き立てボスネズミを貪り始める。
激しく暴れるボスネズミだったが次第に抵抗は弱まり、最後には魂が抜けたように動かなくなってしまった。
流石ベレノの呪術、恐ろしい魔法だ。
「凄いな……こんなのまで使えるのか、ベレノは。」
俺は天井の穴へと帰っていく蜘蛛を見上げながら、素直に驚く。
これでも結構ベレノと一緒にいるが、まだまだ俺はベレノの事をよく知らないようだ。
蜘蛛が穴へと帰るとその穴が閉じ、部屋の中に残っていた蜘蛛の糸も煙となって消えた。
「滅多に使いませんけどね、この魔法は。……発動条件が難しすぎるので。」
どうやら魔法にはただ唱えるだけじゃ発動することができない、特殊な条件を持つ魔法があるらしい。
きっとそれには並大抵ではない魔法の修行が必要なのだろう。
「そうなのか……って、あ!あの小さい奴らはどうする!?やっぱ全部捕まえないとダメかな……?」
この部屋から逃げた十数匹の子ネズミ達の存在を思い出して、俺は再び気が重くなる。
あいつらだって放っておけばまた被害を出すかも知れない。
1匹みたら30匹いると思え、とは何の話だっただろうか。
「恐らくですが、縄張りのボスが倒されたことを知ればこの鉱山から逃げ出していくのでは無いでしょうか。……それに、あの程度のサイズの物ならドワーフ達でもなんとかなるでしょう。」
そんなベレノの言葉を聞いて、俺は少し安堵する。
これ以上暗い中を歩き回るのはごめんだ。
ここに来る途中だって何かに手を引っ張られてしまったし、早いところ鉱山を出てホルオーレの街へ帰りたい。
そんな事を考えながらも視界の端に何か違和感を覚えて、倒したボスネズミの死体へと目を向ける。
今一瞬、死体が動かなかったか?
だがはっきりと見たわけでは無いので、気の所為かも知れない。
……なんだか猛烈に嫌な予感がする。
「ベレノ……その、青白いのが浮遊霊なのはわかったんだけど……じゃああの、赤黒いもやもやは何だ?」
俺が冷や汗をかきながらゆっくりと指さした先には、今さっき倒したばかりのボスネズミの死体へと吸い込まれるように入っていく謎のもやもや。
ベレノの魔法のおかげで可視化されているのか、俺にもはっきりと見える。
「……赤黒いのは悪霊、もしくは怨霊です。そしてあれは新鮮な死体に憑依しようとしているようです。……街へ戻れるのはもう少し後になりそうですね。」
ベレノは冷静にそう説明してくれるが、正直俺はもう勘弁して欲しいと思っている。
不気味なうめき声と共に、明らかに身体の構造を無視したような動きをしながら立ち上がるボスネズミ。
退魔師の映画とかで見たことあるぞその動き。
俺はちょっと涙目になりながら、折れた剣をとりあえず構える。
「普通なら止めをさせば終わりですが……あれはそう簡単には行きませんよ。もう死んでますので。」
嬉しくない追加情報をベレノから聞き、俺はますます帰りたくなる。
でもここでこいつを放置して逃げ帰ったら、今度は金属をかじられるだけじゃ済まないだろう。
「ベレノ!さっきのあのでっかい蜘蛛また呼べないか?!」
もう一度あの蜘蛛に来てもらえば、なんとかなるのではという淡い期待からベレノに尋ねる。
「残念ですが、あれは生者の魂を食らう魔法なので……既に霊になっている存在には効果がありません。」
首を横に振りながら、長い方の杖で地面へ何かを描き始めているベレノ。
だが徐々に後ろ足を引きずりながらこちらへと近づいてくる悪霊入りのボスネズミ。
ともかく俺ができる事はさっきと同じだ。
ベレノがなんとかしてくれるまで只管時間を稼ぐ!
