雷鳴は決意の福音なのかあるいは嘆きの慟哭か
『………逃げたか』
眩い光に瞑っていた目を開けるとそこには〈カンナカムイ〉の姿はなく、彼がこの場から逃げたのだと〈コシンプ〉は理解した。
『今から追う………のは無理だな』
逃げた〈カンナカムイ〉を追いかけようと考えたが、雷を使っていたのなら雷に近い速度で動く可能性はかなり高く、もしそうなら逃げる彼に追いつくのは不可能である。
それでも彼の目的が剣翁であることは分かっているので追いつくこと自体は出来るだが自身の消耗もあるためすぐに追いかけることは断念し、悪夢復古を解除してその場に腰を下ろした。
『あ"あ"あ"ーーー!しんどっ!』
ずっと思考回路を戦闘に回していたことと、久々であった互角以上の相手との戦いに彼女は自分は思っている以上に疲れているのかそのまま背中も地面につけ脱力しきっていた。
『お互い本気を出してなかったとは言え向こうが逃げに徹していたから戦いになってたが、本気で勝ちにこられたら間違いなく負けてたなこりゃ』
寝転がりながら空を見上げる彼女の瞳には〈カンナカムイ〉の最後の攻撃の余波で樹々が丸焦げになったおかげで何も遮ることもなく雲ひとつない空を眺めることができている。
『あれがジジイが言ってた〈カンナカムイ〉かぁ………遠いな……そして私は弱いな。あれが私の超えるべき相手………か。ハハ………終わりが見えねぇや』
その晴れ渡った空がかえって自分では手の届きようのない世界を見ているように感じた彼女であったがその表情に悲観の色はなく、ただ純粋な向上心だけが垣間見えていた。
『それでも私は成し遂げる。あいつも今は私より強い奴も踏み台にしてジジイに追いつき、追い抜かしてやる』
そう決意を固めるように〈コシンプ〉は右手を天に伸ばし、まるで空を掴むかのようにその手を握りしめた。
〜〜〜〜〜
『何でお前がここにいる』
〈コシンプ〉から逃れた〈カンナカムイ〉は雷を纏いながらものすごい速度で走り抜けていたが、進行方向に知っている気配を感知したため急ブレーキをかけるように速度を緩めていき、その人物―エディの前で止まった。
立ち止まった〈カンナカムイ〉は怪訝な表情でエディを見ていたが、対するエディは少し安堵していた。
『ああ。良かったです。このまま私を無視して走り抜けるかと思いました』
『あいつの足止めをしてるんじゃなかったのか』
『そちらも滞りなく。ちゃんともう一人の私がやってますよ。ここにいるのは少し消耗してるでしょうからその回復をしてあげようかと。彼に挑むのです。万全の状態で挑まないと』
『………何故そこまで俺を手助けする』
これまでも何度も尋ねたその問いに、彼もまたこれまで同様微かな笑みを浮かべているだけの仏頂面をしているが、その顔から隠しようのないほどの楽しみが滲み出ていた。
『何度も言ったように何も裏はないですよ。ただ純粋な善意です。私は助っ人であって黒幕ではないですから……それに私は生粋のパッピーエンド至上主義なんですよ』
エディが〈カンナカムイ〉の肩に手を置くと彼の体が段々と形状を崩していき、完全にその姿を崩すと彼が手を置いていた肩から〈カンナカムイ〉の体の中へとそれが吸収されていく。
『頑張ってください』
そう言い残し、彼の体にそれが全て吸収された〈カンナカムイ〉には先ほど〈コシンプ〉との戦いでの消耗が全てなくなっていたのだった。
軽く体を動かしながらそれを確認した〈カンナカムイ〉は再び雷を身に纏い移動を開始した。
〜〜〜〜〜
『貴方なら知る権利があるでしょう。だからこそ教えましょう。今からお見せするものを見てから先の契約を結ぶのかどうかお決めください。神が《幻珠の愛し子》に与えたこの世界での役割を』
エディが体の一部を霧化させ剣翁へと覆い被さろうとし、彼もその行動に敵意の感じないことから一旦静観することした。
だが事態はすぐに急変する
『くっ!』
苦悶を漏らしながら霧化させた体を再び元に戻すエディ。
その体には無数の切り傷があった。
全ての数はそこまで深くはないが、エディに対して少ないないダメージがあった。
顔を滲ませながらエディが顔を向けた先には刀を抜き脱力した体勢の剣翁が立っていた。
霧が全身を覆う前に剣翁がその霧を切り裂いたのだ。
霧はエディの体が変形したものだが、掴むことのできない霧は通常物理攻撃が効くはずがなかった。
だが、剣翁が霧に対して振るった剣はエディに少なくないダメージを与えていた。
『どういうことですか?』
「いやのう……お主がさっきの霧みたいなので刻の世界での役割うんぬんを教えようとしたのだろうことは分かるし攻撃の意思がなかったから静観しようと思ってたんじゃが……よくよく考えてみればそれを知る意味はないと思ってのう」
『あなたの行動一つで彼のこれからに大きな影響を与えるのですよ』
「なら師匠であるわしが刻の降りかかる影響を切り裂けば良かろう」
『そういう次元ではないのですよ』
「わしなら次元ごと切り裂ける」
『貴方と黒鉄刻はまだ出会って数ヶ月のはず………なぜそこまでして彼を助けようとするのですか?……あの方とは決別したのに』
「………なにが言いたい」
剣翁は眉間に皺を寄せ、僅かに刀を握っている手に力が入ったのをエディは見逃さず、それによって当初予定であった刻に課せられた運命を教えるのとは別の、少しでもミスをすれば自分が死ぬ可能性もあったもう一つのプランが成功し、更にこれからの計画が問題なく進む可能性が高いという確信を得たことで僅かに口角を上げ、話を進めた。
『黒鉄刻に降りかかる神の定めた物語をどうにかしようとするのなら……貴方は本気で力を使うしかないはず………友だった《カンナカムイ》が離れるきっかけになった、貴方を第一席たらしめる力を』




