第十六話【勇者の剣】
第十六話【勇者の剣】
盗賊の村を出てから数時間。
無事夕方前には目的地である職人ドワーフの街ホルオーレへと到着した俺達。
そんな俺達が真っ先に向かったのは宿屋だ。
久しぶりにまともなベッドで寝れると思うと、結構嬉しい。
5人パーティという事で大部屋を取りたかったが、生憎空いていないようなので仕方なく3人部屋を2つ取ることになった。
しかしそうなると問題になってくるのが部屋割りだ。
テントで2人ずつ寝ていた時の事を考えると、ベレノとモニカは別々の部屋にしたほうがいいだろう。
その上で3:2に分ける必要があるのだが、どのように組み合わせるべきだろうか。
「……と、いうわけなんだが。皆どっちの部屋がいい?」
どちらの部屋の作りも大して変わらないのだろうが、俺はメンバーそれぞれに右の部屋と左の部屋どちらが良いかを選んでもらう事にした。
4人にそれぞれ選んでもらって、俺は余った方の部屋に入ろうかと思った、のだが。
「メイと同じ部屋にします。」
小さく手を上げて、右か左かではなく俺を選んでくるベレノ。
「ウチもメイちゃんと一緒がええなあ。」
そんなベレノに便乗するように手を上げるモニカ。
待て、それだとベレノとモニカが同じ部屋になってしまう。
そうなれば喧嘩は必至、間に挟まれた俺の胃は荒れる事になる。
「……決められぬのなら、某は先に選ばせてもらうぞ。」
ベレノとモニカのやり取りに埒が明かないと呆れたように笑って、サカマタさんはさっさと右の部屋へと行ってしまう。
そうなると残りは2枠ずつ、ここで俺が右の部屋を選べばベレノとモニカが一緒の部屋になることは無い。
俺と同じ部屋を希望しているところ悪いが、どちらか一人には我慢してもらおう。
「じゃ、じゃあ俺は右の部屋に……。」
サカマタさんが一緒のほうが、残り1枠に入る女の子も何かと安心だろうと俺は同じ様に右を選ぼうとした、のだが。
「では私も右へ。」
そんな早く動けたのかと思うほどの速度で、右の部屋へ行こうとするベレノ。
「ちょ、待ちいや。ウチも右選ぼう思ててん。」
すかさずベレノの肩を掴み止めるモニカ。
「ああ、それは一足遅かったですね。何のために足が2本もついているんですか?」
ベレノのキレッキレの煽りが、モニカを突き刺す。
モニカの糸目の目元が、ピクピクと反応する。
ああ、結局始まってしまった。
俺が絶望したような顔をしていると、不意にシャルムが羽先で俺の足をつつく。
「メイ、一緒、こっち……行こ。」
シャルムが少し照れながらそう言うので、俺は2人が言い争いをしている間にシャルムと一緒に左の部屋に入ることにする。
その結果いつまでも部屋の前で言い争いをしている2人を見かねたサカマタさんが、2人を右の部屋へと無理やり引きずり込む形で部屋割り争いは終結した。
いくらあの2人でも、サカマタさんの前でまで喧嘩はしないだろう。多分。
「喧嘩、だめ。メイ悲しむ。仲良し、いちばん。」
そう言いながら俺に頬ずりなどしてくるシャルムの姿に俺は、荒んだ心が癒やされるような気がしてそのふわふわ頭を目一杯撫でた。
◆◆◆
無事?に部屋割りも終わり、キャンプ用具などの重たい荷物を部屋に預けてきた俺達はそれぞれの用事で街へ出る事となった。
俺とサカマタさんは装備品の修理。ベレノ、モニカ、シャルムの3人は買い出しと情報集めといった感じだ。
「流石ドワーフの街……どこを見てもドワーフだらけですね。」
成人男性でも人間の子供ほどの背丈しか無いのが特徴のドワーフ達の中では、身長185cmを誇るサカマタさんはかなり目立つ。
すれ違うドワーフ達が皆、サカマタさんの大きさに驚いているのが傍から見ててもよく分かる。
「ああ、街へ行けばどこでも1人2人は見かけるものだが、これ程の人数を一度に目にするのは某も始めてだ。」
どこか楽しそうに街を歩くサカマタさんを見ていると、俺もなんだか楽しくなってくる。
珍しい形をした武器や特殊な効果が付与された装飾品などなど、職人手作りの品々につい目移りしてしまう。
