第十五話【盗賊!大ピンチ】
第十五話【盗賊!大ピンチ】
浮遊城を探し、帝都エヴァーレンスを旅立ってから早くも1ヶ月が過ぎた。
討伐隊本部には妹の事や門の欠片の事を伏せ、浮遊城を探しに行くとだけ伝えたが意外とすんなり了承された。
本部側としても地獄門の防衛に失敗した俺達に、なんらかの責任を取らせたかったのかもしれない。
随分と遠い地方までやってきたが、それでもまだ地獄門の欠片は一定の方向を指し続けている。
正直言ってかなり焦っていた。
アルシエラの側近を名乗るジーニアからの不定期な連絡が無ければ軽く心が折れていたかもしれない。
連絡をしてくれるなら、浮遊城の場所を教えてくれれば良いのに。
何かそうできない理由でもあるのだろうか?
その連絡も、最後に届いたのはもう一週間も前になる。
妹は力の大半以上を封印されてもなお抵抗し続けているらしいが、それもいつか限界が来てしまうだろう。
早く浮遊城を探し出さなければ。
「ふんッ!」
サカマタさんが振るった木の棒で、俺の握っていた剣が弾き飛ばされた。
俺達は今、門の欠片が指し示す進路上にある森の中に居る。
浮遊城探しの旅をしながら、俺は少しでも強くなるためにその道中でサカマタさんやベレノ、モニカにそれぞれ剣と魔法の修行をさせてもらっている。
「焦る気持ちはわかるが……戦っている最中に余計な事を考えるな。剣筋が乱れているぞ。」
木剣とも呼べないただの木の棒を地面に突き刺し、サカマタさんは呆れたように小さく息を漏らす。
剣を弾き飛ばされた俺の手は、それでもびりびりと痺れている。
「すいません……。もう1回、お願いします。」
俺は落とした剣を拾い上げ、もう1度構える。
時刻はまもなく夜、キャンプ用に組んだ焚き火の炎がだんだんと眩しく感じてくる。
夜の移動は危険という事もあり、朝から夕方までは浮遊城探し。
夕方になったらその日の拠点となるキャンプを設営し、そこで夜まで修行を行っている。
「いや、今日はもう終わりだ。続きはまた明日にしよう。明日も移動することになるだろう、今はしっかりと休め。」
そう言われて俺は剣を腰へと戻し、サカマタさんに深くお辞儀をする。
俺の身体だったならもっと上手く戦えただろうか。
女の子の身体というのは、こんなにもか弱い物なのか。
連日の修行で剣を握り続け、少し豆ができている自分の小さな掌を見つめる。
か弱い女の子一人助けてやれない今の自分の無力さを噛み締めるように、俺は静かに拳を握る。
「はいは~い2人ともお疲れさん。ご飯の時間やで~。」
夕飯の支度をしていたモニカが、鍋を持って声をかけてくる。
ポトフのようないい匂いだ。
その匂いを嗅いだ途端、俺の腹が小さく鳴った。
「あはは!そないお腹すいてたん?はよ食べよか~。」
モニカに笑われてしまって、俺は恥ずかしくて自分の腹を手でおさえる。
そうしていると、就寝用の簡素なテントの中からベレノも出てくる。
「もうすっかり暗いですね……そろそろキャンプ用の物資も足りなくなってきましたし、ここらへんで一度どこか街へ寄って補給しておきたい所ですが……。」
そう言いながらベレノはメモに書き記した物資リストに横線を引く。
「そうか……じゃあ明日はどこか物資補給ができそうな街を目指そう。シャルムー!」
俺は明日の目標を決めて、夜空へ向けてシャルムの名前を叫ぶ。
しばらくするとシャルムが風と共に降りて来て、焚き火の炎が激しく揺れる。
「おわっ!ちょっとシャルちゃんもうちょい優しい降りて来てや。折角起こした火ぃ消えてしまうがな……。」
焚き火が消えそうになって焦るモニカ。
うちのパーティには火の魔法を使える者が誰も居ないため、焚き火の火を作るにも少し苦労する。
「シャルム、どこか近くに街は見えたか?」
