二章『魔王と勇者』 第十四話【それぞれの思い】
二章『魔王と勇者』
第十四話【それぞれの思い】
地獄門防衛戦から2週間が経った。
やっとの思いで最愛の妹に再会した俺だったが、俺は妹に拒絶されてしまった。
その精神的なショックと肉体的ダメージもあってか、俺はあの後すぐに気絶してしまったらしい。
次に俺が目を覚ました時、俺は城の医務室に居て既に3日が経過していた。
俺が目を覚ました事を聞きつけたパーティメンバー達が見舞いに来てくれたが、その反応はどこかよそよそしかった。
聞けば、俺が3日も眠っている間にベレノから俺の前世についての説明を受けたらしい。
本来ならば俺の口からちゃんと説明しなければならなかったのだが、ベレノには苦労をかけてしまった。
地獄門を持ち去った魔王アルシエラと浮遊城は、あれから一度も目撃されていない。
肉体的なダメージは、モニカの回復魔法のおかげもあってすっかりと全快している。
だがそれでも、俺の心にはあの時の妹の表情が突き刺さったままだった。
あれから俺は何をやる気にもなれず、宿に戻った後はただ日がな一日街をふらついている。
時折、俺のことを「地獄門防衛に失敗した勇者失格の女」として後ろ指をさしてくる者もいたが、俺にとってはそんな事はどうでもよかった。
もしかしたら街でばったり妹に会えるんじゃ無いかなんて、ありもしない想像をして。
そんな時、街の中で偶然モニカに出会った。
「あっ、メイちゃ……じゃないわテンセイくん。おはようさん。」
俺に気がつくと手を振って声をかけてくるモニカ。
その表情は一見いつもと変わらないように見えるが、やはりどこかよそよそしい。
俺をテンセイと呼ぶようになったのもそうだ。
本来ならそれが正しいはずなのに、俺はどこか虚しさを感じていた。
「……おはようございます、モニカ……さん。……じゃあ俺はこれで。」
嘘を付き続けてきた事と、自らの口でそれを説明しようとしなかった罪悪感に俺は苛まれていた。
俺はモニカから逃げるように、その場を立ち去ろうとする。
だが、そんな俺の手をモニカが掴んで引き止めた。
「ちょ、待ちい。……自分、毎朝鏡見てるか?酷い顔してんで……。」
そう言ってモニカは俺の頬を両手で包み込み、もにもにと揉むようにマッサージしてくる。
ふと通りの店の窓に映る自分の顔を見ると、確かに酷い顔をしていた。
目の下にはベレノのよりも深く刻まれたクマ、虚ろな瞳、やつれた顔。
そういえばここの所ろくに食事もしていない。
何を口にしてもまともに喉を通る気がしないからだ。
「ベレちゃんから話は聞いたし、色々とショックやろうとは思う……せやけど、ここでいつまでも落ち込んでたって何も解決せえへんのよ。」
モニカは俺の手を引いて、近場のベンチへと連れて行く。
そして俺に座るように促すと、自らも隣へと腰掛けた。
「ええか、テンセイくん。下の子守んのは、兄ちゃん姉ちゃんの仕事や。もし泣いてるなら、話を聞いて助けてやらんとあかん。」
俺はモニカの言葉を聞きながら、黙って俯いている。
確かにその通りだ。妹が泣いてるなら、俺は妹を助けてやらないといけない。
「……けどな、その兄ちゃん姉ちゃんが泣いてたら……助けてくれるんは誰やと思う?」
俺が泣いていたら、昔なら母さんが助けてくれた。
でも、母さんはもう居ない。
こっちの世界には俺の友達だって誰も。
「例え親が助けられへんかったとしても、まだ諦めるんには早いで。せやろ?テンセイ。」
モニカが俺を呼ぶその優しい声色に、俺は何か懐かしさを感じて顔を上げる。
その瞬間、モニカが突然俺を強く抱きしめた。
「……少なくとも、テンセイにはウチらがおる。……種族もなんもバラバラやけど、4人もおったら誰か一人くらいはキミを助けてやれるはずや。」
モニカのもふもふとした温もりに、強い安心感を覚える。
それと同時に堪えていた何かが、涙となって溢れ出す。
「一人で抱え込まんでええ。もっとウチらを頼りや?だってウチら……パーティやろ?」
そんなモニカの言葉に、俺は外だということも忘れて声を出して大泣きしてしまう。
そして俺が落ち着くまでの間、モニカはずっと俺を優しく抱きしめ続けてくれた。
「ん。今だけは……ウチがテンセイくんのお姉ちゃんやで~。」
モニカはそう悪戯っぽく笑って、俺の頭を撫でてくる。
止まりかけていた涙が、また少し込み上げて来た。
だけど俺は小さく笑って、涙を拭う。
一人でどうにもならないなら、パーティの皆とどうにかする。
俺が忘れていた、大切な事。
「……モニカ、皆を宿に集めてくれ。皆と話がしたい。」
すっかり泣き止んだ俺は、モニカへと他のメンバーを呼んでくるように頼む。
するとモニカは勢いよく立ち上がって、俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「よっしゃ、お姉ちゃんに任しとき~!」
