第九話【謎のラミア仮面現る?】
第九話【謎のラミア仮面現る?】
その日、俺は夢を見た。
小さい頃に妹と些細な事で喧嘩してしまった夢。
当時は俺もまだ小学生で、変な意地を張って妹に素直に謝る事ができなかった。
結局俺は母に背中を押される形で、泣きじゃくる妹になんとか謝罪をした。
それ以来だろうか、妹が泣いていたり落ち込んでいたりすると放っておけなくなったのは。
俺はお兄ちゃんなんだから、俺がしっかりしなければと思ったのを覚えている。
「……ちゃーん……メイちゃーん……朝やでー」
誰かに呼ばれる声で、俺は目を覚ます。
ゆっくりと目を開けると、そこにはモニカの顔があった。
「おはようさん。そろそろ起きやー。今日は予選大会やろ?」
俺はハッとしてベッドから上体を起こす。
そうだ、今日は闘技場の予選大会の日だ。ゆっくり寝ている場合ではない。
「おはようモニカ……あれ、ベレノは?」
眠い目をこすりながら部屋の中を見渡すが、ベレノの姿が見当たらない。
「ああ、ベレちゃんやったらもうとっくに出てしもたで、なんや行くとこがあるとか言うて……」
どこへ行くかまではモニカも聞かされていない様子で、肩をすくめる。
結局、あの日以来ベレノとは仲直りができていない。
一緒に食事をとったりはするものの、一言も口を利いてくれずとても気まずい思いをしていた。
せめて今日の予選大会が始まる前にはと思っていたのだが、出鼻をくじかれてしまった。
「そうですか……」
俺はなんだかすっきりしない気持ちのまま、モニカと朝食をとり大会出場のための準備を始めた。
◆◆◆
俺は闘技場の入口でモニカと別れ、選手控室へと向かった。
控室と行っても予選へ出場する選手全員に個室があるわけではなく、所謂大部屋だ。
俺が大部屋の扉を開き、中を覗き込むと既に何人もの出場選手がウォーミングアップを始めていた。
だがその選手たちの視線が一斉に俺の方へと向けられる。
なんだ、俺の顔に何かついているのか。
俺はキョロキョロと挙動不審になってしまう。
「……お嬢ちゃん、女性用の控室は隣だぜ」
扉側に居た、スキンヘッドの人間の男性がそんな事を言ってくる。
俺は慌てて部屋の入口の表示を確認する。
確かに男性用と書かれていた。
どうやら俺は無意識に、男性用の扉を開けてしまっていたらしい。
「あっ……し、失礼しました……」
俺は少し恥ずかしいようで複雑な気持ちになりながら、小さく頭を下げて男性用の控室を後にする。
そうだ、今の俺は女の子なんだった。
だいぶ慣れたと思っていたが、油断するとすぐにこれだ。
多分ベレノに謝罪しそこねたもやもやもあったのだろうと思う。
俺は気合を入れ直すように自分の頬を叩くと、女性用の控室の扉を開く。
今の俺としては正しいはずなのに、なんだかいけないことをしているようで緊張してしまう。
「……失礼しまーす……っ!?」
なんとなくそう声をかけながら、女性用控室の中を確認する。
すると偶然にもエルフの女性が着替えの真っ最中だった。
俺は一瞬その綺麗な背筋に見惚れそうになるが、いや見ちゃダメだと咄嗟に目を伏せる。
目を伏せる俺に不思議そうな顔をしているエルフの女性。
見てません、見てませんから。
俺はなるべく床だけを見るようにして、部屋の奥の方のベンチに腰掛ける。
どうやらここにはスクァマータ選手の姿は無いようだ。
流石にあんなスタープレーヤーが大部屋なわけは無いか、と一人で納得しかけていると不意に部屋の扉が開かれる。
「え……」
そこにはスクァマータ選手が立っていた。
一瞬、同室の女性達から黄色い悲鳴が上がる。
だがスクァマータ選手が唇に指を当てて、静寂を促すようなジェスチャーをするとすぐに全員が口を噤む。
そしてスクァマータ選手は俺に気がつくと、無言のまま手招きをしてくる。