あの鎧付きのマントとか、サカマタさんみたいで格好いいな。
だが楽しい買い物はまた後で、今は剣を修理してもらうのが先だ。
そうして俺とサカマタさんは一軒の鍛冶屋へと辿り着く。
「宿屋の主人の話では、ここがこの街一番という評判の鍛冶屋らしい。さっそく入ってみるか。」
サカマタさんがそう言って指さした店の店先には、【俺の店】と書かれた巨大な看板が掲げられていた。
なんというわかりやすい店名だろうか。
俺はちょっとワクワクしながら、サカマタさんと共に入店する。
するとすぐに、店の奥から店主らしきドワーフが近づいてくる。
だがその足取りはなんだか凄く怒っているように早足だ。
「おうおうおうおう!誰の許可得てうちの店に……あ?なんでぇ、オーガじゃなくて竜人じゃねえか。ったく紛らわしいデカさしやがってよ、けっ!」
喧嘩腰で近づいてきたのは、頭に赤いバンダナを巻いた若めなドワーフの男性。
サカマタさんの姿を確認するなり、勝手に不機嫌になってしまった。
「ふ、オーガでなくてすまないな。……少し装備品の修理を頼みたいのだが、見てもらえるか。」
そんな気難しそうなドワーフにも、余裕の対応を見せる流石のサカマタさん。
背中に背負っていた四角い盾を、店主へと差し出す。
「おう、修理か。どれ、見せてみな。はー、これは……盾が歪んじまってるなぁ。一体どんな使い方したんだ?ドラゴンでもぶん殴ったのか?ったく装備は大事に扱えよぉ~?」
ぶつくさ言いながらも、ふんふんと修理が必要な箇所を確かめていく店主。
盾で魔族をぶん殴ったり魔獣を叩き伏せたりしていればああもなろうと俺は心の中で一人納得していると、店主が俺の方へと目を向けてくる。
「んで?そっちのガキ……ああ失敬、嬢ちゃんは何か用事か?料理用の鍋探してんなら他を当たってくれよ?俺ぁ忙しいんだ。」
ガキ呼ばわりされてしまって、一瞬固まってしまう俺。
癖の強い職人だなぁと思いながらも、刃先の欠けた腰の剣を取り出して店主へ見せる。
「チッ……おめーもか!装備は大事にしろつってんだろ!なんだこの刃先の欠け方は!?剣で石でも掘ってたのかァ!?採掘用のピッケルなら別のを使えこのタコ!!」
元々怒りっぽいような性格に思える店主が、さらにブチギレてタコとまで言ってくる。
俺は思わずびびってしまってサカマタさんの後ろへと隠れるように後退る。
何もそこまで怒らなくても……。
この怒り方だと、ここでの修理は諦めたほうが良さそうだ。
そう思って俺が店主に剣を返してもらおうとすると、サカマタさんの大きな手が俺を制止する。
俺は不思議に思ってサカマタさんを見上げるが、サカマタさんはこちらを見て静かにウィンクをしてくる。
何ですかそのファンサは。
「そこで座って待ってろ!ったくよぉ……!」
店主は廃材を利用して作られたと思わしき金属製のベンチを指差すと、ぷんすか怒りながらも俺の剣とサカマタさんの盾を奥へと持っていく。
どうやら、文句を言いつつも修理はしてくれるらしい。
「ふふ、驚いただろう。ドワーフの職人とはああいう気難しい性格の者が多い。だがその分、腕は確かだ。」
サカマタさんは小さく笑って、リラックスするようにベンチへ深く腰掛ける。
この感じだと、サカマタさん結構ドワーフの職人のお世話になっているようだ。
いや、闘技場で20回近くも優勝するほど戦いまくっていればそれだけ修理も必要になるか。
しばらく他愛の無い会話をしながら修理を待っていると、店主が慌てた様子で戻ってくる。
そして俺の顔をじっと見てきたと思ったら、また店の奥へと戻って行ってしまった。
な、なんだったんだ。
「おい、おいおいおい!アンタ!アンタまさかよぉ!」
少ししてまた店主が戻って来たが、今度は手に何か額縁に入った絵のような物を持っている。
「あの勇者デソルゾロットか!?いや本人なら生きてるわきゃねぇか……って事は孫か何かだろ!」
太く短い指で俺を指さしながら、驚いたような顔をしている店主。
まさか先代の知り合いか?