◆◆◆
モニカに呼びかけを任せ、俺は一足先に宿に戻る。
すると部屋には既にベレノが居た。
「……おはようございます、メイ。ふふっ……顔でも洗ってきたらどうですか?ついてますよ、涙の痕。」
俺の顔を確認するなり自分の目元を指さして笑うベレノ。
ベレノは俺が初めて正体を打ち明けた時からずっと俺のことをメイと呼び続けてくれている。
俺にとっての一番の理解者だと俺は(勝手に)思っている。
「おはようベレノ。……ん、とれたか?」
俺は自分の顔を乱暴に袖で拭って、涙の流れた痕を消そうとする。
「そんなんじゃ取れませんよ、ほら……動かないでください。」
ベレノがおもむろに近づいて、ハンカチで俺の頬を拭ってくる。
そんな事をしていると、勢いよく部屋の扉が開かれる。
「今戻ったで~!お姉ちゃんのお帰りやで~!」
テンション高めな入場をしてきたのは、モニカだ。
その後ろにはサカマタさんも立っている。
「お、おかえりモニカ……サカマタさんも、ありがとうございます。」
相変わらずのテンションに俺が苦笑していると、ベレノがそっと耳打ちをしてくる。
「なんですお姉ちゃんって……?」
それには色々とあったのだが、後で説明することにしよう。
「って、な~にをウチに働かせて2人で朝っぱらからイチャついてんねんな!」
距離の近い俺達を指さして、モニカが文句を言うようにツッコミを入れてくる。
別にいちゃついてるわけではないのだが。
ベレノ?何故今尻尾を巻き付けて来た?
「ふむ……どうやら悩みは多少晴れたようだな?」
ゆっくりと部屋へ入ってきたサカマタさんが、俺の顔を見て静かに笑う。
そんなにわかりやすく顔に出ていただろうか。
「はい。だから皆に話しておきたい事があって……あれ、モニカ。シャルムは?」
俺はサカマタさんを見上げ、話を切り出そうとして一人足りない事に気がつく。
「あー、シャルちゃんなー。配達で飛び回ってて捕まらんかったんよー。そこへサカマタはんが来たさかい、とりあえず宿まで案内しよ思て連れてきたんや。」
確かにあちこちを飛び回る鳥人を捕まえるのは簡単では無さそうだ。
一旦シャルムを探しに行くべきだろうか。
「シャルムなら、昼頃にでもなれば来ると思いますよ。メイを心配してここのところ、毎日そこの窓から覗きに来てましたから。」
ベレノが部屋の窓を指さして言うが、俺はそれを全く知らなかった。
俺が毎日ふらふら街を歩いていたから入れ違いになっていたのか。
……結構みんな、俺のことを心配しててくれたんだな。
「そうか……じゃあ、シャルムには後で話すとして。とりあえず、俺の話を聞いて欲しい……ああいや、まずはちゃんとした挨拶からだな。」
俺は話を切り出そうとして、その前にやらなければいけない大事な事があるのを思い出す。
俺としての自分の口からの自己紹介だ。
「ベレノから既に聞いたと思うが……俺、メイ・デソルゾロットにはその前世、穂村 天晴としての記憶がある。」
俺は順を追って改めて、俺についての説明を始める。
前世は男であった事、その記憶が今もある事。
そして前世で行方不明となった妹がおり、その妹が今この世界で魔王として君臨している事など。
「うーんまぁ……その説明聞くん2回目や無かったら、パニックになりそうな内容やな。せやけど実際あの魔王がメイ……テンセイくんの事お兄ちゃん言うてんの聞いてしもたしなぁ。」
モニカが胸の下で腕を組みながら、改めて聞いた感想を述べる。
確かにそうだろう、今平然と聞いているベレノだって最初は半ばパニックのような反応だった。
「だから、改めて謝罪する。……黙っていて、すまなかった。」
俺は軽蔑されるのも覚悟の上で、皆に深く頭を下げる。
「……黙っていたのは確かに問題かもしれないが、しかしそれで某らの信頼関係が失われるかと言われると、そうではないだろう。そも、戦いにおいて魂の性別がどちらかなど些細な事だ。」
力強く頷き、気にするなと言うように笑う竜の戦士サカマタさん。
こういうところだよな、このヒトのかっこよさっていうのは。
「そうかぁ……前世は男の子やったんやねぇ……そうかぁ……。」
一方でモニカは俺の前世が男であった事をしきりに気にしている様子。
やはり男だと知っていれば、あんな風にもふもふしたりするのは嫌だったのだろう。
「ごめん、モニカ……もうあんな事はしないから、この通りだ……!」
俺は申し訳ない気持ちになり、再度モニカへ頭を下げる。
最悪、なんらかの賠償金を請求されることも覚悟していた。
「ええんよその事は……ちなみになんやけど、年下と年上やったらどっちが好き?」
俺の下げた頭に、そっと手を置いて頭を撫でながら謎の質問をしてくるモニカ。
どういう意味だ?何故このタイミングでそんな質問を?