俺は適当な倒木を椅子代わりに腰掛け、膝の上に飛び乗ってくるシャルムへ問いかける。
シャルムにはパーティの斥候役としてその目の良さと飛行能力を活かし、周囲の見回りと地形の確認を行ってもらっている。
「ん……あっち、明かり、たくさん見える。」
そう言ってシャルムが羽先で指し示した方向を見ながら、俺は首から紐で下げた門の欠片に軽く魔力を込める。
方角的にはややズレているが、物資がなければ旅を続けられないので仕方がない。
俺はシャルムにありがとうと言って、ふわふわ頭を撫でる。
「ふむ……。その見えた街がコレだとすると、今いる森がこの辺りで……この地図によれば同じ方面に村があるはずだが、確認できたか?」
サカマタさんが前の街で手に入れた地図を、焚き火の明かりで照らしながら指を指して確認する。
街まで行かずとも、村で補給ができればその方が手っ取り早い。
だが、シャルムは首を横に振ってわからなかったと答える。
もしかしたらその地図の情報は古いのかもしれない。やけに安かったし。
「とりあえず森を抜けたら、そっちの方面に向かって明日は移動しましょうか。」
そうして俺達は楽しい夕食を始めた。
◆◆◆
食事も終わり、あとは明日に備えて眠るだけとなった就寝前のテントの中。
テント1つに5人全員で入るには狭いので2つのテントに2人ずつ分け、一人は交代で焚き火の前で夜警をしている。
今日の夜警当番はサカマタさんだ。正直言ってサカマタさんが当番の時が一番安心して眠れる気がする。
そして俺と同じテントには、何故か毎回交代でベレノかモニカが来る。
あまり2人の仲が良いとは思っていなかったが、そんなに互いに一緒のテントになるのが嫌なのか。
そんなわけで、昨日がモニカだったので今日はベレノのターンだ。
モニカは向こうのテントで、シャルムと一緒に眠っている。
「……メイ、少し良いですか。」
眠る準備をしながら、ベレノが何気なく話しかけてくる。
俺はベレノに手招きされるままにベレノへと近づいていく。
するとベレノはいつものように、俺の腰へと尻尾を巻き付けてくる。
ベレノがこれをやってくる時は俺に何か言いたい事がある時なのだと、つい最近気がついた。
「どうした?ベレノ。」
俺はそんなベレノの尻尾を優しく撫でながら、問い返す。
ベレノは少し迷ったように目を泳がせ、一度伏せてから俺の目をじっと見つめゆっくりと口を開く。
「もし……もし、ですよ。もし……アルシエラを助ける事が出来なかったら……あなたは、どうするつもりですか?」
不安そうで自分の質問にどこか後ろめたさを感じているようなベレノの表情。
もし妹を助けられなかったら?
それはもちろん、俺の生きる目的が失われる事を意味する。
だからといって自ら命を絶つような真似はしないが、それでもきっと二度と立ち直れないぐらいにはへこむだろう。
「……そうだな、もしそうなったら……どっか誰も知らない田舎にでも引っ越して、のんびり余生を過ごすかもな。」
俺は力なく笑いながら、ベレノへとそう答える。
そうならないためにも、俺は絶対に妹を助け出すつもりだ。
だがそれには俺一人の力じゃ足りない、ベレノもモニカも、サカマタさんもシャルムも、パーティ全員の力が必要だ。
俺の答えに、目をそらすように俯くベレノの手を俺は握る。
「だからさ……そうならないために、俺をもっと鍛えてくれ!どんな辛い修行だって耐えて見せるから!頼むよ、先生!」
そんな俺の言葉にハッと顔をあげたベレノは、俺の手を握り返して不敵に笑ってみせる。
その顔に先程までの不安や後ろめたさといった物は感じられない。
「……良いでしょう。そこまで言うのなら、私の教えられる事全てを教えます。その代わり一つ条件が……。」
ベレノは人差し指を立てて、そう言ってくる。
条件?授業料を倍払うとか?
