第十三話【絶望を越えて】
第十三話【絶望を越えて】
魔王アルシエラと思わしき少女が召喚したドラゴンゾンビとの激闘を制した俺達は、その直後に闘技場へと飛び込んできた受付嬢からの連絡を受け、討伐隊本部のあるエヴァーレンス城へと集結した。
そこには今初めて顔を合わせるような紋章持ちの勇者たちも、全員が集められていた。
「ほう……ちらほらと見知った強者共がいるな。」
大部屋へと集められた紋章持ちの勇者たちとそのパーティメンバーを見ながら、サカマタさんが興味深そうに呟く。
「サカマタさんの知り合いですか……?」
俺は声を潜めながら、サカマタさんへ質問する。
「ああ、闘技場で何度か戦ったことがある。皆中々の強者だったと記憶している。」
サカマタさんは少しかがんで俺に耳打ちするように答えてくれる。
やはりメンバー集めとなると、基本的にはその道のプロを誘ったりするのが普通なんだろうか。
そういう意味ではうちのパーティは、色々な意味で変わっているかもしれない。
偶然助けてもらったのをきっかけに交流を始めたラミアの魔法使い、ベレノ。
教会に情報収集に行ったら何故か同行することになった獣人の回復魔法使い、モニカ。
ダメ元でオファーしてみたら、色々あって勧誘成功した竜人の盾役、サカマタさん。
そして、さっきから俺の肩の上に立ったまま降りようとしない鳥人の斥候、シャルム。
いや、シャルムはメンバーに含めて良いのか?
本人が完全についてくる気だったので、そのまま連れてきてしまったが。
「シャルムは……私達のパーティに入ってくれるの?」
念のため、頭上の本人に確認を取っておくことにする。
「ん……ボク、メイ好き。ずっと、一緒。」
それは了承という事で良いんだろうか。
すりすりと俺の後頭部へ頬ずりをしているらしい、シャルムの柔らかな頬の感触を感じる。
すると何故か急にベレノが、俺の腰へと尻尾を巻き付けてきた。
しかし俺を含めて見事に女性だけのパーティになってしまった。
全員をベレノのような種族で固めれば目立たないと俺は言ったが、これはどう見ても逆に目立ちまくっているのではないか?
他のパーティからの好奇の視線を嫌というほど感じている。
まぁ肩に鳥人を乗せながらラミアに巻き付かれているような奴がいたら、俺だってつい見てしまうかもしれないが。
「……シャルム?そろそろ降りてくれる?」
俺は優しく諭すようにシャルムに声をかける。
シャルムは少し不満げな顔をしながらも、ぴょんと俺の肩から降りてくれた。
「ボク……何も見えない。メイ……。」
この人だかりの中、確かにシャルムの身長だと床の上からでは何も見えないだろう。
潤んだ瞳で甘えるように翼を俺へと広げるシャルムを、仕方ないと胸の前で抱きかかえてやる。
その瞬間、腰に巻き付けられたベレノの尻尾の締め付けが少し強くなった気がした。
さっきから大人しいモニカはと言えば、祈りなど捧げながら出会った時のような猫かぶりモードになっている。
いつもの調子で喋りまくられるよりは良いのかもしれないが、少し調子が狂う。
そんな事を考えていると、一段高く作られた床の上の講壇へと白いヒゲを蓄えた男性が早足で歩いてくる。
「……勇者とそのパーティメンバーの皆。よくぞ集まってくれた。私は特別討伐部隊の指揮官を務めさせてもらっている、ローラン・ウルフクローだ。早速で悪いが現状を報告させてもらう。」
ローランと名乗る厳つい顔をした指揮官が、挨拶もそこそこに淡々と説明を始める。
「件の魔王アルシエラが、地獄門付近で確認された。目的は間違いなく門の奪還だろう。現地に駐屯していた防衛隊が現在防衛に当たっているが、状況は芳しくない。」
先程知らせに来た受付嬢も言っていたが、あの魔王アルシエラが魔族が魔界へ帰還するために必要な地獄門を奪還しに来たようだ。
地獄門は魔族にとっての生命線とも言える存在であり、奪還に失敗すれば地上世界での衰弱死が確定する。
だからこそ、魔族は魔王まで投入して本気で奪いに来ているのだろう。
「地獄門がこちらの手にある以上、そうやすやすと向こうから仕掛けてくる事はあるまいと踏んでいたのだが……すまない。彼奴らは今すぐにでも戦争を始めたいらしい。……そこで勇者諸君らには今すぐ、大転移魔法にて現地へと赴きこれを撃滅してもらいたい。そして可能であれば、魔王アルシエラを討伐して欲しい!」
悔しそうな指揮官の言葉に、城内がざわつく。
地獄門を守らなければ今度はこっちが追い詰められるため、襲い来る魔族を倒さなければならないのは理解できる。
だがいきなり集められて、いきなり魔王と戦えだって?