俺は周囲の女性の羨ましがるような視線を受けながら、彼女と共に部屋の外へと出た。
「お、おはようございます……」
緊張気味に挨拶をする俺と、緊張など知らないように堂々とした雰囲気のスクァマータ選手。
「ああ、戦うには良い日だ。……時に、伝えておかなければならない事がある。」
笑顔から、真剣な面持ちになる彼女に俺は思わずごくりと息を呑んで見上げる。
「……運営側が、貴女を使って一儲けを考えているようだ。それによって何かしらのハプニングが起こるかもしれないが、冷静さを忘れないようにするんだ。大切なのは、ココだ。」
そう言ってスクァマータ選手は忠告のような言葉と共に、その赤い指で俺の胸の中心をトンと叩く。
俺を使って一儲け?何の話だろう。
しかもそんな事をわざわざ言うために俺に会いに来てくれたのか。
俺はちょっと嬉しくてニヤけてしまいそうになるが、ぐっと堪えて静かに頷く。
「まぁ、勇者たる貴女にこのようなアドバイスは不要だったかもしれないがな。……では、また後ほど相見えよう。」
そう言って去っていくスクァマータ選手の大きな背中を、俺は姿が見えなくなるまで見送った。
そして彼女の忠告は、見事に的中することとなる。
◆◆◆
予選大会の開始時間が近づいた俺は、他の選手らと共にリングの上に立っていた。
一対一ならあれほど広く見えるリングも、これだけの人数が一度に乗っていると結構手狭に見える。
今回の予選参加人数は全部で20人ほどだろうか。
もちろんその中にはスクァマータ選手の姿もあるのだが、それよりも俺は気になる選手を発見する。
遠目からなのではっきりとはわからないが、シルエットを見るにどうやらベレノの同じラミア種の選手のようだ。
ベレノも言っていたが、ラミア種は基本的に自分たちの生活圏内から出ないらしいので外で見るとかなり目立つ。
俺はもしかしたらあのラミアの人はベレノの知り合いかもしれないな、なんて考えていると司会者のアナウンスが流れ始めた。
「会場にお集まりの観客の皆様!そして出場選手の方々!お待たせいたしました!予選大会、もう間もなく開始となります!」
もはや聞き馴染みのあるあの声に、俺はいよいよかと軽く準備運動のように身体をひねる。
やはり闘技場は人気なのか、予選大会だと言うのに結構お客さんが入っているように見えた。
「なお!本日はスペシャルゲストとしまして……」
そうだ。先週の大会で優勝したスクァマータ選手が出ているのだから、紹介しておくのは当然だろう。
「魔王を討ち倒した事で有名なあの勇者サン・デソルゾロットの末裔であり、今回の魔王特別討伐隊へも参加されるという、同じく勇者のメイ・デソルゾロット様に参加頂いております!皆様どうぞ盛大な拍手を!」
予想もしてなかった流れ弾に俺は度肝を抜かれる。
まさか、いやそんな。
歓声と拍手に包まれる城内に、俺はややぎこちない笑顔で手を上げて応える。
だがそれが間違いだった。
「ほう……お嬢ちゃんが勇者サマだったのかい。」
近くに立っていた、あのスキンヘッドの男性が声をかけてくる。
そして気がつけば、選手の殆どが俺の方へと注目している。
しまった、これでは悪目立ちしてしまう。
バトルロイヤルという形式上、不用意に目立つ奴は狙われるのが定め。
だが今更手を下げてももう遅い。完全に俺は他の選手らにロックオンされてしまっているようだ。
スクァマータ選手の忠告は、この事だったのか。
俺はスクァマータ選手へ助けを求めるような視線を送るが、にっこりと笑顔で返されてしまった。
どうやら自分でどうにかするしか無いらしい。
「それでは皆様参りましょう!予選大会、勝ち残りバトルロイヤル!レディィ……ファイトッ!!」
俺の置かれた状況など知らぬとばかりに無慈悲なゴングが鳴り響く。
ふと観客席を見ると、モニカが楽しそうにこちらに手を振って応援している。