幸い俺の実家は裕福なので、多分そこは大丈夫だが。
俺は小首をかしげてベレノの顔を見る。
「……全てが終わったら、あなたの時間を私に1年ください。」
ぐっと顔を近づけながら俺にそんな事を言うベレノ。
どういう意味だろうか。
まさか、そんな。
「それって俺の……じゅ、寿命を……?」
呪術の代償として俺の寿命を1年くれという事かと思い、俺は恐る恐るベレノへと問い返す。
途端ベレノは不可解そうな顔をすると、大きなため息を吐いた。
「……はぁ~……あなたには魔法の勉強よりもっと勉強したほうが良い事があるかもしれませんね。」
何故かはわからないが、ベレノは機嫌を損ねてしまったようだ。
だって1年くれなんて言われたら、普通はそう思うだろう。
寿命じゃないとすればどういう意味だろうか。
俺が真剣にその言葉の意味を考えていると、ベレノに尻尾で横に倒される。
「……さっさと寝てください。でないと……噛みますよ。」
しゃー。と蛇のような牙を見せて威嚇してくるベレノに俺は苦笑いして、静かに目を閉じる。
「……おやすみ、ベレノ。」
「ええ、おやすみなさい……メイ。」
◆◆◆
翌日、無事に森を抜けた俺達は昨日シャルムが確認した街らしき場所目指して移動を始めていた。
だが俺は昨晩見た謎の夢の内容に、頭を悩ませていた。
「うーん……。」
昨晩見た謎の夢。
俺に似た謎の女の子が、見るからに強そうな魔族みたいな存在と戦っている夢だ。
その女の子は俺にそっくりではあったが、俺とは違い剣を2本持っていた。
もしかしてあれはご先祖様の先代勇者、サン・デソルゾロットだったのだろうか。
だとしたら何故俺の夢にご先祖様が?
俺は何か不吉な予兆では無いかと思い、少し身震いする。
「どしたんメイちゃん?頭でも痛いん?……はっ!まさか昨日ベレちゃんに何かされたんか!?」
心配そうに俺の顔を覗き込んできたモニカの、そんなセリフに俺は思わず吹き出しそうになる。
いや、何かされたというわけでは無いのだが。
「まだ何もしてませんよ。モニカと一緒にしないでください。」
そんなモニカをベレノが引き離すように手で引っ張る。
ん?まだ?
「失敬やな!ウチかて何もしてへんよ!なあメイちゃん!」
俺へ確認するように聞いてくるモニカ。
いや、確かに何もされていないはずだ。
ただちょっと朝起きたら何故かモニカに抱きまくらにされていたことがあっただけで。
「はは……いや、ちょっと昨日変な夢見てさ……。」
そうして俺は歩きながら、2人に昨日見た夢の内容を話す。
「ふーん……そら何や意味深な夢やねぇ。ご先祖様の幽霊やったりして!」
けひひと笑いながら、モニカは手をだらんと前に垂らすようなポーズをしてくる。
まさかそんな、いやただの夢だよな?