いくらなんでも話が急すぎないか。
本来ならば然る準備の後に、皆で一斉に魔界を目指して出発するという話だったはずだ。
準備だって万全だとは言えない。不満が出るのは当たり前だ。
だが俺にとってはこれは、逆にチャンスかもしれない。
魔王アルシエラの正体が俺の妹なのかどうかをはっきりさせる為の、だ。
「重ねて申し訳ないが、闘技場襲撃の件もありこちらから追加の兵士を送ることはできない。またあのようなモンスターが現れた時、街を守る戦力が必要だからな。……それに拒否権は元より無い。元はと言えば諸君らは魔王討伐のために集められた勇者達なのだからな。……頼むぞ、この戦いに地上世界の命運がかかっている。それでは……健闘を祈る。」
そう言って指揮官が講壇へと手を置くと大部屋の床に仕込まれていたらしい魔法陣が浮かび上がり、大転移魔法が発動。
俺達に有無を言わせぬまま部屋全体が眩しい光に包まれ、そこにいた全員が強制的に転移させられた。
◆◆◆
魔法陣の光が消え俺達が目を開けると、そこは城塞の内側のようだった。
前方には崩れかけている城壁と、その上から必死に応戦している弓を持った兵士たち。
血と何かが焦げたような匂いが漂うまさに戦場といった感じの場所だ。
「……お、おお!増援だ!神は俺達を見捨てなかった!!」
負傷した兵士が勇者たちが転移してきた事に気がつき、喜びの声を上げる。
突然の強制転送に唖然としていた勇者たちだったが、その言葉で自分が今何をすべきなのかを思い出したようだ。
それぞれが一斉に駆け出し、負傷者の救助や砦の防衛へと動く。
「皆、私達も……!」
他の勇者パーティに負けじと、俺達のパーティも活動を始める。
俺とベレノとサカマタさんの戦闘要員3人は砦の防衛に当たるために、砦の入口へと向かった。
そこでは巨大な身体の魔族が、砦の門を打ち破らんと何度もタックルをしかけている所だった。
必死で門を内側から抑えている兵士たちだが、今にも門ごと破壊されてしまいそうだ。
「メイ、門は私が……あなた達はあの大きいのを頼みます。」
ベレノはそう言って地面へ魔法陣を描き詠唱を開始する。
すると壊れかけていた門が、魔法陣から飛び出した無数の黒い蛇で覆われ始める。
やがてそれらは門をコーティングするように覆い尽くし、門を守るバリアとなる。
捕まえたり締め上げたりするだけが、拘束魔法の使い方では無いという事だ。
俺はベレノの魔法の凄さに感心しながら、サカマタさんと共に状況確認のために壁の上へと登った。
「こんな……っ!うっ……!」
幸か不幸か、魔王はまだここへ姿を現していないようだ。
砦の外は中とは比べ物にならない程酷く、兵士の死体と思われる物や既に原型を留めていないような何かまで無数に散乱している。
生まれて初めて見る凄惨な戦場に、俺は思わず吐き気を催した。
そんな俺の背中にサカマタさんの大きな手が優しく触れてくる。
「気をしっかり持て……!これより先は死地!死にたくなくば、戦え!」
そんな事を言いながら勇敢に壁から飛び降りていくサカマタさんを見て、俺も込み上げた物を飲み込み後に続く。
「でぇいりゃあッ!!」