その傍らには大量に積まれた酒が入ってると思わしきジョッキのタワー。
モニカはここのところ随分と羽振りがいいようだ。
……まさか、俺の事を運営側に教えたのは。
そんな邪推をしていると、ふと前方から何かが飛んでくる。
「おわっ!?」
俺はそれをしゃがんで咄嗟に避ける。
頭を上げて確認すれば、それは先程のスキンヘッドの男性が振るう大きなハンマーだった。
「おいおい、ぼーっとしてんじゃないぞ勇者サマ!」
そう言って男性は笑いながら、また俺に向かってハンマーを振り下ろしてくる。
慌ててそれを避けた俺は、ようやく剣を抜いた。
そうだ、もう予選は始まっているんだ。
「おっと……流石に身軽だねえ。……おい!お前ら!ここに勇者サマがいるぞ!」
大ぶりのハンマーが俺に当たらないと見ると、スキンヘッドの男性は他の選手へ呼びかけるように大声を出す。
するとその声に反応した何人かの選手が、一斉に俺の方へと向かってくる。
勘弁してくれ。
俺はその場から一旦逃げようと走り出す。
だがここはリングの上、逃げ場は限られている。
そしてそうこうしている間に、俺はすっかり他の選手たちに囲まれてしまった。
様々な獲物を持った選手たちが、じりじりと近づいてくる。
万事休すか、と思ったその時。
突然俺を囲む選手らの顔を包み込むような黒い煙が出現する。
「なんだ……ッ!?でも……!」
突然の事に戸惑う俺だが、煙に包まれた選手たちはさらに混乱している。
俺はこれをチャンスと見て、とりあえず近くに居たスキンヘッドの男性を思い切り飛び蹴りで蹴り飛ばす。
よろめいた男性は前後不覚のまま、リングから落ちリングアウトとなる。
そしてそこに開いた脱出ルートから飛び出し、俺はなんとか包囲網を切り抜ける。
視界を煙で奪われた選手たちが、何か黒い紐のような物で引っ張られ次々と場外へ放り投げられていく。
俺はそれを見たことがあった。
でもまさか、そんなわけが。
そこから少し離れた所で、俺は件のラミアの選手を見つける。
紺色のフード付きローブ、青紫の蛇体。
あれはどう見たって……。
「ベレノ!?」
俺はそのラミアに向かって、そう呼びかける。
声に反応してこちらを向いたラミアだったが、その顔には何か仮面のような物がつけられており素顔を確認できない。
あれはどう見たってベレノだ。でもなんで、あんな仮面なんかつけてるんだ?
俺が詳細を確認するためにその謎のラミア仮面へと近づこうとしたその時、何かが俺の目の前を通過し場外へ落ちていった。
「……次ッ!!」
それはよく見れば他の選手で、飛んできた方を見ればスクァマータ選手が何人かの選手に囲まれながら立っていた。
どうやら今飛んできた人は、スクァマータ選手にぶん投げられたらしい。
「ひぇ……」
次から次へと巻き起こる事件に、俺は小さく悲鳴を上げる。
そうだ、この予選の間にスクァマータ選手に一度でも膝をつかせなければならない。
しかもそれは、予選試合終了条件の残り人数が8人になるまでに達成しなければならないのだ。
やらなければいけない事が多すぎる。
俺はともかく、現在の最優先事項であるスクァマータ選手からのダウン奪取を目指して動くことにする。
「むしろ今がチャンスか……?」
スクァマータ選手を取り囲んでいる複数の選手だが、捕まれば投げられて即死という状況から中々動けないでいるようだった。
俺はその選手たちより少し後ろからスクァマータ選手の様子を見ながら、チャンスを伺う。
囲まれていて逃げづらい今の状況なら、ワンチャンスあるかもしれない。
だが真正面から行ったって掴まれて終わりだろう。
となれば俺が使える手は一つだ。
「……スネークバインド!」
俺はベレノに習った拘束の魔法を唱える。
狙うのはスクァマータ選手の膝関節。