でも確かドワーフの寿命は人間とそう変わらないはずだ。
それにこの店主は見た所まだ若く見える。その可能性は低いか。
「え、ええまぁ……一応子孫という事になりますわね。」
何やら興奮した様子の店主にやや苦笑しながら、俺はそれを肯定する。
それにしても何故わかったのだろう。
こんな遠い地方のドワーフたちにまで俺の顔は広まっているのか?
なんだか指名手配でもされたような気分で、少し緊張する。
そんな事を考えていると、店主が手に持っていた絵を頭上へ掲げて見せてくる。
「見ろ!これは俺の爺さんのそのまた爺さんが後生大事に持ってたっていう、勇者デソルゾロットの絵だ!アンタにそっくりだろ!」
店主が見せてきたその絵には、2本の剣を持った長い金髪に青い目をした女性が描かれている。
確かに、見た目の特徴は髪を切る前の俺にそっくりな気がする。
だが俺の両親も弟もここまで先代には似ていないのだが、何故俺だけこんなに似ているのだろうか。
両親や祖父母世代には無い特徴が突然現れる、隔世遺伝という奴か?
なんとも不思議な感じだ。
「そんでよ、ここに描かれてる2本の剣があんだろ?これは俺の爺さんの爺さんの親父が打ったっていう伝説の業物なんだとよ!どうだ!すげえだろ!」
先代勇者もこの鍛冶屋【俺の店】を訪れていたとは、何とも奇妙な縁を感じる話だ。
「まぁ実際訪れたのはココじゃなくって、俺の爺さんの代に土石流に呑まれて無くなっちまったっていう前のホルオーレの街にあった店なんだけどよ。んなこたぁさておき……。」
嬉しそうに自慢話をしていた店主の顔が、急に少し怖い顔になる。
「……取りに来たのか?アレを。」
真剣な表情で俺を見上げながらそう問いかけてくる店主。
アレ?取りに来た?
何の話をしているんだ。
「えーと……何を、でしょうか?」
俺が困ったように問い返すと、店主は口が滑ったと言うように自らの口を手で塞ぐ。
なんだその反応は。何を隠しているんだ?
「ふむ……確かかの有名な勇者サン・デソルゾロットはその魔王との戦いに用いた剣や防具などを、戦いが終わった後年の旅の最中に様々な場所へ隠したと言い伝えられていたな。……もしやその絵に描かれている剣がここに?」
思い出したように語るサカマタさんの言葉に、店主はギクっとした反応をする。
先代が使った剣が今もここに?先代が旅で預けに来たのだろうか。
「……っかぁ~!バレちまったなら仕方ねぇ。そうだ、その伝説の業物は俺の家の家宝としてとある伝言と共に代々受け継がれて来た。」
誤魔化しきれないと悟った店主は、素直に白状する。
するとつまり取りに来た、というのは。
「受け継がれた伝言はこうだ。”いつか私の意志を継ぐ勇者が現れた時、再びこの剣が必要になるだろう。それまで預かっていてくれ。”ってな。……ん?待てよ?アンタ勇者か?たとえ子孫でも勇者じゃないなら渡せねえなぁ!」
伝言を伝えた後、そんな屁理屈のような事を言って突然掌返しをしてくる店主。
そんなに渡したくないのか。
まあ家宝にするほどの大切な物だ、そう簡単に渡したくないという気持ちはわからなくも無い。
だが妹を助けるためにも、少しでも優れた武器が必要なのもまた事実だ。
俺は少し申し訳ない気持ちになりながら、そっと勇者の証である右手の甲に刻まれた紋章を店主へと見せる。
「……。」
途端、店主の顔色が変わって黙り込んでしまう。
だらだらと冷や汗をかきながら、目を泳がせ始める。
どうしたんだ。俺が勇者だとなにかまずい事でもあるのか。
「あの……?」
そんな店主に俺がそっと声をかけると、次の瞬間に店主が額を床につけ土下座をし始める。
何だ突然!?