実を言うと俺は、幽霊やおばけという物が大の苦手だ。
多分きっかけは妹が生まれる前小さい頃に両親と行ったなんとか村というテーマパークのお化け屋敷。
子供相手のお化け屋敷にしては容赦のないクオリティの高さで、俺は無事にトラウマを植え付けられてしまったのだ。
それ以来俺はあの手の物を見ると、震え上がって動けなくなってしまう。
……妹にもその事で良くからかわれたっけ。
「……あながち、ただの夢とも言えないかもしれませんね。」
ベレノがそんな不安になるような事を言っていると、シャルムが空から降りてくる。
どうやら昨晩見た街らしき所が近づいてきたようだ。
「メイ!あそこ!小さい街!もうすぐ!」
そう言ってシャルムが指した先には、確かにぼんやりと集落のような物が見える。
だが小さい街と言うよりは、村と言ったほうが近いような感じだった。
俺達は途中の分かれ道を、その村の方を選んで進んでいく。
道には馬の足跡のような物がいくつか残されている。
今回俺達は浮遊城を探すという事で、森や山などでも移動できるように徒歩を選んでいたが、普通にのんびり旅をするなら馬と馬車を使うのもパーティっぽくて良いかもしれない。
そんな事を考えながら道を進んでいると、やがて村の入口が見えてくる。
しかし何か、村の様子がおかしい。
人が住んでいるような気配はあるのだが、明らかになんというか……荒れている。
壊れたままの看板、割れた窓に謎の血痕。
「シャルム、本当に昨日見えたのはここ?」
俺はもう一度シャルムに確認を取るが、小さく頷くだけだ。
だとしたら人は確実に住んでいるのだろう。
だが物資の補給などはあまり期待できそうに無い。
せめて近くの補給できそうな街などの情報でも聞ければ良いのだが。
俺達が村の入口で立ち止まっていると、すぐそこの民家から何者かが現れた。
「……何だアンタら、旅人か?」
窓の割れた民家から出てきたのは、猫系と思わしき顔の獣人の男性。
黒猫のような体色で、片目には刀傷のような物がついており潰れている。
ここの住人だろうか。
「ああ……ええ、そうです。少し旅の物資の補給をしたくて……ここにお店などはあります?」
俺は咄嗟にお嬢様のフリをして、その男性へ尋ねる。
すると男性は俺達を吟味するように見回すと、ついてこいと言うように手招きをして歩き始める。
ついていって、大丈夫だろうか。
ともかく俺達はその男性を見失わないように、後をついていく。
途中で男性が突然口笛を吹き出したのには少し驚いたが、やがて他の民家に比べ少し大きめに見える1つの建物へと辿り着いた。
「ここは村長の家だ、余所者はまず挨拶してもらうぞ。……入るのはアンタだけだ、お嬢ちゃん。」
そう言って男性は俺を指さして、顎で家の中に入るように示してくる。
俺は一度皆の方向を振り向いてから、ゆっくりと家の中に入っていく。
薄暗い室内、その奥には大きな椅子に座っているらしい人影が見えた。
「あのー……私達……ッ!?」
俺がその村長らしき人影に挨拶をしようとした瞬間、俺の後ろに立っていた先程の男性が突然俺の首へナイフのような刃物を突きつけてくる。
しまった、罠か!
さっき不自然に口笛を鳴らしていたのは、獲物が来たこと仲間に知らせる為だったのか。
「ああ、歓迎するよ……久しぶりの獲物だ。不運だったなぁ、お嬢ちゃん。」
獣のように低く喉を鳴らしながら、椅子に座っていた人物がドスの聞いた声で語りかけてくる。
見ればそれは、ライオンのようなたてがみを持つ年老いた獣人の男性だった。
しまった、ここは盗賊や山賊の村だったのか。皆に伝えないと!
だが俺は首に刃物をつきつけられており、迂闊に動くことができない。
ならばと俺は外へ助けを呼ぶために咄嗟に口を開いたが、その口を後ろの男性が手で塞いでくる。
「おおっと、無駄に口を開くんじゃねえ……だが安心しな、お嬢ちゃんは殺さねえ。……綺麗な顔の人間は奴隷として高く売れるからなぁ!がははは!!」
椅子の肘置きをバンバンと叩きながら大笑いする村長。
部屋の中には村長と俺の後ろにいる奴を含めて6人の獣人。
迂闊に動けば一瞬で串刺しにされるだろう。
どうする。なんとかして外のベレノ達に助けを呼べないか?
それとも既にベレノ達も囲まれてしまっているか?