サカマタさんが落下の勢いを乗せた盾で、門へタックルを繰り返している巨大な口のデカブツを殴りつける。
その衝撃でよろめいたデカブツの足に俺は拘束魔法を飛ばし、紐に引っ掛けるようにして転ばせる。
俺はそこへすかさずその太い首へと斬撃を入れ、止めを刺しに行く。
だが切り付け方が浅かったのか、デカブツのギョロリとした1つ目が俺を見た。
恐怖で、呼吸が止まる。
咄嗟にサカマタさんの追撃が入り、デカブツは断末魔と共に首から紫の血のような物を吹き出し死に絶えた。
「ぼさっとするな!戦場では一瞬の迷いが命取りになる!……だが、すかさず止めを刺しに行ったのは間違っていない。後はもっと思い切り、本気で斬りに行け。」
サカマタさんは固まってしまった俺へと叱咤激励し、背中を叩いてくる。
俺は背中を叩かれ、そこでやっと呼吸を再開できた。
「はぁ……っはぁ……ッ」
これが本物の戦場、命の奪い合い。
緊張から冷や汗が吹き出し、心拍数が上がりっぱなしになる。
落ち着く気配の無い自分の胸を抑えながら、俺は改めて自分が今いる場所を認識する。
数匹倒して終わりじゃない、いつまで続くかもわからない防衛戦。
「これでここはしばらく大丈夫ですね……外に行った2人は無事でしょうか。」
門の補強を終えたベレノが壁の上へと登っていた。
そんなベレノの横に、負傷者の救助を手伝っていたシャルムが降りてくる。
「何か来る!たくさん!たくさん!」
シャルムの優れた目が、彼方より迫りくる何かを捉えたようだ。
たくさんってどのくらいだ。10?100?
「あれは……不味いですね。シャルム、今砦の外で戦っている人たち全員にすぐに砦へ戻るように伝えてください。大群が押し寄せてきます!」
兵士から借りた双眼鏡を覗き込むベレノの目にも確認できたようで、ベレノが伝令を頼むとシャルムはすぐに飛び立った。
大群が押し寄せれば、今バラバラに戦っている者たちはあっという間に轢き殺されてしまうだろう。
「サカマタさん、どうします?私達も砦の中に……」
「いや、ここで守る者が居なければ中に居ようと同じことだ。某はここを動かん。」
俺の弱気な提案に、サカマタさんはドンと盾を構えて守り切る覚悟を見せる。
だがいくらサカマタさんでも、大群相手となれば守り切るのは難しいのではないか。
俺は壁の上からの助言を求めようと、ベレノへと手を振る。
するとベレノは壁をするすると器用に這いずりながら降りてきてしまう。
「ベレノ!?降りてきたら危険よ……!」
「守りきれなければここも壁の上も然程変わりませんよ。それよりも今、打てる最善の手を考えるべきです。」
どうやらまだ戦場にて覚悟が決まっていないのは、俺だけのようだ。
俺はぐっと拳を握り、精一杯の勇気を覚悟で無理やり固める。
「……大群の数はどのくらい?」
小さく息を吐き、少し冷静になった俺はベレノへ見えた物の報告を求める。
「見えた範囲だけですが……。少なく見積もって武装した魔族が1000体、その先頭を走る魔獣が700から800匹程度というところでしょうか。」
ベレノの口から報告された数字を聞いて、俺は少し聞いたことを後悔する。
1000体に800匹だって?こっちは勇者とパーティ全部合わせて100人もいないんだぞ?