俺には全身を拘束できるほどの威力は出せないが、引っ掛けて転ばせるような事くらいはできるはずだ。
それに様々な属性の魔法に強い耐性を持つ竜の鱗も、呪術系の魔法には効果が薄い事は調べがついている。
狙い通りにスクァマータ選手の膝に黒い蛇を巻き付かせる事に成功した俺は、それを思い切り引っ張る。
上手く行けばこれでバランスを崩せるはずだ。
だが、しかし。
「お、もッ……!?」
まるで山でも引いているような感覚で、スクァマータ選手はビクともしない。
俺なりによく考えた作戦だったが、どうやらこれは失敗だったらしい。
それどころか俺が放った拘束魔法で、俺の存在に気がついた選手たちが俺の方へと注意を向けてくる。
こいつ相手なら勝ち目があると言うように、こちらへ向かって走ってくる数名の選手。
俺は再び拘束魔法を放ち、選手と選手同士を紐でくくりつけるようにして妨害する。
するとお互いの動きを邪魔し合う事となった選手同士で、勝手に戦い始めてくれたようだ。
「考えろ……ッ!あの大きな身体をどうすれば動かせる……!?」
俺は眼前に迫る女性剣士の攻撃を剣で受けながら思考を巡らせる。
すると突然女性剣士が俺に向かって足払いをしかけてくる。
咄嗟にそれをジャンプして回避するがその時、俺に電流が走る。
そうだ足首だ。足首を固めてしまえば、バランスが取れなくなるはずだ。
「やァッ!!そこだッ!スネークバインド!」
俺は空中で大ぶりな剣を振り、女性剣士にあえて距離を取らせるとその足首目掛け拘束魔法を放つ。
そしてそのまま引っ張り上げると、女性剣士はいとも簡単にバランスを崩してしまう。
「はぁ……はぁっ……アレほどの巨体なら、バランスを維持するのも簡単じゃないはずだ。」
女性剣士を簀巻きのように拘束して、場外へと転がした後で俺は改めてスクァマータ選手の方を見る。
リング上空に表示された、残り選手の数を示す魔法のボードによれば残りは11人。もう時間が無い。
「む……戻ってきたか!……ふんッ!!」
走って近づいてくる俺に気がついた様子のスクァマータ選手。
そしてスクァマータ選手が他に気を取られたのをチャンスと見て挑んだ選手がまた一人、彼女のカウンターパンチによってノックアウトされてしまう。
それを見てヤケクソ気味に突撃してしまうもう1人の選手。
俺はそれを最後のチャンスと見て、スクァマータ選手の視線がこちらからそれた瞬間を狙いもう一度拘束魔法を放つ。
「スネークバインド……チョークッ!!」
スクァマータ選手の両足首に絡みついた黒蛇が、両足を一纏めにするように強く締め付ける。
だがそれを引き千切らんとするスクァマータ選手の力は凄まじく、一瞬でも気を緩めれば拘束を解かれてしまいそうだった。
なんとかして後一発、強い力を加えられれば。
ヤケクソに挑んだ選手が乱雑に投げ飛ばされ、宙を舞う。
スクァマータ選手の鋭い視線が俺へと向けられる。
今度こそ万策尽きたか。
俺がそう諦めそうになったその瞬間。
「スネークバインド……」
聞き覚えのある声が後方から聞こえてきて、スクァマータ選手の首へと拘束魔法をかけた。
この声、この魔法は。
「眼の前の敵に集中しなさいッ!!」
振り返ろうとする俺を叱るように、その声が響き渡る。
首にかけられた拘束魔法を警戒して、スクァマータ選手がそれを引き千切ろうと足首から意識を外した瞬間。
俺はもう一本拘束魔法を放ち、今度は彼女の頭部の角へと引っ掛けた。
そして。
「ふ、ぬぅあああ゛あ゛ーーッ!!」
自分が女の子であることや、ましてやお嬢様であることなどすっかり忘れて、俺は叫びながら思い切り引っ張った。
不意に無くなった抵抗感に、俺はその勢いのまま尻もちをつく。
運動会の綱引きで、勝ちが確定した瞬間のような感覚。
スクァマータ選手の大きな身体が、そのリングへと沈んだ。
やった?やったか!?