まさかとは思うが、その家宝の剣を壊したとか失くしたとか言うんじゃ。
「すまん!実は……先月くらいに返す金に困って、その預かった業物……借金のカタに取られちまった!」
店主の口から告げられた衝撃の事実に、俺は唖然とするしかない。
借金のカタ?しかも先月?
古くなって壊れたとか、何十年も前に失くしたとかならまだ諦めがつくのだが。
「……それで?その業物は今どこに?」
もしかしたらまだ取り戻せるかもしれないと考え、俺は店主へと問い詰める。
どれほどの値打ちかはわからないが、金で取り戻せるならなんとかなるかもしれない。
それにしてもこの店、看板も立派だしそんなに経営が苦しいようには見えないのだが。
「……それなら、多分……。」
店主は恐る恐る顔を上げると、一度俺の顔を見てから店の壁に貼られているポスターを指差す。
俺とサカマタさんがポスターを見ると、そこにはこのような事が書かれていた。
クライカネ商会主催ホルオーレ最強王決定戦!優勝賞品はあの勇者デソルゾロットが使用した伝説の剣!?
集え力自慢!年齢性別種族不問!参加希望者はコチラまで。
なるほど、つまりこのクライカネ商会という所が今先代の業物を所有しているのか。
「……サカマタさん?」
やけに熱心にポスターを見つめているサカマタさんが気になって、俺は声をかける。
するとサカマタさんはハッとしたように俺の方を見て、何でも無いと言う。
「……某はこの大会に参加する。構わないな?メイ。」
サカマタさんがその大会に参加してくれると言う。
それはもちろんだ。サカマタさんなら間違いなく優勝できるだろう。
俺も腕試しがてら参加してみようかな?
かくして俺達は、さっそく大会にエントリーすべくクライカネ商会前へと向かった。
◆◆◆
クライカネ商会の前では、たくさんの人々が大会へエントリーするべく列を成していた。
やはりドワーフの街だけあって、参加者の殆どはドワーフのようだ。
俺とサカマタさんも列に加わり、受付の順番を待つ。
並んでいる間、参加者のドワーフ達からの物珍しそうな視線を感じる。
周りのドワーフ達の背が低い事もあり、なんだか巨人にでもなったような気分だ。
やがて受付の順番が来て、俺は商会の中へと通される。
中ではサングラスをかけたスタッフらしきドワーフと、指にいくつもの金の指輪をはめた白髪のドワーフが待っていた。
そして彼らの前には石炭のようなものが山積みにされたトロッコが複数の短いレールの上に1台ずつ載せられている。
「おや、人間。しかも女の子とは珍しい……ふっふっふ。」
白髪のドワーフが俺を見て怪しげに笑う。
なんだか如何にも金持ってるアピールが強そうな爺さんだな。
「おっと申し遅れた。私はクライカネ商会の会長、クライカネだ。早速だが、大会に参加する資格があるかどうかテストさせてもらうよ。」
白髪のドワーフはクライカネと名乗り、俺をテストすると言う。
そのためのトロッコか?一体何をするって言うんだ。
するとその隣に立っていたサングラスをかけたドワーフが近づいてきて、1本のロープを渡してくる。
ロープはよく見ると、レールの上のトロッコと繋がっているようだった。
「……さて、テストと言ってもそう難しいものではないよ、お嬢さん。そのロープを引っ張って、制限時間以内にレールの端から端までトロッコを動かすだけ。簡単だろう?」
クライカネはにっこりと笑う。
なるほど、それすらできない奴はそもそも大会に出る事もできないってわけだ。
そのくらいなら俺にもできるだろうと思い、ロープを受け取って位置につく。
そしてクライカネの合図と同時に、俺は全力でロープを引っ張る。
「ふっ……!!!……ぐっ!?う、うぅぅ~~~……!!」
重い。想定の10倍くらいは重い。幾ら唸っても驚くほど動かない。
本当に車輪が回っているのかと疑いたくなるほど、遅々として進まない。
いや、無理だろこれ。ドワーフ達は普段こんな重さの物を押しているのか?