「さて……どうしますか?大人しくこのまま轢き殺されますか?」
この状況下で、笑って見せるベレノ。
だがその尻尾が少し震えているのを、俺は見逃さなかった。
そうだ、勇者である俺が弱気でどうする。
ゴブリンだってドラゴンだって、知恵と勇気と仲間のアシストでなんとかしてきた。
魔族1000体と魔獣800匹くらいなんとかしてやる。
それに魔王に直接会って正体を確認するまで、こんな所で死ぬわけには行かないんだ。
なぜなら俺は、勇者様でお兄ちゃんだからな!!
その時、俺に天啓のように打開策が舞い降りる。
「……その顔、また何か思いついたようだな。」
ニヤリと笑う俺を見て、サカマタさんもまた笑う。
「ベレノ、先頭を走っているのは魔獣なのよね?」
改めて俺はベレノに、さっき見えた敵の情報の確認を取る。
「ええ、それはもう猪突猛進の勢いで。流石にあれを受け続けたら門どころか石壁ごと破壊されるかと思います。」
サイやイノシシのようなタイプか?だが、むしろ都合が良いかもしれない。
俺が思いついた策を頭の中で何度かシミュレーションしていると、シャルムの呼びかけで戻ってきた兵士や他の勇者パーティ達が続々と砦の前へ集まってくる。
俺はサカマタさんに持ち上げてもらい、その肩に乗ると大きく深呼吸をする。
そして。
「……私はメイ・デソルゾロット!!かつて魔王を討ち倒した先代勇者、サン・デソルゾロットの血を引く者!ここにいる勇者とその仲間、そして兵士の皆に聞いて欲しい事がある!!」
俺は今まで出したことも無いような目一杯大きな声で、皆に作戦を伝える。
最初は俺の伝えた作戦内容に不安げな顔をしていた皆だが敵の大群の足音が徐々に近づくにつれ、覚悟を決めてくれたようだ。
「……作戦、開始ィーーッ!!」
酸欠になるのでは無いかと思うほどの大きな声で、俺は作戦の開始を伝える。
それを聞いた皆が、それぞれの役割を果たすために走り出す。
「ふ……存外大きい声も出せるのだな、貴女は。」
ずっと俺を肩に乗せてくれていたサカマタさんが、そっと俺を下ろしてくれる。
「はぁ……はぁ……そ、そうでしょう……」
案の定酸欠になった俺は、ベレノに支えられながら無理にでも笑って見せる。
作戦が上手く行かなければ、今度こそ本当に終わりかもしれない。
だからこの作戦は、成功させる以外の選択肢は無いのだ。
俺の考えた作戦はこうだ。
まず魔法使い達に協力してもらって、毒の沼や茨の柵などの見え見えの障害物を砦の前の道の中央を避け、左右に配置してもらう。
当然敵はそれを避けるためにがら空きになっている中央へと集まるわけだが、通れる道幅は限られている。
所謂ボトルネックのような形になるわけだ。
そうして狭めた敵の先頭の魔獣達を、仕掛けた拘束魔法の罠によって足を奪い転倒させる。
すると急には止まれない後続の魔獣達が前の魔獣にぶつかって倒れ、また後ろから来た魔獣がぶつかって倒れを繰り返す多重衝突事故が発生するだろう。
魔獣達を後続を止める為のバリケードとして利用しつつ、混乱が生じている間に火力の高い魔法で一気に殲滅する。
長々と説明したが、上手く行く保証はない。
それでも乗り越えてくる敵は多少いるだろうが、そこは各盾持ち達に頑張ってもらおう。
誘導用の障害物を配置し終えた魔法使いたちが戻ってくると、すぐに敵の先頭部隊が見えてくる。
頼む、上手く行ってくれ。
「来ます……ッ!右列、詠唱開始!!」
俺が剣を抜き、高く掲げると門を挟んで壁の上に一列に並んだ魔法使い達が一斉に詠唱を開始する。
殲滅のための火力を出し続ける必要があった為、今回俺は魔法使い達を2つのグループに分けた。