「言ってる場合ですか」
ベレノの尻尾をムチ代わりにした鋭いツッコミが、モニカのお尻をひっぱたき小気味の良い音を響かせる。
お尻をひっぱたかれ悲鳴を上げながら数歩前によろめいたモニカが俺にぶつかって、俺は床へと押し倒されるような形になる。
「痛ったぁ……何すんねんなもう!ちょっと聞いただけやんか!なぁ、メイちゃ……あっテンセイくん!」
お尻をさすりながらベレノの方を涙目で見た後、俺に共感を求めるように顔を覗き込んでくるモニカ。
「呼びづらかったら今まで通りメイでいいですよ、モニカさん……。」
モニカのテンセイくん呼びについ釣られて、俺はよそよそしい話し方をしてしまう。
そして苦笑しながら、モニカの下から脱出しようとする。
しかしそんな俺をモニカが突然抱きついて阻止してくる。
「……嫌や~!メイちゃんがウチの事モニカお姉ちゃんって呼んでくれへんようになった~!」
意味の分からない事を言いながら泣きついてくるモニカ。
元からそんな風に呼んだ事は無いはずだが。
「何わけのわからない事言ってるんです、早く離れなさい!メイが潰れるでしょう!」
泣きつくモニカをベレノが退かせようとぐいぐい横から押してくる。
「潰れへんわ!ウチそんな重た無いで!?なぁメイちゃん!」
ベレノへと反論しながら、また俺に共感を求めてくるモニカ。
本当にこの2人が揃うと、うちのパーティはいつも賑やかになる。
俺は思わず吹き出してしまって、笑い始めてしまう。
「ふっ……ふふっ!あははっ!……もう、仲良くしてくれよ2人とも……ふふっ。」
笑いをこらえながら2人の喧嘩を仲裁しようとする俺だったが、やっぱり笑ってしまう。
そんな俺に釣られたのか、2人だけではなくサカマタさんまでもが笑い始める。
「ふ……くく。本当に仲が良いのだな、貴女らは。そうだな……某のことも、下の名前で……ロリカと呼んでもらっても構わないのだぞ?」
冗談なのか本気なのかわからないようなイケメン顔で、そんな事を言ってくるサカマタさんに俺は何故かドキドキしてしまう。
「あ、メイちゃん顔赤なっとる!」
「え!?」
モニカが俺の顔を指差し、ベレノが驚いたような反応をする。
俺は咄嗟に自分の両頬に手を当て、確かに少し熱くなっているのを感じた。
多分笑い過ぎだろう。きっと。
そんな愉快な仲間たちとの楽しい時間はあっという間に過ぎ、気がつけばもう昼頃になっていた。
その時不意に、誰かが窓を叩く音が響く。
「メイ、あけて。メイ?テンセー?どっち?」
コツコツと鉤爪で窓をたたきながら、窓の外からシャルムが覗いている。
俺はすぐに窓辺へと近づくと窓を開けてシャルムを迎え入れた。
「メイでいいよ……シャルムもありがとう。俺のこと、心配して毎日見に来てたんだって?」
俺はそんなシャルムをひょいっと抱き上げると、シャルムは嬉しそうに笑って俺に頬ずりしてくる。
「メイ、ボク心配した。メイ元気無い……ボク悲しい。でも今日、メイ笑顔!ボク嬉しい!……んっ。」
そう言って大胆にも、朝の挨拶としてか俺の頬へとキスをしてくるシャルム。
ベレノとモニカが驚いた顔でそれを見ていた。
「なっ、なな……何をしているんですかあなたはッ!」
珍しく取り乱したようにベレノが俺へと詰め寄ってくる。
いや、俺のほうからしたわけじゃないんだが。
シャルムはそんなベレノを見ながら、何故か得意げな顔で俺にしがみついている。
この流れはダメだ、また喧嘩が始まってしまう。
「ま、まぁまぁベレノ落ち着いて!とりあえず……全員そろった事だから、改めて話をしておきたいんだ。」
俺はわなわなと震えるベレノを宥めて、ようやく本題を切り出す。
これからの勇者パーティと、俺のやりたい事について。