いや、見るからに強そうなサカマタさんがいるからこそ俺だけをここに入れたんだろう。
こいつらだって迂闊にサカマタさん達には手を出せないはずだ。
そうでなければ村に入った時点で囲んで叩けばいいんだから。
だとしたらここで一番避けなければならないのは、俺が人質に取られ仲間が抵抗できなくなる事だ。
俺は村長を睨みながら、モガモガと文句を唱える。
そんな俺を見て村長が、俺を連れてくるように手下へと指で指示する。
「なんだお嬢ちゃん……言いてえ事があるなら聞いてやろうじゃねえか、ん?」
村長は後ろの男に俺の口から手を離させると、ニタニタした笑みを浮かべる。
俺の両手は後ろの男に抑えられている。
下手な動きを見せればすぐに取り押さえられてしまうだろう。
なんとかして後ろの音を離れさせなければ。
なら、ここは……。
「……くっ、離しなさい!私を誰だと思っているの!?」
俺はわざとらしく、高慢なお嬢様のように振る舞う。
すると村長の目の色がわかりやすく変わった。
「ほお……これはこれはお嬢様。お名前をお聞きしましょうか?」
村長は相変わらずニタニタした顔で、舌なめずりをしながら俺の名前を聞いてくる。
「私はメイ・デソルゾロット!由緒正しき勇者デソルゾロットの血を引く貴族!あなた達のような薄汚い連中の手で触って良い存在では無くってよ!」
デソルゾロットの名前が出た途端、ざわつき始める手下達。
だが村長だけは、満面の笑みを浮かべていた。
きっと今頃莫大な身代金を要求する算段でも立てているのだろう。
「こいつぁ驚いたな!こんな所にあのデソルゾロットのお嬢様が居るとは……奴隷にするのは無しだ、貴族様に身代金を要求したほうがずっと儲かるからなぁ!がーっははは!!」
思わぬ棚ぼたに笑いが止まらない様子の村長。
「……あら、下品な笑い方。ふふふっ……品が無いのは顔だけにしてくださる?それにさっきからあなたの息、臭くて鼻が曲がりそうなのよね。」
俺は村長へ煽りたっぷりに、罵倒をぶつける。
その瞬間、上機嫌だった村長の目元がピクリと反応する。
そしてゆっくりと傍にあった斧に手を伸ばす。
「……調子に乗ってんじゃねぇぞクソ女ァ!!」
ブチギレた村長が、俺目掛けてその斧を振り下ろす。
村長の斧に巻き込まれることを恐れた後ろの男が俺の側から離れた、瞬間。
「っふ……!」
俺は素早く腰の剣を抜き、村長の斧を弾く。
そしてそのまま流れるように村長のたてがみの中へと剣先を突っ込んだ。
大丈夫、まだ刺さっては居ないはずだ。
サカマタさんには当然敵わないが、俺だってここ1ヶ月でかなり剣の腕を磨いてきた。
「動かないことね。」
村長の喉元へと剣を突きつけながら、俺は周囲の獣人達を威圧する。
動けばこいつの命はないぞ、と。
どっちが盗賊だかわからなくなるな。
「ま、待て……見逃す、見逃すから!剣を収めてくれ……!」
村長は慌てたように両手を上げて、俺達を見逃すから剣をしまえと要求してくる。
ここではいそうですかと素直に剣をしまう奴がいるとでも思っているのか?