右列が魔法を放っている間に左列が詠唱を開始し、右列の攻撃が終わるタイミングですぐに左列が攻撃を開始する。
そしてまた右列が詠唱して、左列の攻撃が終わったら……という繰り返しだ。
数が少し足りない為2列しかないが、学校の歴史の授業で習ったような三段撃ち戦法だ。
「ベレノ!頼む!」
魔獣達がボトルネックへと入ったのを確認すると、俺はベレノに合図する。
するとベレノが用意した拘束魔法の罠が魔獣達の足を奪うような高さへと現れる。
ここで転倒させられなければ全てが台無しになる。
ベレノには門の防衛に回していた魔力リソースも、全てその罠へと回してもらっている。
つまり、それでもダメなら後ろのボロボロの門は紙くず同然に吹き飛ぶというわけだ。
「……転べぇぇぇッ!!」
俺は叩きつけるように、迫りくる魔獣たちへと叫ぶ。
そんな俺の願いが通じたのか、先頭の数匹が罠にかかり大きく転倒する。
そして先頭に引っかかった後続の魔獣達がまた1匹2匹と連鎖するように派手にぶつかっていく。
転倒した魔獣達によって肉のバリケードが築かれ、猪突猛進な魔獣の勢いは完全に失速した。
念のためベレノには先頭の魔獣が起き上がらないように、高速魔法で手足を縛っておいてもらう。
「……右列、攻撃開始ィッ!!」
俺は再び声を張り上げて、壁上の魔法使い達に攻撃を指示する。
一斉に放たれる炎や雷、氷などの魔法が綺麗な軌跡を描く。
前方の異変に気づいた魔族達が、魔獣を左右へと避けさせようとするが左右には障害物として配置した丸見えの罠がある。
そうこうしている内にも魔獣達は光に寄せられる蛾のように次々と突っ込んでは魔法で殲滅され続ける。
「……左列!攻撃開始ッ!!」
俺はちらりと右列の魔法使い達を見て、攻撃が終わりそうなのを確認するとすかさず左列へと指示を出す。
このペースであと何度か交互に魔法を撃ち続ければ、もしかしたら。
そう考えかけた所に、バリケードを乗り越えた1匹の魔獣が俺達の方へと飛び込んでくる。
騒然とする魔法使い達の攻撃の手が一瞬ブレる。
「サカマタさんッ!」
「狼狽えるなッッ!己が役目に全力を果たせッ!!」
俺が咄嗟にサカマタさんに声をかけると、サカマタさんはその大きな盾で魔獣を受け止め叩き伏せる。
サカマタさんの竜の一声に冷静さを取り戻した魔法使い達は、殲滅を再開する。
そんな状況がしばらく続き、皆の顔にも疲弊の色が見え始めた頃。
「メイ!敵、逃げてく!」
門の上空で見張りをしていてくれたシャルムが、そう叫ぶ。
どうやら敵が撤退を始めたようだ。
俺達は、勝ったのか?
残った魔獣を殲滅し終えると、その場に居た誰もが喜びの歓声を上げる。
「勇者デソルゾロット万歳!!」
「……ばんざーい!!」
「勇者デソルゾロットばんざーい!!」
一人の兵士がそう叫ぶと、皆が口々に俺の名前をコールし始める。
やったんだな、俺達。
だが俺はまだ心のどこかで、何か嫌な予感がしていた。
「うわああああぁあッ!?なんだあれはぁッ!?」
突如として砦の内部から、喜びの歓声をかき消すような悲鳴が聞こえてくる。
その瞬間、俺達は突然夜が訪れたような暗闇へと飲み込まれる。
「なんだッ……!?」
俺が慌てて空を見上げるとそこには巨大な島、いや城が浮かんでいた。
こんな巨大な物の接近に今の今まで誰も気が付かなかったなんて事はありえないだろう。
だとしたらこれは、今突然ここに現れた事になる。
そしてそんな芸当ができる存在がいるとしたらそれは。
「魔王……アルシエラ……ッ!」
浮遊城から、銀の長い髪をたなびかせながら一人の少女が降りてくる。