俺はまたフラグのような台詞を口にしそうになるが、乱れた呼吸で上手く言葉が出てこない。
「む……まんまとしてやられてしまったな……」
俺の気が緩んだことで、スクァマータ選手へかけていた拘束魔法が解けていた。
彼女は膝をついて立ち上がると、俺を見て静かに笑う。
その直後、残り人数が8人となった事を知らせるアラームのような音が鳴り響いた。
「……終~~了~~~ッ!!予選大会を見事に勝ち残ったのは、この8名の選手達です!おめでとう!!それでは皆様!週末の本戦大会でお会いしましょうッ!!」
試合終了のゴングと共に、司会者によるアナウンスが入る。
どうやらなんとか間に合ったらしい。
俺はそんな達成感に浸りそうになるが、アシストしてくれたあの声の存在を思い出して咄嗟に振り返る。
だがそのラミアは、既にリングから立ち去ろうとしていた。
咄嗟に呼び止めようとする俺だったが、少し考えて口を噤む。
いいさ。宿に戻ったら、しっかりと気持ちを伝えよう。
そうして俺の腕試し兼、スクァマータ選手のパーティ加入を賭けた激闘の予選大会は幕を閉じた。
◆◆◆
大会終了後、俺はスクァマータ選手に招かれて選手控室に来ていた。
やはりスクァマータ選手クラスともなると、専用の個室が用意されているらしい。
「まずは、予選大会。良く戦ったな。思わぬハプニングもあっただろうが……見事勝ち残った。素直に称賛する。」
そう言ってスクァマータ選手は俺に拍手をしてくれる。なんだかとても誇らしい。
だがそれよりも大事なのは、もう1つの件についてだ。
俺が早く返事を聞きたそうなのを見透かしてか、スクァマータ選手は小さく笑う。
「そして件の約束だが……こちらも見事だった。まさかあのような方法で膝をつく事になるとはな。あの方法は自分で考えたのか?」
もう一度拍手をすると、興味深そうに尋ねてくるスクァマータ選手。
「あ、えと……はい、最初に想定してた作戦とは違いましたけど、戦ってる間にひらめいたっていうか……」
俺はちょっと照れるように笑いながら、問いかけに答える。
あのギリギリの状態から、自分でも良く打開策を閃いたものだと褒めてやりたい。
だがあの作戦も決して完璧ではなく、結局助力がなければ成功し得なかっただろう。
「でも……結果的には上手く行ったとはいえ、自分一人じゃ無理だったと思うんです。」
正直にそう言いながら、俺は自分の胸に手を当てて少し目を伏せる。
あの時あの謎のラミア仮面のアシストが無ければ、あのまま足首を押さえるだけで時間切れになっていただろうと。
「そうかもしれないな。だが、戦とはいつでも何が起こるかわからないものだ。だからこそ、ココの強さが重要になる。」
そう言ってスクァマータ選手は自らの胸を叩く。
咄嗟に状況を理解する力、それを正しく判断する力、そしてそれらを支える心の力。
俺にはまだ少し足りないかもしれないけれど、仲間たちと補い合いながら成長していこうと思う。
「……さて、改めて自己紹介をしておこうか?勇者殿。某はロリカ・スクァマータ、種族は竜人。年齢はまだ72の若輩者だが、戦闘の経験はそれなりにあるつもりだ。何か質問はあるか?」
72歳の若輩者というあまり聞き慣れないワードに少し笑いそうになる。
俺は少し考えて、やがて口を開く。
「スク……スクァ、スクァマアーターさん?ロリカさん?何とお呼びすればよろしいですか?」
竜人の独特な発音に俺は中々名前をちゃんと発音する事ができない。
「ふふ、やはり竜人の名は発音が難しいか。好きに呼んでくれて構わないぞ。なんならロリカと呼び捨てにしてもらっても良い。」
優しく笑ってそう提案してくれるスクァマータ選手だが、流石にコレほど歳が離れた目上の人にそれはできない。
俺はまた少し考える。
ロリカさん?いや、下の名前で呼ぶのは馴れ馴れしすぎるか?
でも咄嗟に名前を呼べないと困ることもあるかもしれない。
だったら……。
「えーと、じゃあ……スク……サク……サカ、マータ……サカマタさんとお呼びしても良いですか?」
俺は自分なりにスクァマータ選手の名前を、口に馴染みのある響きで呼んでみる。
「サカマタ……なるほど、ふふっ。……いや何、貴女の耳にはそのように聞こえるのかと思ってな。……良し、では某は以後サカマタだ。よろしく頼むぞ。」
無茶なお願いかとも思ったが、意外とすんなりと受け入れてもらえた事に俺は安堵する。
「はい!こちらこそよろしくお願いしますね、サカマタさん!」
そうして俺はサカマタさんとしっかりと握手をして、今週の大会が終わった後でパーティに合流する事を約束した。
ちなみに、俺は予選を突破したものの本戦に出るつもりは無い。