とりあえず皆に適当に座ってもらい、俺は説明を始める。
「みんなも知っての通り、あの魔王アルシエラは俺の妹の雪だ。……どうして妹があんな力を持っているのかはわからないけれど、俺の妹である事には間違いない。だから俺は……もう一度、妹とちゃんと話がしたいんだ。」
俺は今の自分の目的を、はっきりと皆に伝える。
それが簡単に叶うことではない事は、自分が一番わかっているつもりだ。
俺がもう一度妹に会うために、乗り越えなければならない障害は多い。
「もちろんそれはええと思うけど……問題はどうやって会うかやない?空飛ぶでっかいお城もあれ以来、目撃されてへんっちゅう話やし。」
モニカの言う通り、まずはあの浮遊城を探し出すところから始めなければならない。
あれほど大きな物が空を飛んでいて、誰も気が付かないなんて事はまず無いはずだ。
だとすればあの時のようになんらかの手段で姿を隠している可能性が高い。
城の大きさからして、森なんかの中に隠したとしてもすぐに見つかってしまうだろう。
だとすると、透明化もしくは亜空間のような別の空間に潜んでいると考えられる。
そうなると簡単には見つからないだろう。
「それは……うぐ……っ」
俺は良いアイデアが浮かばず、言葉に詰まってしまう。
妹に会いたがっている事をどうにかして伝えれば、向こうから会いに来てくれるか?
だがもうあれから2週間も音沙汰が無いということは、妹は俺に会いたくないのではないか。
そんな事を考え始めたら、途端に胸が苦しくなってくる
俺が頭を抱えて蹲っていると、不意に部屋の扉がノックされた。
今大事な話をしているところなんだが。
「……こちらに、テンセイ殿はいらっしゃいますかな?」
扉の向こうから聞こえた老人のような声に全員が反応し、声を殺して扉の方へと注目する。
何故俺の名前を知っている?誰だ?何者なんだ?
扉の側に立っていたサカマタさんが、俺達へアイコンタクトを送りながら剣を抜いた状態でそっとドアノブへ手を伸ばす。
「ふむ……留守か。仕方あるまい……。」
声の主がそう呟き諦めて帰ったのだと気を抜いた、瞬間。
何者かの手が、ドアをすり抜けるように貫通して現れた。
「曲者かッ!」
サカマタさんが咄嗟にその手へと剣を振り下ろす。
しかし刃はその謎の手をすり抜けてしまう。
「おや……やはり誰かいらっしゃるようですな。ここを開けてはもらえませぬか?」
一度現れかけた手が扉の向こうへと引っ込み、また老人の声が聞こえてくる。
俺はベレノ達と顔を見合わせ、静かに頷くと緊張しながらゆっくりと口を開く。
「……どなたですか?」
恐る恐る、俺はその扉の向こうの人物へと問いかける。
「まぁ、そうですな……アルシエラ様の側近と言ったところでしょうか。」
その言葉に、皆が一斉に武器を構えだす。
魔王の側近という事は、即ち魔族だろう。
「おっと、これは失言でしたな……どうか今のは聞かなかったことに。」
俺達の警戒度が高まった事を察してか、発言を撤回すると言う怪しげな声。
だが俺の名前を知っていて、アルシエラの側近だと言うのなら妹とはかなり親しい存在なのでは無いか。
妹が無闇に俺の事を、ましてや知らない人に話すとは思えないからだ。
「……俺と、妹のフルネームがわかりますか?」
確認するように俺は扉の向こうへともう一度問いかける。
「ええ、存じておりますとも。アルシエラ様は、ユキ・ホムラ。そしてその兄のあなたはテンセイ・ホムラ。……違いましたかな?」
迷いなくそう答えたその声に俺は本来の妹を知る者だと確信し、抜きかけた剣を収める。
そして皆にも武器を下げるように手で合図する。
俺はゆっくりと扉へと近づくと、ドアノブに手をかける。
「……最後に1つだけ。あなたは俺達の敵ですか?味方ですか?」