前に本部で見せてもらった特徴とも完全に一致している。
「あれが魔王……」
一見少女のように見える魔王の姿に、他の勇者たちがざわつき始める。
指揮官は確かに言っていた。地獄門に魔王が現れたと。
姿が見えないと思ったら、こんな物を用意していたのか。
「地上のみんな、おっまたせ~!ちょっといい感じのお城見繕ってたら、遅れちゃった……許してね?」
城を見繕う?とすると、あの浮遊城は地上のどこかから奪い取ってきた物なのか。
少女は俺達が倒した魔獣の亡骸の山の上へと降り立つと、それらを眺めてゆっくりと口を開く。
「……あーあ、こんなに死んじゃって……かわいそー……。」
到底恐ろしい魔王とは思えないような口ぶりに、俺は少しペースを乱される。
「な、何が可哀想だ!俺達の仲間を何百人も殺しやがってッ!ふざけんなッ!!」
そんな魔王の態度に激昂した兵士が、震えながらもヤケクソ気味に槍を魔王へと投げつける。
だがその槍は魔王へと届く寸前で、一瞬にして凍りつき粉々に砕け散る。
それと同時に先程までそこに立っていたはずの魔王の姿が見当たらない。
俺が慌ててキョロキョロと周囲を見渡し、もう一度前を向いた瞬間。
いつのまにか俺の眼前に現れていた、その赤い瞳と目が合った。
「なッ!!?」
俺は咄嗟に後ろへと跳び、距離を取る。
突然現れた魔王に驚いたのももちろんそうだが、それ以上に驚いたことがある。
あの魔王の顔がどう見ても俺の妹、穂村 雪のものだったからだ。
髪色や目の色などのせいで印象がガラリと変わってはいるが、その顔立ちを見間違えるはずもない。
間違いなく俺の、俺が探し続けた雪だ。
「ゆ……ッ!?」
俺が咄嗟に妹の名前を叫ぼうとした次の瞬間、俺はいつのまにか吹っ飛ばされて後方の門を突き破っていた。
今、何をされた。
認識できないほどの高速攻撃。
俺はそのまま地面へと叩きつけられる。
強く身体を打った衝撃で、上手く呼吸ができない。
そんな俺の目の前また瞬間移動のように現れる妹。
「デ、デソルゾロット様ッ!?」
一瞬遅れて反応した兵士達が、吹っ飛ばされた俺を見て声をかけてくる。
その名前を聞いた途端、妹がぴくりと反応を示した。
「……へぇー?あなたがあの勇者デソルゾロット?……って言ってもあなたは、先代魔王を倒したらしい前の勇者デソルゾロットの子孫、か……。」
よろめきつつも立ち上がる俺を見ながら、ゆっくりと周りを歩く妹。
必死に妹の名前を呼ぼうと手を伸ばすが、俺は呼吸ができず全く声が出ない。
妹はそんな俺の手をそっと握ると、顔を近づけてくる。
「え?なぁに?聞こえなぁ~い。……あなたに恨みは無いけれど、じいにとっての仇らしいから、ごめんね?」
俺の身体はその握られた指先から急速に凍り付き始める。
そこへ突然、黒い何かが飛んできて妹の身体へと絡みつく。
これはベレノの拘束魔法だ。
「うわっ何!?蛇!?気持ち悪い……っ!」
妹は自分の身体に巻き付いた黒い蛇を、蜘蛛の糸でもちぎるように簡単に消し去る。
「メイから……離れなさいッ……魔王!」
ベレノが妹を強く睨みつけながら、次の詠唱を開始する。
「あーこわいこわい。まぁいっか、みーんなまとめて消しちゃえば……でもその前に♪」
睨まれた妹はそんな事を言いながら、砦の中でも特に厳重に作られた建物の前へと瞬間移動するとそれをデコピンで木っ端微塵に消し飛ばす。
「地獄門、もらっていくね♪」
破壊された建物から姿を表したのは、何か巨大な古びた門のような物体。
妹はその門の上に座ると、囲っていた建物と地面ごと宙へと浮かんで行く。
「しっかりしろ!」