「まだ自分の立場が分かっていないようね、ネコちゃん?」
俺は脅しのつもりで、村長のたてがみを少し切り落とす。
いいぞ、周りの獣人も完全にビビっている。
後は無事にここを脱出するだけだ。
村長に剣を突きつけたまま、俺は拘束魔法の詠唱を開始する。
そして黒い蛇を村長の首へと猫の首輪のように巻きつけ、リードのように蛇の尻尾を握る。
「女だと思って油断して、武器を取り上げなかったのが裏目に出たわね……さっさと歩きなさい。下手な事したら、即座にその首ごとへし折るわよ。」
ベレノならともかく俺にはもちろんそんな力は無いのだが、脅しとしては十分だ。
俺はよたよたと歩く村長の尻を剣の腹で叩きながら、入ってきた扉まで移動させる。
よし、もう少しだ。
そんな風に俺が油断した瞬間、背後を取った獣人の男がナイフを構えて俺へと忍び寄る。
「……死ねぇっ!」
そう言って男のナイフが俺の首後ろを斬りつける。
だが俺は、サカマタさんの教えによって背後への警戒を怠っては居なかった。
ナイフが俺の首へと当たるが、その攻撃によって俺の首は切られていない。
何故ならそこには、先程俺が口を押さえつけられている時に念のため発動しておいた黒蛇の守りがあるからだ。
これはあの時の戦いで、ベレノが門を拘束魔法で補強していたのを見て真似したものだ。
「惜しかったな……ッ!」
ナイフが弾かれ唖然とする男の股間めがけ、俺は渾身のカウンターキックを御見舞する。
絶対痛いだろうな。
男はその衝撃のあまり、そのまま泡を吹いて気絶してしまう。
そうして俺は無事に村長の家から脱出することに成功する。
「あ、おかえりメイちゃ……いや、どういう状況なん?」
俺が扉を開けて外に出ると、怯える村長を無理やり首輪をつけて連れ回している俺という構図にモニカの冷静なツッコミが入る。
「もう少し遅ければ突入を考えていたが、やはり……盗賊の村だったか。」
サカマタさんが静かに剣を抜くと、民家や木の陰に隠れていた盗賊らしき獣人達が次々と出てくる。
「い、いいぞぉ!お前たち!やってしまヴェッ!?」
仲間が俺達を囲んだのを見ると、すぐに調子に乗ろうとする村長の腹へベレノの尻尾の一撃が入る。
あまりに容赦がない。
「縛り方がなってませんね、メイ……こうするんですよ。」
ベレノはそう言うと魔法の杖を振るい、村長の両手両足を折り畳んだ状態で拘束し四つん這いの姿勢にさせる。
酷い尊厳破壊だ。
「こうなりたいヒトからかかってきてください。」
あられもない姿にされた村長を杖で指さしながら、盗賊達へと声をかけるベレノ。
村長はもう泣きそうだ。
「酷いなぁベレちゃん……おじいちゃん大丈夫?こんなんあんまりやわ……。」
可哀想な姿になっている村長に、そっと膝をついて優しくたてがみを撫でるモニカ。
「お、おおっ!そうだろう!あ、あんた俺と同じ獣人だろ?ど、どうか同族の好で助けてくれねえか!頼むよ!」
天使のごとく現れた救世主モニカに、必死に救いを求める村長。
「せやねぇ……この村にある物資、ぜ~んぶウチらにくれたら考えてあげてもええかなぁ。」
天使のような微笑みで、悪魔のような事を言い始めるモニカ。
「ぜ、全部!?……わ、わかった!全部だ!全部やるから、助けてくれ!な!おい!お前ら!」
必死な村長は躊躇いつつも承諾し、手下たちに物資を運び出させる。
「な、なぁ……もういいだろ!?奪うモン奪ってさっさと出てってくれ!」
イモムシのように地を這いずりながら、必死に訴えかけてくる村長。
「俺はそれで構わないけど……。」
あんまりにも可哀想になってきたので、俺は貰うものを貰って村から出る事に同意する。
ベレノやサカマタさんも同じ様に頷いている。
よく分かって無さそうだが、シャルムも屋根の上で頷いている。
だがモニカはまだ満足していないらしい。
「ところで……こういうたてがみって、結構高く売れるんよぉ……知ってた?」
ニタァとしたとてもシスターとは思えないような笑みを浮かべながら、村長のたてがみを触り続けるモニカ。
村長の悲痛な叫びが、響いていた。
◆◆◆
「いやぁ、思わぬとこで物資補給できて良かったなぁ~。」
満面の笑みでそう言うモニカの手には、何かふわふわした物が入ってそうな謎の袋が握られている。
思わぬアクシデントではあったが、最新の地図も譲ってもらったしこれで旅が捗りそうだ。
新しい地図によると前の地図に載っていた街は既に無いらしく、そこから少し離れた所に新しい街ができているようだ。
しかも丁度、門の欠片が指し示す方角と同じ方面にある。
通り道なら、情報収集も兼ねて寄ってみようか。
「じゃあ、次はこの街へ」
俺は次の目的地となる街を、元気よく指さす。
地図によれば、次の目的地は炭鉱の麓にあるという職人のドワーフがたくさん住んでいる村らしい。
そういえば俺の剣、ドラゴンゾンビの時にちょっと欠けちゃってそのままなんだよな。
ついでだから修理してもらおうか?