そりゃあラショウ選手もサカマタさんを投げ飛ばせるわけだ。
あまりにトロッコを進められない俺を見かねてか、クライカネからストップが入る。
「はっはっはっ。お嬢さんにはまだ早すぎたかな?もっと鍛えて出直しておいで。」
クライカネは苦笑いをしながら俺にそう言う。
俺が必死に1m足らず動かしたトロッコを、サングラスのドワーフはスイスイと押し戻す。
幾ら俺が女の子だからと言っても、明らかにドワーフ達の力はおかしい。
これが種族格差って奴なのか。
そう考えると逆に何で帝都の兵士たちは他種族にあんなに偉そうな顔できるんだ?
なんて事を考えていると、俺の後ろに並んでいたサカマタさんが入場して来る。
「あ……私の知り合いなので、ここで見ててもいいですか?」
俺はサカマタさんを見ると、クライカネに確認を取る。
クライカネは笑顔で頷いてくれた。
サカマタさんが俺がさっき受けた説明と同じ説明を受けているのを見ながら、俺は心の中でサカマタさんを応援する。
「竜人か……これは期待できそうだな。それでは、始め!」
俺のことは完全に子供扱いだったクライカネも、サカマタさんに対しては真剣な目で見ているようだ。
「ふんっ……!」
サカマタさんがロープを力強く引くと、さっき俺が物凄く頑張ってもほんの少ししか動かせなかったトロッコが1引きでレールの全長の半分程まで動く。
やっぱおかしくない?この種族。
そのまま余裕でトロッコをゴールさせると、時間を余らせて次のトロッコへ。
トロッコを1台ゴールさせる度に、クライカネの目が輝いていくのが見える。
結局サカマタさんは制限時間までに、合計5台ものトロッコをゴールさせた。
「いや~!素晴らしい!コレは優勝候補間違いなしですな!明日の大会、お待ちしておりますぞ~!」
サカマタさんを満面の笑みと拍手で褒め称えるクライカネ。
候補どころか優勝確定に決まっている。何の保証にもならないが俺が保証する。
俺がそんな後方腕組ファンボーイ面をしていると、余裕で合格判定を貰ったサカマタさんが不思議そうに俺を見ていた。
そしてサカマタさんと一緒に商会の建物を出る時、クライカネが不敵な笑みを浮かべていたのを俺は目撃した。
◆◆◆
無事に(サカマタさんは)大会にエントリーできた事を報告しに【俺の店】へと戻ると、俺の剣の修理が終わっていた。
俺が綺麗に修理された剣を受け取ると、何やら店主が頼み事があると言う。
「俺が頼めた立場じゃねえのはわかってんだけどよ、ちょいと勇者様に頼みがあんだわ。実はよぉ、ここのすぐ近くの鉱山に最近、金属を食う化物が出ちまってよ。ピッケルやらトロッコやら、あげくには鉱石まで食われちまって困ってんだ。なんとかしちゃくれねぇか?な!頼むよ!」
両手を擦り合わせながら、チラチラと俺の顔色を伺ってくる店主。
押しの強い店主に、俺はどうしようかと考える。
まぁでも人助けも勇者の仕事の1つか。
先代の使っていた剣を使うなら、俺も勇者らしく行かなきゃな。
「……わかりました。先代もこの店にはお世話になったみたいですし、お引き受けしますわ。」
俺は自分の胸に手を当てて、店主の頼みを引き受ける事にする。
とはいえ流石に俺一人ではどうなるかわからないから、誰かと一緒に行きたい所だ。
というか、ドワーフくらい腕っぷしの強い種族なら自分たちでどうにかできそうな物だが。
「おう!そうこなくっちゃな!ああ、後今日預かった盾のほうはもうちょっとかかりそうだから、また明日来てくれ!んじゃ、俺は仕事に戻るからよ!頼んだぜ!」
店主はサカマタさんへそう言うと、店の奥へと戻っていく。
そうか、サカマタさんは明日は大会があるから行くとしたらそれ以外のメンバーとになるか。
かと言ってサカマタさん以外の全員でとなると、大会の応援に行く人が居なくなってしまう。
だからと言って頼まれた俺本人が鉱山へ出向かないわけには行かないだろう。
それにわざわざ俺が見に行かなくても、サカマタさんの優勝は決まったような物だしな。
「ふむ……では明日は別行動になるか。必ずやあの剣を手に入れてこよう。メイも気をつけるのだぞ。」