俺の側へと駆け寄ってきたサカマタさんに背中を叩かれ、俺はようやく呼吸が戻る。
そこにベレノやモニカ、シャルムも集まり俺を支えてくれる。
「はぁッ……はぁッ……!待て……ッ待ってくれ……ッ!!」
必死に呼吸をしながら、俺は遠のく妹を必死に呼び止める。
妹はそんな必死な俺の声に反応したのか、一瞬姿を消すと再び目の前へと出現する。
警戒する4人、だが迂闊には動けない。
「なぁに?えーと……メイちゃんだっけ?やっぱり私の手で直接殺してほしいの?」
ニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべながら、俺の顔を覗き込む妹。
こうしている間にも、地獄門が浮遊城へと運ばれて行ってしまっている。
だが俺にはそれよりも、この魔王に伝えなければならない事がある。
「はぁッ……!違う……ッ!雪……ッ!聞いてくれ……ッ!!」
俺は必死に妹の名前を、叫ぶ。
雪と呼ばれ、明らかに動揺の色を示す妹。
「……何ッ……誰、何?お前……ッ誰だ……!!」
妹はわかりやすく取り乱し、怒るように俺へ殺意を向けてくる。
そして掌に鋭い氷槍を生成すると、それを回転させながら俺へと狙いを定める。
「私を、その名前で呼んで良いのは……ッ!ママとお兄ちゃんだけなんだからぁッ!!」
わがままを言う子供のようにそう叫びながら、妹は俺へとその氷槍を投げつける。
「うぐ……っ!」
咄嗟にサカマタさんが盾を構えて庇ってくれるが、その氷の槍は容易く金属の盾を貫通しサカマタさんの脇腹を刺し貫いた。
膝をつくサカマタさんの肩に手を置きながら、俺はふらつく足取りで妹の方へと近づく。
「やめろ……やめるんだ雪!……ッわからないか?俺だよ……!穂村 天晴……!お前の……兄ちゃんだッ!」
衝撃的な告白に、妹を含めベレノ以外のその場の全員が驚いている。
「う、嘘だッ……!だって、お兄ちゃんはッ……!」
素直には信じられない様子の妹に、俺は言葉を続ける。
「嘘じゃないッ!……今名乗っているそのアルシエラって名前だって、雪が昔俺に見せてくれたオリジナルの」
そこまで言いかけた所で、妹が突然俺の口を手で塞いでくる。
「……待って……え?じゃ、じゃあお兄ちゃんもしかして……死んじゃ……ったの?え!?しかも女の子で……勇者に……。」
戸惑いながらもなんとなく状況を理解し始めた妹に、口を塞がれている俺は静かに頷く。
妹はよろめきながら数歩後退ると、頭を抱え始める。
俺の前世、穂村 天晴は確かに死んだ。
だがその妹、穂村 雪を知る俺は確かにここにいる。
「そ、そう……なんだ……そっか……。」
妹は安堵したような落胆したような様子で、深く肩を落とす
俺はそんな妹にそっと手を伸ばし、優しく微笑む。
「だから雪……もう、やめよう。また俺と一緒に……」
俺の言葉に顔を上げ、妹は俺の手を取ろうと手を伸ばす。
だがその手は途中で止まり、固い拳へと変わる。
どうしたのかと俺が妹の顔を見ると、そこには悔しさと憎さが入り混じったような涙目で俺を睨みつけている妹の顔があった。
「……お兄ちゃんには……お兄ちゃんには私の気持ちなんてわかんないよッ!!」
そう叫ぶ妹は、俺の手を強く叩き払い除ける。
俺は妹に拒絶されてしまった事に酷く動揺してしまう。
そして妹は氷の翼を広げると、回収した地獄門と共に浮遊城へと飛び去ってしまう。
「なっ……ま、待て!雪……ッ!雪ィーッ!!」
どうして、どうしてなんだ。
やっと会えたのに。雪……。
地獄門を奪い去られた砦跡に、妹の名前を叫び続ける俺の声だけが虚しく木霊していた。