最後の質問として、俺は扉の向こうの人物へそう静かに問いかける。
「まぁ、敵でしょうな。ですが……アルシエラ様の味方です。」
その答えを聞いて他の皆が再び臨戦態勢に入る。
だが俺はあえて、ドアノブを回し扉を開ける。
「……あなたが、じいですね?」
扉を開けた先に立っていたのは、白いフード付きローブを身に纏い杖をついた老人らしき人物。
しかしその足元には竜のような尻尾が見えており、明らかに人間ではない。
かと言って竜族のような逞しさも無い、もっと不可思議な力を感じる。
「ほっほっほ……いやはや、アルシエラ様に似て聡いお方だ。いかにも、私がじいことジーニア・オウリュでございます。」
そう言って部屋の中へと入った老人がフードを取り払うと、竜族のような角を持ちながらもより本来のドラゴンに近い形状の頭を持つ魔族の男性がその素顔を現した。
「やはり魔族……しかもその姿は、竜魔族!」
サカマタさんが剣を抜き、ジーニアへと向けると、その殺気に驚いたシャルムが部屋の中を飛び回る。
「竜魔族……聞いたことがあります。確か遥か古の時代の魔界にて今の魔族の祖を生み出したとされる、最高位の魔族で……あの先代魔王もまた竜魔族であったと言われています。」
サカマタさんの言葉に、シャルムを尻尾で捕まえながらベレノが説明を入れてくれる。
なるほどつまるところ物凄く強い魔族だ。
だがこの竜魔族の老人、ジーニアからは敵意を感じられない。
「ほほ……良くご勉強なさっておられる。アルシエラ様もそのくらい勉強熱心であれば……ああっと、話がそれましたな。失礼。」
そう言いながらジーニアがサカマタさんの向ける剣先へと指を触れると剣がひとりでに動き出し、勝手にサカマタさんの腰へと戻ってしまう。
流石のサカマタさんもこれには驚き、言葉を失っている。
そして俺達がその剣へと気を取られている間に、いつのまにかジーニアはベッドに腰掛けていた。
「良いですなぁ……若い女の子ばかりのパーティというのも。むふふ……ああ、いやある意味ではハーレムでしたかな?」
お見通しと言うように、俺の方を見て下品に笑うジーニア。
一体何が目的なんだ、この爺さん。
「なんやこのスケベじいさん!?」
モニカが悲鳴を上げるよう叫びながら、ベレノへとくっつく。
ベレノはそんなモニカを鬱陶しそうに手で拒絶している。
「……あの時妹が言っていました。俺の先祖……デソルゾロットの名を持つ勇者に先代魔王を倒された恨みがあるんですよね。」
確かにあの時妹は、勇者デソルゾロットがじいの仇であると言っていたはずだ。
だとすればこの爺さんも、俺のことを恨んでいるのだろうか。
だが依然として殺気や敵意と言った物を感じられない。
「ええ、まぁ……確かに恨みはありましたな。ですがそれももう昔の話です。……それにしても、非常に良く似ていらっしゃいますな、あなたは。まるで先代勇者の生まれ変わりのようだ……。」
ジーニアはそんな風に言うと、俺の顔をどこか懐かしむような目で見つめてくる。
話から推察するに、この爺さんは先代の勇者サン・デソルゾロットを直接目にした事があるのだろう。
それほどまでに似ているのか?俺は。
「ああ……歳を取ると無駄話ばかりしていけませんな。……今日は、テンセイ殿にお伝えしたい事があって来たのです。」
やれやれといった様子で杖をつくと、そこへ両手を乗せるようにしてジーニアは話し始める。
俺に伝えたい事?まさか妹の事か?
期待と不安に板挟みにされながらも、俺は言葉の続きを待つ。
「アルシエラ様……つまりあなたの妹君が、生贄に捧げられようとしております。」
ジーニアの口から告げられた衝撃の事実に俺は、一瞬思考が停止する。
妹が、生贄に?