「えーと……えーと……じゃあ任せた!こっちだ!肉体のあるお化けなら怖くないぞ!」
俺はボスネズミの気を引くようにしながら、とりあえずベレノから離れる。
肉体のあるお化けって、考えようによってはゾンビって事なんじゃ無いか?
だったら行けるかも知れない。
そんな風に僅かに希望を持った俺の頬を、ボスネズミの口から伸びてきた半透明な手が掠める。
嘘、前言撤回。
「ひぃっ!遠距離攻撃は卑怯だろ!?」
生きてた時のあのボスネズミだってくず鉄を飛ばしてきたりはしたが、これはより性質が悪い。
何故ならば避けても悪霊の手がしつこく後を追ってくるからだ。
俺は逃げ回りながら地面に落ちていたくず鉄を拾い上げ、ホーミングする手を迎え撃たんとくず鉄をぶん投げる。
だが当然のようにそれは悪霊の手をすり抜けて、くず鉄が虚しく地面へ落ちる。
物理攻撃が効かない。本体は実質ゾンビ状態。
ゾンビドラゴンの時は核みたいなのがあったけど、見た感じこいつには無さそうだ。
俺が使える魔法はベレノに教わった拘束魔法と、目くらましの煙の魔法だけ。
どっちもあまりこいつには効果が無さそうだ。
そう思いながらも、俺は拘束魔法を唱えボスネズミの短い手足を縛り付ける。
だが案の定というか、ボスネズミは身体で這いずるようにしながらでも俺へと一直線に近づいてくる。
執念のような物を感じてお化けとは別の意味で怖い。
ダメだ走りながら詠唱なんてしたせいで、呼吸が。
「はぁ……っはぁ……ッ!くそっ!しつこいなぁもうっ!」
後ろから追いかけてくるあの手に掴まれたら、どうなってしまうのだろうか。
走り続けている俺の呼吸は乱れ、次第に息が切れてくる。
頼むベレノ!早くなんとかしてくれ!
俺は必死に逃げ回りながら、それでも自分にできる事を考える。
「あっ」
後ろを振り向きながら走ったせいで、落ちていたくず鉄に気が付かず俺は躓いてしまう。
そのまま盛大に前へと転倒した俺の両足首を、何かヒヤリとしたものが掴む。
もしかしたら何かほら、あの、ベレノの尻尾とかかもしれない。
そんな現実逃避のような事を考えながらちらりと確認すると、悪霊の手が俺の足をしっかりと掴んでいた。
しかもよく見れば、手だけではなく顔のような物までぼんやりと見える。
俺はその悪霊と、ばっちり目があってしまった。
普通ならロマンスでも始まりそうな所だが、今から始まるのは俺の悲痛な叫びだけだ。
「ぎゃあぁああぁっ!?ベレノ!?ベレノ!助けてー!!」
情けない叫び声を上げ、ベレノへと助けを求める。
捲り上がるスカートを必死に抑える俺は、その間にも容赦なくボスネズミの方へとその手に引きずられていく。
仮初めにでも肉体を得ているからなのか、物凄い力だ。
俺の剣を真っ二つにした、あの必殺の前歯が眼前へと迫る。
あんなもので噛みつかれたら、俺は真っ二つより酷いことになるかもしれない。
やばい、ちょっと漏らしそう。
「そんなに大きな声で呼ばなくても……聞こえてます、よッ!!」
そこへ駆けつけてくれたベレノが、杖を逆さに持ってゴルフのようにボスネズミの頭を殴りつける。
すると鳩尾を殴られたような声と共に、ボスネズミの口から何かが飛び出した。
憑依していた悪霊だ。
ボスネズミの身体から強制的に追い出された悪霊は、恨めしそうなうめき声を上げながら今度は俺へと向かってくる。
咄嗟に逃げようとするが、俺は腰が抜けてしまって動けない。
迫りくる悪霊の恐怖へ本当に俺が漏らしそうになった時、ベレノの声が響く。
「ゴースト・ハンズ!」
ベレノがそう叫ぶと先程ベレノが地面へ何か書いていたあたりから突然、無数の黒い手が飛び出し俺の眼前の悪霊を掴んだ。