俺はサカマタさんへサムズアップをして、2人で宿へと戻った。
◆◆◆
俺とサカマタさんが宿へと戻ると、他のメンバーも戻ってきているようだったので一旦左の俺とシャルムが泊まる部屋へと全員集合する。
そして俺はその場に居なかった3人に先代勇者の剣が大会の優勝賞品にされている事と、鉱山での化物退治に関する説明をした。
「と、いうわけで大会の応援に行くメンバーと、俺と一緒に鉱山に化物退治に行くメンバーを決めようと思うんだけど……。」
今回は喧嘩するなよ、という視線をベッドに座る俺を挟んで左右に座っているベレノとモニカに送る。
すると対岸のベッドに座っていたシャルムが、そっと翼をあげてくる。
「ん……ボク、洞窟苦手。空見えない、怖い……。」
悲しげな表情でそう言うシャルム。
確かに空に生きる種族の鳥人にとっては、鉱山のような閉鎖空間は怖いか。
俺はそう納得して、シャルムはサカマタさんの応援に決定する。
「と、なると残りはベレノとモニカなんだが……。」
2人は俺越しに互いを睨み合って、やがて同時にそっぽを向く。
やはり右の部屋で同じになった事でだいぶ不機嫌になっているのか。
まさかサカマタさんの前でもあんな風に喧嘩を?
ともかく鉱山内で喧嘩を始められたらたまったものではない、そうなると連れて行くのはどちらかだけになってしまうか。
俺は毎度発生するこんな感じの揉め事をスムーズに処理すべく、秘密兵器を用意していた。
「ここに2本のくじがある。赤い印がついている方を引いたら、サカマタさんの応援に行ってもらう。いいな?」
やや強引かもしれないが、2人の話し合いが決着するのを待っていてはいつまでかかるかわからない。
そこで俺は完全に運での決定となるくじ引きでぱぱっと決める事にしたのだ。
本当は仲良くしてくれたら一番良いのだが……。
そのうちパーティリーダーとして、メンバー同士の話し合いの場を設けた方がいいのかもしれない。
2人は俺の手に握られたくじを見ると、互いをちらりと見てからそれぞれ別のくじを指でつまむ。
そしてゆっくりと同時に引き抜くと、赤い印のついたくじはモニカが手にしていた。
しかしそんなモニカの表情は一見変わらないように見えるが、どこか悲しげに見えた。
戦闘と応援なら応援の方が楽だと思うのだが。
そうして明日のメンバー割りを終えた俺達は夕食の時間まで一旦解散の流れとなる。
自分の部屋へと戻るサカマタさん達を見送る俺とシャルム、とベレノ。
「…って、何しれっと残ろうとしてんねん!自分もこっちの部屋やろ!」
そのまま見送られかけたモニカが、一歩後ろへ戻って鋭いツッコミを入れる。
あまりに自然に居るので、俺も危うくスルーしそうになった。
「私はメイと明日の戦闘に関する打ち合わせがありますので、どうぞお構いなく。」
そんな風に何故か得意げな顔で言うベレノ。
打ち合わせも何も、店主からは金属を食う化物としか聞いていないのだが。
しかしモニカは何も言い返せず、悔しそうに自分の部屋へと戻っていった。
もしかしてサカマタさんが居ても相変わらずこんな調子なのか。
2人と同室にいるサカマタさんにパーティリーダーとして少し申し訳なくなってくる。
どちらかをこっちへ呼んで、今からでも部屋割りを変えるべきか?
「ベレノ、モニカ、仲良くする。喧嘩、メイ悲しむ。」
一番年下のシャルムにそう言われてしまって、今度はベレノが言い返せなくなってしまう。
出会った頃から険悪気味な2人の仲をなんとか改善できない物だろうか。
どちらかをパーティから追い出すという選択は、絶対無しとして。
「……ベレノはさ、何でそんなにモニカの事が嫌いなんだ?」
俺は思い切って、ベレノにその理由を尋ねてみる。
「……は?別にモニカの事は嫌いではありませんよ……好きでもありませんが。」
すごく不可解そうな顔をされてしまった。
どういう……事だ?
俺が顎に手を当てて神妙な顔をしていると、シャルムが俺の背を羽で叩く。
「メイ……ボク、少し心配。」
どこか哀れむような目で俺を見上げるシャルム。
待ってくれ、俺が悪いのか?