それかいっそ新しく買って二刀流なんて。
二刀流……?
最近どこかで見たような。
「ふむ、ドワーフの街か……決勝で戦ったあの者を思い出すな。」
地図を見て懐かしむように言うサカマタさん。
この間のドラゴンゾンビ騒動で破壊されてしまった闘技場は、今修復のために休業中らしい。
サカマタさんとしては通算優勝20回のグランドチャンプまではリーチがかかっていただけに、きっと残念だろう。
そんなサカマタさんが前回の大会の決勝で戦った相手が、確かドワーフのドッコー・ラショウ選手。
相手の武器が壊れかかっていたら、黙ってられず指摘してしまう職人気質な選手だった。
もしかしたら、ラショウ選手もこの街に居たりして。
そんな事を考えながら、俺達はドワーフの街を目指して歩いていく。
「宝石とか売っとるとええなぁ!」
謎の袋を握りしめながらテンション高めなモニカ。
「売っていても買いませんよ、無駄な物は。」
そんなモニカに相変わらず辛辣なベレノ。
「えー、なんでよー。シャルちゃんだって、新しい宝石欲しいやんな!?」
シャルムが首から下げている青い石を見ながら、モニカはシャルムを味方につけようとする。
「ボク、これお気に入り。メイ拾ってくれた。大事。たからもの。」
ちょっと得意げな顔で、青い石を羽先で触るシャルム。
どうやらモニカの目論見は失敗に終わったようだ。
「サカマタはん……は、まぁ宝石になんか興味あらへんか……。ほなメイちゃん!どや?綺麗な指輪とか欲し無い?」
欲しいやろ?という圧をかけてくるモニカ。
正直言ってあまり興味は無いが、どちらかと言えば妹がそういうのを好きだったはずだ。
小学生の頃にジュエルなんとかっていう食玩みたいな奴を集めていた記憶がある。
その時にダブっただかなんだかでもらった、赤いハートの付いた指輪は今も俺の住んでいたアパートの机の中にあるはずだ。
「まぁあんまり……どっちかっていうと、装備を修理したいかな。」
俺は剣を抜いて、欠けた刃先を見せる。
……そういえば今頃、俺達家族が住んでいたあの部屋はどうなっているんだろう。
上手く母さんに連絡がついていたら、荷物とかを引き取ってもらえてるかもしれないが。
まぁ、今の俺がそんな事を考えても仕方がない。
今はまず、妹を助け出すことだけを考えよう。
「そうかぁ、やっぱメイちゃんは女の子やけど男の子やなぁ……。」
ややこしい事を言いながらも、残念そうなモニカ。
俺も一応はそういう時期には怪しい露店で買った銀の十字架を首から下げてたりもしてたのだが。
指輪をジャラジャラつけるような所までは行かなかったな。
「そういえば……俺の居た世界には、結婚を申し込む時に男が女に指輪を送るっていう風習があったんだけど、こっちにもあるのか?」
そんな俺の不用意な発言に、3人が反応する。
そしてこの発言が後に、また厄介な事を引き起こすとは俺はこの時はまだ予想だにしていなかった。