かと思えば凄まじい勢いで、その発生地点へと悪霊は引きずり込まれていく。
目には目を歯には歯を、霊には霊をというわけか。
無数の黒い手に押さえつけられながら断末魔のように響いていた、悪霊の苦しそうな声が蝋燭の火でも吹き消したように、ふっ。と消える。
どうやらあの黒い手と共に、どこかへ消えてしまったようだ。
「ふぅ……立てますか?」
悪霊の消滅を見届けたベレノは、小さく息を吐いて俺へと手を差し伸べてくれる。
今回ばかりは本当にダメかと思った。
ベレノが居なければどうなっていた事か。
俺はそんなベレノの手を取って立ち上がろうとするが、立ち上がることができない。
どうやら今度は安心して腰が抜けてしまったようだった。
とても恥ずかしい。穴があったら入りたい。
「……え?もしかして怖さのあまりに漏らしちゃいましたか?」
本気で心配するような顔をするベレノに、俺は全力で首を横に振って否定する。
漏らしてない漏らしてない。ちょっとちびりそうにはなったけど。
「ごめんベレノ……俺、腰が抜けちゃったみたいで……。」
俺は恥ずかしさを誤魔化すように苦笑して、立てるようになるまで待ってくれとベレノに頼む。
ベレノは少し考えるような仕草をして、やがてニヤリと笑う。
「いいですけど……ここに居たらまたお化けが出るかもしれませんよ。……良ければ出口までおぶってさしあげましょうか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、そんな事を言ってくる意地悪なベレノ。
俺は羞恥心と恐怖を天秤にかけた結果、ベレノにおぶってもらう事にした。
ベレノにおぶってもらいながら、思わぬ連戦で疲れた身体と頭でぼんやりと考える。
小さい頃の妹や修行でベレノをおぶった事はあるが、誰かにおぶってもらうなんて事は思えば随分と久しぶりだ。
俺がトラウマを植え付けられたあのお化け屋敷の帰り道、恐怖で泣き疲れてしまった俺を父さんがおぶって帰ってくれたっけ。
なんだかとても懐かしい気持ちになって、俺は無意識にベレノの首元へ顔を寄せる。
なんだか凄く落ち着く匂いがする気がした。
「っ……メイ?もう少しで出口ですよ。」
そんな俺の行動が気になったのか、ベレノはちらりと俺の方を見ながらそう言う。
もう出口についてしまうのか。もう少し、こうしていたかったような気もする。
だけどいつまでも懐かしんでいるわけには行かない。妹が待ってるんだ。
「……ああ、ありがとうベレノ。もうそろそろ、下ろしてくれても大丈夫そうだ。」
出口の光が見えると、俺はほっと一安心する。
抜けてしまっていた腰ももう大丈夫そうだ。
幽霊と戦うのは正直言って二度とごめんだが、今日のベレノは結構カッコ良かった。
「……その、どうでしたか。……乗り心地は。」
俺を出口で下ろしたベレノが、そんな質問をしてくる。
乗り心地?そんなお客様アンケートみたいな。
確かに2本足じゃない分振動が少なくて快適な感じはしたが。
「そうだな……後は何か凄く安心した、かな。多分この……匂いとかかな。」
そう答えて俺は、そっとベレノに顔を近づけると軽く匂いを嗅いでみる。
なんかベレノって妙に落ち着く匂いがするんだよな。
ああ、あれに近いかも知れない。
お祖母ちゃん家の仏壇のお線香とかの匂い。
そんな事を考えながらふとベレノを見ると、ベレノは顔を真っ赤にしていた。
しまった、俺また女の子に対して失礼な事を。
「ベ、ベレノ!ごめん!で、でも全然!変な匂いとかじゃ無」
そこまで言いかけた所で、俺はベレノに尻尾でかなり強めにビンタされた。