シャルムにまでそんな反応をされてしまい、俺は少しショックを受ける。
しかし思い返せば、2人が喧嘩をする時は殆ど俺の前でやっている気がする。
今日だって、2人共が俺と同じ部屋を希望した事が原因となって喧嘩をしていた。
それはベレノとモニカには互いに謎の対抗意識があるからだと思い込んでいたが、実は違うのか?
「あの……念の為聞いておきますけど、私があなたの事をどう思ってるかわかってますよね?」
怪訝そうな顔をしながら、俺の腰に尻尾を巻き付けつつそんな質問をしてくるベレノ。
ベレノが俺のことをどう思っているか?
それはもちろん、友達で(俺は勝手に親友だと思っているが)教え子でパーティメンバーだろう。
そうだよな?
確かに何度かベレノに食われそうになったことはあるが、ベレノだって何も本気でそうしようと思っていたわけじゃないはずだ。多分。
「大丈夫。わかってるよ。」
俺はベレノへ微笑んでそう答える。
「……そうですか。ならいいんです。」
ベレノはまだ何か言いたげな様子だったが、それ以上の言葉は無い。
そんな俺達のやり取りを、シャルムはどこか不安げに見つめていた。
◆◆◆
晩御飯の時間になり再び合流した俺達は、宿の近くの食堂で夕食をとる事にした。
ここの所キャンプ続きで割と簡単な料理が多かったので、ここは1つ街でしか食べられないような凝った物を頂きたい。
「何にしようか……?」
俺は店のメニューを見ながら、頭を悩ませる。
どれもこれも美味しそうに見えるが、折角なら名物料理などはどうだろうか。
ほら、このロックポテトのカリカリステーキとか。
恐らく芋をステーキ状に切って焼いたものだと思うが、食べごたえはありそうだ。
それぞれの注文する物が決まった所で、俺は店員に声をかけて全員分の注文をする。
注文を待ってる間に、俺は気になっていた事を皆に質問する事にする。
「あの……サカマタさん。ベレノとモニカなんですけど、部屋での様子はどうですか?喧嘩とかしてませんか?」
本人達がいる前で聞くのもどうかと思ったが、今後の円滑なパーティ間コミュニケーションの為にも聞いておかなければならない。
ベレノとモニカの2人がそんな俺の質問に反応するが、自分たちからは何も言ってこない。
「ん?2人の様子?至って普通に思ったが。特に喧嘩をしたりなどは、見られなかったように思う。だろう?」
俺の質問内容にきょとんとして、喧嘩は無かったと答えるサカマタさん。
本人達へと視線を向けると、うんうんと頷いている。
2人が同じ部屋でも喧嘩には成らなかった、という事はやはり俺が原因になっている可能性が高くなる。
念のため、モニカにもベレノと同じ質問をしてみる。
「……モニカは、ベレノの事が嫌い……なのか?」
さっきはベレノがモニカを嫌いなのだと断定して質問をしたら、凄く不可解な顔をされたので今度は慎重に聞いてみる。
どちらかが一方的に嫌っていて、それに反発して喧嘩になっているという事も可能性としてはあるからだ。
「んや?そらムカつくな~って思う事は時々あるけど、ウチはベレちゃんの事嫌いって程では無いかなぁ。」
ベレノと同じような反応をするモニカの回答に、俺は再び顎に手を当てる。
お互いに別に嫌っているわけではない。
だが俺と一緒になると喧嘩をしてしまう。
具体的に言えば、どっちが俺と同じベッドで寝るだとか、どっちが俺と同じ部屋に泊まるとかだ。
つまりは俺の取り合いをしている!?
「……じゃあなんで2人は俺を取り合うような事をするんだ?」
俺がそう質問をした途端、2人は顔を見合わせ同時に肩をすくめたかと思うと大きなため息をつく。
「なんでだと思いますか?」
呆れた顔で逆に俺へと問い返してくるベレノ。
「まあ、メイちゃんにはもうしばらくわからんかもしれへんなあ。」
ケラケラと笑って、そんな事を言うモニカ。
その後俺は結局答えにたどり着けないまま、岩のように硬いロックポテトのカリカリステーキと激闘を繰り広げた。