どういう意味だ。
「詳しく……説明してください。」
返答次第では激昂してジーニアの胸ぐらを掴みにいきそうな自分の手を抑えながら、俺は説明を求める。
「そうですな。あれは10日程前の事……。」
するとジーニアは小さくため息を吐いて、事の詳細を語り始める。
ジーニアは以下のような内容を俺に語ってくれた。
妹があの一件の後3日も俺のことで泣き続け、その上でもう一度俺に会いたがっていたという事。
だがその翌日に、旧魔王派を名乗る過激派組織によって捕らえられて力を封じられてしまった事。
そして今はあの浮遊城にて、先代魔王復活のための儀式の生贄として囚われている事。
「……ですから、テンセイ殿。どうかあなたにはアルシエラ様を助けていただきたいのです。」
ジーニアの話の内容を聞いて、俺は焦りながらもどこか安堵していた。
妹は決して俺に会うことを嫌がっていたわけではなく、むしろその逆だったのだ。
それを聞いて俺のやる気は一気に燃え上がる。
最愛の妹をいますぐに救出しにいかなければならない。
「わかりました!今すぐ浮遊城へ乗り込みましょうッ!」
妹が俺に会いたがっていたという喜びと、助けなければという使命感に燃え俺はすぐにでも出発しようとする。
だがそんな俺の手を、ベレノの尻尾が引き止めた。
「バカなんですか?一人で行ってどうするつもりです?そもそもどうやってあの城まで行くつもりですか?」
ストレートな罵倒から始まったベレノの正論が、俺の燃え上がっていた心を一気に鎮火させる。
そうだ、俺は妹の事で少し焦りすぎていた。
俺は一度冷静になり、ベレノの隣へと腰掛ける。
「あの妹にしてこの兄あり……という感じですな。……それではこちらを。」
暴走しかけて速攻で鎮圧された俺を見てジーニアは小さく笑いながら懐から何かを取り出し、俺に差し出してくる。
それは何か、模様のような物が刻まれた石のように見える。
俺はその謎の石を不思議そうに見つめる。
「これは、地獄門の欠片ですな。以前アルシエラ様が門を奪還なさった時に、衝撃で崩れ落ちた物を回収してまいりました。」
地獄門と聞いて、俺はあの時のトラウマが蘇りそうになる。
しかし門の欠片なんて持ってきてどうするのだろうか?
これで魔界に行けるとか?でも妹は今浮遊城にいるはずだ。
「実は古代遺跡などの遺物は、欠片に魔力を流し込むとより大きな欠片の方へと集まろうとする性質がありましてな……このように。」
ジーニアがその欠片に魔力を込めると刻まれていた紋様が淡く輝き、欠片が浮遊して移動を始める。
つまり、この欠片があれば地獄門本体の位置を割り出せる=浮遊城の位置がわかる、という事か。
妹のためにフル回転する俺の頭が、超速理解で把握する。
「……コレ以上の説明は必要無いようですな。……ではアルシエラ様の事、頼みましたぞ。」
そう言ってジーニアは、そのしわくちゃの手で俺の掌に門の欠片を落とすと、一瞬にして姿を消してしまう。
とぼけているように見えても、やはりあの爺さんはかなりの手練れのようだ。
だがこれで、当面の目標は決まった。
浮遊城を見つけ出し、俺の妹を救出する。
「みんな……妹を助けるために、俺に力を貸してくれ!」
俺は欠片を握りしめながら立ち上がると、全員に全力で頭を下げる。
「しゃぁないなぁ……その代わり、成功したらたんまりとボーナス弾んでもらうで?」
指で円を作りながら、ニヤリと笑うモニカ。
「貴女の妹を助けることが、結果的に魔王復活の阻止に繋がるのであれば……行かぬ理由はあるまい?」
そう言いながらドンと自らの胸を叩くサカマタさん。
「ボク……メイ、助けられた。だから恩返し、メイ助ける!」
ベッドの上でぴょんと跳ねれば、元気に羽ばたくシャルム。
そして何故か皆の視線がベレノへと集まる。
「な、なんですか……い、行けば良いんでしょう。この変な人が暴走した時、止める役目が必要ですからねっ……!」
そう言ってベレノは珍しく、尻尾ではなく自分の手で俺の腕を取って組んでくる。
「ありがとうベレノ、みんな……。行くぞ!浮遊城へ!」
俺が剣を抜いて高く掲げると、皆が声を合わせてそれに応える。
待ってろよ雪。兄ちゃんはもう一度、必ずお前に会いに行くからな。
例え、どれ程辛くとも。