今の自分にはまだまだ力が足りない事が嫌というほどわかったからだ。
俺はサカマタさんに一旦別れを告げ、もう一つ残された大事な問題を解決するべく宿へと戻った。
◆◆◆
俺が宿へと戻ると、既にベレノが帰ってきていた。
ベレノは部屋に戻ってきた俺の方を見るが、特に声をかけてくる事は無い。
やはりまだ怒っているのだろうか。
でも予選大会で俺を助けてくれたのは、やっぱりどう見てもベレノだったと思う。
俺はベッドに腰掛けて本を読んでいるベレノの隣へ、そっと腰掛ける。
「あ、あのさ……ベレノ……」
どう切り出したものかと悩みながら、俺はそっとベレノに声をかける。
するとベレノは目だけをこちらへちらりと向けてくる。
「俺……予選大会に出て自分の実力が嫌ってほどわかったよ。……俺はまだまだ弱い、だから……っ」
俺は思い切ってベレノの手を取ると、両手でしっかりと握って真っ直ぐに見つめる。
ベレノは少し驚いた顔をするが、そのまま真っ直ぐに俺を見つめ返してくる。
「だから、これからも……俺の先生で居てくれ……俺には、ベレノが必要だ。」
自分でも物凄く恥ずかしい事を言っているような気がするが、そう思ったのは本当の事だ。
「ふっ……ふふっ。ふふふっ……!……何ですか、そのセリフ……まぁ、あなたらしいですけど。」
堪えきれずに笑い出したベレノに釣られて、俺も少し笑ってしまう。
でもどうやら、もう怒ってはいないみたいだ。
そしてベレノは、ゆっくりと俺の腰に尻尾を巻き付けてくる。
「でもやっぱり……まだまだ魔法の使い方がなってませんね……」
そう言って俺の手から、するりと手を離すベレノ。
いつのまにか俺の両手は、ベレノの拘束魔法によってしっかりと拘束されている。
「ベ、ベレノ……さん?」
そのままベレノは俺の手を頭の上で押さえて、俺を押し倒すように覆いかぶさってくる。
「……手取り足取り、教えてあげましょうか……?」
チロチロと長い蛇舌を出しながら、ベレノはゆっくりと俺の身体の上を這ってくる。
え、あ、やばい。く、食われる!
俺の本能がそう叫んだ瞬間、部屋の扉が突然勢いよく開け放たれた。
「メイちゃん!!本戦に出えへんってどういう事!?ウチの……ウチの作ったメイちゃんグッズが……ッ!!」
物凄い勢いで飛び込んできたのは、すっかり忘れていたモニカ。
手には何故か俺の名前と似顔絵が入った団扇のような物が握られている。
どうやらモニカは俺が本戦に出ることを見越して、勝手に俺の応援グッズを作りそれを売って一儲けしようと企んでいたらしい。
「どないしよ!ウチこのままじゃ材料費で赤字に……って、何してんの?」
ベッドに押し倒される俺と、押し倒しているベレノという構図。
モニカの冷静なツッコミにハッと我に返ったベレノは、恥ずかしそうに俺の上から退く。
「い、いやぁ……ちょっとベレノに魔法の使い方を教えてもらってて……」
拘束魔法が解かれ両手が自由になった俺は、誤魔化すように笑いながら頬をかいた。
「せや!そんな事よりもどういう事なん!?何で本戦出えへんの!?」
モニカは俺に詰め寄ると、強く俺の両肩を揺さぶってくる。
何故って言われても。
「……そういえばモニカ、あの時何故VIPルームに居たんですか?」
ゆっくりとベレノが振り返ると、モニカへじとっとした目を向ける。
途端モニカはビクリと硬直して挙動不審になる。
「え、いやぁあれはな?たまたま……たまたまなんよ?たまたま、招待してくれる人がおって……」
物凄く怪しい言い訳を始めるモニカに、俺とベレノは疑いの目で見つめる。
「メイのグッズも最初から……そのつもりでメイにエントリーさせたのではないですか?」
モニカが手に持っている、俺に無断で作った俺のグッズを指差しながら徐々にモニカへと詰め寄っていくベレノ。
「い、いや……それは……」
ベレノの圧に押されて後退り始めるモニカだが、やがて壁際へと追い詰められる。
「……ではここ数日の間、メイが予選大会に参加することを触れ回っていたのは誰ですか?そしてそれによって得をするのは闘技場の運営と……一体誰なのでしょうか?」
ああ、通りで賭けの無い予選大会にしては随分と客入りが多いなと思った。
床に座り込まされるまで追い詰められたモニカが、俺に助けを求めるように視線を送ってくる。
だが俺は、諦めろと言うように首を横に振る。
「……モニカァッ!」
「ひぃ~!堪忍して~!!」
その日は結局夜まで、ベレノのお説教が続いたのだった。
これで俺達勇者パーティは4人になった。
五人パーティまではあと1人。
どんな仲間が待っているのか、今から楽しみだ。